第十六話 七月二十九日 【春香】 違い
コースケもいつの間にか逞しくなってたんだな。
山道も詳しいし、前よりずっと力も付いてる。
・・・あたしは足が筋肉痛だ。
あんなに歩いたのは、去年の蔵王登山の時以来かな・・・。
◆
アイスが食べたい・・・。
お昼を食べ終わってのんびりしていた。
暑いから冷たいものが欲しくなってくる。
でも足が痛いから動きたくない・・・。
でも食べたい。スムージーじゃなくて、ミルクな味がいい・・・。
◆
「いたい・・・」
なんとか体を動かして冷凍庫を開けてみた。
「ちっ・・・」
こういう時に限って入ってない。
服を着るのも、日焼け止め塗るのも面倒だから我慢しようかな・・・。
時計を見ると一時十五分だった。
・・・ダメだ、我慢できない。
◆
「ちょっとだから頑張ってね」
玄関で太ももを優しくさすって家を出た。
大丈夫、午前中より痛みは引いているし・・・。
◆
「時間かかるな・・・」
足を気遣いながら歩いた。
仕方ないけど、いつもより遠く感じるな・・・。
「まあ急いでるわけじゃないしね」
前向きに考えよう。
「・・・え?」
でも、自分の意思とは無関係のものもあったりする。
後ろから車が近づいてきていた。
道の端に避けないといけないけど、すぐ動くのは無理・・・。
「ハルカ、散歩か?」
車の窓が開いて、知ってる声が聞こえた。
トオルさんだったのか・・・。
「ちょっと待って・・・すぐに避けるから・・・」
「大丈夫?」
助手席からナツミさんが降りてきた。
大丈夫なわけないじゃん・・・。
「どうしたの、転んだりした?」
「いや、きのう山の中歩き回ってたから筋肉痛で・・・」
「そうなんだ・・・どこか用事?」
「え・・・」
そりゃ聞くか・・・。
けど、ただ「アイスが食べたかったから」って言うのは恥ずかしいな。
「ちょっと・・・河合商店に買い物・・・」
「なんだ、お菓子かアイスだな」
トオルさんも出てきた。
あたしたちが河合商店に用があるのはそれしかないって、ここで育ったトオルさんはわかってる。
「まあ暑いからね。でも歩くの大変でしょ?」
「・・・慣れてるから」
筋肉痛よりも、食べ物を優先してることを知られて恥ずかしくなった。
・・・トオルさん、少しは考えてよ。
「しょうがないな。よし、トオルお兄さんが乗せてってやる」
トオルさんが後ろのドアを開けた。
ナツミさんがいるからカッコつけてるんだろうけど、今日はありがたい・・・。
◆
「いやーやっぱり、子どもたちが困ってたらほっとけないっていうか。もうみんな弟か妹みたいな感じで・・・」
車に乗ると、トオルさんは「自分がいかに優しい男」かをアピールしだした。
ダシにされたわけだけど、連れてってもらえるから気にしない。
「ここの子たちはみんなかわいいものね。でも、女の子が山に一日中いるって珍しいよね。何してたの?」
ナツミさんがこっちを見てきた。
まあ、教えてもいいか。
「自由研究だよ。みんなでやってて、きのうはコースケと一緒に水源を探しに行ったんだ」
「コースケ君・・・背の低かった男の子だったかな」
背の低いか・・・顔見知りでもないと、一番の特徴はそこしかないよね。
あたしたちは色々知ってる。
実は足が速いとか、授業中は眼鏡をかけてるとか・・・。
「二人で探して、何か発見はあった?」
「あー・・・えっと・・・」
本当は二人じゃなくて三人だったんだけど、キクのことは黙っといた方がいいよね。
信じてもらえないだろうし、あたしたち以外に姿を見せるかもわかんないからな。
「まあ・・・水は行ったり来たりしてるんだなってとこかな」
「うんうん、そういうのいいと思う。知らなかったことが分かるって、新鮮な気持ちになるのよね。今度ゆっくり聞かせてちょうだい」
ナツミさんはにっこり笑った。
美人だし感じのいい人だ。
それに香水かな?
・・・いい匂いがする。
「じゃあ店の前に停めるからな」
河合商店が見えてきた。
お礼言わないと・・・。
「ありがとう助かった・・・助かりました。トオルさんはいつもあたしたちに優しいから」
乗せてくれた理由は下心でもお世話にはなったしね。
少しは評価上がったかな?
「・・・よせよ、お前たちの頼みならいつも聞いてきただろ?」
・・・答えたくない。
そんな憶えないから。
「おっ、スズとカエデが歩いてるぞ。目的地は一緒みたいだな」
窓の外を見ると、二人も河合商店に向かっているのが見えた。
スズの家にいたのかな?
◆
「さて、かわいい女の子が三人揃ったし、楽しい午後を送りなさい」
トオルさんはあたしたちにジュースを買ってくれた。
「ありがとう・・・」
「ございます・・・」
スズとカエデは怪しんでいる。
「じゃあまたな」
「スズちゃん、また夜にね」
トオルさんとナツミさんはすぐ車に乗って行ってしまった。
ああ・・・そういやスズんとこに泊まってるって、お母さん教えてくれたな・・・。
◆
三人でベンチに座った。
女の子だけって、何日ぶりかな・・・。
「トオルさんがなにか買ってくれるなんて、わたし初めてかも」
「あたしも初めてだよ。ナツミさんが一緒だったからでしょ」
「あー、そういうことか。上手くいくといいよね。帰ったら聞いてみよっかな」
見てる分には面白そうだ。
ナツミさんは、なんとなくだけどトオルさんは興味無い感じに見える。だけど、どう思っているかは気になる。
男女の恋愛の話はよくわかんないけど、大人がどんな考え方してるのかは知りたいな。
・・・あとでスズになんて言ってたか聞いてみよ。
「ねえ、二人は自由研究進んでる?私あらちゃんからまだ何も言われないんだ。たぶんまた一人であそこに座ってるんじゃないかな・・・」
カエデが不安そうな顔をした。
アラタなら・・・。
「大丈夫だよ、アラタ君ならちゃんと考えてると思う。言い出した本人だもん」
スズもあたしとおんなじこと考えてたみたいだ。
じゃあ、あたしは背中を押せばいいか。
「まあ二区なら鬼階段とか、墓場の奥のキノコ岩とか、どんぐり山とかけっこうあるし心配無いよ。あっ、あと場所じゃないけど、迎え火ばあさんもいるよね」
「そうだね・・・」
「心配ならカエデから誘ってみたら?」
「んー、でもあらちゃんから連絡くれるって言ってたし待ってみるよ」
カエデの顔から不安が消えた。
心配で話を聞いてもらいたかっただけかな。
まあ、本当に忘れてるってことは無いでしょ。
あいつ、責任感は誰よりもあるし。
◆
「そういえばあたしさ、アラタに自由研究誘われなかったら天体観測しようと思ってたんだ」
二人の顔を見てたら、気になってたことを思い出した。
「そんで星座表作るつもりだったんだけど、二人はなんか自分で考えてたりした?」
スズとカエデは、合同じゃなかったらどうしてたのかなって考えてた。
そこまで重要度は高くなかったから、いつも忘れて聞けなかったんだけど・・・。
「私は、誘われなかったらこーちゃんと一緒に蟻の観察をしてたと思う」
カエデが先に教えてくれた。
「蟻の?」
「そう、特に無かったら一緒にやろうって話したんだけど、ちょうど次の日にあらちゃんからみんなでって誘われたから」
「蟻の何を観察するの?」
「えーとね・・・家の近くと、山の近くの蟻の違い。食べ物を見つける早さが違うのかを観察するの。まずは巣から五十センチの所に角砂糖を置いて、どんどん距離を伸ばしていったり」
「・・・地味ね」
それより・・・コースケはカエデを誘ってたのか。
あたしにも声くらいかけてくれればいいのに・・・別にいいけどさ。
「わたしはなにも考えてなかったな。ケイゴ君もそうだと思うよ」
スズはゆるゆるな顔で教えてくれた。
「あんたはのんきだね」
「そうかな?」
まあ、どっちみち二人でなにかやってんだろうな。
「あ・・・でも、カエデちゃんは本当に心配しなくていいと思うよ。わたしとケイゴ君もまだ何もしてないから」
「そうなんだ、よかった。はるちんは?」
「あたしはきのう、コースケとキクと山に行って一つできたよ。そのおかげで今日は足が痛いんだけどね」
「へえ、三区の方の山だと何かあったっけ?」
「あたしたちが使う水のろ過装置があるでしょ?元の水がどこから来るのかを見つけに行ったの」
「わあ、楽しそう。それにキクちゃんも一緒だったんだね。・・・わたしも早く遊びたいな」
スズはあの日からキクにはまだ会ってないみたいだ。
アラタとケイゴもかな?
出会って一週間も経ってないし、きのうまではコースケといたっぽいから仕方ないか。
「でも、キクが一緒にいてよかったよ。やっぱりいろんなこと知ってるし」
「水神様だもんね」
「でもね、コースケも意外と頼りになったんだ。けっこう重そうな石とか持ち上げててさ。そうだ、きのうの夕立の時にも、あたしを引っ張ってすぐ木の下に入れてくれたり」
思い出すと楽しくなってきた。
・・・そういえば、コースケと手を繋いだのってかなり久しぶりだったな。
また二人の時に繫いでもいい。
「石をどかさないといけないところまで行ったの?」
スズがジュースのボトルを太陽にかざした。
ああ・・・今のだとわかりづらいか。
「お弁当持ってって河原で食べたんだ。あたしが座ったらお尻痛そうって言ったら持ってきてくれたの」
「コースケ君は優しいからね。たぶん言わなくても用意してくれたと思うよ」
「そうかな・・・たまにあたしだけ距離取られてるように感じる時あるんだけど」
「うーん・・・考えすぎじゃないかな」
そうなのかな。あたしが誘ったりした時、微妙な顔する時あるんだよね・・・。
「そうだよはるちん、こーちゃんは体育の時とか私にペース合わせてくれたりしてたよ」
カエデがメモを取りながら話に入ってきた。
・・・たしかに考えすぎかもしれない。
きのうは楽しそうだった。
あたしが作ったスムージーを「おいしい」って言ってくれた。
夕立の時も先に木陰に入れるようにしてくれた・・・なんにも心配ないじゃん。
「うんそうだね、コースケは優しいよ。それにますます助手にしてあげたくなったな」
そんなに気にすることじゃないかも。
カエデじゃないけど、話したら安心する。
◆
「ちょっと思ったんだけど、学校の男子とこっちの三人って、なんか違くない?」
雲を見てたら、また気になってたことを思い出した。
しかも、女の子だけで話したかったこと・・・。
「どう違うの?」
カエデはずっと手帳になにか書いてる。
まあ、いいけど・・・。
「例えばさ、さっきのコースケの話じゃないけど、アラタもケイゴもあたしたちが困ってたらすぐ気付いてくれるよね?」
「あーわかる。この前、日直の時に掃除道具入れが開かなくて困ったんだ。みんな早くしろよって言うだけで手伝ってくれなかったの。ケイゴ君は階段掃除だからいないし・・・でも、アラタ君が気付いてすぐ助けてくれたんだ」
「そうそう、そういうの。カエデはある?」
「私も似たようなことあったよ。・・・こーちゃんがすぐ来てくれた」
二人とも同じように思ってたみたいだ。
あたしも困ってる時に、男三人に助けてもらったことがある。
「ケイゴ君から聞いたんだけど、男の子三人でわたしたちが新しい学校で困ってないかなって気にして見るようにしてたんだって。だから何かあった時、すぐ三人の誰かが来てくれてたんだよ」
スズが嬉しそうに教えてくれた。
「えっ・・・男どもの間でそんな話してたんだ。へー嬉しいな」
そんなに気を遣ってくれてたのか。
もしかしたら、他の男子との違いは気が利くかどうかなのかも。
なんか、この間アラタからされたいたずらがかわいく思えてくる。
でも、助けられてばっかりじゃ悪いよね。
よし、あいつらが困ってたらあたしも助けてあげよっかな。
◆
「あーそうだ。アラタ君ってね、割と女の子から人気あるんだよ」
スズがニッコニコで話し始めた。
そういうの好きみたいだからな。
「あたしもアラタってどんな奴?って聞かれたことある」
「うん、気になってる子は多いみたいだね。たまに噂してるの聞こえるし・・・かっこいいって」
かっこいいか・・・。
アラタは三歳くらいの頃から知ってるけど、そう思ったこと無かったな。
顔は・・・整ってる方だと思うけど・・・。
「たぶん、池田君のことがあったからだよ」
カエデが顔を上げた。
池田は、今の小学校のクラスメイトだ。
見た目はひょろひょろで、頼りない感じの男子。
気にして見てたわけじゃないけど、コースケとは仲がいい。
最近はケイゴとアラタの二人ともよく話してる。
あたしも・・・コースケと一緒にいたら話す。
「アラタが助けた話?」
「そうだよ。池田君は私やこーちゃんと同じで、あんまり体育得意じゃないから・・・ずっとからかわれてたんだって」
「え・・・カエデちゃん、なんでそんなに知ってるの?」
「こーちゃんが教えてくれたんだよ」
あたしには話してくれてない・・・。
まあいいか、今はアラタの話だし。
「運動会のリレーの練習のあとだよね。あたし近く見てたんだから」
「わたしは見れなかったな・・・」
「たしかにいなかったね。池田がいるからリレーは勝てないって、同じチームの男子が話してたんだよ。あいつら池田にもわざと聞こえるように言ってて、なんかムカついたからあたしが言いに行こうと思ってたんだ」
自分ができるからって、できない人をバカにするのは許せなかった。
だからあの陰口はムカついたんだよね。
「でも、あらちゃんが先に行ったよね」
そう、あたしは先を越された。
『お前ら一緒のチームだろ、なんでそんなこと言えんの?』
『なんだよアラタ、池田の足がおせーんだから仕方ないじゃん』
『好きで遅いわけじゃねーだろ。お前は好きで算数ができねーのかよ?得意なことと苦手なことはみんなあるんだから、二度と池田のことバカにすんなよ』
あたしは頭に血が上ったまま聞いてたけど、アラタが言ってくれたからスッキリしたな。
「みんな静かになったんでしょ?」
「うん、誰も言い返さなかったよ」
でも、当の池田は困ってたな・・・。
『神咲君、いいよ僕は・・・』
『え・・・』
『もう言われるの慣れてるし、運動が苦手なのは変わりないから・・・』
『そう・・・ならもう何も言わないけどさ。けど、もしちょっとでも速く走れるようになりたかったら放課後に俺の所に来い。一緒に練習しようぜ』
女の子がアラタの噂をし始めたのは、あのあとからだった。
まあ・・・かっこいいか。
「それで毎日放課後に練習してたよね。よっぽど嬉しかったんだと思うよ」
「みんなで楽しかったよね。池田くん、ちょっと速くなってたし」
「でも、直接走り方教えてたのはこーちゃんだよね。あらちゃんはタイム測ってただけだった」
「あはは、そうそう、俺の所に来いって自信満々で言ったくせにさ」
思い出すとおかしい。
おもしろくて、何度もからかってやったっけ。
「あらちゃんはいつも周りを見てるよね。誰かが仲間外れになるのは嫌みたい。一人でいると必ず話しかけてくれるよ」
カエデが手帳を閉じた。
たしかにそうかも・・・。
「その割にあいつは一人でいる方が好きだよね。まあ、でもいい奴だよ」
「そうだよね、男の子の中で一番頼れるのはアラタ君だと思う」
「え、意外なんだけど・・・。スズはケイゴかと思ってた」
「たしかに困ったら一番に言うけど、ケイゴ君怖がりだし、面倒くさがりだし・・・」
ケイゴだけを見てると思ってたからこれも意外だ。
別にひいきしてるわけじゃないんだな・・・。
◆
「こーちゃんは、みんなからかわいいって言われてるよ」
カエデがコースケの話を始めた。
あんまりしたくない・・・。
「そうなんだ、背が小さいからでしょ」
なんでかわかんないけど、コースケのことをクラスの女子が話してると思うとイライラする。
「終業式の前の日にね。あらちゃんもこーちゃんも、みんなからプロフィール帳書いてって渡されてたよ」
「へえ、コースケ君モテモテだね」
「ふーん、そうなんだ」
あんまり反応したくない。
・・・関係ないって思ってるのになんでだろ?
心と言葉がケンカしてるみたいな・・・変な気分だ。
・・・コースケはあたしの助手なのに。
「そういえばケイゴ君は?なんか話に出ないよね。わたし、ケイゴ君のこと聞かれたことないよ、二人はある?」
スズがコースケから逸らしてくれた。
でもケイゴか・・・。
スズからしたら気になるんだろうな。
・・・心配ないと思うけど。
「けいちゃんは、みんなから対象外だと思うよ。割と早くにわかったんじゃないかな」
カエデがすぐに答えてあげた。
うん、そうだね。
「なんで?カッコ悪くないとは思うんだけどな」
スズは本気で言ってるのかな・・・。
いつもべったりだから誰も興味持たないだけ。
放課後もどうせ一緒に帰るのに「ケイゴ君一緒に帰ろう」ってわざわざ言いに行くし・・・。
「スズ、あんたわかってないの?」
「ケイゴ君に聞いたことないからわかんないよ。なんか恥ずかしいし」
「まあ、とりあえず誰もケイゴのことは噂してないよ」
「あはは、そうなんだ・・・よかった」
スズは安心したって感じで笑った。
こういう時のスズはいつも以上にかわいい。
そして、からかいたくなる。
「ケイゴとスズは大体一緒にいるよね」
「え・・・い、家も近いからね」
「あたしたちを断って、ケイゴと二人で遊ぶこともあるよね」
「先に約束してた時だけだよ・・・」
おもしろいな・・・もっと言ってやろ。
「ふーん、あ・・・そういや去年だけど、二人で野ウサギ見に行くからって断られたなー」
「あ・・・」
スズの感じが急に変わった。
顔も暗くなってる・・・。
「あ、あの時はごめんね・・・」
「え・・・どうしたの?何かあった?」
「んーん、なんにもないよ。あ、今何時だろ」
スズが立ち上がって店の中の時計を見に行った。
・・・どうした?
◆
「ごめんね、わたしそろそろ帰らないと・・・。今日はお父さんに荷物が届くから、受け取らないといけないんだ。じゃあ・・・またねハルカちゃん、カエデちゃん」
スズは戻ってくると、すぐに帰っていった。
急に様子が変わったけど、やっぱり何かあったのかな?
でもケイゴとは別に仲いいし・・・考えすぎ?
「私腕時計してるのに・・・」
カエデがぽつんと呟いた。
たしかに中まで行くこと無かったな・・・。
「なんか変だったよね」
「うん・・・でも、たぶん教えてくれない」
「だよね。なら気にしても仕方ないよ。ちなみに今何時?」
「もうすぐ三時半」
まだ明るいけど、あたしもそろそろ帰ろうかな。
「ねえはるちん、すずちゃんてけいちゃんのこと好きなんだよね?」
カエデが今さらなことを聞いてきた。
何を話したいんだろ・・・。
「・・・あんたもわかってんでしょ?」
「うん・・・クラスのみんな、二人は付き合ってるって思ってるよ」
「それでいいんじゃない。べったりだし」
「・・・すずちゃんに聞いたことある?」
カエデがちょっと真面目な声を出した。
スズに・・・。
「そういえば無い。なんか今さら聞けないっていうか・・・」
「そうだよね・・・けいちゃんはどう思ってるんだろ?」
「ケイゴも好きでしょ。あいつにも聞いたことないけど」
「そうなんだ・・・今度聞いてみよ」
あんまりその辺は触れない方がいい気がするけど・・・。
まあ、カエデなら踏み込み過ぎることはないだろうし大丈夫かな。
あ・・・こういう話なら・・・。
「ねえ・・・カエデはコースケのこと好きなの?よく二人でいるみたいだけど」
今の流れなら聞いてもいいよね。
別に・・・なんとなくだけど・・・。
「こーちゃん?考えたことないなあ。友達としてだったらみんな好きだよ。男の子としてってことだったら、恋人にしたいかってことだよね?うーん・・・よくわかんない」
カエデは真面目に考えて答えてくれたみたいだ。
なるほど・・・そういう意識は無いのね。
「ちなみに今まで言ってなかったけど、はるちんの噂も聞いてるよ」
「え・・・どんなの?」
自分のも気になる。
変な噂だったら、流したやつ探して言い聞かせてやろ。
「前にね、すずちゃんとゴミ捨て行った時に、隣のクラスの子が話してたの聞いたんだ」
「だからなによ」
「色別で一緒の草野君?はるちんのこと好きなんじゃないかって」
「無いね・・・信じちゃダメよ」
・・・くだらない。
それにその名前は今聞きたくないのに・・・。
「もう帰ろうよ・・・いたた」
立ち上がると足が痛んだ。
・・・筋肉忘れていたな。
しょうがない、ゆっくり帰るか。
◆
「じゃあねカエデ」
「うん、バイバイ」
ちょっと歩いた所で、カエデと分かれた。
ああ・・・まだ歩かないといけないのか。
そんなに遠くないけどつらいな・・・。
まったく・・・助手なんだから助けに来てくれてもいいのに・・・。
◆
一歩進むたびにコースケの顔が浮かんでいた。
助けてほしいて思ってたけど、会えたら強がっちゃうかもな。
でも・・・コースケの家の前を通る道を選んだ。
本当はまっすぐ行った方が近いけど、気分じゃなかったから・・・。
あれ・・・。
「お前いつからあそこ使ってたんだ?」
「・・・みんなには黙っててよね」
向こうからアラタとコースケが歩いてくるのが見えた。
そっか、アラタと遊んでたんだ・・・。
◆
「おうハルカ、何してんだ?」
アラタがこっちに気付いて走ってきた。
コースケも・・・。
「別に・・・二人してなんの話してたの?」
「なんでもないよ、ねえアラタ」
「そうだな」
雰囲気でわかる。
あたしに隠し事か・・・。
「まあいいけど・・・アラタ、宿題終わったんだからカエデに連絡してあげなよ。自由研究どうすんだろって心配してたんだから」
アラタの真正面まで移動して言ってやった。
コースケと遊んでる時間あるなら、カエデのとこに行ってやればいいのに。
「あはは、心配してたのか。今から帰りにカエデの家に行くつもりだったんだよ」
「カエデはあんたみたいにお気楽じゃないんだからさ」
「まあ、悪いとは思ってるよ。・・・足痛いの?」
アラタに気付かれてしまった。
・・・歩き方がいつもと違かったか。
「そうよ痛いの。心配ならうちまで送ってよ」
強がった。
コースケ以外がいる時に弱い所は見せたくない。
「いやー・・・俺はカエデのとこ行かないといけないからさ。あ・・・コースケが助けてくれるよ」
目の前からアラタが消えた。
指の骨鳴らしたな・・・。
「じゃあなー。コースケ、あとは任せた」
すぐ後ろからアラタの声が聞こえた。
またやられたみたいだ。
この足じゃ追い付けない・・・。
「ハルカ、大丈夫?」
コースケが心配そうに聞いてくれた。
えっと・・・。
「平気だから。コースケは気にしなくていいの」
なんでかわかんないけど、突き放すみたいにしてしまった。
さっきアラタには「送ってよ」なんて言っといて、これじゃ嫌な奴だな・・・。
「もしかしてきのうのせい?」
コースケは引かなかった。
たぶん、あたしはこうなるってわかってたんだろうな。
「別に・・・」
「痛いならじっとしてた方がいいのに・・・。何か用事あったの?」
「もう、なんでもないよ!」
恥ずかしいのをごまかすのにまた強く言ってしまった。
でも「アイスが食べたかったから」なんて知られたくない・・・。
「・・・心配だから一緒に行くよ。どうしても嫌だったら帰るけど」
諦めないんだね・・・。
「うん・・・一緒に来て」
やっと素直に言えた。
アラタといたのは気になるけど、わざわざ遠回りしてよかったな。
◆
「そうだ、おぶってあげるよ」
ちょっと歩いた所で、コースケが立ち止まった。
嬉しいけど・・・。
「い、いらないよ。歩けるからさ」
「僕が山に連れ出したのもあるし・・・悪いからさ。ほら」
コースケが小さい背中を向けてしゃがんでくれた。
じゃあ・・・。
「・・・うん、お願い」
あたしはコースケの背中に体を預けた。
アラタ、ケイゴよりかは頼りない・・・なんて思ってたけど、そうでもないのかも。
「あはは、とっても楽。・・・ちょっとコースケ、お尻触ったでしょ?」
「え・・・ごめん、後ろ見えないからさ」
あたしを軽々と背負えるくらい成長してるんだな・・・。
「ねえねえ、あたし重くない?」
「ハルカは軽いよ」
こういうところもわかってる。
優しいんだよね。
「助手だからおぶってくれるの?」
「助手じゃないったら」
なんか言い方がいつもより強いな。
なってほしいのに・・・。
「ねえ、あんた終業式の前の日に、女の子からプロフィール帳書かされたんだって?」
話を逸らした。
今日はこれ以上「助手」って言ったら怒りそう。
「え・・・見てたの?書いたけど、ああいうの僕好きじゃないんだよね」
「カエデから聞いたんだよ。あたしも買ったことはないけど」
「全部書いてって言われたけどさ・・・好きな人がいるかとか、結婚するなら何歳とか・・・なんか答えづらいよね」
・・・気になる。
「なんて書いたの?」
「適当に書いた。もし思ってたとしても知られたくないし・・・」
コースケの鼓動がちょっとだけ早くなった。
照れてるのかな?
「・・・で、実際好きな女の子はいるの?」
「え・・・いない・・・かな」
「ほんとにー?なんかドキドキしてるよね?」
「・・・ほんとだよ」
歩くのも速くなった。
スズと一緒でからかうと面白い。
でも、なんでこんなこと聞いたんだろ?
なんか・・・あたしまで鼓動が早くなる。
◆
コースケが急いだからすぐ家に着いた。
お礼しないとな。
「ありがとう。あれ、なんかほっぺ赤いよ。やっぱり無理してた?」
「ち、違うよ。じゃあ・・・早く治るといいね。またね」
「あっ、ちょっと」
行っちゃった・・・。
スムージー作ってあげようとしたのに・・・。
コースケと一緒だと落ち着くな。
・・・やっぱりあたしに付いて来てもらうのが一番いい気がする。
きっとそうだよね。