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今が『あの頃』になっても  作者: NeRix
本編 第一部
22/71

第二十一話 八月一日 【鈴】 夏風邪

 息苦しくて・・・頭が痛い・・・。


 きのうの帰りから、少し変だなって思ってた。

頭がちょっと重くて・・・でも、川でいっぱい遊んだから疲れただけって軽く考えてた・・・。


 『スズちゃん、熱ありそうだよ』

『本当だ・・・計ってみた方がいい』

顔が真っ赤だったみたいで、すぐに体温計で熱を見られた。

今日もいい天気で、気温も高いはずなのに寒気がする・・・。


 『三十八度・・・。高いわね、薬箱はどこですか?』

ナツミさんに風邪薬を飲ませてもらった。

 『病院に連れて行かないと・・・』

『ひと休みさせて、下がらなかったら私が連れて行きます。トオル君にお願いするので、心配しないでお仕事に行って大丈夫ですよ』

『ありがとう・・・保険証の場所を教えておく』

『はい。・・・スズちゃん、あったかくして寝なさい』

横になるといつの間にか眠ってしまって・・・今起きたところだ。

なんだか目の前がぼやけてる感じ・・・。



 ちょっとだけ頭がはっきりしてきて、首を動かしてみた。

外ではセミがうるさい。

日差しの向き・・・まだ午前中みたい。


 「あ・・・ナツミさん・・・」

わたしの机で本を読んでいる姿が見えた。

 「ん?起きたんだね。でも、まだ九時だよ。もう少し寝てないと」

ナツミさんは頭を撫でてくれた。

 わたしが布団に入ったのは七時ころだったから、二時間は眠ってたのか。

でも頭痛はまだ治ってない・・・。



 「うん・・・ちょっとだけ下がったって感じね」

ナツミさんが体温計を見つめた。

下がりはしたのか・・・。


 「病院は・・・行かなくて大丈夫だと思う・・・」

「お昼に計ってみてから決めようか」

「うん・・・」

「今日はお姉さんがついててあげるから、なにか困ったら言いなさいね」

「うん・・・」

涙が出てきた。

「ついててくれる」って言葉が嬉しかったから・・・。


 具合が悪くてもいつも一人だった。

ケイゴ君やみんなにうつせないし、お父さんに仕事を休ませるわけにもいかない。

だから・・・心配かけたくなくて無理をしてたこともあった・・・。


 「・・・苦しいの?」

「違うの・・・こういう時いつも一人だったから、誰かが一緒にいてくれるのってなんかいいなって」

正直に話した。

 「・・・」

ナツミさんはにっこりと微笑みで返してくれた。

でも・・・これ以上は迷惑をかけるかも。

 

 「ねえ・・・今日も調査があるんじゃないの?悪いから・・・もういいよ」

嬉しいっては思うけど、邪魔はしたくない。


 「大丈夫、スケジュールは不測の事態を考えて、余裕をもって組むものなんだよ。だから今日は、スズちゃんと一緒にいるってもう決めちゃった」

「本当?」

「本当だよ」

ほっぺをつつかれた。

 いい加減なことは言わない人だけど、実際はどうなんだろうな?

・・・今日は甘えちゃおう。


 「あ・・・そうだ、スズちゃんが寝てる間にケイゴ君が来たのよ」

「えっ!なんか言ってた?」

涙がすぐに止まった。

ケイゴ君・・・。

 「自分のせいかもって言ってたよ」

「そんなことないのに・・・」

きのう「大丈夫だよ」って言ったけど、心配で来てくれたんだね・・・。

 

 「帰っちゃったの?」

「私が見てるから安心してってちゃんと言っておいたよ」

「そうなんだ・・・」

具合悪い所は見られたくなかったからナツミさんに感謝しよう。

そして治ったら「来てくれてありがとう」って言いに行かないと・・・。



 「きのうの朝は元気だったのにね・・・」

ナツミさんが氷枕を取り換えてくれた。


 「裸で水遊びでもしたのかな?」

「え・・・」

・・・見透かされてるみたい。

あてずっぽうだと思うけど鋭い人だ。

 たしかに下着は濡れたまま帰った。

お風呂にはすぐに入ったけど・・・。


 「きのう・・・川で遊んだ・・・」

「川・・・洗濯物に水着は無かったけど・・・」

「下着で」

「下着?夏だからって油断しちゃだめよ。・・・それじゃあ体も冷えるわね。次からは着替えとタオルを持っていきなさい」

叱られた・・・。

その通りだよね。

 

 でも・・・なんか落ち着く。

例えば、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかな?


 「とりあえず水分を取って、もう一度寝なさい」

おでこにペットボトルが当てられた。

冷たい・・・。

 「ケイゴ君が置いていったんだよ」

「あ・・・うん、飲む・・・」

ふふ・・・早く治さないと・・・。



 「ん・・・」

楽な感じで目が覚めた。

二時過ぎか・・・。


 「起きたね。お加減どうですか?」

「けっこう楽になった。・・・ねえナツミさん、トイレ行きたい・・・」

一人で行けそうだけど、付き添ってほしかったからお願いしてみた。


 「はいはい、一緒に行きましょうね」

ナツミさんが体を起こしてくれた。

美人で性格も穏やかで頭もいい・・・憧れるな。


 「手を繋いで」

もっと甘えてみたくなったから頼んでみた。

 「いいよ」

「・・・ありがとう」

あったかい・・・。



 部屋に戻ると、また体温のチェックが入った。

今度はどうだろ・・・。


 「微熱って感じだね」

「病院は・・・」

「行かなくて大丈夫だよ。まあ・・・明日になってまた上がってたら連れてくけど」

「治す・・・」

夏休みに風邪で動けないなんてもったいないしね。


 「とりあえず・・・パジャマが汗で濡れてて気持ち悪いでしょ?着替えましょうね」

「はーい・・・」

本当はお風呂に入りたいけど、今日はダメかな・・・。



 着替えてまたお布団に入った。

シーツも交換してもらったから気持ちいい・・・けど・・・。


 「うーん・・・」

「どうしたの?」

「眠れない・・・」

「まあ・・・たくさん寝たからね。でもお布団には入ってなさい」

あったかくしてればいいみたいだ。

じゃあ・・・。


 「ナツミさん・・・お話しよ」

「いいよ。じゃあ、私から色々聞いてもいい?」

「うん、なんでも聞いて」

こういうのいいな・・・。


 「いつも仲良しの六人で遊んでるの?」

「大体そうかな。でもケイゴ君と一緒にいるほうが多いかも」

「仲のいい男の子がいるってどんな感じなのかな?」

「えっとね・・・なんか楽しい。色んな顔を思い浮かべたり、お話ししたことを思い出したりすると元気になるんだ」

本当にそう思う。

アラタ君、コースケ君、ハルカちゃん、カエデちゃんも同じように思うけど、順番を付けるならケイゴ君が一番だ。


 ケイゴ君が特別な理由はちゃんとある。

そうだ・・・初めて会った時のことをナツミさんに教えてあげよう。


 「お母さんが亡くなった時、わたしはずっと泣いてたんだ・・・」

初めてケイゴ君と話したのはその時だった。

 「それまでは・・・いるのは知ってたけど、男の子だしちょっと恥ずかしかったんだよね」

「ケイゴ君の話?」

「そう・・・お葬式が終わったあとに・・・ケイゴ君のお母さんが連れてきたの」

ああ・・・いつ思い出しても幸せな気持ちになる。


 『今日はうちの子連れてきたの。これでもうお友達ね』

隣組だったから、ケイゴ君の家族はわたしたちにすごく良くしてくれてた。


 「でも、わたしは悲しくてうまく話せなかったんだ・・・」

「それは仕方ないよ・・・」

「うん・・・」

だけどケイゴ君は・・・。


 『なにして遊ぶ?・・・泣いてちゃつまんないよ』

普通に話しかけてきた。


 「小さかったし、事情もよくわからないからストレートに言えたんだろうね」

「うん・・・」

だからわたしも・・・。


 『でも・・・お母さんがね・・・寂しくて・・・ずっと泣いちゃうの』

正直に言った。

そしたら・・・。

 『じゃあ寂しくないように、オレがいつも楽しいことしてあげるよ』

今でもはっきりと思い出せる・・・。


 「なんかね、悲しいのが飛んで行っちゃたんだ」

「素敵な話だね」

「うん・・・でね、本当にそれから毎日遊ぶようになって、ずっと楽しかったんだよ」

だから・・・特別だ。


 「じゃあケンカとかしたことなさそうだね」

「え・・・うん、ないの・・・かな」

ちょっとだけ胸がちくっとした。

ケンカ・・・。


 「・・・何かあったの?お姉さんには話せないことなのかな?」

ナツミさんがいじわるな顔になった。

 「うーん・・・」

この話はお父さんにしかしてない。

先生にも「なにかあったか?」って聞かれたけど教えなかったこと・・・。


 でも・・・そろそろ誰かに話したい。

ずっと一人で悩んでいるのは辛くなってきてる。

・・・ナツミさんになら話してもいいかな?



 「去年のことなんだけどね・・・」

ちょっとだけ考えたけど、話すことにした。

なんていうか・・・知ってほしい・・・。


 『山に野ウサギがいるんだ。オレこの前見たんだよ』

『ウサギさん?見たい、連れてって』

学校でこんな話をした。


 「それで約束した日・・・ケイゴ君が迎えに来るの待ってたんだけど・・・全然来ないの」

「ずっと待ってたの?」

「うん・・・でも、夕方になっちゃったから・・・ケイゴ君のおうちに行ってみたんだ。・・・思った通りでケイゴ君はいて・・・約束忘れちゃってたみたいだったの」

苦しいけど・・・全部・・・。


 『ケイゴ君、約束・・・』

『・・・』

ケイゴ君は「しまった」って顔で黙っていた。

周りの音が消えて、世界に一人ぼっちになったみたいだったな・・・。


 『なにか・・・用事が・・・あったのかな・・・』

なんとか出てきた言葉だった。


 「目の奥が震えてるような感じがしてきて・・・でも泣かないようにって頑張ったの」

そしたら色んなこと考えてしまった。


 「なんか責めるように言っちゃったかなとか、気にしてないよって伝えなきゃとか・・・」

「・・・」

「ケイゴ君がもっと困った顔になって・・・。困らせたかったわけじゃないのに・・・また今度一緒に行こうねって言えばいいだけなのに・・・言えなくて・・・」

「・・・そうじゃないと思うよ。スズちゃんは怒らなきゃいけなかった」

ナツミさんが手を握ってくれた。

うん、そうだよね・・・。


 『あのスズ・・・』

あの時に怒ればよかったんだ・・・。


 「でも・・・わたし、自分に怒ってないって言い聞かせてたんだ。忘れるような約束の仕方だったからとか・・・。最後には、なんとも思ってないって考えちゃった」

「・・・どうなったの?」

「結局泣いちゃったんだ。涙がさらさらってたくさん出て来て・・・とまらなくて・・・」

でも「なにか言わなきゃ」って気持ちはあった。

それで・・・。


 『ごめん・・・ごめんねケイゴ君・・・』

口から出てきたのはあれだけだったな。

泣いててうまく言えなかったけどずっと繰り返してたっけ・・・。


 ・・・思い返すとなんか嫌な感じだ。

あの状況だったら、誰が見ても悪いのはケイゴ君だと思う。

 なのに、わたしが悪いからって感じにして謝るのは変だよね。

困らせたくない一心だったけど、余計に困らせたんだろうな・・・。


 「そのあとは、おばさんが出てきてケイゴ君すごく怒られてた・・・」

「そうなんだ。でも、それだとそのあと気まずくならなかったの?」

「次の日からいつも通りにしてたんだ。・・・何もなかったみたいに」

「・・・それはケイゴ君が辛そうね」

ナツミさんは目を閉じた。

それは・・・わかってる。


 仲直りをうやむやにしてしまった。

それからケイゴ君が、たまにぎこちない時があるのも知ってる・・・。


 「解決せずに蓋をしてたら、あとでどうなるかわからないわよ」

ナツミさんの瞼が開いて、わたしの目をしっかりと見てきた。

 「うん・・・そう思うんだけどね。時間が過ぎてって、どっちも言い出せなくなってるの。だから・・・もういいかなっても思ってきてて」

「まあ・・・あなたたち二人のことだから、よっぽどじゃないと口は出さないけどちゃんと解決するのがいいと思うよ。ほとんどのことは時間が経てばなんとかなることもあるけど、その棘は抜かないといけない」

「棘・・・そうなのかな・・・」

「そうよ、ちょっとしたきっかけでその棘が傷口を広げて・・・気づいたらもうどうしようもないってこともあるんだから」

大人に言われると説得力がある。

・・・ナツミさんもそういう思いをしたことがあるのかな?


 「でも、わたしその話避けちゃうんだ。・・・怖くて」

「嫌われると思っちゃうのね?」

「うん・・・」

わざとらしく話を変えることもある。

きっと・・・気付いてるよね・・・。


 「どうにかなるのかな?」

「そうね・・・アドバイスとしては、その時言いたかったことを言えばいいのよ。本当は怒ってたんでしょ?だからケイゴ君からその時の話があったら、怖がらずにそれをはっきり伝えること。・・・大丈夫だよ、そんなことで嫌われたりしない」

「うん・・・覚えておく・・・」

こんな話はハルカちゃんにもカエデちゃんにもしたことがない。

でも話すと色々すっきりした気分になる。


 ナツミさんがいてくれてよかった。

もっと・・・もっとわたしの話を聞いてほしいな。

・・・家族みたいに。

 

 「ねえナツミさん」

「なに?」

「この家にいる間だけでいいんだけどね・・・お姉ちゃんて・・・呼んでもいい?」

お布団で口を隠しながら言った。

どうだろ・・・。

 「ふふ・・・私はもうお姉ちゃんとして接してたんだけどね」

優しい声が返ってきた。


 「そうだったの?嬉しいな・・・」

「とりあえず、風邪を治さないとね。そしたら、私の妹にもっといろいろ教えてあげる。・・・お父さんからも頼まれたしね」

頼まれた・・・。

 

 『男親だけじゃ色々説明しづらかったり、困るところも出てくるんだ』

うっすら憶えてる。

あの夜の話・・・だよね。


 まあいい、ともかく一人っ子だったわたしにお姉ちゃんができたんだもん。

今年は素敵な夏休みだな・・・。



 「早めに帰ってくるって」

お姉ちゃんが、お父さんに電話をして戻ってきた。

 「別にいいのに・・・」

いつの間にか夕方になっている。

ひぐらしがちょっとだけ騒がしい。


 「食欲はある?」

「ちょっとある」

「じゃあ安心だね」

お姉ちゃんがぎゅっとしてくれた。

 わたしも安心する・・・。

そうだ、お姉ちゃんだったらわたしの秘密教えてもいいよね。


 「あのねお姉ちゃん、さっきの話の続きなんだけど・・・」

わたしが話し始めると、さっきまで響いていたひぐらしの声がピタッと鳴くのをやめた。


 「わたしは約束を破られたのが悲しかったんじゃないの。・・・もっと悲しかったのは一緒にいれなかったことなんだ」

静かだけど、このまま言ってしまおう。

 「一緒にいると楽しいって言ったでしょ?・・・だから寂しかったんだ。あの時怒ってはいたけど、そういうことも言いたかったんだと思う。別に探しに行くのは野ウサギじゃなくても、なんでもよかったの。一緒にいられたらなんでも・・・」

その時に初めて自分の気持ちがわかった。

 

 「だから・・・わたしはケイゴ君のことが・・・」

ひぐらしがまた鳴きだした。


 伝えたい想いは、まだ本人に届けていない。

そろそろ・・・陽が沈む・・・。


◆ 


 わたしの熱は、夜にはすっかり下がっていた。


 「おなかすいた・・・」

お出かけから帰ってきたねんちゃんが話しかけてきた。

ふふ、ごはんの前に・・・。


 「ほらねんちゃん、お姉ちゃんだよー」

わたしは大事な家族を抱き上げて、ひと夏だけのお姉ちゃんを紹介した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] スズちゃんの切なさが静かにしっかりと伝わってきました。 [一言] ここまで一貫して正統派ジュブナイル小説だと思いました。 あらすじにはプロローグは本編の前置きであるかのように書かれています…
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