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第2話 運命の出会い

 あれは五歳の頃でしたわ。


 まだワタクシが故郷のエルファーシア王国で、世界も世間も知らない籠の中の鳥のように、お父様、お母様、そして多くの臣下に見守られていた頃。

 ある日、お母様の一言がワタクシの運命を変えましたわ。


「フォルナ。あんたにはこれから先、各国の王族貴族からの縁談や許嫁の申し入れが来るし、実際既にいくつか貰っている。まあ、外交の手前それらを無下にすることはできないから、扱いには気をつけるが……」


 まだ、幼いながらも、「許嫁」や「結婚」という単語の意味をワタクシも理解していましたわ。

 そして、当時は、おとぎ話に出てくる素敵な王子様や、世界を救う勇者のような方のお嫁さんになりたいなどと、幼い子供ならではの想いを抱いていたワタクシに、お母様は衝撃的な事を言いましたわ。


「一応言っておくが、あんたの将来の結婚相手は既に決まってるから、肝に銘じておきな。相手は王族でも貴族でも勇者でもない、ただの一般家庭のガキだ。私や愚王の友達の子供でねえ、あんたが生まれる前からそのことは既に確定していたんだよ」


 それは、まだ五歳だったワタクシの夢を粉々に打ち砕くほど、受け入れがたい宣告。

 お母様がさも当たり前のように告げた言葉。昔から厳しく、怖く、それでいて強引なお母様に逆らったことなど一度もありませんでしたのに、ワタクシは大声を張合げて拒否しましたわ。


「いやですわ! ワタクシ、そんなのいやあ! ぜったいやですわ!」


 まだ恋すら知らなかったとはいえ、素敵な王子様でも勇者様でもない人と結婚が既に決まっているなど、どうしても受け入れられなかったワタクシは、人生で初めてお母様に口答えをし、そして玉座の間でありながら、多くの臣下が見ている前で泣き叫びましたわ。


「嫌とかそんなのどうでもいいんだよ。既に確定してるって言ってんだろう? あんたは黙って私の決めた男と結婚すりゃいいんだよ」

「そんなのいやですわ! ワタクシ、好きになった人とじゃないと結婚なんていやですわ! ワタクシは魔族や亜人を蹴散らす、強い勇者様のお嫁さんになるんですわ!」

「は~~~? 勇者~? バカだね~、あんたは。魔族や亜人を蹴散らす程度を基準にして結婚したって、な~んもいいことないんだよ」


 ワタクシの拒否の言葉を、不愉快そうな顔を浮かべながらも却下していくお母様。

 ワタクシの意見など決して受け付けないその態度に、ワタクシは我慢がならず、ついには……



「うっ、ひっぐ、どうして……いや、……いやあ……結婚なんていやあ……お母様のイジワルですわーっ!」



 勢いよく宮殿から飛び出すワタクシ。泣き叫んだワタクシの姿に大勢の臣下が後を追おうとするものの、お母様は「ほっときな」の一言で、ワタクシを気にかける様子などまるでなく、それがワタクシの悲しみを余計に深くし、ワタクシはただ無我夢中で逃げ出しましたわ。

 通り過ぎる王都の住民や見知った方々が泣きながら走るワタクシに声をかけようとするも、あの時のワタクシは誰とも話をしたくなく、何かもが嫌になってとにかくひたすら遠くへと目指して走りましたわ。


「お母様の、ばか、イジワルですわ、ワタクシのこと嫌いなんですわ。ひっぐ、いや、いや~~、ひっぐ」


 そして、あまりにも我を忘れて逃げ出したことで、ようやくハッとしてワタクシは目の前の風景に意識を奪われましたわ。

 何故ならば、そこはワタクシが知っている宮殿でも王都でもなく、ただ辺り一面がどこまでも続く麦畑の中心だったからですわ。


「あ……あれ?」


 自分がどこからどうやって走って逃げてきたのかも全く覚えていないワタクシは、四方を見渡しては、途端に不安と恐怖が心を襲いましたわ。


「どこ? こ、ここ、どこですの? ふぇ、だ、誰か居ませんの! お父様! お母様! お兄様!」


 王都から一歩も外に出たことのないワタクシにとっては、全てが生まれて初めて見る光景。

 そこがどこで、自分が今どうなっているのか分からず、迷子になったということだけを理解し、そこからはもう嫌なことしか考えられませんでしたわ。


「どこ、誰かいないんですの? ねえ、ワタクシ、どこにいるんですの!」


 誰一人見えない。どこかに家があるわけでもない。ただ、気づけば世界に自分一人だけしかいないという事実が、より一層恐怖を生みましたわ。

 そして、気づけば周りも暗くなり、不安と疲労と空腹が、ワタクシを襲い、ワタクシは自分よりも背丈のある麦畑の中でポツンと座って身動きが取れませんでしたわ。

 このまま自分は家に帰れないのではないか? 誰にも見つからずに死んでしまうのではないか? どうして自分がこんな目に? お母様に逆らったから? 自分が悪い子だから?

 大げさではなく、当時のワタクシは本当にそう思い、ただただ泣いていましたわ。

 でも、そんな時でしたわ!



「グルルルルルルル……ワウッ! ワウッ!」



 突如聞こえてきた獣の声。

 全身を大きく震え上がらせながら顔を上げると、そこには唸りながらワタクシを睨む一匹の野犬。


「ひっ!」

「グルルルルル、ワウワウワウッ!」


 当時、ある程度の魔法を使えたワタクシなら、野犬など本来であれば恐れるものではないもの。

 ですが、そんなことなどまるで分からず、凶暴な顔で牙をむき出しにして吠えてくる野犬に、ワタクシの心は完全に怯えてしまいましたわ。


「い、いや、ひっ、あ、あっちにいって、や、やだ……」

「ワウッ! ワウワウッ!」


 一歩でも身動きを取れば、すぐにでも飛びかかってくるということが本能で理解できましたわ。

 ですが、恐怖で完全に萎縮してしまったワタクシに、ジッとしていろなどと無理な話。

 襲われる。噛まれる。ただ、それだけしか考えられず、ワタクシが耐え切れなくなって逃げ出そうとした瞬間、野犬も反応。

 ワタクシに向かって強く吠え、今まさにその牙をワタクシに突き立てようとしましたわ。

 ですが……



「なにやってんだよ、おまえ! あっちいってろよ!」



 野犬の牙がワタクシに届くこともなく、それどころか恐る恐る振り返ると、そこには一人の男の子がワタクシを守るように野犬の前に立ちはだかっていましたわ。

 知らない男の子。格好は明らかに平民の服装。

 それは、王子様や勇者様と呼ぶにはあまりにも荒々しく。

 だけど、その背中、その言葉、そしてその表情がどこまでも自信に満ち溢れていたのは、今でも覚えていますわ。



「だ、だれ?」



 状況がまるで理解できなかったワタクシが辛うじて絞り出せたのはその一言だけ。

 ですが、男の子は怯えるワタクシに少々乱暴な口調で答えてくれましたわ。



「おまえだろ、城から逃げたガキって! さっき俺の家にも王都の騎士とかが来たんだぞ? 俺の秘密基地を勝手に使いやがって!」



 ガキ? そんなことを言われたのは生まれて初めてでしたわ。それどころか、背丈からしてワタクシと大して年齢だって変わらないと思われるのに、王族たるワタクシをガキと言い捨てては文句を言ってくるその男の子に、ワタクシはどうすればいいのか完全に混乱してしまいましたわ。


「ガウガウガウッ!」


 ですが、状況が危ういということは変わりなく、野犬は現れた男の子に対しても唸り声を上げて吠えましたわ。


「あ、危ない! か、噛まれますわ! その犬、すごく凶暴で、危ないですわ!」


 危ないと、凶暴だからと、ワタクシが再び状況を思い出して声を上げたその時でしたわ。

 男の子が、元々自信満々だった笑みを更に強くして、ワタクシに振り返り……



「それがどうしたってんだよ! こんな犬、なんてことねー! だって、この麦畑で最もキョーボーなのは俺なんだから!」



 瞼を閉じれば、未だに鮮明に思い出せるワタクシの一生忘れられない日。


 それが、王子様でも勇者様でもなく、ワタクシが生涯唯一無二の相手として選んだ、『ヴェルト・ジーハ』との出会いでしたわ。


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