第4話 決意
城を飛び出したワタクシがジーハ家御夫妻と御子息のヴェルトに連れられて帰還したとき、玉座の間に居た近衛兵、大臣、そして国王であるお父様はとても驚かれた顔をしていましたわ。
そして、あのお母様も一瞬目を見開いていましたが、すぐにイジワルな笑みを浮かべましたわ。
「随分と短い家出だったね~、愚娘。どうだい? 護衛も誰も居なくて寂しくて泣いちまったかい?」
「お母様……」
「みんなもお前が心配だからと後をコッソリつけようとしいていたが、全部私が止めてやったよ。あんたみたいな世間知らずの小娘は、一回ぐらいこうしてへこませてやった方がいいからね~」
恐くて、無力な自分が嫌で泣いた。まるで見ていたかのように言うお母様でしたが、その視線をすぐにワタクシの後ろに居るジーハ家の方々に向けて、どこか「お母様らしくない」温かい表情を浮かべていたのに、ワタクシは気づきましたわ。
「しっかし、谷底へ突き落とした我が愚娘を拾ったのが、まさかあんたたちとはね~、ボナパ……アルナ……」
えっ、お知り合いでしたの? それは、王族が国民に対して向ける眼差しでも口調でもない。まるで、心許せる友を前にしたかのようなお母様の態度……そして、先ほどからずっと黙ったままのお父様も、同じような表情をしていますわ。
「ははははは、女王陛下は相変わらずお厳しい。フォルナ姫は、大変つらかったと思いますよ?」
「そうですよ~。私はぜ~~~~ったい、ヴェルトを谷底に落したりなんてしませんから」
ボナパと呼ばれた主人と、アルナと呼ばれた夫人。お二人とも、お母様とお父様と同様に心を許した相手に向ける表情をしていますわ。
それは、ワタクシの知らないお父様とお母様の何か……
少しだけモヤモヤしましたわ。
そして、お母様の視線は……
「んで、その小生意気そうなガキがヴェルトかい? 少しは大きくなったんじゃないかい?」
その視線はヴェルトにまで向けられましたわ。
対してヴェルトは、お母様を初めてご覧になったのか、お母様が途端に怪しく微笑んだ瞬間、体をビクリとさせましたわ。
「な、なんだよ……ねえ、おやじ、おふくろ、このおばちゃん誰?」
「「「「「――――――――ッ!」」」」」
ヴェ、ヴェルトッ! あ、あなた、だ、誰に向かって!
嗚呼、ほら御覧なさい。玉座の間の空気に亀裂が走ったかのように、誰もが恐怖に染まった表情をしていますわ!
「ほ~う、言うね~、クソガキ」
「な、なんだよ! 俺はガキなんかじゃないぞ! 俺のことちっちゃいとか思ってるかもしれないけど、もう五歳なんだぞ!」
「………………………………ぷっ、ちっさいね~」
お母様相手に恐れを知らないというより、もはや何も知らないことが唯一の幸せですわね。
ですが、いくらお母様のことを知らないとはいえ、その物怖じしない態度。
何だか、一瞬恐怖に埋め尽くされそうになった玉座の間に、あちらこちらから小さな笑いが漏れて空気が緩んだのが分かりましたわ。
そして、お母様に逆らえなかったワタクシには、それがとても眩しく、どんどん胸が高鳴っているのが分かりましたわ。
ですがその時、お母様が突然ワタクシに向かって言いましたわ。
「さて、愚娘。あんたの結婚についてだが……」
ッ、またその話ですの! ワタクシの中で、再びお母様への怒りがこみ上げましたわ。
ましてや、家出する前のワタクシと違って、これほど一人の男の子に心惹かれているワタクシに、この場でそれを言うお母様に、我慢できませんでしたわ。
「ワタクシ、結婚なんて絶対にいやですわ、お母様!」
そして、もう感情的に泣き叫ぶだけのワタクシではありませんわ。
たとえ傷ついても心折らず、懸命に戦ったヴェルト。物怖じせずに自分を貫くヴェルト。
そして何よりも……
「くくくく、あんた、まだそんなこと言ってんのかい? 恐くてプルプル震えてたくせに」
「もう、今のワタクシは違いますわ! 男の子も女の子も、ビビッたら負けなのですわ!」
「………ほう………」
「それに、ワタクシは……この世の麦畑でもっともキョーボーな男の子の傍に居ましたもの! もう、何も恐くありませんわ!」
そう、ワタクシはヴェルトのように戦う。恐くても、ビビッたりしませんわ!
例えお母様に怒られようとも。
「へ~、言うじゃないかい、愚娘。だがね、これは決定だって言っただろう? あんたは黙って私が決めた男と結婚しろって言ってんだよ」
ワタクシの反抗を「面白い」と思ったのか、少し嬉しそうに微笑むお母様でしたが、そこだけは譲れないのか、一切ワタクシの意見を聞き入れようとしませんでした。ですが、ワタクシはめげませんでしたわ。
「わ、ワタクシは……ワタクシは自分で選んだ男の子と結婚したいですわ! もう、勇者様とか王子様とか言いませんわ! ですが、自分が好きになった人と、一緒になりたいって思っていますの!」
もう、強い勇者様でもなく、優しい王子様でなくてもいい。
たとえ平民でも、勇敢で、ワタクシを守ってくれて、そして「この人がいい」と思った人じゃないと嫌。
生まれて初めて恋をしたからこそ、ワタクシはそう思えるようになったのですわ。
すると、お母様は……
「くくくく、自分が選んだ~? あんたにそんな男が居るってのかい?」
もう、おとぎ話の乙女の夢でもなく、ワタクシは今なら自信を持って言えますわ。
だから、ワタクシは、状況が分からずに首をかしげているヴェルトの腕におもいっきり抱きついて、お母様に、お父様に、この場に居る全ての人に向かって叫びましたわ。
「居ますわ! ここに居るヴェルト・ジーハこそ、ワタクシの選んだ相手ですわ!」
「「「「「―――――――ッ!」」」」」
「……えっ、お、俺? なんで? なんなの?」
言ってやりましたわ。でも、後悔はありませんわ。
ワタクシは、この人と一緒に居たい。ヴェルトともっと仲良くなりたい。ずっと大人になっても一緒がいい。
たとえ今この場でお母様に、「ふざけるな」と言われても……
「……………………それは、本当かい?」
お母様に怒られ……怒られ? え? お母様、何だかお顔が物凄い嬉しそうで……
「愚娘、本当かい? それじゃあ、あんたは、今後どれだけの縁談があろうと、どんな素敵な王子様や十勇者みたいなのと見合いをしたり、許婚として紹介されようと、そのクソガキじゃないと結婚しないと、そういうことかい?」
まるでワタクシの覚悟を試すようなお言葉ですが、当然ですわ! ワタクシの想いは、もうそれだけ強くなっているんですもの!
「当たり前ですわ! ヴェルトと結婚して、一緒に、この国を平和に導きますわ!」
「はあ? え、何で俺なんだよ! 結婚? 俺やだよ~! なんでなんだよ!」
「いいんですの! ヴェルトはもうワタクシと結婚ですの!」
思えば、これだけお母様と正面から大声で言い合ったのも初めてですわ。
何とも清々しい気持ちになりましたわ。
たとえこの先、どれほどの厳しい現実が待っていようとも、ワタクシはヴェルトと一緒に……
「……ふふ~~~~~~~ん」
と、その時でしたわ! お母様が、ものすご~~~く、嬉しそうにニッコリと笑みを浮かべましたわ!
一体、どういうことですの?
そう思ったとき、お母様は玉座から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきましたわ。
怒られる? 頬を叩かれる? そういう雰囲気では全くありませんでしたわ。
それどころかお母様はワタクシに目もくれず……
「よく言ったね~、愚娘!」
それだけ言って、お母様はワタクシには目もくれず、ワタクシが抱きついていたヴェルトを引き剥がし、そのままヴェルトを抱っこして、ギュ~ッと抱きしめましたわ!
「な、なにすんだよ、お、おばちゃん、離せよ~!」
「ふふ~ん! 聞いたかい、愚王! ボナパ! アルナ! こいつ、今日から私の息子だよ! ヴェルト~、いや、もうお前は愚婿だよ! ようやく、本当にあんたは私の家族になっちまったかい!」
「ひゃう、は、恥ずかしいから降ろせよ! ベタベタしてくんなよ、なんなんだよ!」
「ほら、暴れるんじゃないよ~、この愚婿! 私のことは今日からママと呼びな! た~っぷり躾けてやるよ」
ど、どういうことですの! お母様がこれほど嬉しそうなのは初めて見ましたわ!
ヴェルトを抱きかかえて、嫌がるヴェルトを無理やり愛でて、そんなお母様をワタクシは知りませんでしたわ。
しかし、お母様の喜びの意味が分かっているのか、お父様も、周りの方々も全員温かい眼差しで微笑んでいましたわ。
「って、お母様! ワタクシのヴェルトから離れてください!」
「なにいってんだい。今日から私の息子だよ?」
「ちげーよー! 俺、おやじとおふくろいるんだから、離せよー! いーやーだー! 結婚しねーっ!」
もうそこから、さきはヴェルトの取り合いでしたわ。
「おい、ボナパ、アルナ、この愚婿は貰っとくよ。今日から城に住ませるからねえ」
「女王陛下、待ってください、それはまだ早すぎます!」
「ヴェルトを返してください! ヴェルトは私たちの子供なんですから、お婿に行くのはまだダメです!」
今でも鮮明に覚えていますわ。
あの時、自分で自分の人生を決めましたわ。
そして、その時の決意は未だに一切揺らぐことなどありませんでしたわ。
あとから聞いた話でしたが、お母様は幼少期の頃、素朴で優しさのあるヴェルトのお父様のことを好きだったとのこと。
お父様は、可憐で純粋なヴェルトのお母様のことを好きだったとのこと。
しかし、お二人は失恋し、当時騎士団だったお母様がヤケになって護衛対象だったお父様を寝室に連れ込んでとか……
そんな過去があったからこそ、お父様とお母様はヴェルトのお父様とお母様に並々ならぬ思いがあり、その息子であるヴェルトは二人にとっても特別な存在とのことで……いずれにせよ、ワタクシとヴェルトが結婚することに身分差がどうとか、そういうことは何も関係ないと分かりましたので、お母様の言いつけ通りこれからどんどんヴェルトにアタックですわ!