第二十三話 八月三日 【楓】 想像力
気分転換に出かけようかな・・・。
長い時間本を読んだり、物語を考えていると集中が切れてしまう。
だから・・・外の空気を吸いたくなった。
あ・・・そうじゃないよね。
「かな」じゃなくて、出かけよう。
本も返さないといけないし・・・会えたらだけど。
◆
「お母さん、ちょっと出てくるね」
着替えて仕事場のドアを開けた。
勝手に出ても問題無いんだけど・・・。
「いってらっしゃーい」
お母さんがニッコニコで振り返った。
今日が金曜日だからかな?
「なんか嬉しそうだね」
「カエデちゃんも嬉しいはずだよ。明日から静かになるもんね」
「あ・・・うん」
家のリフォームは今日の夕方に終わる予定だ。
前よりも素敵になってるから、早くみんなに見てもらいたいな・・・。
「明日はお祝いに外でバーベキューしようね」
「うん、エビが食べたい」
「じゃあ・・・明日はお父さんとお買い物してくるね。カエデちゃんも・・・」
「私はいい」
どうせ二人っきりで行きたいだろうし・・・。
「ふーん・・・」
お母さんは嬉しそうに微笑んだ。
こういうの・・・色っぽいって言うのかな?
「夕方までには戻るからね」
「え・・・お買い物だけでそんなにかかるの?」
「・・・かかるの」
ああ・・・お昼も食べて緑地公園とかでデートって感じか。
とりあえず仲良くしてくれてるならそれでいい。
◆
どこに行くか決めてたわけじゃなかった。
だから・・・。
「静かだし・・・ここでいいかな」
なんとなくお寺に来てみた。
みんなでかくれんぼする時は大体ここだ。
和尚さんはずっといなくて、私たちの遊び場になっている。
お寺に続く石造りの階段は椅子のかわりにもなるし、日陰だからひんやりして気持ちがいい。
「お地蔵様、ここで涼ませてもらいます」
階段の下には一つだけお地蔵様がある。
いつも一人で寂しそうだから前を通るときやお寺に来た時は挨拶をしている。たぶん、私だけなのかな。
◆
ひんやり階段に座って、なんとなくみんなのことを考えていた。
『こんな感じでどう?』
『うん、いいと思う』
『じゃあ、これで決まりな』
あらちゃんは、はるちんと話した日にうちに来て二人で予定を立てた。
・・・ほとんどあらちゃんが決めたけど。
『たまにあたしだけ距離取られてるように感じる時あるんだけど』
はるちん・・・こーちゃんのこと気にしてたな。
あれは本当だと思う。
距離を取られるのは、はるちんの態度がコロコロ変わるからだ。
私の知る限り、他の誰かとこーちゃんが仲良くしてるのを見たあとに大きく変わる。
たぶんだけど、邪魔が入らない二人きりでいる時はそうならないはずだ。
どういう感情なのか・・・聞いてみたいな。
「あら、こんにちはカエデちゃん」
急に名前を呼ばれた。
「あ・・・」
下からなつみさんが手を振っている。
「こんにちは・・・」
手を振り返した。
私も用があるっていえばあるし・・・。
◆
「ちょっと休憩しようかなって思ってたの。隣に座ってもいいかな?」
なつみさんは階段を上がってきた。
「あ・・・どうぞ」
なつみさんには本を借りていた。
ちょうど一週間前だ。
あの時はすずちゃんと一緒だったから話せたけど、一対一だと緊張する。
「今日は何してたの?自由研究?」
「は、はいそうです・・・。いや・・・違います、ただちょっと散歩してただけです・・・」
うまく喋れなかった。
どうしよう、変な子って思われたかな・・・。
綺麗な人だし、余計恥ずかしいよ。あー・・・もう帰ろうかな。
でもここで急に「帰る」って言ったら余計変に思われるだろうし・・・。
「もしかして・・・緊張してるの?」
私の背中が擦られた。
「・・・はい。い・・・いやそうでもなくて・・・」
「いいよ、慣れてない人とはどう話していいかわからないものね」
「・・・うん」
あ、なんかちょっと楽になった。
この人はこんな状態の私を笑ったりバカにしたりしない。
緊張・・・緩んでく・・・。
「なんとなく思ったんだけど、前髪で顔を隠してるのは恥ずかしいからでしょ?」
ナツミさんは階段の下にいるお地蔵様を見つめた。
そっか・・・色々話すよね・・・。
「・・・すずちゃんに聞いたの?」
「んーん、そう思っただけ。・・・私も昔そうだったから。目と目を合わせてっていうのが苦手だったのよ。大きくなっていけば自然と治ると思う。ちょっと人より恥ずかしがりなだけ」
なつみさんもだったのか・・・。
もう普通に話せそうだ。
「ちっちゃいころからなんだ。今はやってないけど、ピアノの教室に通っててね・・・みんなの前で弾く日があったの。私緊張して顔が真っ赤になっちゃって・・・みんなにそのことで笑われて余計緊張して・・・」
別に隠してるわけじゃないから教えた。
・・・仲間だし。
「そうだったの・・・小さい時の嫌な事、ずっと引きずるのってよくあるんだよ」
「でも、なつみさんはもう引きずってないよね?・・・いつ治ったの?」
「え・・・いつだったかな?急に吹っ切れたっていうか、人の顔色を見て話すのがバカバカしくなったってところかな。・・・これから治すきっかけは何度かやってくると思う。カエデちゃんに治したいって気持ちがあれば大丈夫だよ」
なつみさんが頭を撫でてくれた。
気持ち・・・あるから大丈夫かな。
「まあでも、カエデちゃんにはスズちゃんたちがいるから心配ないと思うよ」
なつみさんは空を見上げた。
・・・一人ぼっちのお地蔵様と同じ雰囲気を感じる。
「なつみさん?」
「それともう一つ・・・ちょっと触るね。・・・ほら、かわいい顔。男の子にモテるよ」
私の前髪が分けられた。
不意にやられたけど不思議と嫌じゃない。
「お母さんも綺麗だって聞いたよ」
「そ、そうなんだ・・・」
「見てみたいんだよね。・・・すごいんでしょ?」
ナツミさんは自分の胸を持ち上げた。
まあ・・・大きいけど・・・この話あんまりしたくない。
「あの・・・これ、貸してくれてありがとう」
私は鞄から借りていた本を取り出した。
これで話が変わる。
「あ・・・そうだったね。で、どうだった?」
「狛犬がよかったと思う。あっ・・・ってなった」
「うん、そうだよね。最初にちょっと出てきただけだったけど、最後に物語をひっくり返してくれた。こういうのいいよね」
なつみさんから借りた本は、妖怪が出てくる現代が舞台で、伏線の回収がすごく気持ちよかった。
これは自分でも買わなければいけない。
「気に入ってもらってよかった。物語はこれくらいしか持ってきてなかったのよね。面白いんだけど、作者はこの一冊を出してすぐ病気で亡くなっちゃったみたい・・・残念よね」
「そうなんだ・・・もっとこの人の小説読んでみたかったな」
く・・・まあ、仕方ないか。
「スズちゃんに聞いたけど、カエデちゃんは自分でも物語を書いてるんでしょ?」
「え・・・ま、まあ・・・」
「できたら読ませてもらう約束したって楽しみにしてたよ」
「そうなんだ・・・」
すずちゃん楽しみにしてるのか・・・。
・・・プレッシャーだ。
「私も気になるな。ねえねえ、どんなお話書いてるの?」
「どんな・・・えーと・・・」
「恥ずかしい?」
「んー・・・実は色々書いてはいるんだけど、途中で止まっちゃうんだ。なんか違うなってなっちゃって」
だからうまく言えないんだよね・・・。
あ・・・そうだ、なつみさんなら何かいいアドバイスをくれるかもしれない。
「ねえなつみさん。今途中まで書いたのがあるんだけど、読んでみて変なところがあったら教えてほしいの」
おもいきって頼んでみた。
このままだと、この物語も途中で止まってしまう。
「・・・私に?文学はそんなに得意じゃないんだけど・・・」
「それでもいい」
私は鞄から未完成の物語を取り出した。
内容は十代のラブストーリーだ。
心の変化がうまく表現できないのと、書いてるうちに性格が最初と変わってきてる気がして行き詰まっている。
◆
「・・・」
なつみさんは真剣な顔で読んでくれていた。
私は何を言われてもいいように心の準備をしておこう。
◆
「・・・」
座っていた石階段がぬるくなってきた。
蝉時雨と風の音が、夏の空に吸い込まれていく。
◆
「あ・・・ここまでなんだね。読ませてくれてありがとう」
なつみさんが原稿用紙の角を合わせた。
全部・・・読んだんだよね・・・。
「えと・・・あの・・・どう・・・だった?」
私は手帳とペンを持つ手に力を入れた。
「うーんとね・・・文章として変なところはないと思う。たくさん本を読んでいるから、そのあたりは自然と身についてるんだね」
「なにか・・・」
「一番は続きが気になる・・・かな。この女の子が、せっかく好きな男子と同じ委員会に入って、これからどうなるんだろってところでしょ?」
なつみさんは嘘を言ってない。
これは正直な感想・・・。
「続きが書けないんだ・・・。その話以外も考えたのは全部そうなの。気持ちが分からなくなってくるんだよね・・・」
「気持ち・・・」
「最初はこういう展開のお話って考えて、それで進めていくんだけど・・・実際にセリフも入れて話が進んでいくと、考えたのとは変わってきちゃって・・・」
私も正直に話した。
言いたいこと、わかってくれたかな?
「なるほど、作ったキャラクターが自分の意思を持ち始めるのね」
あ・・・わかってくれた。
そう、だから途中で書くのをやめる。
私の思い通りにならない。
そしてキャラクターに意思を感じてしまうと、私の都合で変えるのは悪いなって思ってしまう。
そうなるともう大変だ。
別の登場人物を出して、代わりをしてもらわないといけなくなって・・・際限が無くなる。
「こういうの・・・どうしたらいいかな?」
「創作の人物に寄せすぎちゃってるんだよ。それなら、もう自分のキャラクターと仲良くしてみたらどうかな」
「・・・仲良く?」
「そう、うまく伝わるかはわからないけど。動いてほしい所にキャラクターが行ってくれない。じゃあ、どうしてそっちに行ってくれないかを想像してあげるの。自分で生み出したんだから、答えはカエデちゃんの中にあるはずだよ」
私が生み出した・・・。
みんな物語の終点を待ってるはずなのに、思い通りにならないとほっといてしまっている。
この物語の女の子は、男の子とのドキドキするような出来事を待ってるから、そうしてあげないといけないんだよね・・・。
・・・気持ちを想像するってこういうことなのかな?
仲良くする・・・かあ。
「・・・なんとかやってみようと思う」
「頑張ってね。あと、登場人物は言ってしまえばカエデちゃんの分身なの。例えば物語の主人公を全部自分に置き換えて書いてみるといいかもね」
「私に・・・どういうこと?」
詳しく聞いて書いておかないと・・・。
「誰かと共同で作っているなら話は別だけど、これはあなたの想像力で作られているからね。例えばスズちゃんをモデルとした主人公を作ったとしても、心で何を思っているのかは本人にしかわからない。あなたがこう話すだろうな、こう動くだろうなって書いたスズちゃんは、決して本人ではなくてあなたの想像のスズちゃんになるの」
「ああ・・・たしかにそうだよね」
「その想像力の始点はカエデちゃん自身だから、自分を主人公にして書いてみれば何か見えてくるかもしれないよ」
「私を・・・」
自分が主人公なんて考えたこともなかった。
恥ずかしがりな私がどう物語を動かすんだろう・・・。
◆
「悩んでるね・・・。たいそうなストーリーじゃなくてもいいのよ。例えば、この夏休みの出来事を小説にしてみるとか」
考えていると、なつみさんがまた頭を撫でてくれた。
夏休み・・・。
「それなら・・・できそう」
きくちゃんとの出逢いだけで、たいそうな物語になりそうな気がする。
「ね、やってみましょう。それで完成したら読ませてね」
ちゃんとアドバイスを貰えたし、たのんでよかったな。
それに、私も完成したら読んでもらいたい。
「さて・・・お姉さんはそろそろ休憩終わり。力になれるかはわからないけど、行き詰まったらまた相談に乗るからね」
「ありがとう。えっと・・・今度お母さん見せてあげる」
「ふふ、楽しみにしてるね」
なつみさんは立ち上がって、自分のお尻に付いた砂を払った。
最後にもう一つ・・・。
「ねえ、なつみさんは本当に文学得意じゃないの?」
「うん、そうだよ」
・・・嘘だ・・・嘘ついてる。
「じゃあ、またね」
不思議な人、今まで会った大人とは違う・・・。
いや・・・先生に近い気がする。
先生・・・今どこにいるんだろ?
また会いたいな・・・。