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今が『あの頃』になっても  作者: NeRix
本編 第一部
23/71

第二十二話 八月二日 【新】 先生

 なんとなく外に出てみた。

今日は何をしようか・・・。


 いつもはぼーっと座ってるだけなんだけど、今日は予定を考えないといけない。

新しい友達が遊びに来てくれたから・・・。


 「ねえアラタ、暇なんでしょ?座ってないで早く遊びに行こうよ」

キクが俺の背中をさすってきた。

考えてるんだからさ・・・。


 「こんな柵に座ってて何が楽しいの?」

「そうだな・・・」

ここで何もしないでいるの・・・好きなんだけどな。


 家を出てすぐそこにある柵・・・俺のお気に入りの場所だ。

目の前は田んぼ、山、空・・・。季節で色も変わるし、眺めてるだけで落ち着く。

でも、キクにとっては退屈らしい。


 「とりあえず下りて。頭から水かけちゃうよ」

「わかったよ・・・」

神様ってのは、もっと静かなもんだと思ってたけど・・・キクは違うな。

三百年もいて精神的に成長はしてないっぽい・・・。


 「よし、じゃあどっか行くか」

なにも決まってないけど柵から下りた。

 正直、俺を誘いに来てくれて嬉しい。

キクはかわいいから・・・。


 「どこ行って何するの?」

「え・・・キクは何して遊びたいんだ?」

「それはアラタが考えるの」

人任せか・・・とりあえず歩きながら考えよう。

 ちょっと行けば河合商店もあるし、お菓子をあげれば時間も稼げる。

その間になにか思いつくだろ。



 「アラタ、決まったよー」

キクが笑顔で河合商店から出てきた。


 「なにが食べたかった?」

「キャラメルとこんにゃくゼリーとクッキーとチョコレートとスルメイカが食べたい」

先にキクを店に入らせて、欲しいものを見させた。

中で話してるとひとり言みたいになっちゃうからな。


 「あ・・・あと、みかんシャーベット食べたい」

「待て、そんなにお金持ってきてない。キャラメルだけな」

「・・・あんた一人でなにぶつぶつ言ってんの?」

ばあさんが不思議そうな顔で出てきた。

聞かれてたか・・・。


 「お菓子買いに来た・・・」

「ああ・・・そう」

よかった。そこまで気にして無さそうだ。



 「いいか?キャラメルはまず飴みたいに舐めて、柔らかくなったところを噛んで食べるんだ」

買い物を終わらせて、店の前のベンチに座った。

食べ方を教えてやらなくちゃいけない。


 「硬いときに噛んじゃダメなの?」

「ダメだね、歯の詰め物が取れるから」

「うー・・・噛みたい・・・」

俺流だけど、キクも真似して食べてくれた。

まあ・・・水神の歯に詰め物は無いだろうけど。


 あれ・・・そういえば、なにか食べてる時はどうなってるんだろ?


 「あのさ、他の人から見たら、そのキャラメルって浮いて見えるのか?」

気になったら聞くのが一番いいよな。

 「そんなことないよ。私が触ったらこっち側に来るから消えてるはず」

「そっち側?どういうことだ?」

「人間と私たちは同じ場所にいるけど、違う場所にいるって感じかな」

・・・は?

 「わかんねー・・・」

「説明しづらいのよ。矛盾してるように聞こえると思うけど、私たちの常識と人間の常識は違う。えっと・・・裏と表みたいな」

「鏡?」

「うまく言えないけど、鏡とも違う。もし鏡の中の世界があるとしたら、それは全く違う場所。私たちはそうじゃなくて同じ場所にいる。・・・そうねえ、鏡で例えると、こっちのアラタは映ったアラタには触れないけど、向こうは触れるの」

わかるようでわからない・・・こんなにもやもやするの初めてだ。

コースケでもいればわかったかな?


 「きくちゃん。なんの話してたの?」

カエデがいつの間にかいた。

手帳とペンを持って、前髪の奥の目を光らせてる。

 「今のって、神様と人間の違いだよね?他に違うところはあるの?」

「え?他に・・・寿命が無いとかかな。私たちは・・・たぶんずっと存在してると思う」

たしかに神様が死ぬって変だよな。

キクでも三百年だし・・・ん?


 「ちょっと話変わるけどさ。キクは・・・なんていうか今の時代の服を着てるよな」

俺はキクの胸を指さした。

 三百年てことは江戸時代だ。

でもキクは薄い黄色のスカートを穿いてる。


 「はあ・・・やっと気づいた。せっかく色々考えて選んだのに誰も聞いてくれないんだもん。どう、似合ってるでしょ?」

選んだ・・・買ってきたのか?

 「きくちゃんはどこから服を持ってきてるの?」

「見た目なんてすぐ変えられるよ」

キクの服が一瞬でカエデと同じになった。

すげー・・・。


 「随分時間が流れて、着るものも変わってるみたいだから合わせてるのよ。ああでも、私は着てるっていうか・・・覆ってるって感じかな。他の人にはわからないけど、あんたたちの見た目を変えることもできる」

好きな時に好きな服にできるのか・・・便利だな。


 「あ・・・おはようみんな。おキクさんと話してたの?」

もう一人・・・コースケが来た。

四人いれば色々できそうだ。

 「ちょうどいいや。二人も一緒に遊ぼうぜ」

「あ・・・ごめんアラタ。僕たち、今からバスで町の図書館に行くんだ。前から池田君と約束してて」

「私は池田君と約束したわけじゃないけど、読み終わった本を返す予定だったから一緒に行くことにしたの」

カエデは「一人で行くよりかは」って感じか。

人見知りなのに池田がいるの知ってて行くってことは、コースケみたいに気が合うんだろうな。


 「そしたら、池田に夏休み終わったら遊ぼうぜって言っといて」

「わかった、きっと喜ぶよ」

「あ・・・来た。きくちゃん、今度またお話聞かせてね」

バスが停まり、二人が乗り込んだ。

さて・・・どうするか・・・。



 「あーあ、人数が多ければもっと楽しかったのに・・・」

キクがぽつんと言った。

残念そうにしてるけど、キャラメルはしっかり噛みしめてる・・・。


 「キク、なにするか決めたぞ」

ちょっとの時間で思い付いた。

 「おー、なにするの?」

「二人だし、外でできることも限られてるから・・・」

三百年とかはもういい、同い年の女の子だし・・。

 「から?」

「今日は、俺たちが去年まで通ってた小学校を案内してやることにする」

学校なんて行ったこと無いだろうし、これなら不満は無いはずだ。

 

 「学校かあ・・・まあ昼間は入ったこと無いしいいよ」

「え・・・入ったことあったのかよ」

「おとといの夜にちょっと忍び込んでみたの。ハルカとコースケがいたから後を付けてった。あ・・・あと沼から出られた日の夕方にもちょっとだけ入った」

どうする・・・ちょっとだけなら・・・別にいいか。


 そんで二人が入ったのは・・・あの窓だな。

ああそうか、屋上なら星がよく見える。

どうせバレないだろうし、今から登ってみてもいい。



 「あと一年だったのに、町の小学校に転校しなくちゃいけなくなったんだ」

「子どもいないしね。アラタたちの下って、コースケの妹くらいだし」

学校までの一本道をキクと歩いた。

いや、歩いてんのは俺だけだな・・・。


 「あ・・・あれハルカじゃない?見て見て」

キクが道の先を指さした。

ほんとだ・・・。


 「おりゃおりゃおりゃ、どうだどうだ」

ハルカはこっちに背中を向けて、地面にある何かを触ってるみたいだ。

いや・・・猫か・・・。

 「あれはスズの所の猫だね」

「あいつ、あんなにこねくりまわされて全然嫌がってないな」

ハルカはカムパネルラをもみくちゃにしていた。

やられてる方も一切動かないで、ただ身を任せてる・・・。


 「お腹はもふもふだね・・・それそれそれ」

「ハルカー何してんのー?」

「あっキク、アラタも・・・あ、こら」

俺たちが近付くと、カムパネルラは走って逃げてしまった。

足音デカすぎたかな?


 「あーあ、行っちゃった・・・。せっかく触らせてくれてたのに」

「まあまあ猫は気まぐれだし。それより、暇だったら私たちと遊ぼ。学校に行くんだって」

「えー・・・まあ、あんたたちと遊んでもいいんだけどさ・・・」

ハルカは目を逸らした。

嫌なのかな?


 「他になんかあった?」

「まあ・・・学校に行くのは賛成だけど、コースケ誘って校庭でバドミントンやろうと思ってたから」

ハルカが肩にかけてた袋を見せてきた。

そいつは残念だったな。

 「コースケはカエデと一緒に図書館行ったぞ。池田と約束してたんだってさ」

「カエデと池田・・・そっかあ、じゃあ学校行く」

寂しそうな雰囲気だ。

・・・誘いに行った奴がいなかったらこうなるか。


 「でもコースケって走るのは得意だけどそういうのは苦手だろ。一緒にやって面白いか?」

「わかってないなあ。どんなに遠くに飛ばしても追いつくから割と続くんだよ。勝ち負けじゃなくて、体を動かすのが目的だからそれでいいんだ」

・・・動いてるのはコースケじゃないか?

ハルカにとっては軽い運動のつもりだろうけど、たまったもんじゃないな。


 「ねえ早く行こうよ」

キクが俺とハルカに手招きをした。

 たまたまだったけど、ハルカも来るなら三人で遊べる。

キクにも羽根の打ち方を教えてやろう。



 「そこから入ろうよ」

ハルカがプール近くの入り口を指さした。

 学校の敷地に入る所は何か所かある。

正面に三、裏に一・・・人数が多い時は楽しかったんだろうな。


 「あの辺にしよ、もうすぐ日陰になるし」

俺たちは校舎に近い所で遊ぶことにした。

 風はそんなにないけど、羽根は軽いから影響が少ない方がいい。

体育館に入れれば一番いいんだけど・・・。



 「じゃあキクは一回見てな」

「はーい」

「ハルカ、まずは軽くだぞ」

「おーけー」

ハルカが高めに羽根を打った。


 これなら返しやすい。

こっちも合わせて高めに返そう。



 「おらっ!」

何度か繰り返したところで、ハルカがおもいきり打ってきた。

 「あ、バカ!」

羽根を落としてしまった。

せっかく続いてたのに・・・。


 「おい、キクにまず見せるって言っただろ」

「いやー、ついねー」

ハルカはニヤニヤしている。

飽きたのか・・・。


 「えっと、打ち合って落とした方が負けってこと?」

キクが近付いてきた。

まあいい、交代だ。

 「そうだな、本当は間にネットを張ってやるんだよ。広さも決まってるんだけど、遊びだからそういうのは無し。キクは飛ぶのは禁止な」

キクにラケットを渡した。

どんくらいできるんだろ・・・。



 「はいっ」

「はあ・・・はあ・・・やるじゃん」

「こんなの簡単だよ」

キクはすぐにコツを掴んだみたいで、ラリーが何回も続いていた。


 「ハルカ、これ面白いね」

「ちょっとキク、あっちこっちじゃなくてあたしの方に打ってよ」

「あはは。ハルカ、コースケの気持ちわかったか?」

たぶん・・・キクに悪気は無い。

これからコースケとやる時、少しでも加減できるようになればいいな。



 「あ・・・」

ハルカが羽根を落とした。

ちょっと遠すぎたな。

 「はあ・・・交代しよ。ちょっと休憩するから・・・」

「じゃあアラタね。百回続くまでやってみようよ」

キクは息も切らしてない。

ラリーだけで楽しいみたいだ。


 「じゃあ私からね・・・あっ、誰か来た・・・」

キクは、振り上げたラケットを急いで地面に置いた。

誰だろう?



 「よお、久しぶりだな。ようやく来たか」

近付いてきたのは、よく知っている顔だった。

なんで・・・。


 「あー先生だ、もしかしてあたしたちと遊びたくて来ちゃったの?」

一年生から五年生までずっと俺たちの担任だった先生だ。

廃校って決まって、どうするか考えてるって言ってたな・・・。

 「遊びたくはないけど話はしたかったな。・・・ちょっと職員室来るか?」

先生は親指を校舎に向けた。

もうここの先生じゃないのに、なんで職員室に入れるんだよ・・・。


 「アラタ・・・知ってる人?」

キクが、俺の耳元で囁いた。

・・・くすぐったい。

 「うん、五年間俺たちに勉強とか教えてくれてた先生だよ」

「へえ、子供に教えるなんて偉い人じゃない。ちょっと行ってみようよ」

まあ・・・バレないか。


 「疲れたからつめたーいのが飲みたいわね」

ハルカが立ち上がった。

ああ・・・たしかに飲みたい。



 「ありがたく飲めよ」

「恩着せがましいわね・・・」

テラスから職員室に入って、椅子に座らされた。

さすがにキクの分は用意してもらえないか・・・。


 「はあ・・・先生って今何してんの?」

ハルカが一気にコップを空けた。

 「この廃校の管理をしてるんだ。壊すよりも再利用するって話が出てるみたいでな。どうなるかはまだ決まってないけど、その間誰かが見てないといけないんだ。校長が口聞いてくれて・・・今はそんなところだ。実は四月からここにいたんだけど、タイミングかな?誰とも会えなかった。きのうやっとコースケが来たんだ。色々話したぞ」

「え・・・そうだったんだ。ねえ、もう先生はやんないの?先生の授業、あたし好きだったんだけど」

「・・・」

先生は急に寂しい顔をした。

俺も小学校を卒業するまでは教えてもらいたかったな。


 「ごめんな、先生はもうやらないんだ。違う学校に行っても、お前たちと同じようにはできないからな」

「どうして?」

「人数が違う、六人だからお前たち全員に気を配れた。教師になって初めて赴任したのがこの学校だし、今さら他のやり方はもうできないと思う。だから先生の教え子はお前たちだけだ」

今の学校だと、わかんない奴がいても教科書は先に進む。

だけどこの先生は違った。


 『よくわかんない。二階と一階はあんまり変わりないよ?』

理科の授業の時、スズが手を挙げた。

 『あー?それくらいじゃ変化は無い』

高低差で気温が変わる話の時・・・。

 『じゃあ、わかんないままかも』

『じゃあ本当に高いとこ行けばわかるな・・・全員外出ろ。駐車場に集合だ』

そのまま学校を出て、車で蔵王まで連れていかれた。

今の小学校じゃ絶対ありえない・・・。


 体育も聞けば教えてくれたけど、基本は「自由に体を動かせ」ってだけだった。

あ・・・そういや毎月一人ずつ呼ばれて、悩みとか困ってることとか聞いて相談に乗ってくれてたな。

 

 この先生のやってくれたことが普通だと思ってたけど、転校したら授業の感じが違いすぎて戸惑った。

でも・・・今の学校の方が普通らしい。


 「五年間だったけど、先生はお前たちに普通の学校の教師にはできないことまで教えたからな」

先生が胸を張った。

 「俺たちには先生が普通だったからそんなこと言われてもな・・・」

「お前たちには、普通の授業では教えないような役に立つ考え方を徹底的に教えた。・・・どうだ、町の同い年の奴がガキっぽく見えることないか?」

「あ・・・あたし思った。今の学校の子たちはそう思う」

「だろ?先生の五年間の成果だな。先生が学生のころ、教育について考えてたことを全部やっていったんだ。運動会とか面倒なイベントも無かったし・・・嫌な言い方すると実験台だな。あはは」

人数が少ないからできたんだろうな。

今の先生は別に悪くないけど、全員に気を配るのは大変そうだし・・・。


 「ふーん、あんたたちが妙に察しよかったり、大人っぽい時があるのはそういうことだったのね」

キクがコソコソ話した。

 「・・・」

気のせいかもしれないけど、先生にこっちを見られたような感じがした。

 「おかわり持ってきてやるよ」

大丈夫・・・だよな?



 「ところでカエデはいないのか?まさか先生のカエデを仲間外れにしてないよな?」

先生が戻ってきた。

始まったぞ・・・。


 「うわー・・・まだそれ言ってる。いい加減気持ちわるい」

ハルカの目が細くなった。

本気で思ってんだろうな。

 「いや待て、誰のおかげでカエデが普通に話せるようになったと思ってんだ」

「まあ・・・先生だよね」

昔のカエデは、今みたいに普通に喋れなかった。


 『今日から授業のやり方変える』

一年生の五月、先生が授業をカエデに合わせて話し合い形式に変えた。

 『カエデもそう思うか?』

『え・・・あ・・・うん・・・』

『かわいいなカエデは・・・』

だからと言って無理に話させるんじゃなくて首を振ったり頷いたり、紙に書いて見せるだけでもいいことにして馴らしていった。

 

 『じゃあ、段落ごとに朗読な。誰からやる?』

『私から・・・』

『じゃあ、かわいいカエデからな』

『はい・・・』

おかげで少しずつ今のカエデになっていった。

先生とカエデは、放課後もよく話してたっけ・・・。


 「カエデは先生にとっての天使だ。あと一年で前髪を何とかできたのに・・・」

「ずっとカエデをひいきしてたよね」

「気付いてたか・・・今だから言うけどカエデが一番で、お前ら他の五人は同列だ。体育も苦手だって言うからコースケに任せることにした」

「いや・・・気付いてんに決まってんじゃん」

話しだけ聞くととんでもない教師だ。

まあ・・・俺はそこまで差は感じたことなかったけど。


 「だからってお前たちを気にしてなかったわけじゃないからな。例えばハルカは、自分の考えてることと、口から出る言葉が違うことあるだろ?」

「う・・・なんでわかるの?」

「先生だからだよ。本当は今年教えてやるつもりだったのにできなかったからな。お前はちゃんと自分と向き合え、どうしたいかが定まってないからそうなるんだ」

「・・・でも、そんなに困ってないし」

「・・・ふーん、困ることあるみたいだな」

ハルカが固まった。

・・・どうなってんだ?


 「・・・わかったよ。ちゃんと考える」

「ハルカなら大丈夫だ。芯がしっかりしてるからな。誰かを傷付けないように考えて話すようにすること」

やっぱりちゃんと見てるんだな。

俺もこんな大人になりたい・・・。


 「アラタにはあんまり言うことないな」

先生が俺を指さした。

 「え・・・なんで?」

「お前は先生と似てて、ちゃんと全体を見れる力がある。ただ、気を配りすぎて自分を後回しにすることがあるな。それは悪いことじゃないけど、お前が考えるほど周りはバカじゃない。いらない手まで差し出す必要はないからな」

それっぽいこと言われた・・・。


 「わかった。でも相手が本当に困ってたら?」

「お前はそれを見抜けてるはずだ。余計に手を出しすぎってこと。おせっかい、大きなお世話。確かに相手は助かってることが多いだろうけど、繰り返すと図に乗るやつが出てくる。そうだ、あいつに助けてもらおう・・・ってな」

ストレートだな・・・痛いくらいだ。

なんでもかんでも手を出すなか・・・。


 まあそうなんだよな。

なんとかできそうだなって思っても手を出してしまう。

大きなお世話・・・。


 「どうだ、お前らのことなんか大体わかるぞ。実は運動会も見に行ったんだからな」

先生が自慢げな顔になった。

 それなら顔見せればいいのに・・・。

みんな会いたがってるの知ってるはずだ。


 「けど・・・恥ずかしくて声かけられなかったけどな」

「へえ、先生もそういうのあるんだ?」

「あの学校の教師でもないのにお前らが来て、先生、先生って呼んだら変な目で見られるだろ?」

会うのが恥ずかしかったわけじゃなくて、自分が恥をかくのがいやだったってことか。


 「予想通りだったけど、コースケはやっぱりリレーのアンカーだったな」

先生はコースケに話を変えた。

 「そうだよ、学校で一番速い」

「四月の体力測定だよね。五十メートルの時、あいつ遅そうってちっちゃい声聞こえてムカついたって教えてくれたよ」

「あはは、あいつたまにオスの部分出すからな」

「すげー奴いるってなったよな」

あれでみんなの印象変わったからな・・・。


 「けど、なんであいつリレーは本気で走んなかったんだろうな。目立つの苦手なんだろうけど・・・アンカーだし目立つよな」

先生が腕を組んだ。

 「あたしもわかったよ。コースケがそれでいいなら別に言うことじゃないって思って黙ってたけど・・・ていうかそれでも一番だったし」

俺も気づいてたけど言わなかった。

才能とやりたいことは違う・・・コースケはそのタイプだ。


 「そうだよな。たぶんお前ら五人はわかったはずだ。・・・去年計った時は全国レベルだったんだぞ。仙台の陸上スクール紹介してやるって言ったのに、面倒だからって断られたよ。あの速さは姉さんの指導がいいんだろうな」

「本当は勝手に走るのが好きみたいだよ。タイムとか勝ち負けとか、そういうのは他でやってほしいって言ってた」

コースケとハツミ姉さんは年が離れている。

 俺たちが一年生になったときは中学一年だった。

ずっと陸上をやってて、大鳥沢では有名人だ。


 きっかけは聞いてないけど、一年の時にコースケが姉さんに走るのを教えてもらってるって言ってた記憶がある。

俺とケイゴよりずっと遅かったのに、それからすぐに抜かされたっけ・・・。


 「どっちかっていうとお前らに並びたかったんじゃないか?ほとんど一つ下だし・・・対等に見られたかったんだよ」

「まあ、一年生になる前はあたしをお姉ちゃんて呼んでたくらいだからね。後ろ付いて来てさ・・・かわいかったな」

気にしたことなかったけど、あいつも悩んでたんだな。

・・・今の俺なら気付けたかもしれない。


 「あ・・・そうだ、スズはどうだ?」

カエデの次だろうけど、先生はスズのこともずっと気にかけていた。

二人暮らしだからな・・・。


 「元気だよ。相変わらずケイゴにべったりだけど」

「まあそうだよな。いつも一緒にいてやってたから信頼関係が強いんだろう。ただ二人とも似たもの同士っていうか、二人の間で困ったことがあっても相談しないんだよな。スズは父親には話してそうだけど」

「そんなんわかるの?」

「様子が違うのはすぐ気付くよ。・・・去年、変な時あったんだよな。月一の面談の時も聞いたけど、二人とも何もないってさ。まあ、仲良くやってるならいいけど」

変な時・・・あったかな?

 二人はいつも仲いいし、ケンカとかしなそうな感じだ。

でも、気付けてたら助けになってやれたかも。


 「・・・詳しくは知らないけど、あたし思い当たることあるかも。もしかしたらだけどさ」

「ふーん、お前らに言わないってことは、自分たちで何とかしたいんだろ。もし話して来たら相談に乗ってやればいい」

先生は俺を見て言った。

 ・・・なるほど、さっき先生が言ってたのはこのことか。

ケイゴとスズは自分たちで解決しようとしている。だからわざわざ首を突っ込むなってことね。


 「ねえアラタ、もし二人が私に相談してきたら助けた方がいいの?」

キクが小さい声を出した。

友達だし、気にしてくれてるんだな。

 「・・・先生が言った通りだ。もしキクに言ってきたら力になってやればいいよ」

「わかった」

「・・・」

先生がまた俺を見た。

小声だけど聞こえてたのか?


 「・・・なんかカンが鋭い人ね。バレはしないだろうけど、なんか怖いから他の部屋探検してくるね」

キクは俺とハルカにそっと耳打ちして職員室から出て行ってしまった。

帰りにジュースを買ってやろう・・・。

 「ていうか先生、来てるんなら教えてよ。あたし先生と話したいこといっぱいあるんだ」

ハルカが話を変えた。

 先生の気を逸らすためだな。

・・・話したいことがあるのは本当だろうけど。


 「悪かったとは思ってる。でもお前らはもう町の学校の生徒だ。こっちに寄り付くのも良くないと思ったんだよ。・・・最後にお前らの親にあいさつに行った時も、黙っててくれって頼んでおいたんだ」

「え・・・お母さんたち知ってたの?そこまでしなくていいじゃん。ていうか放課後とか休みの日に何してようとあたしらの自由でしょ」

「実はすぐ寂しくなった。けど自分から行くのはなんか恥ずかしいから、早く気付いて話しに来いよって思ってたんだ。・・・やっぱり先生は、お前らのことが心配で仕方ない」

先生は穏やかな顔で淡々と教えてくれた。

いつも通りだ・・・なんかこの学校の生徒に戻ったって感じする。


 「でも、これからは自由に来ていいんでしょ?もうカッコつけんのやめなよ」

「そうする、他の奴にも会いたいしな。あ・・・カエデには必ず来るように言っておけよ。ああカエデ・・・少し離れてただけなのに何年も会ってなかったみたいだ・・・」

先生は自分の両手を見つめて溜め息をついた。

 こういうとこは危ない人だと思う。

大人が小学生の女の子に何言ってんだよ・・・。



 「ああそうだ・・・でも先生明日からお盆明けくらいまでいないから、そのあとにしてくれ。少し旅行に出てくるんだ」

先生がお菓子を持ってきてくれた。

旅行・・・。


 「先生ずるいな。俺たちは先生と修学旅行に行くの楽しみにしてたんだぞ」

「そうだな、先生も行きたかったんだけど・・・。よし、それなら来年の三月にお前ら六人を卒業旅行に連れて行ってやる」

「おおーいいねー。嘘じゃないよね?あたしみんなに話しちゃうよ?」

「いや待て」

はしゃぐハルカに先生はストップをかけた。


 「先生から話したい。それまでは誰にも言うなよ。いいな?先生から・・・話したいんだ」

先生がいつもの癖を見せてくれた。

たまにやってたけど、真面目な時は大事なところを溜めて話す・・・これも変わらない。


 「でも、どこに行くのか早く決めたいな。あたし賑やかなとこよりも、明かりが少なくて星がよく見えるとこがいい」

「それは夜の話だろ?昼間は賑やかなところでもいいと思う。とりあえず、先生がみんなに教えたら集まって決めようぜ」

みんなで行けばどこでも楽しいはずだ。

 「待て・・・」

先生は俺たちの前に手を出した。

授業中によくやってたな・・・。


 「温泉がいい。カエデと・・・入りたい・・・」

「え・・・」「やば・・・」

俺とハルカの体が固まった。

カエデ・・・いいって言うのかな・・・。

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