07 彼女との初めと終わり ③
よろしくお願いします。
翌日の土曜日
俺は待ち合わせの場所に30分早く到着した。
ここは所謂市民球場で休日には草野球のチームが試合をしていたりするが、この日も何処かの商店街同士での試合中の様だ。
バックネット裏にはコンクリートで階段状にしただけのスタンドが有り、通りから入るとそこが最上段なっているので、1段降りてそのまま腰をおろした。
昨日の電話では「行けたら行く」と半ば断りの言葉の様な返事だったので、【来ない】が8割、【来る】が2割だと思う。
それは予めそう思っていないと、来なかった時のショックに耐えられなくなりそうだからだ。
腕時計はしていたが見ない様にしていた。
もし彼女が来なかった時には時間をとうに過ぎた事に気づかなかった事にして、そっと帰ろうと思っていたから…
しかしそんな事にはならなかった。
足を組み、右の肘をその足に乗せ拳を顎に当てながら野球を見て居る振りをしていると、俺の左側で1段降りて立つ足が視界の端に入った。
「よぉ」
俺は馴れ馴れしく声を掛けた。
「うん」
彼女はちょっと照れているのか左右に体を揺らしながら言った。
まさかとは思ったが嘘ではない、本当に本人がちゃんとそこに存在しているのだ。
白のワンピースであちこちにフリルが付いていて実に彼女らしい清潔感のある可愛らしさが溢れていた。
俺ははっちゃける性格では無いが脳内で何かが弾けまくっていた。
彼女にはこの日の予定などは知らせてないので、とりあえず野球観戦しながら卒業からこの日までの話をだらだらとしていた。
今日の目的は告白だ。
ただ、土曜日の真昼間にしかも人の目がそれなりに有るところでする訳にはいかない。
しかしまだお昼時、どうしようか… その時。
「お腹すかない?」
彼女が言った。
「すいたすいた、何か食べ行く?」
「うん、何が良い?」
高校生なら迷わずマックにでも直行なのだろうが仮にも社会人、まだ給料は貰ってないけどなけなしの1万円の入った財布は有る。
「じゃあパスタはどう?」
「良いよ、何処?」
「この先にあるイタリアン」
何がパスタだ、何がイタリアンだ、スパゲティって言えよと脳内で自分にツッコむ。
「行こ行こ」
割と自然に並んで歩き出す。
流石に手を繋いだりはしないけど。
ノープランだったので食事の後は街中をブラブラし、ちょっと疲れたところで学生時代から利用していた喫茶店へ向かった。
学生に優しいリーズナブルな店では200円台で各種ドリンクが飲めた。
そしてピザも300円とお安くなっていたのでそれを注文し、二人で分けた。
ここまでお互いに気を使う事も無く、ごく自然に話していたし楽しんでくれていたので、やはり親密度は間違いなかったと安心する。
殆ど街中をブラブラするだけだったが、楽しい時間は早いものだ。
そろそろ18時、夕焼け空が見えてきた所で街の外れの松林に来ていた。
そう、ここで告白するのだ。
松林とは言え、木と木の間隔は広くスカスカだ。
その内の1本の木の前で、若干周りの目から隠れるように彼女に言った。
「就職してまだ一週間だけど、一つだけ我慢出来ない事が有るんだ」
「何?」
「つい先週まではそんな事思いもしなかったけど、気づいたんだ」
「…」
流石に彼女もこの雰囲気で気づいた様だ
「俺、お前が傍に居ない事が我慢出来ないらしい」
「…」
「出来れば会いたい時に会って、喋りたい時には喋って、行きたい所には二人で行きたいんだ」
「…」
「俺と付き合ってくれないか?」
「…」
しばらくの沈黙が流れた。
「そっか、ダメか」
「ダメじゃないけど、ちょっとだけ考えさせて…」
「分かったよ、次の金曜日に電話するからその時に返事もらえる?」
「うん」
「無理なら無理で良いんだ。嫌な事を押し付けたくはないからさ」
「うん」
「でも少しでも気持ちの針が俺に向いてるなら付き合ってくれ」
「うん、考える」
遠目にチラ見する人を無視して駅へ向かう。
さっきまでとは違い二人とも無口だ。
そして軽く手を振って別れる。
そして次の金曜日。
初めての彼女が出来た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
由貴とは2年程付き合った。
そして由貴も就職してお互い忙しくなった頃、急に別れが訪れた。
5月末。
由貴の誕生日が近いので仕事帰りに御徒町まで行ってプレゼントの下見に行った。
下見のつもりだったが、店員の押しに負けそのまま買ってしまった。
(まぁ元々買うつもりだったし!)
由貴の誕生日の前の週末、仕事帰りに待ち合わせをし、夕食を一緒にして、誕生日プレゼントのネックレスを渡した。
由貴は「ありがとう」とにこやかにしていたが、何かちょっと浮かない感じが漂う。
(あれ?指輪の方が良かったかな?)
等と思ったがもう遅い。
「来年はもうちょっと良いもの買えるからさ」
「うん」
由貴はそう言って笑ってくれた。
次の週の中日、由貴からメールが来て明日の夜、会って欲しいとの事だった。
明日は由貴の誕生日でもあった。
仕事終わりで由貴の最寄り駅に降り立ち、待ち合わせの小さな公園まで向かう。
既に由貴は来ていた。
「誕生日おめでとう、2回目、ハハハ」
笑って見せたが由貴は軽く微笑んだだけで俯いてしまう。
「どうしたの?何かあった?」
「うん、ちょっと、、、ね」
「言いにくい事?」
「う、、ん」
ここで大体察しはついた、そしてそのまま彼女の言葉を待つ。
「もう会えない」
「嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけど…」
「じゃあなんで?」
「・・・」
理由についてはどうしても言う気は無いらしい。
恐らく俺の由貴に対する嫌な部分が限度を越したのだろう。
それを聞いた所でどうこうなるものでもなさそうだ。
「本当にもう無理か?」
「ダメだと思う…」
「そっか」
「…」
「分かった、今まで無理させて悪かったな」
下を向いたまま首を振る彼女
滴り落ちる涙が光る。
「ただ俺も諦め悪いのかな、一つだけ聞いてほしい」
「なに?」
「あと1回だけ、二人で出かけよう」
未練たらしいがお願いしてみた。
「わかった、どこに行くの?」
「2人でバイクに乗って富士山行こう、前言ってただろ?」
「そうだね、行こ」
と言ってニコッと笑った。
別れ際にこっそり涙を拭ったのは多分見られて無い筈だ。
こうしてこの日、由貴の誕生日は二人の涙と共に別れた日となった。
最後の1行だけ修正しました。
不定期投稿で基本的に1週間に1話以上を考えてます。