第四十二話 八月十七日 【鈴】 待つ方
『・・・今日はね・・・このまま・・・楽しいまま終わろうよ』
なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・。
・・・わかってる。逃げちゃったんだ・・・。
去年のわたしが、少し顔を出してたのに無理やり押し込んでしまった。
『スズ、ちょっと話したいことがあるから聞いて。去年さ・・・』
ケイゴ君も話そうとしてたのに・・・。
お姉ちゃんからどうしたらいいか教えてもらってたのに・・・。
嫌われやしないってわかってるのに・・・。
ケイゴ君・・・怒ってるかな?
花火を見てるときは幸せだった。
ずっとあの時間が続けばよかったのにな・・・。
せっかくもらった綿あめ、味がしなかった・・・。
◆
わたしはなんとなく外に出てみた。
坂を下りて、看板の前でどうしようか迷っている・・・。
会いたいけど・・・会いにくい。
Y字路の先、ケイゴ君の家の方にはなんとなく行きづらいな。
・・・そうだ、気晴らしにちょっと歩きながらみんなの家を回って、誰かいたら時間をつぶさせてもらおう。
まずは・・・アラタ君の家の方に行ってみよ・・・。
・・・わたしもどうしたらいいんだろう?
もう、このことは忘れてしまった方がいいのかな・・・。
でも、そうしたらケイゴ君が離れていってしまうような気がする。
それはやだな・・・なんで逃げちゃうんだろう?
・・・歩いていてもなにも変わらないや。
一人だとダメだな・・・。
◆
「あ、アラタ君」
アラタ君は田んぼの前の柵に座って遠くを見ていた。
「あ・・・スズ」
そして手を振って答えてくれた。
一人目ですぐに会えるなんて・・・。
それにいいことがあったのかな?
なにかやり切ったみたいな爽やかな顔してる。
「スズがこっちに来るの珍しいな」
アラタ君が遠くを見つめた。
「なにしてるの?」
「・・・キクを待ってる」
「ふーん」
わたしも隣に座ろうかな。
遊びにくることはあったけど、そうしたことはあんまりなかった。
「・・・ん?なんだろ・・・」
目の前の柵には『きく』そのすぐ右、アラタ君の座っているところには『あらた』と二人の名前があった。
「そこはキク専用なんだ」
アラタ君はとっても優しい声を出した。
専用か・・・。
「こういうのいいね」
「・・・こっち側が自由席」
「じゃあ、自由席もらうね」
わたしは名前の無い所に座ってみた。
反対側はいいみたいだ。
「おお・・・」
静かな風がわたしのほっぺを撫でてくれた。
アラタ君はいつもこんなところにいたのか・・・。
「・・・」
話しかけてくれないけど、なんかそれでいい。
◆
「そうだ、まだお礼言ってなかったな。この前は料理ごちそうさま、デザートはすごくおいしかった」
風がちょっと止んだ時、アラタ君が声を出した。
この前・・・食事会のことか。
「ありがとう。来年からは、やっと包丁を教えてもらえるんだよ」
「今まではなんで教えてもらえなかったんだ?」
「子どものうちにケガすると恐くなるからだって」
「ふーん、おじさんも心配性だな」
家庭科の調理実習もわたしは包丁を使わない。
お父さんが見ていないところでも、ちゃんと言いつけを守っている。
関係無い話をしてると気がまぎれていい・・・。
黙ってても風の音が時間を繋いでくれそうだし、何時間でもここにいれるな。
「技術もだけど、食材もいいものを使いたいんだよね」
なんか、勝手に言葉が出てくる。
たぶん好きな話だから。
「そりゃそうだろ」
「わたしね・・・ケイゴ君に作ってもらいたいんだ・・・」
「ケイゴに?」
「・・・ここの土地で、キクちゃんが守ってる水を使うの。そしたらどこにも負けないのが作れそう」
・・・結局ケイゴ君の話になっちゃうな。
わたしの話って、もしかしてそればっかり?
じゃあ・・・なにか別な話をしてみよう。
うーん・・・。
◆
「アラタ君はお盆何してたの?」
やっと質問を思いついた。
これは無難だよね。
「俺か・・・ちょっと秘密。カエデとキクも一緒にいた」
「へえ、今日はキクちゃんと約束してるの?」
「まあ、約束に近いな・・・勝手に待ってるんだ。来ないかもしれないけど」
「来なくてもいいんだ?」
「待ってる時間は長いほどいいらしい」
アラタ君が微笑んだ。
なんの話だろ?よくわかんないや。
来ないかもしれないけど待つか・・・。
わたしも待ってたつもりだったんだけどな・・・。
・・・違うよね。
・・・つもりだけだったんだ。
受け止める準備は全然できていなかった。
「・・・で、珍しくこっちまで来てどうしたんだ?」
アラタ君がわたしに顔を向けた。
あ・・・聞かれちゃったか。
なんて言おう・・・。
「・・・ただの散歩だよ」
「ケイゴは一緒じゃないのか?そっちの方が珍しいな」
「別に・・・そういう日もあるよ」
いつも一緒だと思われてるみたい。
他の子の所に行っても聞かれそう・・・。
「ふーん、ケイゴとなにかあったのか」
冷や水をかけられたみたいなショックだった。
なんでわかったんだろ?
アラタ君が先生みたいに見える・・・。
「・・・別に話したくないならいいよ。ただ、暗い顔してたからさ」
「うん・・・ちょっとね」
「話せない?」
「そういうことかな」
勝手に来て、隣に座って、でも何も話さないって変だよね・・・。
「・・・」
アラタ君も黙っちゃった・・・。
でも思った通り、風の音が無言の合間を埋めるように鳴ってくれてる。
◆
「スズは待つ方?それとも待たせる方?」
アラタ君はまた遠くを見つめた。
・・・どういう意味かな?
「待つ・・・今はそうかな」
前置きのない質問に、今の状況に合った答えを出した。
なにが聞きたいんだろう?
「そっか・・・待つのは根気がいるんだってさ。また会えるって信じてるなら諦めないで待つといいよ」
「・・・それは誰の話?」
そして何が言いたいんだろう?
話の先が見えない。
「流されそうになったり、辛くなる時もあると思う。でも、折れないで待ってれば報われることもある。・・・きのうわかったんだ」
「それで、わたしになにを・・・」
「んー・・・スズとケイゴは遠くにいるわけじゃないだろ?家も近いしな。だからすぐに会えるじゃん・・・て話かな」
アラタ君が前より大人っぽく感じる。
会ってない間に何があったんだろ?
いや、それよりも思ってることを話したい。
「じゃあ・・・近くにいても会えない悩みは?」
すぐに会える・・・たしかにそうなんだけどさ、そんなに簡単じゃないよ。
「そうだな・・・俺なら夜に誘うかな」
「夜に?」
「そう、たぶんそれって相手の表情とか変化、あとは周りの目とかが気になってるから。だから、夜ならその辺は気にしなくていい。昔の人・・・恥ずかしがりの臆病者はそうしてたみたいだぜ」
全部お見通しみたいな雰囲気だ。
もっと深い所を聞いたらどう答えてくれるんだろう?
「でも・・・じゃあ誘うのが怖いときは?」
「そうだな・・・手紙を書く。取り繕ったりしないで、正直な気持ちを」
「ああ・・・」
ピンときた。それならできそう。
「アラタ君ありがとう。わたしやってみようかな」
「そうだな、スズが悩んでる中身がわかればもっと助けになれたけど・・・今のは、表面しか見てない俺の解決法」
む・・・でも手紙はいいと思う。
呼ばないまでもなにか伝えたい。
花火の時に思ったこと、幸せだったことをちゃんと伝えれば・・・きっと元通りになる。
・・・元?
前向きな考えが浮かんだと思った瞬間、わたしの頭の中に疑問が生まれた。
元通りって何?
去年まではこんなことは無かったのに、元通りって・・・いつが元?
『名前なんていうの?』
『リン、お母さんはスズって呼ぶの』
それは・・・ケイゴ君と初めて会った『あの頃』な気がする。
たぶんそう・・・。
時間を戻せれば、そこからやり直したい・・・。
◆
「・・・二人はさ、ケンカしたことないよな」
アラタ君がわたしを見た。
風も一緒に吹き込んでくる。
「仲がいいのは問題ないけど、良すぎたんだろ。相手の怒った顔が想像できない、もしそうなったら全部ひっくり返るかもしれない。だからそういうこと避けてきたんだろ?」
「ん・・・」
今度は背中に氷を入れられた感じだ。
でも、わたしがうまく言葉にできないことをわかりやすく教えてくれた。
うん、そういうことだと思う。
ケイゴ君の本気で怒った顔が想像できない。
きっとケイゴ君もそう・・・。
少しのことはお互い笑って許してきた。
でも去年のことは、わたしの中でどうしても譲れない線で・・・。
・・・だけど、怒ろうとしてもできなかった。
許すことに慣れてしまったみたい。
だからわたしが悪いことにして避けて・・・。
思いっきり悪態をつこうとした自分を閉じ込めてしまった。
そのせいでケイゴ君も傷付いて、今も悩んでいるんだと思う。
「どうだ?なんとなくそう感じたけど、違うなら謝るよ」
「ん・・・合ってるよ」
大正解・・・。
「じゃあ大変だな」
「・・・たいへんだよ」
「・・・なにかできることある?」
「まだ・・・大丈夫。ごめんね、急に来て・・・急に泣いて」
アラタ君まで困らせてしまった。
嫌になる・・・どうしたらうまくいくのかな?
楽しいだけじゃダメなのかな?
「スズが一番わかると思うけど、ケイゴはお前のこと大事に思ってる。俺たちより・・・もしかしたら家族より優先してるかもな」
「わたしもそう思う・・・だから幸せな気持ちになるんだ」
ずっと思っていた。
わたしは幸せになるならケイゴ君の隣がいい・・・。
「スズはさ、そういうのがあるからケイゴに離れられると一人になっちゃうって思ってるんだろ?でもあいつはお前から離れたりしないから、怖くても信じて言いたいこと言ってやればいいんだよ」
アラタ君が鼻で笑った。
・・・少し楽、誰かに相談するのってやっぱりいいんだな。
お姉ちゃんに話した時もちょっと楽になったし。
「なにがあったかは別に聞かないけどさ、そうなってる元々の原因はどっち?」
「・・・ケイゴ君」
「じゃあスズからは謝るな、待つ方な。あいつが謝ってきたらおもいっきり言ってやれ。えっと・・・バカとか、この神経質とかさ」
ふふ・・・。
「あはは・・・バカって・・・あはは、神経質って・・・わたしもちょっと思ってたのに言ったことないよ」
泣いて、笑って、少しだけスッとした。
これで解決ならどんなに楽なんだろう。
ちょっと落ち着いたとしても、お姉ちゃんが言ってた心の中の棘が消えたわけじゃない。
これがある限り、ケイゴ君との真面目な話を避ける自分が出てきてしまう。
でも今は・・・もう少しだけ楽な気持ちでいたいな。
◆
「アラタ君、今日はわたしも一緒にキクちゃんを待つよ」
わたしの涙は風で乾いてくれた。
とりあえず今日は、他には行かずにここにいよう。
一人でいるとまたダメになるかもしれないし、それにここを離れて他の誰かが見つかるとも限らない。
「え・・・一人で待ちたいんだけど・・・」
「待つ練習がしたいの。アラタ君は先輩だね」
「・・・あっそ」
あれ、なんかダメだったかな?
別に予定もなさそうだしいいよね。
帰ったら、夜にお姉ちゃんにも相談してみようかな。
本当は、ケイゴ君に話せたらいいんだけど・・・。