第三十四話 八月十二日 【鈴】 心霊番組
「スズ・・・今日ってなんか約束してたっけ?」
ケイゴ君はなんだか焦っている。
びっくりさせようと思ったけど、うまくいったみたい。
「あのね、今日心霊のテレビやるからうちで一緒に見よ」
「・・・」
あ、固まった。
怖いテレビ、わたしは好きだけどケイゴ君苦手だしなあ・・・。
「えっと・・・ナ、ナツミさんがいるだろ?」
「お姉ちゃんは、明日まで岩手に帰ってるんだ。お父さんが帰る頃にはもう終わってるし、でもケイゴ君はここにいるし」
「ケイゴ、もう下着とか寝巻とかは準備してあるから行ってきなさい」
おばさんがケイゴ君の頭に手を置いた。
先に言っておいてよかった・・・。
「え・・・聞いてたの?」
「昼間に電話あったのよ。お母さんは連れてっていいよって約束したから、あんたは今日リンちゃんの家に泊まることになってるの」
「なんだそれ・・・スズ、そうなの?」
「えへへ・・・」
舌をペロッと出して笑ってみた。
・・・お姉ちゃんの真似だけどね。
「しょうがないな・・・。でもオレはテレビ見ないからな」
「大丈夫大丈夫、じゃあ行こー」
おばさんのおかげで、すんなりケイゴ君を借りることができた。
なんだかんだ言っても毎回テレビも見てくれる。
「あ、待ってリンちゃーん。梨・・・持ってく?食後のデザートは必要だよね」
「え・・・あ・・・はい」
「じゃあ袋に詰めてあげるから」
きのうケイゴ君に貰ったばっかりなのに・・・。
◆
空には薄紅色の雲ができていた。
影が少しずつ長くなるのを見ながら、二人で歩こう・・・。
「前は春休みの時だったっけ・・・」
ケイゴ君が空を見上げた。
ちょっと憂鬱なのかな?
「そうだよ、あの時は心霊写真特集だったね。・・・あ、ケイゴ君お風呂入ったでしょ?いい匂いがするよ」
シャンプーと石鹸の香りがした。
ケイゴ君のお母さんは結構いいのを使ってるみたい。
同じものを使ってる家族も、お風呂上がりはみんなこんな匂いがするのかな?
それともケイゴ君だけ?
「・・・汗でべたべたしてたからな」
「えー、どうしよう・・・。怖いの見たあとだから一緒に入ろうと思ってたのに・・・」
と言っても、四年生くらいからうちに泊まっても一緒にお風呂に入ってくれなくなった。
「スズ、オレもそろそろ恥ずかしいんだけど・・・」
「じゃあ、前みたいにドアの前で待っててね」
誘いはしたけど、実はわたしも恥ずかしい。
成長の遅いぺったんこな胸を見られたくない。
・・・プールの授業も嫌い。
キクちゃんは早ければ「今年の冬くらいから」って言ってたから、あと三、四ヵ月は待たないといけないのか・・・。
早くハルカちゃんとカエデちゃんみたいになりたいな。
◆
「スズ、ちょっとここ来て」
ケイゴ君が立ち止まって、自分のすぐ前の地面を指さした。
「なに?」
とりあえずそこに行けばいいのかな?
「見てみ、スズがそこに立つとオレの影と同じ長さになるよ」
「じゃあわたしがこっちに動けば・・・はい、わたしの方が背高いよ」
長い影は、もうすぐ夜と混ざって見えなくなる。
「む・・・」
ケイゴ君が前に出た。
そんなムキにならなくても・・・。
◆
影を追いかけていると、いつの間にか家に着いていた。
ふふ、楽しかったな。
「スズ、なにしてんの?」
「え・・・なんでもないよー」
ケイゴ君が見てない隙に二人の影をくっつけた。
いい感じに重なって、まるでキスしているみたい・・・。
「待て・・・なんか見えたとかじゃないよね?」
「ち、違うよ。じゃあ先にご飯食べちゃおうか」
重なった影はさっと離れて、わたしから伸びている方は頭をかいている。
いつか・・・本当にね・・・。
「ただいまー」
「お邪魔しまーす」
二人で家に入った。
一緒に「ただいま」を言えたらいいんだけどな・・・。
◆
「こっちもちゃんと準備してたんだな・・・」
ケイゴ君がリビングのソファを見つめた。
「当然のことですね。これ、ケイゴ君用のタオルケットだし」
ケイゴ君は怖いのを見る時、頭から布団とか毛布をかぶって身を守るから絶対必要なものだ。
それに、本当に怖い時はわたしも入れさせてもらうから大きめ・・・。
「先にご飯食べようよ」
わたしはケイゴ君の手を引いて、キッチンに向かった。
今は五時半、番組は七時からだから先に夕ご飯を食べても全然間に合う。
『明日ケイゴ君と一緒に怖いの見るからね』
『あはは、じゃあおいしいのを置いていくね』
お父さんには言ってあるから、ケイゴ君の分も冷蔵庫に入っている。
あとは温めるだけ・・・。
◆
「ケイゴ君、今日はグラタンだよ。あ・・・おかわりしてもいいよ」
冷蔵庫の中には三人分のグラタンが入っていた。
お姉ちゃんの分も作っちゃってたのか・・・。
「やった。おじさんのグラタンはエビがいっぱい入ってて好き」
ケイゴ君は幸せそうに笑った。
・・・そうなんだね。
じゃあ、まずはこのグラタンをわたしも作れるようになろう。
あれ?でも・・・。
「これニンジンも入ってるよ。それでも好きなの?」
ケイゴ君はニンジンが苦手だ。
給食のは必ず残すし・・・。
「そのグラタンのニンジンは、マカロニと同じくらい柔らかいから食べられるよ」
「柔らかいといいの?」
「いや、ニンジンの味がしないやつなら平気」
「わたしと違って、どうにかなるんだね」
わたしも苦手な野菜はある。
お父さんの力でも、セロリとか春菊みたいな癖が強いのはどうしても食べられない・・・。
「ねえねえ、猫が入れてって言ってよ」
突然女の子の声が聞こえた。
猫・・・。
「そうだ、ねんちゃんの通り道見てなかった。ん・・・あれ、来てたの?」
「うん、今来た」
教えてくれたのはキクちゃんだった。
ちょうどいい、一緒にご飯を食べてもらおう。
おかわりは無くなっちゃうけど、キクちゃんのためだったらケイゴ君も喜んで「いいよ」って言うよね。
「どっかで遊んでたのか?」
「アラタとカエデが自由研究まとめてたから、お菓子食べながら見てた。で、さっきバイバイしてきたの」
「そうなんだ・・・」
「そんで、二人が一緒に遊んでるみたいだったから混ぜてもらおうと思って来たんだ。あ・・・それより猫入れてあげた方がいいんじゃない?」
そうだった。
ねんちゃん・・・。
◆
「ねんちゃんごめんね」
わたしは急いで猫用の入り口を開けた。
たまに引っかかって開かなくなる。
夕方にはチェックしないといけなかったのに忘れてたな・・・。
「・・・」
ねんちゃんは、ムスッとしながらご飯へ向かった。
「おーいスズー、電話鳴ってるよー」
たしかに鳴ってる・・・。
はあ、なんか次から次に起こるなあ・・・。
◆
「はい、花井です」
電話に出た。
誰だろ・・・。
「リン、お父さんだよ」
「え・・・」
どうしたんだろ?
この時間に電話してくるなんて・・・。
「実は・・・仕入れを頼んでる子が熱出しちゃってさ。明日はお父さんがやることになったんだ。朝早いから、今日は事務所に泊まることにするよ。お姉ちゃんもいるし、大丈夫だろうけど一応ね」
帰ってこないのか・・・。
「お父さん、お姉ちゃんは明日まで岩手に行ってるよ。でも、こっちはケイゴ君が来てるから大丈夫。夜はちゃんと休んでね」
「あーそうだったな。グラタン作っていったんだったね。じゃあ・・・朝ごはんはパンを焼いてあげて。作っておいたピザソースがあるはずだから。それと、包丁は使っちゃダメだよ」
「心配しないで」
わたしはまだ包丁を使わせてもらえていない。
言いつけはちゃんと守ってるけど・・・心配性だな。
それよりも・・・これをケイゴ君に言わないといけない。
◆
「おじさん?」
電話を切るとケイゴ君が後ろに来てくれた。
隠しててもしょうがないし、正直に話しちゃおう。
「うん、今日は事務所に泊まるから帰ってこれないって」
「え・・・」
ケイゴ君の顔が強張った。
いつも心霊番組を見たあとは、動かないでお父さんが帰ってくるのを待ってるからな・・・。
「大人がいるのといないのとじゃ、怖さが全然違うぞ・・・」
「なになにー?これから何があるの?」
キクちゃんがケイゴ君の背中をさすった。
水神様は大丈夫なのに・・・。
「七時からテレビを見るの。えっと・・・幽霊とかそういうの。キクちゃんも一緒に見ようよ」
「てれびね・・・いいよ。でも、ケイゴは幽霊が怖いの?前に説明しなかったっけ」
「・・・理屈があっても怖いものは怖いんだよ」
ケイゴ君は、まあいつも通りだな。
でもキクちゃんがいてくれるなら、いつもより楽しそうな気がする。
そうだ・・・グラタンも一緒に食べられるよね。
「で、その前にご飯を食べるの。偶然だけど、キクちゃんのもあるんだ。今オーブンで焼くから待っててね」
まあ、無くても三人で分けたけどね。
「わあ、来てよかった。ケイゴ、私もいるから大丈夫よ」
「キク・・・なんか出たら追い払ってくれよ?」
「あんた男の子でしょ?ちょ・・・そんなにしがみつかないでよ」
神様ならお化けとか出てもなんとかしてくれそう。
キクちゃんにしがみついてるケイゴ君・・・かわいいな。
◆
「スズ、あとどれくらいでできるの?」
「もうちょっと、一緒に見てようよ」
「うん、見る」
キクちゃんがキッチンに入ってきた。
待ちきれないのか・・・。
「これ・・・焼いてるの?」
「うん、焼いてるの」
二人でオーブンをじっと見つめた。
グラタンのチーズが溶けてでろでろになってきてる。
「今チーズが溶けてるでしょ?もうちょっと待ってね。表面に焦げ目が付いてきたら出来上がりだよ」
「じゃあそれまで見てる」
「オレも見てよ」
ケイゴ君も来た。
「じゃあわたしも」
「・・・」
キクちゃんは、わたしたちに挟まれてもじっとオーブンを見ている。
笑顔だし、よっぽど楽しみなんだろうな。
もしかして料理に興味あるのかな?
ジェラートを一緒に作った時も楽しそうだったし・・・。
◆
「スズ、焦げ目付いてきたよ」
きくちゃんが嬉しそうな顔で笑った。
うん、良さそうだ。
「熱いだろ?オレも運ぶよ」
「ミトンがあるから大丈夫だよ。わたしが運ぶから、二人は座って待ってて」
わたしは、まだグツグツ言ってるグラタンを取り出した。
いい匂い・・・。
◆
「お菓子もいいけど、やっぱりちゃんとしたご飯の方がいいよね。スズの家のご飯なら毎日食べたいし」
「オレも毎日食べたいな」
食べ終わると、二人は満足した顔でグラタンを褒めてくれた。
わたしも大満足だ。
「ありがとう。わたしも早くお父さんと同じくらいできるようにがんばるよ」
わたしも「毎日食べたい」って言われるようになりたいな。
自分の作ったもので喜んでもらえたら、きっと幸せだよね。
◆
・・・あと五分か。
洗い物を三人で済ませてソファに行くと、ケイゴ君はタオルケットをかぶって準備を始めていた。
「なにそれ・・・ケイゴがお化けみたい」
「あはは、そうだね」
「・・・キクも今日は泊まっていけよな」
テレビでは天気予報をやっている。
明日も晴れ、今週はずっと晴れ・・・。
「よかったね、夏祭りの日は晴れだよ」
「あ・・・きのうハルカも言ってた。それどこでやるの?」
「町の方だよ」
「・・・なあんだ、じゃあわたしは行けないな。どうしよ・・・みんないないの?」
キクちゃんがしゅんとしてしまった。
あ・・・大鳥沢からは出られないんだったな・・・。
「カエデは毎年行かないからいるはずだよ」
ケイゴ君がキクちゃんに微笑んだ。
できるだけ暗くならないようにしてくれたみたい・・・。
「そうなんだ、じゃあその日はカエデのとこに行こ」
残っている子がいて安心したみたいだけど、ちょっとキクちゃんに悪かったな。
大鳥沢の外のこと、あんまり出さないようにしないと。
「キクちゃんごめんね。わたし・・・はしゃいじゃって」
「え・・・気にしてないからそんな顔しないでよ。それより、私のせいで楽しくなくなる方が嫌だからこの話は忘れること。ちゃんと楽しんできて」
「・・・ありがとう」
よかった、普段と同じ明るいキクちゃんだ。
今度、お菓子をいっぱい作ってあげよう。
「あ・・・」
リビングの時計が鳴った。
・・・七時だ。
わたしは雰囲気を出すために明かりを消した。
横の大きなタオルケットの塊がもぞもぞ動いてる・・・。
「今年も視聴者の方から、たくさんの映像が送られてきました。その中から厳選されたものをお届けしたいと思います」
司会の人が暗い感じで話し出した。
「このスタジオはすでにお祓いを済ませてありますので・・・」
霊媒師の人も出てきた。
早く映像を見たい・・・。
◆
「うわあ!」「だめだ!」「後ろにいたー!」
ケイゴ君はなにかが映るたびに大声を出している。
「今年は去年より怖いね・・・」
わたしもずっとびくびくしていた。
放送してる人たちからすると、こういうふうに見てくれるなら映像を厳選した甲斐があるんだろうな・・・。
「そんな隅っこじゃなくて目の前に出て脅かせばいいのに」「あはは、手形が腕についてるー」「あ・・・映してる人だけ逃げた。え・・・友達は?」
キクちゃんは違う楽しみ方をしてるみたい。
「とても強い怨念を感じました。今のはこの場所にいた霊ではなく、撮影者に憑いていたものです」
一つの映像が終わるたびに霊媒師の人が説明をしていく。
これも怖いんだよね・・・。
わたしは少しずつタオルケットに入っていた。
中ではケイゴ君が震えながら、ずっとわたしの手を握っている。
怖いけど、ずっとこのままがいい・・・。
◆
番組が終わって、わたしは明かりをつけた。
時間はどうしても流れてしまうんだよね・・・。
「ねえ、最後すごかったね。あんなにはっきり見えて」
「うんうん面白かった。今の時代は楽しいことたくさんあるね」
「キク・・・怖くなかったのか?」
でも、終わったあとのこの時間もいい。
「え・・・だって、作り物じゃん」
「えーそうなの?」
「よくわからないのはあったけど、大体そうだよ。そう考えたら怖くなくなってくるでしょ?」
「どっちだよ・・・教えてくれよ・・・」
「教えなーい」
もっと話したいけど、けっこう汗をかいてしまった。
そろそろお風呂に入ろうかな・・・。
「ケイゴ君、わたしお風呂に入りたい。キクちゃんも一緒に行こうよ」
「うん、一緒に行く・・・。ここで一人で待ってる方が怖い・・・」
ケイゴ君がわたしの手をぎゅっと握ってくれた。
そうだよね・・・あんなの見た後だし、おんなじ場所にいた方が心強いよね。
「お風呂・・・みんなで入るの?」
キクちゃんもわたしの手を握ってくれた。
「ケイゴ君が恥ずかしがるから一緒ではないかな」
「ふーん・・・でもケイゴも汗びっしょりだし、一緒に入っちゃえばいいんだよ」
・・・本当だ。夕方お風呂に入ったみたいだけど、また汗をかいてる。
「じゃあ、一緒に行ってかわりばんこで入ろうよ」
「いや・・・オレはいいよ。さっき風呂場のビデオもあっただろ?」
「あ・・・」
わたしも怖くなってきた。
鏡に人影が映ってたけど、もし同じことが起きたら・・・。
でもべたべたの体で布団に入るのも嫌だな・・・。
「そんなに恥ずかしいなら私がついてるから、明かりを消して二人で入ればいいよ」
キクちゃんがニッコニコで立ち上がった。
暗いけど・・・神様が守ってくれる・・・。
「ケイゴ君、そうしない?」
「んー・・・それならいいかも。でもジロジロ見るなよ?」
「堂々としなよ。じゃあ、お風呂に行こ―」
今日はこの方がいい。
恥ずかしいよりも、怖い方が勝ってるもん・・・。
◆
「お湯はわたしが出してあげるから、暗くても大丈夫だよ」
真っ暗闇の中でお風呂に入った。
「ありがとう。でもシャンプーとコンディショナーの見分けがつかないね」
「・・・スズ・・・シャンプーはこっちだよ」
二人とも裸だけど、明かりが無いせいで全然恥ずかしくない。
「おー、泡だらけ・・・シャボン玉作れそう」
そして電気以上に明るいキクちゃんの声が怖さをなくしてくれてる。
「キクちゃんは濡れないの?川で遊んだ時も濡れてなかった」
「まあ・・・そういうものだから」
「・・・」
なぜかケイゴ君は会話に入ってこないで黙ってる。
「今ってキクちゃんも裸なの?」
「そうだよ。じゃないと変でしょ?」
「・・・」
どうしたんだろ、暗くても恥ずかしいのかな?
「ねえケイゴ君、いるよね?」
確かめないと怖い・・・。
「うん・・・いるよ」
よかった、ちゃんといた。
◆
「足元平気?」
「・・・大丈夫」
全身洗い終わって、三人で湯船に入った。
お姉ちゃんが持ってきたハッカ油を入れてあるから、湯上りでもひんやりで気持ち良くなるはず。
◆
「スズ・・・オレ先に上がって着替えるよ」
ケイゴ君がゆっくり立ち上がった。
まだ五分くらいなのに・・・。
「呼んでから出てきて」
「うん、わかった」
「ケイゴ上がるの早いね」
「・・・」
また黙っちゃった。
お風呂でのぼせたのかな?
◆
「スズ・・・いつでもいいよ」
ケイゴ君の声が聞こえた。
着替え終わったみたい、わたしも出ようかな。
◆
「はいタオル。・・・なんか体がスース―するな」
浴室から出ると、すぐにタオルを渡された。
助かる・・・。
「ありがとう、ハッカ油っていうのを入れてるんだ。お姉ちゃんが持って来てたの」
夏でもこれのおかげで今年は快適だ。
「スズ、早く体拭いちゃって・・・」
「え・・・うん」
なんだろ・・・そんなに急がなくてもいいのに。
◆
「じゃあ、明かりつけよっか」
体を拭いて下着とシャツを着た。
これで大丈夫。
「えっと・・・」
わたしはスイッチの赤い光に近付いた。
消えてる時はこうなってくれるから便利だ
「はあ・・・暗いのに目が慣れてるとまぶしく感じるね」
「ん・・・そうだな」
ケイゴ君はちゃんといた。
でも・・・目を閉じてる。
なんで・・・あ!
「キクちゃん、もう裸は終わりだよ」
「へ・・・ああ・・・」
「あ・・・すごい」
一瞬で服を着た姿になった。
初めて見た・・・。
「私は見られても別にいいんだけどね」
「女の子なんだからダメだよ」
というか、ケイゴ君に見てほしくない。
キクちゃんとわたしの裸・・・比べられちゃうし・・・。
「ケイゴ君、もう大丈夫だよ」
「・・・うん」
ケイゴ君はまだ暗い。
具合悪くなったのかな?
「ねえ、なんか変だよ。顔も赤いし・・・のぼせちゃった?」
「たしかに・・・ケイゴのぼせたんじゃない?ちょっとしか入ってないくせに・・・」
「・・・のぼせてないよ。早く乾かして、歯を磨いちゃおう」
「うん・・・じゃあ、ケイゴ君からね」
ドライヤーを渡した。
先に使わせてあげよう。
見た感じ具合は悪くなさそうだけど大丈夫かな?
念のため、早めにお布団に入ってもらおう。
うちに来たせいで風邪をひかれたら申し訳ないし、お祭りも行けなくなっちゃうもんね。
◆
全部済ませてわたしの部屋に入った。
さて・・・。
「ほら、ごろーんして」
家を出る前に、ケイゴ君の布団も用意してきた。
ハルカちゃんみたいにベッドに憧れたこともあるけど、刃物を持った人が隠れてたって話を聞いてからは怖くてそんな気にはならない。
「子どもじゃないぞ・・・。それに・・・」
ケイゴ君はシーツのしわを伸ばし始めた。
またか・・・。
「・・・ケイゴ君気にしすぎだよ」
「そうかな?」
神経質なんだから。
でもこれは性格だから、悪く言うのはやめよう。
「ねえねえ、キクちゃんも一緒に寝ようよ」
三人で並んで寝たい。
「私はそろそろ沼に行くよ」
「沼?」
「うん、一日に一度は戻らないといけないの。本当は一緒にいたいけど・・・」
ずっと離れてるわけにはいかないのか・・・。
でも何しに戻ってるんだろ?
「まあ、なにか出たらケイゴが守ってくれるよ」
「ケイゴ君本当?」
わたしはケイゴ君に顔を近付けた。
「ん・・・まあ」
・・・まだのぼせてるみたいに赤い。
さっきはキクちゃんがいないとダメそうだったのにどうしたんだろ?
「ケイゴ、お風呂出たあとから変だよ」
キクちゃんも心配になったみたいだ。
「変じゃないよ・・・」
「大丈夫なの?顔も赤いし、また視てあげても・・・あっ!」
「な、なんだよ・・・」
「あはは、わかっちゃった。そういうことかあ」
「お前・・・」
ケイゴ君の顔がもっと赤くなった。
なに?
「ふふふ・・・」
「キク、やめてくれよ・・・」
「どうしよっかなー。黙っててもスズが勝手に気付くかもよ?そしたら許してくれるかなー。今教えたほうがいいんじゃないかなー」
キクちゃんは事情がわかってるみたい。
わたしが気付くって何?
わたしも関係あるの?
「ケイゴ君、具合悪いならお薬持ってくるよ。ねえ、何があったの?わたしに言えないの?」
これは聞き出さなければ・・・。
「いや、風邪とかそういうのじゃなくて・・・」
「もう・・・ねえキクちゃん教えて」
「そうねえ・・・私はもう出てくからヒントをあげる。スズが私に手を引かれないと歩けないくらい真っ暗なお風呂場で、ケイゴは何を見たんだろーねー。・・・じゃあ、あとは考えなさい。ケイゴもその前に話した方がいいんじゃない?あはは、またねー」
・・・行っちゃった。
ケイゴ君はなんでか教えてくれないし、キクちゃんの話から考えてみよう。
えーと、お風呂でなにかあったんだよね。
んーと、髪の毛を洗って、顔を洗って、体を洗って湯船に浸かって、先にケイゴ君が出て、そのあとわたしも呼ばれたら出て・・・なにもない。
・・・あっ違う。今のはわたしの話だからケイゴ君がどうだったかを思い出さないと。
服を脱いで浴室に行くとき、わたしはキクちゃんに手を引いてもらって・・・。
あれ・・・ケイゴ君は手も繋がないで大丈夫だったのかな・・・。
ん?どっちがシャンプーか、なんでわかったんだろ?
「こっちだよ」ってわかってたよね?
そういえば、お風呂から出る時スムーズに扉を開けてたな。
そして暗い中でわたしにタオルを渡した。
・・・まるで見えてたみたいに。
明かりがついた時・・・なんか気まずそうだった。
・・・のぼせてたんじゃなかった?
あの真っ暗闇で何を見たか・・・。
見た?見たって何?暗くて見えるはず・・・。
『ついでに夜目も効くようにしてあげる』
あれ・・・。
「あっ!」
わかった。
「スズ・・・あのさ・・・」
「もしかして・・・見えてた?」
「・・・ごめん」
忘れてた。
望遠鏡だけじゃない、ケイゴ君は暗い所でも・・・。
キクちゃんと同じくらい見えてたんだよね・・・。
「暗くなってからも・・・見えてた?」
恥ずかしいけど、聞かないといけない・・・。
「・・・うん」
「わたしが・・・裸になってる時も?」
「・・・」
「体を洗ってるときとか・・・お風呂出てタオルで体を拭いてるときも?」
「見ないようには・・・してた」
顔が赤い理由・・・見てたから・・・。
このぺったんこな胸も・・・お尻も・・・。
いや、わたしだけじゃない。
キクちゃんのも・・・じゃあ、比べられた?
「うう・・・」
わたしは布団に顔を埋めた。
たぶん、今のケイゴ君以上に赤い顔をしてるはずだ。
こういう時、どうしたらいいかな?
気にしないのは無理だよ。
胸は見られたくなかったな・・・。
いや、大きくても恥ずかしいけど。
これは同じくらい恥ずかしくなってもらうのがいいのかな?
でも・・・わたしから言うのは変だし・・・。
・・・んー、よく考えたらケイゴ君だから良かったのかな?
良くはないけどいい?
頭の中がぐるぐるしてきた。
でも全然考えがまとまらない・・・。
◆
「・・・スズ?」
心配と優しさが混ざり合った声が聞こえた。
たぶん・・・わたしは怒ってない・・・。
「・・・だいじょうぶ、ケイゴ君だったから。・・・明かりを消してほしいな」
「・・・うん」
スイッチの音が鳴った。
あ・・・でも意味ないよね・・・。
「ねえ、わたしのこと・・・見える?」
少しだけ顔を上げてみた。
さっきと同じくらい真っ暗だけど、ケイゴ君は見えてるんだよね・・・。
「・・・見えるよ」
「顔赤い?」
「光が無いから・・・色まではわからない」
「そうなんだ・・・」
大丈夫、ちゃんと話せる・・・。
「スズ・・・ごめんね」
ケイゴ君は寂しそうな声を出した。
・・・これ、やだ。
「・・・また怖いの一緒に見てくれるならいいよ」
「うん、一緒に見るよ」
「本当に・・・一緒?」
「そう、一緒」
これでよかった。
これでいつも通り・・・あの時みたいに一日悩まない。
・・・思い出しちゃった。
考えるとちょっとつらい・・・。
ケイゴ君はどう思ってるかな?
気にしてるのかな?
・・・わたしから言ってみる?
お姉ちゃんはケイゴ君から言ってくるのを待つのがいいって・・・でもいつ?
わたしが謝っても、謝られても許してそれで終わり?
・・・なんか違う気がする。
思い出すとこんなに色々考えたり、苦しくなったり、寂しくなったりする。
ずっと奥にしまって埋めておいてるのに、掘り返されて引っ張り出されたらきっと傷付く・・・。
そんな目にあっても「もう大丈夫」ってすぐに許せるくらいわたしは強くない・・・。
・・・ダメだ、不安になってくる。
だから・・・もっと近くにいたい・・・。
◆
「ケイゴ君?もう寝た?」
できるだけ小さい声で言ってみた。
口にできるまで、けっこう時間かかったな・・・。
「・・・起きてるよ。眠れないの?」
「隣に・・・行っていい?」
「いいよ、来てほしい」
枕を連れて、布団の谷を越えて、隣の土地に・・・。
・・・わたしの所よりふかふかだ。
「もう一つお願い」
もっと近付きたい・・・。
「なに?」
「今日は・・・指を繋いで寝たい」
これはお父さんから聞いたこと。
お母さんはこうするとすぐに寝るって・・・そして朝まで離さなかったみたい。
「・・・」
わたしの手を探す音が鳴り出した。
タオルケットをかぶってるから隠れてて見つけづらいんだろうな。
◆
「スズの・・・だよね?」
わたしの手が見つかってしまった。
「・・・怖いこと言わないで」
「指・・・こう?」
ケイゴ君は人差し指を優しく絡ませてくれた。
これ・・・いい・・・。
「うん・・・そうだよ・・・」
お母さんの気持ちがよくわかった。
すぐに眠くなったから・・・。
ああそうだ・・・「おやすみ」を言わないと。
「お祭り楽しみだね」って言わないと・・・。
眠いけど・・・もっと話したいな・・・。