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今が『あの頃』になっても  作者: NeRix
本編 第一部
13/71

第十二話 七月二十六日 【鈴】 居候

 今日は夕方から楽しみなことがある。

でも、ケイゴ君と一緒に宿題をしてる今も好き・・・。


 こんな感じで、嬉しい気持ちの日がずっと続くといいな。



 「よし、これで終わりだね」

やっと宿題が終わった。

ケイゴ君と朝から一緒に頑張ってたけど、もう夕方近くだ。


 「一人だと一日じゃ終わらなかったよ。ありがとうスズ」

「そうだよね、何度も明日にしようって諦めそうになってたもんねー」

そのたびになだめて、やっと終わらせることができた。

カエデちゃんとコースケ君は、おとといの内に終わらせたって言ってたけど、どうやったんだろ・・・。


 「四時半か・・・そろそろ帰ろうかな。・・・あれ、今日は寂しくなさそうだな」

ケイゴ君がわたしの顔を見つめてくれた。


 いつもだと、お父さんは夜にならないと戻ってこない。

だからわたしは一人になる。

 その時のわたしは、とっても寂しそうな顔をしてるみたい。

だから金曜日の夜とかは、ケイゴ君が一緒にいてくれることもあるけど・・・今日は違う。


 「今日は、お父さんが早く帰ってくるんだよ」

「そうなんだ、お店も人が増えてきたって言ってたもんな」

「まあ、それもあるんだけどね・・・」

早く教えてあげよう。

 「きのう沼で会ったナツミさんっていたでしょ?」

「ああ・・・大学の人」

「今日からうちに泊まることになったの。今夜は歓迎会をするんだ」

話してるだけで嬉しくなってきた。


 「えっ、そうなの?」

「うん。きのうの帰りに会って、町のホテルから通うの大変だって言ってたの。だからすぐに連れてきて、お父さんに話してみたんだ」

「・・・それなら夜はしばらく一人じゃなくなっていいな。そうだ、スズは寝言多いから気を付けないと笑われるよ」

「え・・・」

そんな憶えないんだけど・・・。

うーん・・・ハルカちゃんにもカエデちゃんにも言われたことあるな。


 「わたしは寝言なんか言いません。でも、ケイゴ君も泊まりに来てね。怖いテレビもそのうちあると思うし」

「うっ、まあ・・・そのうちな。そうだ・・・その時はキクにも来てもらおう。じゃあ・・・オレ帰るから」

ケイゴ君は「まずい」って顔をして立ち上がった。


 「ケイゴ君も歓迎会いていいよ。そしたら夜は、みんなで録画してた怖いの見よ」

「いや・・・三人で楽しんだ方がいいよ。また・・・来るからさ」

「そう・・・わかった。じゃあ、わたしからも行くね」

「うん、じゃあなスズ」

「外までお見送りするよ」

うーん・・・「怖いの」って言わなければいてくれたかな?


 まあいい、わたしには完璧な作戦がある。

その時は絶対に逃がさない・・・。



 私は庭でずっと待っていた。

あとちょっとで五時・・・だけどまだ外は明るい。

 もう少ししたらナツミさんは来るかな?

お父さんも早く帰ってきてほしいな・・・。


 使ってもらう部屋は、きのうの夜にすぐ掃除をした。

じゃないと、宿題できなかったしね。


 ナツミさんが使うお布団は、朝から干してさっき取り込んでおいた。

ずっと押し入れにあったけど、今はわたしが先に飛び込みたいくらいにふかふかのふわふわになっている。

ああ、早く二人とも帰ってこないかな・・・。



 「あ・・・」

玄関を開けて座ってたら、車の音が近付いてきた。

 ・・・この音はお父さんのじゃない。

きっとトオルさんの車だ。


 「スズちゃーん、来たよー」

ナツミさんの元気な声が聞こえた。

ふふ、ここで待っててよかったな。



 「今回はありがとね」

ナツミさんが車から下りてきた。


 「荷物は玄関まで運びますね」

トオルさんも出てきて、車の後ろを開けた。

大きな鞄が二つ・・・。



 「ありがとうトオル君」

「いえいえ・・・スズ、よくしてやってね」

「はーい」

「じゃあ、また明日」

トオルさんは荷物を運び終わると帰っていった。

あれ・・・歓迎会一緒にやらないのか。


 「じゃあ・・・夏の間お世話になります」

ナツミさんが深く頭を下げてきた。

これは・・・。

 「こちらこそよろしくお願いします」

わたしも同じくらい深く頭を下げた。

こういうの大事だよね。


 「ふふ、かわいいね。あれ・・・車が無い。お父さんはまだ帰ってないの?」

「うん、もうすぐかな」

「じゃあ勝手に上がるのもなんだし、一緒に外で待ってようか」

「大丈夫だよ。先にお部屋とか、お風呂なんかを教えておいてって言われてるから」

冷蔵庫に「家の中を案内しておくこと」って書置きが張ってあった。

だからそうしないといけない。


 「というわけで、お客様をご案内しまーす」

わたしはナツミさんの背中を押した。

 「ありがとう。かわいい受付さんで嬉しいよ」

「ふふん・・・」

お世辞だってわかっても調子に乗りそうだ。

よし・・・まずは部屋に案内しよう。


 わたしの家は、みんなの所と違って一階建てだ。

それでも一人のことが多いから気にならない。


 入るとすぐに廊下があって、すぐ近くのドアの先にはリビングと広いダイニングキッチンがある。

 このダイニングキッチンは、お父さんとお母さんがこだわったって聞いた。リビングには大きな窓があって、そこから出るとテラスがある素敵な間取りだ。

 リビングから奥の廊下に出ると、お部屋とお風呂、そしてトイレがある。

お部屋は全部で四つ、お父さんのとわたしの、そして使ってないのが二つ。

ナツミさんが使うのは、私の隣の部屋だ。

 日当たりも風通しもよくて、気分を変えたい時はお父さんと一緒にそこで寝ることもある。

ああ・・・早く全部見せたい・・・。



 「ここを使ってね。お布団は今日干したから気持ちいいと思う」

ナツミさんを部屋に案内した。

荷物を入れないといけないもんね。


 「え・・・八畳はあるわね・・・。こんな大きな部屋使っていいの?」

「お父さんがここって決めたからいいんだよ」

わたしの部屋と同じ大きさなんだけどな・・・。

クローゼットは壁の中だし、布団と扇風機と折り畳みの小さい机しかないから余計に広く感じるのかも。


 「虫が入ってくるから網戸は開けないでね。クローゼットはこの中で、こっちがお布団をしまう押し入れだよ。夜は窓を開けて扇風機を付ければ涼しいからね。コンセントは足りなかったら物置にタコ足があるから教えてね」

「うん、ありがとう。じゃあ・・・とりあえず荷物を出そうかな」

ナツミさんが大きな鞄を開いた。

何が入ってるんだろ?


 「わあ・・・けっこうキツキツで詰めてきたんだね」

「まあ・・・そうだね」

難しそうな本がいっぱいだ。

やっぱり調査って頭がよくないとできないんだな・・・。


 「こっちが着替えとか?」

「そうだよ」

こっちは手伝える・・・。

 


 「じゃあ次はお風呂ね」

荷物を出し終わった。

お父さんが戻る前に済ませないと・・・。


 「・・・知らないのがいる」

部屋を出るとねんちゃんがいた。

この子も紹介しよう。

 「猫もいたんだね」

「うん、カムパネルラっていうの。でも、わたしはねんちゃんって呼んでるよ」

「いい名前・・・カムパネルラ、よろしくね」

「・・・」

ねんちゃんはじっとナツミさんを見つめている。

逃げないから、受け入れてくれたんだろうな。



 「脱衣所と洗面所は一緒になってるの。ここにドライヤーがあるからね。お部屋に持っていってもいいけど、使い終わったら戻して。そうだ、これわたしのアイロンなんだけど、ナツミさんも使っていいよ」

お風呂場に来た。

教えないといけないことがたくさんある。


 「こっちが洗濯機ね。洗剤はここだよ。あと、これが部分洗剤だからシミになりそうなところに使ってね。あと・・・タオルはこっちの棚に入ってるの」

「おしゃれな造りだね。これはお風呂が楽しみ」

「じゃあ、見てもらいまーす」

わたしは浴室の戸を開いた。


 「ここがお風呂だよ。広いでしょ?」

「本当に広いわね・・・。じゃあ、今夜は一緒に入ろうか」

ナツミさんも気に入ったみたいだ。

一緒に入ってシャワーの使い方を教えてあげよう。

 「お父さんも一緒?」

「え・・・女の子だけにしよっか」

「わかった」

次はトイレを見せて、リビングは・・・きのう見てるからダイニングキッチンで最後・・・。



 二人でキッチンに入った。


 「普段は、冷蔵庫にお父さんが作ったご飯を入れてくれてるの。ちゃんと朝、昼、夜で食器の模様が違うから間違えないよ。あと、冷凍庫の氷は自由に使ってね」

「大きい・・・お店にあるのみたいだね」

ナツミさんが冷蔵庫を指でつついた。

たしかに二人家族には大きすぎると思う。


 でもお父さんは、どうしても大きいのがいいみたい。

お休みの日も色々と研究してるから、食材がいつもいっぱい入ってるからな・・・。


 「お水はいくら使ってもいいからね。この辺は山から水を引いてるから、水道代はかからないんだよ。シャワーとかトイレも」

「そうなんだ・・・でも出しっぱなしには気を付け・・・あ・・・お父さん帰ってきたんじゃない?」

外から車の音が聞こえてきた。

今が六時だから、五時前にはお店を出れたみたい。


 ケイゴ君も言ってたけど、お店は順調で雇っているコックさんが増えている。

だからお父さんも、早く帰れる日が増えていた。

 去年まではいつも夜遅くだったから、ご飯もお風呂もお休みの日にしか一緒にできなくて寂しかったな・・・。

まあ・・・金曜と土曜の夜は、よくケイゴ君が来てくれてたんだけどね・・・。



 「ただいまリン。あはは、ナツミさんもいるね。ちゃんと案内してもらった?」

「ええ、ありがとうございます。夏の間ですがお世話になります。明日からは、さっそく私が掃除や洗濯をしますので。あと、もし他にできることがあれば何でも言ってください」

ナツミさんは、お父さんにも深くお辞儀をした。

こんなに堅くなくていいのに・・・。


 「ケイゴ君とトオル君はいるんだよね?」

お父さんがリビングの方を見つめた。

やっぱりいると思ってたみたいだ。

 「ケイゴ君は帰っちゃった。たぶん、わたしが夜にみんなで怖いの見ようって言ったから・・・」

「そうなんだ・・・。トオル君は?」

「あ・・・誘ってよかったんですね・・・」

「あはは、気にしなくていいよ。ちゃんと言っておけばよかったね」

やっぱり、ケイゴ君はいてもらってもよかったな・・・。


 「じゃあ、お父さんは色々準備するから」

「私も何か手伝いますよ」

「いやいや、歓迎会だし・・・おもてなしをさせてください。そうだな、先にお風呂でも入ってさっぱりしてきたらいいんじゃない?」

お父さんは楽しそうな顔でキッチンに入っていった。


 「じゃあ・・・お風呂入ろうよ」

「いいの?」

「うん、大丈夫だよ」

約束した通り、一緒にお風呂に入ることになった。

あ・・・。

 「お父さん、ねんちゃんにご飯あげてね」

「わかった」

これで心配は無い。



 体を洗い終わって、二人で湯船に入った。

上手な髪の洗い方も教わったし、明日からもやっていこう。


 「ねえスズちゃん・・・私、もしかしてあなたの名前間違ってるかな?」

ナツミさんが難しい顔になった。

 「あ・・・」

そういえばまだ言ってなかったな。

トオルさんも「スズ」って呼ぶから、そう思うのは当たり前だよね。


 「わたしね、風鈴の鈴っていう漢字で書くの。本当は、お父さんが呼ぶみたいにリンていうんだよ」

「やっぱりそうだったのね・・・。きのうも気になったけど、トオル君何も言ってなかったから。間違ってたら失礼だし、お父さんの前でははっきりするまで呼ばないようにしてたの」

気を遣わせてしまったみたい・・・。


 「わたしも教えてなくてごめんなさい。でも、どっちで呼んでもお父さんは怒らないよ」

「あとで私もお父さんに聞いてみるよ。・・・晩御飯楽しみだね」

「楽しみにしてて」

お風呂でお喋りは楽しい。

やっぱり誰かと一緒に入ると違うな。



 「ふふ・・・お腹減ってきちゃうね」

「おいしいから楽しみにしてて」

お風呂から出ると、脱衣所までいい匂いが入ってきていた。

わたしも楽しみ・・・。



 二人で髪の毛を乾かしてダイニングに入ると、もうお皿が並べられていた。

わあ・・・。


 「お風呂ありがとうございました」

「いいよいいよ。明日から洗濯とかしてもらうからね。リンも助かるだろうし・・・さあ、座って」

テーブルには、キノコがたくさん入ったパスタ、カラフルなサラダ、皮がパリパリになるまで焼かれたチキン、小さめに作られたキッシュが置かれている。けっこう頑張ったみたいだ。

 

 「お父さん、作りすぎたんじゃないの?」

「いやー・・・ケイゴ君とトオル君もいると思ったから・・・まあ、リンに頑張ってもらおうかな」

ケイゴ君・・・。

仕方ない・・・残ったら明日の朝ごはんにすればいい。


 「それではナツミさん。調査ってことだけど、うちは自由に使ってもらっていいから、とりあえず乾杯」

みんなでグラスを合わせた。

あれ・・・まだ二人ともジュースみたいだ。



 「仙台戻ったらお店にも行きますね」

ナツミさんは料理を幸せそうな顔で食べてくれた。

 

 「ありがとう。じゃあ、そろそろお酒を入れていこうか」

お父さんが別なグラスとワインを持ってきた。

前にちょっとだけ舐めたことあるけど、おいしくなかったやつ・・・。


 「どうぞ・・・無理に飲むことは無いからね」

「いただきます・・・」

ナツミさんはとっても上品にワインを口に入れた。

 わあ、綺麗な飲み方・・・。

わたしもジュースでやってみよ・・・。

 

 「ふふ・・・」

「大人になったらだな」

なんで笑われてるのかな・・・。



 「最初トオル君も友達もスズちゃんて呼んでいたので・・・でもお父さんはリンて呼ぶんですもの」

ナツミさんが、お父さんを見て笑った。

お酒を飲んでるから、ちょっとだけほっぺが赤い。


 「私は、どちらもこの子の名前でいいと思っているからね。友達のようにスズと呼んでもらっても構わないよ」

「・・・なにかわけが?」

「・・・この子が生まれた日は、八月三十一日でね。・・・まだまだ暑い日だった」

わたしが何度も聞いた話だ・・・。


 「産声がまるで鈴の音のように聞こえたんだ。本当に綺麗な声で・・・私も妻も汗だくだったけど、とても涼しい感じがしたのさ。その時に、鈴の漢字が浮かんできてね。あいつも・・・そうだったみたいなんだ」

お父さんはお母さんの写真を見つめた。


 お母さんの話をしているお父さんは、とても嬉しそうで好き。

わたしもそんな顔を見たくてお話をねだることもある。


 「えっと・・・私と同じ誕生日ですね。すごい偶然・・・」

たまたまかもしれないけど嬉しい。

 「へえ素敵な話だ、よかったねリン」

お父さんはわたしの顔を見て微笑んでいる。

 

 「でも生まれる前に名前は決めてなかったんですね

「・・・顔も見ずに名前を付けるのは、生まれてくる子に失礼だって言われてね。ちゃんと見てあげて、この子にぴったりな名前を付けてあげることにしたんだ」

名前の話にはまだ続きがある。

 「でも、読み方は意見が分かれてね。私がリン、あいつはスズがいいって・・・。どっちにするか全然決められなくてさ」

「どうしたんですか?」

「紙の裏表にそれぞれの名前を書いて、この子の上に落として見えた方の読みにしようってなったんだよ。でも、子どもたちはスズの方がわかりやすいみたいだ。だから仲のいい子たちはそう呼んでいるね。・・・あいつも、結局スズって呼んでいた」

読み方はどっちの思いもこもっている。

だからわたしは、どっちで呼ばれても嬉しい。


 「リンが混乱するからやめた方がいいって止めたんだけど・・・最後のわがままだからって言われてしまったよ。・・・ただ、この子が結婚したいって思うような大事な人には、リンと呼ばせてって言われたな・・・」

お父さんの手がわたしの頭の上に乗った。

大事な人か・・・でも今さらリンて呼ばれるのは照れくさいな・・・。


 「素敵ですね。私は、ただ夏に生まれたからって聞いてます。スズちゃんが羨ましいな」

ナツミさんの名前もいいと思うけどな。


 「出身はどこなのかな?」

「私は岩手です」

「岩手・・・あ!!ご両親もそっち?ひと月も預かるから、明日にでも連絡しておかないと・・・」

お父さんが慌て出した。

 お酒を飲んでてもこういうところはちゃんとしている。

うーん・・・わたしも両親がどんな人なのか気になるな。


 「あー・・・実は私、両親を小さい時に事故で亡くしまして・・・祖父母の所で暮らしてたんです。その二人も、二年前に祖母、去年に祖父も亡くなってしまって・・・天涯孤独って言うんですかね」

そうだったんだ・・・。

お母さんがいなくなって寂しかったけど、わたしにはお父さんがいた。

じゃあ、どっちもいなかったナツミさんはもっと寂しかったんだろうな・・・。


 「ああ・・・それは大変だったろうね。すまなかったね、私にはなんて言っていいかわからないが・・・」

「いえ、気にしてないんで大丈夫です。それにおじいちゃんとおばあちゃんはよくしてくれましたし・・・。民話や伝承などをずっと聞かされていたんです。それがあったから、やりたいことが見つかったと言ってもいいですし」

ナツミさんは明るい顔で笑った。

でも、生きている家族が誰もいないってやっぱりかわいそう・・・。


 「まあ、私でもリンでも話を聞くくらいはできるから。遠慮しないでなんでも話してね」

お酒のせいもあるのか、お父さんはいつも以上に優しい。

 「わたしもたくさんお喋りするね」

「ありがとう」

「今日もだよ」

わたしもいっぱい優しくしよう。



 なんか・・・眠くなってきたな。

時計を見たら、もうすぐ九時になるところだった。

二人とも・・・まだ起きてるのかな?

 

 「リン、眠かったら歯を磨いてもう寝ていいんだよ。明日も話せるだろうからね」

お父さんに気付かれてしまった。

そしたら・・・。


 「うん・・・そうする」

「おやすみ、スズちゃん」

「お父さん・・・ナツミさん・・・おやすみなさい・・・」

あたまの中はふわふわだ。

でも・・・歯は磨かないと・・・。

 

 早く・・・お布団に入りたいな・・・。



 ・・・トイレに行きたい。

目が覚めてしまった。


 今何時だろ・・・。

時計を見ると十時半をさしていた。

いつもは夜に目が覚めることなんかないのに・・・でも我慢できない・・・。



 トイレを済ませた。

お布団にもどろう・・・。


 「あれ・・・」

ダイニングに続く扉から光が漏れていた。

話し声・・・まだ二人とも起きてるみたい。


 そうだ・・・いきなりドアを開けて驚かせてやろう。

わたしは足音を立てないようにドアの前まで移動した。


 「・・・私がですか?」

「そう、だからきのう驚いたんだ。でもよく見ると全然似てないんだけどね」

なんの話だろ?

・・・少し聞いてみよう。


 「ああ、確かに固まってましたね。急でしたし、もう夕方だったんで失礼だったかなって思いました」

「そんなに短気じゃないよ。たぶん見た目とか顔とかじゃなくて、雰囲気が妻に似てたのかな。勝手だけど親近感が湧いて・・・だからうちに泊めてほしいって言われたときにもあまり迷わなかったんだ」

「決めるの早いなって思いました・・・」

「そういう理由だよ。・・・リンが君を連れてきたのも、何か感じたからかもしれない」

・・・そうかもしれない。

 

 お母さんは、わたしが三歳の時に亡くなった。

だからそこまでお母さんのことを覚えているわけじゃない。

・・・でも、ナツミさんを見た時感じた不思議な気持ちは、お父さんの言う通りかも。


 続きが気になる・・・。

わたしはドアの前にいることにした。


 「それに、あの子ももうすぐ十二歳だからね。女の子でそのくらいになってくると、男親だけじゃ色々説明しづらかったり、困るところも出てくるんだ。・・・きっとそろそろ自分の体の変化に驚くこともあると思う。だから、なにかあの子が困っていたら力になってあげてほしい。同じ女性なら話しやすいこともあるだろうしね」

「・・・ああ、なるほど。私はおばあちゃんがいたから色々聞かされましたけど、お父さんだけでは困りそうですね。でも、見てるとスズちゃんはお父さんにはなんでも話しそうですよ。お風呂もまだ一緒に入ってるって、仲がいい証拠じゃないですか」

・・・なんの話だろ?

 お母さんがいればもっと楽しいのかなって思ったことはあるけど。

別に今までもお父さんに内緒にしたことなんか・・・そんなに無いけどな。


 「いいですよ、私でよければ色々教えておきますから」

「ありがとうナツミさん。あの子には話していないが、妻からはああしてあげて、こうしてあげてって言われてたんだ」

「どんなことですか?」

眠気はいつの間にか無くなって、目が冴えてきた。

お母さんとのことで、お父さんがわたしに話していないこと・・・。


 「長くなるかもしれないけど。私と妻はどちらも料理人でね、二人で店を出すのが夢だった。お金が必要だったから、結婚式も上げずに二人で頑張っていたんだけど・・・それが原因だったのかもしれない。あの子も小さかったし無理をしていたんだろう。・・・リンとはよく病院に見舞いに行っていたんだ。あの子はすぐに寝てしまったけど、その時にあの子の将来のことをたくさん話されたよ・・・」

わたしが寝てた時・・・。

お母さんの手が暖かかったのは憶えてる・・・。


 「自分はとても幸せだった。でも、この子になにか残してあげられないかなって・・・いつも言っていた。私はいつも切なくて・・・黙って聞くだけだった・・・」

お父さんの声が変わった。

たぶん、わたしには聞かせたくない声・・・。


 「この子のために、あなたにしてほしいことを話すから・・・約束してって、ある日言われた」

わたしのために・・・。


 「どんな約束を?」

「・・・まず、体を壊しちゃダメだって。この子がお父さんまで失くすことは絶対に許しませんって・・・約束したよ」

「たくさんありそうですね」

「うん・・・そして毎日お話しをしてあげる・・・。この子の話をちゃんと聞いて、あなたも自分のことを話す・・・。そうすればなんでも話してくれるようになるって・・・」

うん・・・毎日してる・・・。

だからなんでも話せる・・・。


 「それから・・・季節ごとのイベントはなるべくしてあげる。ひな祭り、お花見、クリスマス・・・。子どもの頃に楽しかったことは、自分が親になった時に同じことをしてあげられるようになるんだって・・・」

お父さんの声が少しだけ震えた。

ちゃんとしてくれてる・・・。


 「まだあるよ。この子がやりたいことは、この子以上にあなたが勉強してほしいって・・・。いいことも悪いことも私が教えてあげられるように。そして・・・否定はしないこと・・・」

「奥様は、スズちゃんの将来を真剣に考えていたんですね・・・」

ナツミさんが鼻をすすった。

うん、そうだと思う・・・。


 「一つ言い終わるたびに、約束して・・・って、いつもの顔で言うんだ」

「全部約束したんですね?」

絶対そうだよ・・・。

 「・・・」

「どうしたんですか?」

「一つだけ・・・しなかった」

え・・・お母さんのお願いなのに・・・。


 「教えていただけますか?」

「これは・・・私次第っては言われたんだけど・・・。もし・・・もしあの子のために必要だと思ったら・・・新しいお母さんを・・・見つけてあげてって・・・。これだけは静かに泣きながら言っていた」

「約束・・・しなかったんじゃなくて、できなかったんですね?」

「そういうこと・・・」

お母さんのためにできなかったんだ・・・。

だって・・・大好きだもんね・・・。


 「・・・もう少し話していい?」

「聞きたいです」

「あいつは幸せだったって言ってたけど、心残りが無かったわけじゃないんだ。大きくなっていくあの子を見たかったって言ってたし・・・この広いダイニング、大きなテーブル、子ども部屋もあるのに家族を増やしてあげられなかったことも・・・」

見えなくても、お父さんが泣いているのはわかる。

一緒にいてあげたいけど、今さら入っていけない・・・。


 「ランドセルを一緒に見に行ったり、入学式、授業参観、卒業式・・・」

「そうですよね・・・」

「あいつから教えたいこともいっぱいあったらしい。友達や恋人の作り方、ボタンの付け方に化粧の仕方、『あの頃』の私よりも多かった・・・」

そんな今があったら・・・。


 「それを全部・・・私に任せてくれた。そして、二人とも愛しているからねって・・・」

「・・・」

「なんかごめんね・・・。あ・・・これも笑いながら言ってたんだけど、胸が大きくならなかったらお母さんのせいにしていいって」

「・・・ふふ、それは別に聞かなくてよかったです。・・・とてもいい奥さんじゃないですか。今教えていただいた思いは、私も覚えておきます。少しでも力になりたいなって思いました」

ナツミさんが鼻声で笑った。

・・・嬉しい。


 「そんな真面目な顔しないでいいんだよ。でも、ありがとう。・・・あの子はとても優しくいい子に育った。なんでも話してくれるけど、人を傷付けないように色々無理をしたり、自分のせいにしたりすることがたまにある」

「意外と大人ですね・・・」

「遊びたい時もあるだろうに家事なんかも進んでやってくれる。・・・お父さんは、おうちのためにお仕事をしてるんだから、家のことをわたしがやるのは当たり前だよって」

「まるで奥さんみたいですね。じゃあ私も協力します。この夏休みくらいは家のことは休ませて、いっぱい遊んでもらいましょう。お友達もいい子ばかりのようですし」

別にいいのに・・・。


 「・・・ありがとう。よく一緒にいる男の子・・・ケイゴ君っていうんだけどね、リンのお気に入りなんだ」

「ああ・・・きのう会いましたけど、ぴったりくっついてた男の子ですかね」

「たぶんね。・・・ケイゴ君は、母親がいなくなって泣いていたリンをわかってかわからずか元気づけてくれていた。・・・二人でいる時は邪魔しないでおいてあげてね」

「わかりました」

わたしは恥ずかしくなってドアから離れた。


 どっちにしろ開けられない・・・。

知らなかったお母さんの話、お父さんとナツミさんの気持ちが嬉しくて・・・泣いてしまったから・・・。


 だから二人の所に行くのはやめておこう。

そして、話を聞いてしまったことも黙っておくことにしよう。

でも・・・今日はなんだか一人で寝るのは嫌だな・・・。



 わたしはお父さんの部屋に入って、お布団に潜り込んで待っていた。

寝惚けて間違ったって思ってくれるかな?


 ・・・そろそろお風呂に入って、ここに来る。

そしたらおもいっきり抱きついて眠ろう・・・。

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