第十話 七月二十五日 【鈴】 帰り道
さっきまで水神とお話をしていた・・・。
なんだか夢みたいな気分だ。
おもちゃに釣られたような感じもするけど、キクちゃんなりにわたしたちと仲良くなりたかったんだよね。
ふふふ、一緒に遊ぶ時はおいしいお菓子をたくさん食べてもらいたいな。
◆
「ねえねえ、どんな感じなの?」
わたしはケイゴ君の手を引っ張った。
「集中しないといけないけど、目を思いっきり凝らすようにするんだ」
「どこまで見えるの?」
「あの辺の木まで見えるよ。セミがいるのもわかるな」
みんなと別れて帰り道、ケイゴ君は何度も立ち止まっては遠くを見ている。
楽しそうだな・・・わたしも同じのにしてもらえれば、一緒に遠くが見れたのかな?
・・・それもよさそうだけど、今のケイゴ君みたいに、わたしにしかできないことを教えてあげるのもいいかもしれない。
「おっカムパネルラだ。山から出てきた・・・帰るみたいだ」
ケイゴ君の口元が持ち上がった。
「えっ?どこ?」
「もう少し先、のろのろしてるから追い付くよ」
「じゃあ、早く行こうよ」
ねんちゃんの言葉・・・聞いてみたい。
◆
「あっ、いた」
ねんちゃんはわたしたちを待ってくれていた。
ちょっと暗くなってきたから、目がまん丸だ。
「ねんちゃん、遊んできたの?」
早速話しかけてみた。
「・・・」
・・・返事がない。
「ねんちゃん?」
「・・・」
きょとんとした顔で、動かずにこっちを見てるだけ・・・。
「まあ・・・あんまり鳴かない猫だからな」
ケイゴ君が慰めてくれた。
いや・・・。
「そうでもないよ。お腹空いた時とか、撫でてほしい時とか、おねだりして鳴くもん」
でも・・・わたしの勝手で鳴いてくれるわけないか。
「・・・」
ねんちゃんは家に向かってのろのろと歩き出した。
見られて恥ずかしく思ったのかな?
「一緒に帰ろうか」
「うん」
まあ・・・いつも通りだから待つか。
◆
もうすぐY字路ってところまで来た。
「・・・」
ねんちゃんは、ちらちらとわたしがいるのを確認しながら歩いている。
かわいい猫め、帰ったらまた話しかけてみよう。
「おなかすいた」
「そうだね、早く帰ろうね」
・・・ん?
「ケイゴ君、お腹空いたって言った?」
「え・・・なにも言ってないよ」
じゃあ・・・。
「・・・」
ねんちゃんが立ち止まってこっちを見ていた。
まさか・・・。
「はやくきてよ」
今度ははっきりとわかった。
ねんちゃんの声が聞こえる・・・。
「スズ、今鳴いたぞ。どうだ?」
「すごいすごい。早く来てだって、ケイゴ君には聞こえなかったの?」
「いや、にゃあってだけ・・・」
やっぱりこれはわたしにしかわからないみたいだ。
・・・ケイゴ君にもわかってほしいな。
「さっきは、お腹空いたって。早く帰ってごはん用意しろってことだよ。嬉しいな。いつも素っ気ない感じだけど、ちゃんとわたしのこと家族だってわかってたんだね」
嬉しくて、嬉しくて、思ったことを全部話した。
「すごいはしゃいでるなスズ、あはは」
ケイゴ君も嬉しそうに笑ってくれた。
わたしが楽しいと、ケイゴ君も楽しいんだろうな。
「ケイゴ君、ねんちゃんがお腹空いてるから早く帰ろう」
「そうだな」
わたしたちは早足で歩き出した。
「・・・」
ねんちゃんも合わせてくれた。
今日は三人とも一緒だ。
◆
Y字路に着いた。
三つの影は、普段の倍くらいの長さになっている。
「じゃあ明日、宿題早く終わらせような」
「じゃあご褒美のおやつも用意しておくからね」
「・・・頑張るか。えっと・・・八時に行く、約束な」
「うん、やくそ・・・あ・・・」
手を振った時、雀の群れが上の電線から飛び立った。
「・・・すごい鳴いてるな。なんか言ってる?」
「うん、倉のある家で子どもがお米をこぼしたぞ。まだあるぞ、急げ急げって」
「倉のある家・・・子ども・・・。コースケの所のハヅキだな」
「うん、きっとそうだね。なんか面白いな。・・・あっ、帰らないと。またねばいばーい」
ああすごく気分がいいな。
明日でテキストの宿題を終わらせて早く遊ばないと・・・。
ねんちゃんはいつの間にか先に帰っていた。
今日はお父さんのお仕事が休みだからそっちに切り替えたみたい。
わたしも帰ってお父さんとご飯を食べよう。
いつもは一人で食べるけど、お休みの時は一緒だから嬉しい・・・。
◆
「なかなか調査しがいがありそうね。水神に鬼階段とか、なにを祀ってるのか謎の祠がたくさん・・・すごく面白い」
緩い坂が終わったところで、脇の田んぼの畔道から声が聞こえてきた。
あれ・・・。
「そうですよね。ここに住んでる奴でも、よくわからないものなんかもあるんですよ」
「ぜーんぶ調べたい」
トオルさんと、さっき会った・・・ナツミさんだ。
なんか・・・あの人はなんか気になる。
恥ずかしいけど、お姉ちゃんみたいでいいなって思った。
もっとあの人と仲良くなりたいな。
「明日は二区と三区の区長さんに挨拶しないとね。こういうところだと、ちゃんとしておかないと煙たがれるでしょ?」
「まあ・・・そうですね」
「やっぱりね・・・」
「でも言っとけば大丈夫ですよ。・・・じゃあ、ホテルまで送りますんで」
二人はもう帰る所みたいだ。
なんだ・・・まあ、夕方だし仕方ないよね・・・。
「ねえトオル君、やっぱり町のホテルは一番近くてあそこなの?民宿とかでもいいんだけどないかな?」
「調べてみたんですけど、一番近くてあのホテルですね」
「そうなんだ・・・しょうがないけど、ちょっともったいないし、あなたにもあそこまで毎日来てもらうのは悪い気がするのよね」
「俺は全然大丈夫です。運転好きだし、あれくらいの距離はこの辺の奴にとっては近いもんですよ」
トオルさんカッコつけてるなあ・・・。
たしかにこの辺に泊まれるようなところは無い。
けど・・・町に毎日送り迎えは大変だよね・・・。
◆
「ねえねえ、なんのお話してたの?」
二人に近付いたところで手を振ってみた。
「あ・・・スズか。今日は終わりにして帰ろうかって話してたんだよ。もう夜になるからスズも帰りな」
あれ・・・「ちゃん」を付けるの忘れてる。
トオルさんは昔から変わらないな。
ナツミさんがいるからか声はちょっと作ってるけど。
「すぐそこだからもう帰ってるのとおんなじだよ」
「ふふ、あそこの家の子だったのね。でも、もうすぐ薄暗くなってくるから、早くおうちに入った方がいいよ」
「じゃあ、一緒に帰ろうよ。・・・あはは」
変なこと言っちゃった。
一緒にいたいなって、思っちゃったからかな?
「ふふ、そうだね。スズちゃんはかわいいから一緒に帰りたいけど、お姉さんは町にホテルを取っちゃってるの」
ナツミさんはわたしが恥ずかしくないように気を使ってくれたみたいだ。
・・・でも、本当にすることもできる。
「あのね、実は聞こえてたんだけど、毎日町から来るの大変でしょ?」
「あはは、その通りだよ。でも、この辺に泊まれるようなところはないみたいなの。大変だけどしょうがないのよね」
泊まれるところは、別にホテルだけじゃない。
「そしたら・・・うちに来ませんか?お部屋も空いてるし」
「え・・・」
ナツミさんが固まった。
ちょっと急すぎたかな?
「お金も取らないよ」
「タダで・・・」
「うん」
「・・・」
ナツミさんは腕を組んで目を閉じた。
考えてくれてるってことは「それもいいかな」って思ってくれたのかな?
「・・・本当にいいの?とっても嬉しいけど、スズちゃんのお父さんとお母さんに聞かずに勝手にできないでしょ?」
「あ・・・ナツミさん、スズには・・・」
トオルさんの声が低くなった。
別に気にしてないんだけど・・・。
「なに?」
「えっと・・・」
「大丈夫だよトオルさん。・・・うちね、お母さんはいないんだ。お父さんがいるけど、ほとんど仕事でいないから」
「あ・・・そうだったの・・・。知らなくてごめんね。でもやっぱり難しいんじゃないかな。スズちゃんがいいって言っても、家主はお父さんでしょ?」
ナツミさんは遠慮してるって感じの顔だ。
でも「もしそうなったらいいな」って感じに聞こえる。
「わたしからお願いしてあげる。今日は、お父さんいるから今から来ない?」
「ふーん・・・スズの家からなら毎朝楽だな・・・」
トオルさんが小さい声で呟いた。
そっちが本音だったみたい。
「あら、やっぱりそうなの?」
「え・・・あ・・・」
「うーん・・・たしかに夏の間泊めてもらえるなら私も助かるんだよね。じゃあ、ダメでもご挨拶はさせてもらおうかな。ええと、スズちゃんの苗字はなんていうの?」
「花井だよ。早く行こ?」
お父さんがなんて言うか・・・実はわからない。
まあ、お父さんなら大丈夫だよね。
◆
「ただいまー」
わたしは元気よく玄関を開けた。
ん・・・いい匂いがする・・・。
「おかえりリン。手を洗ってうがいするんだよ」
奥から立ち上がる音が聞こえた。
お父さんが家にいるときは、わたしが帰ると出迎えに来てくれる。
だから、すぐにお願いしよう。
「お客さんを連れてきたのー」
「あはは、ケイゴ君か?じゃあ、一緒に夕ご飯を食べてもらおう」
奥からお父さんが出てきた。
いつも通りニコニコして優しい顔だ。
「じゃあ二人とも、まず手を・・・え・・・」
お父さんがわたしたちを見て固まった。
というか、ナツミさんだけを見てる・・・。
「お父さん?」
「え・・・あ・・・ああ、すみません。リン、どちら様?」
「おじさん、こちら大学の院生のナツミさんっていう人です」
先にトオルさんに紹介されてしまった。
まあいいか・・・。
「ああ・・・トオル君か・・・」
「ちょっとご挨拶に」
「挨拶・・・とりあえず上がって。ほとんど家を空けてるから、お客さんの対応なんて久しぶりだ。リン、飲み物出してあげて」
「はーい。ナツミさん、上がっていいよ」
わたしはキッチンに走った。
たしかにお客さんはわたしの友達くらいしか来ない。
だから大人に飲み物を出すのは久しぶりだ。
◆
四人でリビングに入った。
うーん・・・どう言えばいいかな?
「夕食時のお忙しい所にすみません。ええと・・・先ほど紹介されましたが、トオル君と同じ大学で院生をしておりまして・・・」
ナツミさんが丁寧な言葉づかいで話し始めた。
・・・聞いててみよ。
「ふーん・・・。二人で挨拶に来たってことは・・・トオル君結婚でもするの?」
「え・・・やだなおじさん違いますよ。ナツミさんが夏休みを使って、この辺のこと調査するんです。それでここ出身の俺が助手として案内してまして」
トオルさんが嬉しそうに説明を始めた。
勘違いされて喜んでる・・・。
「調査・・・なんの?」
「はい、このあたりの伝承や風土などですね。ええと・・・先ほど娘さんとお話して連れてきていただいたのですが・・・あのですね・・・」
ナツミさんがわたしの顔を見てきた。
あ・・・そうだ、言い出したわたしが話さないとダメだよね。
「お父さんあのね、ナツミさんはこの辺で泊まれるところを探してたの。それで、うちに泊まってもいいよってさっき話したんだ。お部屋も空いてるし・・・いいよね?」
「あ・・・申し訳ありません。私もそうなったらいいなと思って、軽い気持ちで来てしまいました。その・・・ご迷惑なら気にしないでください」
「うちに・・・まあ、部屋も空いてるし使っていいよ。トオル君の知り合いなら大丈夫だろうしね。じゃあ・・・今日から?」
お父さんは、想像よりもあっさりOKを出した。
あんまり考えなかったな・・・。
「あ・・・いえ、今日はもうホテルを取ってしまっているんです。それで・・・できれば明日からと考えていましたが・・・あの、本当にいいんですか?」
「本当にいいのお父さん?」
もっと、色々聞かれるって思ってた。
あ・・・この感覚が拍子抜け?
「まあ・・・町からじゃ大変だろうし、お父さんは昼間いないからね。食事はリンの分と一緒に用意していくから心配しなくていいよ。リンは明日にでも使ってもらう部屋を掃除してあげなさい」
「うん、ありがとうお父さん」
「ありがとうございます。でも・・・ただ泊めてもらうのも悪いです。掃除や洗濯、食事の支度などは私にさせてください」
ナツミさんが嬉しそうに笑った。
「あはは、料理は取らないでほしいな。君にも食べてほしいからさ」
「お父さんは仙台で洋食屋さんやってるんだよ」
「え・・・そうなんですか。楽しみです」
「よかったですね、ナツミさん」
わたしの不安は思い過ごしだった。
夏休みの間だけになるけど、お姉ちゃん・・・みたいになるんだよね・・・。
「おじさん、襲ったりしないでくださいね」
「ちょっとトオル君、失礼でしょ」
「あはは、大丈夫だよ。・・・裏切ったりしないから」
お父さんは棚に飾ってあるお母さんの写真を見つめた。
ふふ、こういう時のお父さんは大好き・・・。
「奥さん・・・綺麗な方ですね」
「ありがとう・・・。ナツミさん、明日ワイン持って帰ってくるけどお酒飲める?」
「たくさんは無理ですけど飲めますよ」
「無理には飲ませないけどね。リン、明日お父さんが帰ったら歓迎会をするよ。なんか、かしこまった話し方されるの苦手だからさ」
お父さんが頭を撫でてくれた。
歓迎会・・・じゃあご馳走だ・・・。
◆
「じゃあ・・・明日の夕方に来るようにしますので」
「お父さんの方が遅いかもね」
「そうかもね」
二人でナツミさんたちを玄関まで見送った。
「では・・・失礼します。リンちゃん、また明日ね」
「うん、明日はずっと家にいるからいつ来てもいいからね」
なんかドキドキする。
お父さんもすぐに決めてくれてよかった。
◆
「お腹減ったね」
リビングに戻ってきた。
もうペコペコだ・・・。
「じゃあご飯にしようか。今日はリンの好きな洋食屋さんのコロッケだよ」
「やったー」
「揚げるからお皿を用意してね」
「はーい」
お父さんがお休みの日は、わたしの好きなものを作ってくれる。
コロッケは一番お気に入りだ。
「ごはんはまだー?」
ねんちゃんがわたしの足に体をこすりつけてきた。
「あれ・・・お父さん、ねんちゃんのご飯は?」
「あ・・・やろうとした時にトオル君たちが来たから忘れてた・・・」
「そうだったんだ・・・ごめんねねんちゃん」
まだだったんだね・・・。
あ・・・それなら・・・。
「ねんちゃん、もうちょっと待ってね。わたしたちと一緒にいただきますしよ」
言葉がわかるのはわたしだけでお話はできない。
「・・・」
でも私の気持ちは通じたみたいで、自分のお盆の前で座って「いただきます」を待っている。
急いでわたしたちの分を用意しよう。
やっぱり、家族みんなで食べた方がいいもんね。