第二十五話 八月六日 【鈴】 個人差
さあて、今日は何しようかな。
お姉ちゃんが来てから遊ぶ時間が増えている。
お洗濯も、お掃除もしっかりやってくれるから、朝ごはんを食べればあとは自由時間だ。
ふふふ、まずはケイゴ君を誘いに行こう。
◆
「けーごくーん」
玄関から呼びかけてみた。
「あれ・・・けーごくーん」
・・・誰もいないみたい。
虫取りに行ったのかな?
朝早く出ないと見つからないって言ってたし、お昼までは戻ってこないかも・・・。
「虫取りでもいいから誘ってくれればいいのに・・・」
他のみんなはどこにいるかな?
「うーん・・・」
おとといは河合商店でハルカちゃんと会って、そのあとアラタ君とキクちゃんも来た。
・・・行ってみよう。
◆
「あ・・・今日お休みなんだ・・・」
お店には「臨時休業」って手書きで張り紙がされていた。
「この時間にシャッター閉じてるの初めて見たかも・・・」
ここに来れば誰かしらアイスを買ってたり、お菓子を食べてたりするのに・・・。
タイミングが悪かったかな?
次は・・・お寺にしよう。
◆
「だーれもいませんねー」
お寺はとっても静かだった。
ここに来るまで、大人にも会わなかったな。
なんか世界で自分一人だけになった気分・・・。
あーあ、退屈だな・・・。
うちでお菓子作ってたらキクちゃんが来たかも。
そうしてればよかったかな?
今からまた誰かを探すよりかは、帰った方がいいのかもしれない。
・・・でもここの階段、冷たくて気持ちいいな。
もうちょっと座ってよ。
◆
「はあ・・・」
わたしは空を見上げた。
静かで人の気配も無いから色んなことを考えてしまう。
雲・・・綿あめみたい。
あ・・・夏祭り、まだケイゴ君から誘われてないな。
遅すぎたらわたしから声かけちゃおう。
風・・・涼しいな。
おとといに三人と見た星座占いの本・・・。
わたしとケイゴ君は、相性が良かった。
空気・・・澄んでる。
明日はカエデちゃんの家で報告会だったな。
どんな感じになってるんだろ・・・。
自分の体・・・ちょっと心配。
あ・・・明日から食事会の準備しないと。
ふふ、今年も楽しいんだろうな。
◆
「あ・・・スズだ。今日も一人なんだね」
よく知ってる声が聞こえた。
大鳥沢から人間が消えちゃったのかなって思ってたけど、そんなことはなかったみたいだ。
「ハルカちゃん、よかった。誰も見つからなくて、もう帰ろうかなって思ってたんだ」
待っててよかったな。
せっかく会えたから、少しでも長く付き合ってもらおう。
◆
「ケイゴはいなかったの?」
ハルカちゃんはわたしの隣に座ってくれた。
ふふ、お喋りできる・・・。
「うん、虫取りに行ったんだと思う」
「そっか、あたしもコースケのとこに行ったんだけどいなくてさ」
おんなじだ。
ハルカちゃんもみんな消えちゃったって思ったかも。
「なんでお寺に来たの?」
「あたしはたまに来るよ。静かだし、涼しいから」
うーん、たしかに似合うかも。
「明日は報告会だよ。忘れてない?」
「もちろん、カエデちゃんの家」
「うちのお父さんがデザインしたんだよ」
「知ってるよ。早く見たいよね」
あ・・・ここに来る前に寄ってくればよかったな。
まあ、楽しみは取っておこう。
◆
「んー・・・やっぱりここはいいな」
ハルカちゃんは体を伸ばした。
腕、顔、肩、胸・・・。
わたしは上から下まで観察させてもらった。
いいな・・・。
「・・・なに?ジロジロ見られると気になるんだけど」
「ハルカちゃんはスタイルいいなって。特に胸とか」
わたしはまだ全然だ。
「スタイルって・・・普通だよ」
「わたしはまだハルカちゃんとかカエデちゃんみたいになってないよ」
カエデちゃんも今年の初めくらいから膨らんできたって言ってたな・・・。
「大丈夫だって、そんな気にすることないよ」
「ねえ、いつからそうなってたの?」
「え・・・去年の始めくらいからだった・・・かな?」
「わたしも二人と同じがいいな・・・。ご飯はお父さんの料理だから、栄養が足りないってことは無いと思うんだよね」
「こういうのは個人差があるってコースケも言ってたよ」
ハルカちゃんは胸を隠した。
コースケ君は男の子なんだけど・・・。
でも、わたしと一緒なのかな?
背が伸びないの気にしてたよね・・・。
「・・・心配しなくていいのかな?」
「そうそう、気にしすぎるとよくないって言うじゃん」
「うん・・・」
あと考えられるのは・・・やっぱりお母さん?
そんなに大きくなかったって聞いてるし・・・でもお母さんのせいにはしたくないな。
「ほらスズ、まだ気にしてるでしょ?」
頭を小突かれた。
なんでわかったんだろ・・・。
「ごめんね・・・」
「平気だよ。コースケの背もまだまだでしょ?」
「・・・ハルカちゃん、それは言いすぎなんじゃ・・・。気にしてるから本人の前では絶対言っちゃダメだよ」
「言わないよ。あたしたちの中で、それをバカにする人は誰もいないでしょ?」
ハルカちゃんはかわいく笑った。
・・・少しだけ楽になったな。
最近気になってきてたけど、これ以上悩み事は増やしたくない。
「ていうか、そこまで気になるならさ、ナツミさんに聞いてみたら?」
「お姉ちゃんに?」
「あたしたちよりずっと大人だし、同じくらいの時にそういうので悩んでたかもよ」
「あ・・・うん、今日聞いてみるよ」
そうだよね、今はお姉ちゃんがいる。
ちょっと遠慮しちゃってたけど、きっと教えてくれるはずだ。
あれ・・・そしたらお姉ちゃん以外の女の人にも聞いていいのかな?
胸が大きい人って言ったら・・・。
「ねえ、カエデちゃんのお母さんはどうかな?」
一番に思い浮かんだ。
あれ以上大きい人はテレビ以外で見たことない。
「え・・・あれは特殊だよ」
「でもすごいよね?」
「まあ・・・前聞いたけどGって言ってた。たぶんカエデもあれくらいになるんじゃないかな・・・」
「だから参考になるかなって思ったんだけど・・・」
あれくらいになれたら悩まずに済みそうだ。
「いやー・・・あれは参考にならないよ。まずはナツミさんでいいと思うよ。あの人は普通くらいだと思うし」
「えー・・・」
「みんな違うアドバイスくれるかもしれないじゃん。余計ゴチャゴチャしちゃうよ。だからまずはナツミさんに聞いてみ」
「あー・・・うん、そうする」
言う通りかも・・・。
◆
「じゃあ、またね。明日もだけど、あさっても忘れないでね」
気付くと夕方近くになっていた。
二人だけだったけど、けっこうお喋りしちゃったな・・・。
「大丈夫だよ。明日はどうでもいいけど、そっちは絶対に忘れないから」
「うん、ありがとうハルカちゃん。ばいばーい」
「じゃーねー」
早くおうちに帰ろう。
そろそろお姉ちゃんも戻ってきてる時間だしね。
◆
「ただいまー」
「おかえりスズちゃん」
家に戻るとお姉ちゃんも帰ってきていた。
「今日も汗かいたみたいだね。先にお風呂入る?」
「あ・・・うん」
チャンスだ。
これなら聞きやすい。
◆
「ねえお姉ちゃん」
二人で体を洗い終わって、湯船に浸かった。
今だ、今聞こう・・・。
「どうしたの?」
「えと・・・わたしの体って変かな?」
「え・・・具合でも悪いの?まさか、また風邪ひいた?」
お姉ちゃんが焦り出した。
聞き方が悪かったかな?
・・・もっと素直に言わないと。
「そうじゃなくって・・・体つきのこと」
「ああ・・・そういうことね」
お姉ちゃんの目がわたしの胸を見つめた。
あとはどんどん聞こう。
「お願い、はっきり教えて。わたし、ハルカちゃんとカエデちゃんの二人とやっぱり違うよね?」
「あー・・・スズちゃん、まだ気にしなくていいと思うよ。人によって差はあるし・・・中学校に入ってから、やっとそうなる子もいるから」
「本当?わたし普通なの?」
「こんなに元気なのに変なわけないでしょ?悩みすぎるとよくないのよ」
お姉ちゃんは両手でわたしのほっぺを挟んだ。
・・・昼間も聞いたな。
「でも気にしちゃうよ。みんなと一緒がいいんだけど・・・」
「こればっかりはみんなと同じってわけにはいかないよ。だから焦らなくていいの」
「・・・わかった」
気にし過ぎ・・・そうなのかな?
「せっかくの夏休みでしょ?楽しむことだけ考えてればいいんだよ。そういうのはいつの間にか、だからね」
「うん・・・」
たしかにハルカちゃんも「いつから」って聞いた時、よく憶えてないみたいだったな。
「ほら笑顔、あさってはみんなで夕食でしょ?あ、夏祭りもあるよ、ケイゴ君と行くんでしょ?」
「ケイゴ君・・・うん、そうだよ。まだ誘われてないけど、遅かったらわたしから誘うからいいんだ」
そうだよ、楽しみなことだらけだ。
お盆前はケイゴ君とお墓のお掃除をするし、もうすぐ心霊特番もやるはず・・・。
お姉ちゃんとハルカちゃんの言ってることはわかる。
あんまり意識しないように、逆に楽しいことを考えるようにしないとな。
・・・でもケイゴ君はそういうのどう思ってるんだろ?
あ・・・また考えちゃった。難しいな。
「大丈夫」って言ってもらえるのはいいけど、もっと決定的なのが欲しい。
お医者さんに行くのも恥ずかしいし・・・どうしよう・・・。