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今が『あの頃』になっても  作者: NeRix
本編 第二部
38/71

第三十七話 八月十四日 【楓】 記憶集め

 「ん・・・あ・・・」

目覚ましが私を起こしてくれた。


 朝の五時半・・・。

大丈夫、疲れはほとんど残ってない。

今日・・・どんな日になるんだろう・・・。



 「早いな。いつもこうなのかい?」

幽霊さんが私を見て微笑んでくれた。

 「あ・・・おはようございます」

「ああ、おはよう」

私の部屋には、きのうお墓で出逢って連れてきた幽霊がいる。

・・・寝てる時はどうしてたんだろ?


 「あの、幽霊さんも寝てたんですか?」

「いや、眠気は無い。それに君から離れられないみたいだ。そこから外を見ていたよ」

きのうは帰ってすぐベッドに入って・・・たしか十一時過ぎくらいかな?

 ずっとなにもしないで待ってたのか・・・。

早く起きて準備をしよう。


 そのまま寝ちゃったからお風呂に入らないとな。

・・・顔を洗いたい。



 私は脱衣所の戸を開けて、シャツを脱いだ。

早く済ませよう。


 「風呂かい?」

「・・・ん?」

振り向くと幽霊さんがいた。

 「あの・・・部屋にいてください・・・」

幽霊さんは男の人・・・だよね?

私はまだ子どもだけど、さすがにね・・・。


 「・・・すまないが君が動くと引っ張られてしまうんだ」

なんですと・・・。

 困った、そしたらこれ以上脱げない。

でも、人間ではないから恥ずかしいって思う方が変なのかな?


 「大丈夫だ、風呂場の戸の前にいよう。私はそちらを向いている」

わかってくれてたみたい。

それなら大丈夫かな、急いで入っちゃおう。



 着替えを済ませて台所へ行くと、お母さんが朝ごはんの準備をしていた。


 「あ・・・カエデちゃん、きのうお風呂入らなかったの?夏休みだからってちゃんとしないとダメよ」

お母さんはいつも通りだ。

異変が起こっているのは私だけ・・・。


 「おはよう・・・」

お父さんも起きてきて食卓についた。

 「シズカばあさんどうだった?」

「元気だったよ。今日もあらちゃんと行ってくるね」

「そうか・・・一人で寂しいだろうから話を聞いてあげなさい。ただ、あまり遅くならないようにね」

「うん・・・」

きのうは寄り道したからなんだけどな。


 「はい、今日はあっさり豆腐ハンバーグとほうれん草のおひたしでーす。そして、エノキのお吸い物もどうぞー」

お母さんがお父さんの隣に座った。

まあいい、食べちゃおう。



 「ねえカエデちゃん、明日のお祭りほんとに行かないの?」

お母さんが私の顔を見てきた。

何回聞く気・・・。


 「行かないって言ってるでしょ」

「じゃあ、お母さんはお父さんとふ、た、り、で行ってくるね。寂しくない?」

私はもう食べ終わってるから、外であらちゃんを待っていたい。

 「寂しくないよ」

「遅くなっちゃうかもしれないよ?」

「なってもいいよ」

だからこのやり取りは正直鬱陶しい。

本当は二人きりで行けるの嬉しいくせに・・・。


 「それかどこかに泊まってきてもいいし」

「え・・・」

お母さんの目が嬉しそうに歪んだ。

 「とにかく何しててもいいよ」

「そうなんだー・・・なにか欲しいものとかあったら買ってきてあげるけど・・・」

うるさいな・・・。


 「かわいい弟が欲しい」

「え・・・」「カエデ・・・」

「ごちそうさまでした。とにかく夏祭りは行きません。あと、これから出かけるから」

私は食器を下げて台所を出た。

 「お父さん・・・カエデちゃん弟が欲しいんだって・・・」

「欲しいなら・・・仕方ないな・・・」

「一人っ子は寂しかったのかな・・・ほんとに泊まってくる?久しぶりだねー」

「祭りのあとに空いてるわけない・・・」

聞こえてるんだけど・・・。



 「幽霊さん、外に出て待ってようよ」

歯を磨き終わった。

・・・六時四十九分、もう少しであらちゃんが迎えに来る。


 「忙しくさせて申し訳ない」

私たちはバルコニーに出て、迎えが見えるのを待っていた。

 「謝ることないのに・・・」

「君たちの時間を貰っているわけだからな・・・」

幽霊さんはずっと悲しい顔をしてる。

いったいこの人に何があったんだろう?



 私は腕時計を見た。 

あと二分・・・あらちゃんはまだ来ない。


 「・・・」

幽霊さんは私の顔をずっと見ている。

 ・・・なんで?

顔が赤くなりそうだよ・・・。


 「あの・・・どうしたの?」

「・・・それでは前が見えづらくないかい?」

ああ・・・そのことか。

この前髪は幽霊でも気になるんだね。


 「大丈夫、隙間からでも見えるよ。幽霊さん・・・名前も思い出せないの?」

「そうだな・・・なにか手がかりがあればいいんだが・・・」

何も無い所を手探りか・・・どうにかなるのかな?

私もじーっと幽霊さんを観察してみた。


 ・・・足が無いって言うのは嘘なんだな、全身ちゃんとある。

着てる服は昔の・・・テレビで見たことがある。たしか、戦争中の国民服?

ていうか幽霊も服を着るんだ・・・。

生前のイメージって感じなのかな?


 あ・・・一番下のボタンが一つ欠けてる。


 「幽霊さん、ボタンが取れてるよ。どうしたの?」

「・・・そうだな。落としたのかな?」

なにか思い出すきっかけになるかと思ったけどダメみたい。

もっと聞いてみるか。


 「幽霊さんは、ずっとお墓にいたの?」

「そういうわけではないな。少しずつ、少しずつ・・・君たちに感じた懐かしさを追ってきたらあそこにいたんだ。・・・でも、急に話しかけて怖がらせてしまったな」

そういうことか・・・。

 ずっとあそこにいたのなら、おばあちゃんの家に三人で行った時にきくちゃんが気付きそう。

だから、ここの人っていうわけでもないのかな?



 「カエデ、準備できてるか?」

あらちゃんが時間ぴったりに顔を出した。

 「・・・うん、やっぱりいるよな」

そしてすぐに幽霊さんを見た。

きのうのことが現実だったって確かめてるんだね・・・。


 「世話になる。なにもわからなければ諦めよう」

「前向きに考えろよ」

「そうだよ。うまくいくって思った方がいいと思う」

「・・・ありがとう」

よし、きくちゃんの沼に行こう。

探すよりも、そっちに行った方が見つかりそう。



 「きくちゃん、おはよう」

きくちゃんは沼にいてくれた。

向こう側を向いて、足を水に浸けてじっとしている。


 「・・・その声はカエデね。少し待ってて」

なにをしてるんだろ?

とりあえず待ってよう。



 「朝早いね」

きくちゃんが振り返って、いつもの笑顔で飛んできた。

ああ・・・かわいいな。


 「二人でどうしたの?遊びたいなら私から行くの・・・」

きくちゃんが私の後ろを見て止まった。

 「なにそれ・・・」

目が鋭くなって、笑顔も消えて・・・幽霊を凝視している。


 「・・・憑き物ね。カエデは優しいから取り込まれたのかしら。・・・大丈夫よ、取ってあげる」

「きくちゃんこの人は・・・」

「・・・」

私の目の前に手を出されて言葉を遮られた。

説明したいのに・・・。


 「カエデから離れなさい。あなたが迷うのは勝手だけど、私の友達に手を出すのは許さない。まだなにもしてないみたいだけど、このまま私が自然に還す」

「おいキク」

「アラタ、静かにしてて。本来の理に戻すだけ、死者は自然に還らなければいけない。あなたたち生者に害を与える前に・・・。眠ろうか・・・眠ろうか・・・」

きくちゃんは手を幽霊に向けた。

 「・・・」

幽霊さんは悲しい顔になってしまった。

さすがに有無を言わさずは・・・。


 「・・・どうやら問答にならないようだ。アラタ、カエデ、迷惑をかけたね」

「・・・話すな!黙っていなさい!」

このままじゃ・・・やだ。

 「ダメ!きくちゃん待って!私この人を助けてあげたいの!」

「関わっていいものじゃない!あなたを騙してるかもしれない!」

「お願いきくちゃん!!!」

大声を出した。


 「・・・もう」

きくちゃんは手を下げて、幽霊さんに近付いた。

 「・・・カエデと話すわ。あなたは口を出さず、動かないで待っていなさい」

「きくちゃん・・・」

なんとか話を聞いてくれるみたい。

 必死に言ってよかった・・・。

「声を張る」って、こんな感じでいいのかな?


 「カエデ、どういうことなの?あれはあなたに憑りついてる。何されるかわからないのよ」

「違うよきくちゃん、私が一緒に行こうって言ったの」

「は?」

「キク、本当だよ。きのう墓場で会ったんだ。なにもしないって言ってた」

あらちゃんも味方してくれた。

二人でちゃんと説明すれば・・・。


 「私の力をあげたせいだ・・・。本当なら見えないし、話もできないはず・・・で、私に会わせてどうする気だったの?」

「あの人、何も思い出せなくて困ってる。ずっと悲しい顔してるから何とかしてあげたいの」

「・・・」

きくちゃんは黙ってしまった。

 「・・・」

私とあらちゃん、幽霊さんを順番に見ている。

考えてはくれてる感じだ。



 「・・・長い年月ずっと迷ってたみたいだけど・・・あと二日か三日ね。お盆が終わる頃にあれは消える。意味の無いことをしているかもしれないのよ?」

きくちゃんは、私とあらちゃんを真剣な顔で見つめてきた。


 「消える?」

「そう、よっぽど無念・・・やり残したことがあってこうなったみたいだけど。・・・記憶は思い出せないんじゃない、ほとんど流れてしまっている。あとはわずかに心と魂を残すだけ、それももう少しで勝手に流れる」

なら時間が無いってことだよね?

お盆が終わるまでに何とかしてあげないといけない。


 「それに、本来は出逢わなかったもの・・・このまま自然に還す方がいい」

「きくちゃん、私は・・・出逢っちゃった。あんなに悲しそうな顔してる・・・やり残して物語が終わるなんて絶対ダメだよ。お願い、何とかしてあげようよ」

「キク、俺も助けてやりたい。上手く言えないけど・・・そうしたいんだ」

あらちゃんも私と同じだ。


 「・・・わかってないわね。例えばだけど、あれのやり残したことが・・・誰かを殺す・・・だったってこともありえるのよ」

「・・・違うと思う。顔見ればわかるもん」

「俺もカエデと同じ考えだ。たぶんそういうんじゃないと思う」

「顔って・・・」

きくちゃんはまた黙った。


 「・・・」

今度は沼の方を向いて考えている。

待ってるしかないみたいだ。



 澄んだ水面を風が波立たせ、フナが泳ぎ波紋ができてそれが消える頃・・・。

 「・・・わかった、協力してあげる」

きくちゃんが振り返った。


 「でも、うまくいかないかもしれない。・・・その時は諦めなさい。いいわね?」

「うん」

私はきくちゃんに飛びついて抱きしめた。

 「ありがとうきくちゃん、なんでも手伝うから。ごめんね・・・無理言って」

「な、なによ・・・。いいよ、できるかわからないって言ったでしょ。それに・・・友達からそんなにお願いされたら断れないよ。・・・早く離れて」

きくちゃんは珍しく焦り出した。

急に抱きしめたから驚いたみたい。


 「まったく・・・どっちにしてもあれはカエデから離すね。悪さはしなそうだけど念のためよ」

きくちゃんが幽霊に手を当てて引いた。

同時に幽霊が私の背中から離れていく。


 「先に言っておく。この子たち・・・この土地に害を与える危険をほんの少しでも感じたら、私はすぐにお前を消す。・・・覚えておきなさい」

これが神様としてのきくちゃんか。

いつもより低い声・・・同い年には見えない大人びた顔、怒らせたら恐そうだ。


 「キクが協力してくれるのはいいけど、具体的にどうするんだ?」

「まず、この幽霊の記憶を探して掬い上げないとどうにもならないわね。・・・とても時間がかかると思う。だからうまくできるかわからないの。少しずつ集めた記憶をあなたたちに伝えるから、そこから手がかりを探してきてほしい。・・・この土地だといいんだけど」

思ったよりも大変そうだ。

 水に流れた記憶は幽霊さんのものだけじゃないはず。

何億?何十億?針の穴どころじゃなさそう・・・。


 「ただ、持ち主がいるなら探しやすくはなる。あんたは沼に入って、自分の記憶が戻ってくるように念じなさい」

「水神様・・・感謝します」

幽霊はすぐ沼に浸かった。


 「なにか思い出したら言うのよ?」

きくちゃんは岸辺に屈んで膝を着き、両手を沼に入れた。

 私たちは待つしかできない。

きくちゃんが集中できるように、音も立てないように気を遣わないとな。



 「・・・水神様、話してもいいか?」

一時間は経ったころ、幽霊さんが口を開いた。

なにか思い出したんだ。


 「言ってみなさい」

「・・・私は殺された」

「でしょうね、無念のある死に方をしたからこうなってる。続けなさい」

私はペンを強く握った。

残しておかなきゃ・・・。


 「大東亜戦争・・・私は招集された。だが戦地で死ぬのが嫌で逃げ出した。他の隊に合流できたが、追ってきた元の上官に撃ち殺されたんだ」

幽霊さんは淡々と教えてくれた。

 大東亜・・・太平洋戦争のことだ。

授業と本の知識しかないけど・・・。

上官って・・・仲間だよね?


 「他には?死んだ時じゃない。あなたの名前や家、まずは誰かわからないとどうしようもない」

きくちゃんはなにも思わないのかな?

すごい話を聞いてるんだけど・・・。


 「私はこの土地の生まれだ。歳は・・・二十四だな。名は・・・ダメだ、まだ思い出せない」

これは救いだ。

別な県だったりしたらどうしようも無かった。



 「・・・」

「・・・」

また記憶探しが始まった。

きくちゃんも幽霊さんも一切動かない・・・。

 

 「・・・」

あらちゃんは座ってウトウトしだしている。


 私は朝からさっきまでの話を手帳にまとめていた。

早く新しい情報が欲しい。


 腕時計は十時八分を指している。

大丈夫、今日はまだ始まったばかり・・・。



 「・・・子どもの頃だ、花井さんの家の畑で遊んで叱られたな」

幽霊さんが顔を上げた。

そして口にした名前は・・・。


 「はない?カエデ、花井ってスズの家のことじゃないか?」

「うんそうだよ、他にいないからすずちゃんちで間違いないと思う。近くに住んでいたの?」

幽霊の新しい手がかりが一つ、花井家と繋がるかもしれない。


 「近くだったかな?どうだろう・・・ただあの家の奥の山に田んぼがあったな。その近くでもよく遊んでいた」

「まずは行ってみましょう。そこから名前に繋がるかもしれないわ」

沼を出て、すずちゃんの家の方に向かうことになった。

今の手がかりを頼りに、山の方まで行ってみよう。



 すずちゃんの家を通り過ぎて、その奥まで来た。

こっちまでは来たことなかったな・・・。


 「・・・」

山に入ってすぐに幽霊さんは止まり、辺りを確認し始めた。 


 「・・・そうだ、この辺りだな。あまり変わっていないようだ。しかし、小さい田んぼがあったはずなんだが記憶違いだったか・・・いや、間違いないはずなんだが・・・」

幽霊さんの目が遠くを見つめた。

たしかに開けた場所で、もしかしたら昔は田んぼがあったのかもしれない。


 「なら、少しこの辺りを眺めてみたらいい。時間は気にせずに集中しなさい」

きくちゃんが幽霊さんの背中に触れた。

 記憶を探すか・・・焦ってはダメみたいだ。

また待たなきゃいけないのかな・・・。


 「俺、ちょっと区長に聞いてくるよ。たしか戦争の時に生まれたらしいから、この場所に田んぼがあったか知ってるかも」

あらちゃんが来た道を振り返った。

私も・・・。

 「それなら私はすずちゃんの所に行ってみる。そういう話、聞いてるかもしれないし」

ただ待ってるだけは嫌だ。

なにせ幽霊には時間が無い、わずかな手がかりでも前に進まなきゃ。


 「・・・待ってくれアラタ。その区長の家、知っているかもしれない。一緒に連れて行ってくれ」

「なら、私はカエデと行くわ。終わったら看板の所でまた会いましょ」

ふた手に・・・この方がいい。



 「はあ・・・はあ・・・すーずーちゃーん」

玄関の前で呼んでみた。

息を整える時間も惜しい・・・。


 「はいはーい、あ・・・カエデちゃん。あれ、キクちゃんも遊びに来たの?ハルカちゃんも来てるんだよ」

すずちゃんが出て来てくれた。

なにも知らないのんきな声・・・少し安心する。


 「私たちスズに話を聞きに来たの。忙しかった?」

「んーん大丈夫だよ。そうだ、二人もちょっと来て」

すずちゃんは楽しそうな顔で手招きした。

とりあえず上がらせてもらおう。



 「あらカエデちゃん、今からハルカちゃんに浴衣を着てもらうところなの。きっとかわいいから見てあげて」

「げ・・・恥ずかしいな・・・」

リビングには、なつみさんと下着になったはるちんがいた。

浴衣・・・。


 「カエデ、ついでに休ませてもらいましょ。大丈夫、焦らなくてもいいから」

「うん・・・」

張っていた気持ちがちょっぴり緩んだ。

一番焦ってたのは私だったみたい・・・。



 私ときくちゃんは、ソファに座って待っていた。


 「おいしいパインジュースをお届けしまーす」

すずちゃんはキッチンで飲み物を用意してくれている。

コップ・・・二つ出してるけど、なつみさんに気付かれないかな?


 「ちゃんとコースケ君と話せた?」

なつみさんははるちんに夢中・・・大丈夫っぽい。

 「・・・まあ」

「なら良かったじゃない。約束通り二人で花火が見れるわけね」

はるちんはやっぱりこーちゃんと一緒に花火見に行くのか。

ちょっと暗い感じするけど、なつみさんに触られて緊張してるのかな?


 「・・・浴衣の下のこれってつけないとダメ?」

はるちんが着せられた白い下着を捲った。

 「これは襦袢、下は裾除けっていうのよ。無いと下着が透けて恥ずかしい思いするかもね」

「え・・・去年までこんなの無かったよ。もしかしてずっと透けてた?」

「そうねえ・・・浴衣の色にもよるだろうけど。基本薄目だから透けてたかもね」

「そっか・・・」

はあ・・・気が抜ける話・・・。

さっきまでの緊張感がどこかに行ってしまう。


 「おいしい・・・」

きくちゃんは落ち着いてるみたいで、出されたジュースを味わっていた。

私も・・・あ、おいしい・・・。


 「お姉ちゃん、私にもあとで着方教えてね」

すずちゃんがなつみさんの背中に声をかけた。

 「もちろん。じゃあハルカちゃん、帯を着けてみましょう。屋台とかでたくさん食べそう?」

「たぶん、んー・・・でもどうかな」

「なら少し緩めにして・・・はいできあがり。あとはちょっとだけお化粧してみましょうね」

はるちんの姿が全部見えた。

 ・・・白地に紫陽花、帯は明るめの紫。

ここにお化粧までしたら、とっても大人っぽく見えそう。

今のままでも充分綺麗なんだけど、これ以上になるのか・・・。


 浴衣・・・ちょっといいかも。

私はお祭りに行かないから浴衣は持っていない。

着てみたいなって思っても、そのためだけに買ってもらうのはもったいないよね・・・。



 「スズ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

なつみさんとはるちんが盛り上がっている隙にきくちゃんが話しだした。

そうだ、ここに来たのは・・・。


 「あなたの家って、畑とか田んぼは持ってた?昔の話でもいいんだけど」

「畑・・・あ、知ってる。確か車庫の所にあったって聞いたことあるよ。この家を建てるときに埋めて、庭を広くしたんだって」

そんな・・・。

思い出した二つの遊び場・・・一つはもう存在しない。


 「そしたら、ここから奥の山に田んぼがあったとかって聞いてる?」

「山に田んぼ・・・山に?うーん、わかんないなあ・・・」

ああ・・・これで手がかりが消えた。

いや、おじさんに聞けばしってるかも。


 「田んぼ、あったみたいだよ」

「え・・・」

「調べてるの?」

いつの間にかなつみさんが後ろにいた。

・・・知ってる?

 「ちょっと興味があって・・・」

「ふーん・・・ここで話を聞いてまわってる時に教えてもらったの。本来は隠田だったらしいけど」

「おんでん?」

「そう、隠れるに田んぼで隠田。ずっと昔・・・年貢でお米を全部取られても大丈夫なように、農民が秘密で作った田んぼ」

そういうのあるんだ・・・。

たしかに山の中に田んぼってちょっと変わってる。


 「江戸時代までじゃないかな。少なくとも明治くらいには、そういうのは無くなってるはずよ。だから、その後は普通に田んぼとしてお米を作っていたみたい。だけどあそこは面倒な場所でしょ?戦後くらいから使わなくなったって話よ」

なつみさんがにっこり笑った。

なるほど、やっぱり田んぼがあったのは本当だったんだ・・・。


 「よかった。あいまいな記憶が確信に変われば、もっと多くの記憶が集まってくるはずよ。・・・私、このお姉さんちょっと苦手だから早く行きましょ」

きくちゃんが耳元で囁いた。

苦手か・・・そういうの無さそうなイメージだったけど。


 「ありがとうすずちゃん、なつみさん。ちょっと急ぐからまた今度」

私は立ち上がった。

 さっそくあらちゃんたちと合流しよう。

希望が出てきて、心に余裕が出てくる。


 「待ってカエデ、あたしどう?」

はるちんが浴衣のままくるっと回った。

そりゃ・・・。

 「すごく綺麗だよ。大人の女の人みたい」

背も高いし、スタイルもいいから中学生って言われたら信じちゃいそう。

・・・こーちゃんもきっと同じことを思うだろうな。

 


 「ねえきくちゃん、なつみさんのどの辺が苦手なの?優しいお姉さんだよ」

すずちゃんの家を離れた。

ちょっと気になるんだよね。


 「観察眼が鋭いのよ。・・・スズが飲み物を二つ用意してるのを横目で見てた。カエデの隣に置くのも・・・。それに隠田の話の時、明らかに私の方を見てた」

言われてみれば・・・私の横を見てたような・・・。

 「きくちゃんに気付いてる?」

「どうかな?見たところただの人間、気付いてるはずはないけど。・・・その内あんたたちを問い詰めるかもね。まあ、だからってどうなるわけでもないけど」

私はなつみさんに詰められたらキビしいかも。

でも、きくちゃんのことを教えてあげるわけにはいかないのかな?

 

 「なつみさん、きくちゃんと話せたら喜ぶよ。ここのこと調べてるし」

「今のところ・・・あのお姉さんにまで姿を見せるつもりは無い。人間に力を与えるのもいいことじゃないってもわかったし」

「私はそう思ってないけど・・・」

「・・・現にあんたたちは、迷った命が見えるようになってしまった。境界が乱れないようにって、沼から出られた日に渡り神から言われたのよ」

なるほど、力をくれたのは大盤振る舞いだったのか。

それよりも・・・渡り神のこと、もっと聞きたいな。


 「私より位が高い神に言われたからこれ以上無闇に力は渡せない。私から触れて姿を見せることもしない。別にみんなが私のことを話してしまっても、姿を見せなければ信じてもらえないでしょうけどね。・・・さあ、アラタの所に行きましょ」

そっか・・・とりあえずきくちゃんのことは私たちだけの秘密にしておこう。

そして今は幽霊さんの問題が先だ。

渡り神のことは今度にしよう。



 看板が見えてきた。

早歩きで来たけど、私たちの方が先だったみたいだ。


 「はるちんの浴衣綺麗だったね」

待ってる間は、ちょっと緩い話をしよう。

 「そうだね、カエデも着てみたかったんじゃない?」

「そんなこと・・・」

あるけど・・・ちょっと、ちょっとだけ着てみたい。


 「そんなこと?なんだろーなー?そうだ、私も着てみようかなー」

「あっ、ずるい。着てみたいけど・・・お祭り行かないし・・・」

「別にお祭りじゃなくても、夏だし夕涼みに着てもいいと思うけど」

「今年はもう無理だと思う。来年考えてみるよ」

きくちゃんの張りつめた感じが無くなってる。

本当に何とかなりそうなんだな。



 あらちゃんたちがこっちに向かってきているのが見た。

いつの間にかお昼も過ぎて、時計は午後二時になろうとしている。


 「うちの墓にもさ、横にニューギニアにて戦死って彫ってある」

「ニューギニアか・・・私のいたところではないな。・・・そっちはひどかったらしい、なにせ物資が来ないんだから」

二人は仲良くお喋りしながら歩いてきた。

幽霊さんの顔からは、わずかだけど悲しい雰囲気がなくなっている。



 「じゃあ記憶に間違いは無かったってことだから自信持てよ」

合流したところでお互いが聞いた話を教え合った。

 「家も顔も特に思い当たらなかった」

区長さんのことはよくわからなかったみたい。

次は今後の話をしよう。


 「何とかなりそうだけど、まだ一歩目だからね。幽霊の記憶が戻りやすくなっただけ、無念の元を思い出さないと、何ともならないわよ」

「ありがとう、なんと礼を言えばいいか。私も光が見えてきたような気がするよ」

幽霊さんは初めて微笑んでくれた。

・・・やっぱりいい人だと思う。


 やり残したことは、きっと誰かのためだ。

絶対に物騒なことじゃないよね。

 

 「安心しないで、あんたが一番頑張んないといけないのよ。記憶はね、大事なものから先に流れる。そうじゃないとあんたみたいなのが増えるからね。そして、たった一人の記憶は探すの大変なんだから」

きくちゃんは口元を引き締めた。

 記憶が流れるって、口の中で溶ける飴玉みたいな感じなのかな?

大切な記憶ほど一番外側にある・・・そういうことだよね?


 「キク、じゃあ今日はこれからどうするんだ?」

あらちゃんも真面目な顔になった。

 「私たちは沼に行く。今から一晩かけて、記憶のほとんどを戻せるように頑張るよ」

私たちはどうしよう?

手がかりが無いと動きようも無い。せめて名前がわかればな・・・。


 「アラタとカエデは、今日はもういいよ。明日は忙しいと思うから」

「そうだな・・・カエデ、今日はこれくらいにしようぜ。キク、区長がお菓子くれたんだ。記憶集めは手伝えないけど、これで頑張って」

あらちゃんは袋いっぱいに入ったお菓子をきくちゃんに渡した。

おかき、かりんとう、ビスケット・・・たくさん入ってる。


 「え・・・私一人で貰っていいの?ふふふ・・・任せなさい。ほら、あんたもぼーっとしてないで早く戻るよ」

「そうしよう」

「じゃあ、また明日ねー」

きくちゃんは幽霊を連れて沼の方に飛んで行った。

お菓子、嬉しかったのか・・・。


 ・・・私たちも一度帰ろう。

夕方になったらおばあちゃんの所にも行かないといけないし。



 「今日も来てくれてありがとう」

「約束したからな」

おばあちゃんはきのうと同じように、庭に迎え火の準備をして待っていた。

じゃあ、私は水道のホースを準備しよう。


 「約束ってとってもいいものよね・・・」

おばあちゃんがオレンジ色の空を見上げた。

なんか寂しそう。

 「明日も来るよ。約束だからまた待っててね」

「カエデちゃん・・・ありがとう、待ってるね・・・」

「どうしたの?」

「なんでもないよ」

ちょっとだけ目が潤んでる。

でも・・・踏み込んで聞けないな・・・。



 また三人で火を見つめていた。

炎は優しく燃えて、昼間の疲れも一緒に空へ運んでくれてるような気がする。


 「ねえおばあちゃん、戦争の時ってどうだったの?」

私は手帳を取り出した。

幽霊さんは戦死したって言ってたけど、おばあちゃんはその時代に何をしていたんだろう?


 「戦争の話は嫌がる子が多いって聞くけど・・・興味があるの?」

「うん、教科書じゃそこまで詳しく載ってないから」

「そうなのね。私は・・・私と言うかこの大鳥沢は、そこまで大変では無かったわね。食べるものも困らなかったし」

この辺りは昔からの農家が多いからかな?


 「でも、戦争に行った友達とかもいたんでしょ?」

「・・・そうね。シンちゃんにキヨミちゃんにゴロウちゃん・・・もっといたかな。みんな友達だったわ。・・・召集令状っていうのを持って配達人が来るの。・・・その時は悲しかった」

おばあちゃんの声が震えた。

今度は・・・ちょっと踏み込んで・・・。

 「みんな・・・帰ってきたの?」

「帰ってきた人もいるけど・・・」

おばあちゃんの声が止まった。

 これ以上は無理だ。

思い出したくないだろうから・・・。


 「ばあちゃんって、子どもの頃は何して遊んでたんだ?」

あらちゃんが明るい雰囲気の話題を出してくれた。

これは助かる・・・。

 「遊び・・・なんでもしたわ。大体は外で追いかけっこだったり、かくれんぼだったりね」

「走り回ってたってこと?」

「そうよ。ふふ、よその畑で遊んでて怒られたこともあったの。みんな仲良く拳骨をもらって・・・ああ、懐かしいわね」

私とあらちゃんは目を合わせた。

畑・・・怒られた・・・。


 「それって、もしかしてスズ・・・花井さんとこの畑?」

「ああ・・・そうね、花井さんのところのミッちゃんとはよく遊んだわ」

「ミッちゃんて、もしかして男の子?」

「いいえ女の子よ。あの時は十人くらいで遊んでたかしらね」

おばあちゃんがすごい手がかりを持ってるかも。

年代はきっと一緒ぐらいだろうから、幽霊さんが名前を思い出したら聞いてみよう。


 「そろそろね・・・」

燃え尽きる前の炎・・・最後の輝きは一段と濃い色になって、見ている人の目を引き付ける魅力がある。

私の心にも同じ色の火が燃え移り、明日への温度を上げてくれていた。

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