60 贈り物
よろしくお願いします。
2月10日
季節の所為だろうか、俺も由貴も同じ様に状態が悪化してきている。
由貴の癌が転移したと聞いた日から1週間が過ぎているが、実は俺も食事が取れなくなっていた。
口に食べ物を入れても飲み込む事が出来ず、無理に押し込むしか無かったのだがその結果食事は取りやめ点滴に替えられた。
由貴は由貴でショックを受けただろうに気丈に振る舞い、逆に俺を励ましにベッドまで来て色々話して言った。
美成はそんな由貴を心配して、ある程度話をしたら一旦自室へ戻り休む様に促していた。
美成にはホントに迷惑掛けっぱなしだ。
自分の体の事は自分が一番分かると良く言っている人が居たが、実際自分の体なのに今どのくらいの位置に有るのか、それが自分には全く分からなかった。
あと1ヶ月ちょっとを頑張って生き抜く事が出来るのか、出来たとすればその時に2人に指輪を渡すつもりだが、とても自信が無かった、いや、無理だと思った。
思っていたよりも体を動かせない自分に焦燥し、唇を?む。
「こんなはずじゃ… クソッ」
そう、自分は癌を甘く見ていたんだと気づかされたが既に打つ手はない。
これは自分自身が選んだのだから八つ当たりしようにも出来る相手が居ない。
一番身近な美成に対してそんな素振りを見せればどんな反応するのか… 想像して直ぐにやめた。
俺は美成の言葉を思い出していた。
「生き切ってみせて!」
自分で選んだ生き方にそう言って鼓舞してくれた美成に弱音は吐かないと約束したんじゃないか、少しは意地を見せなきゃな。
そうは言うものの近づきつつある自分の死期を感じざるを得なかった。
「もう…無理かもな…」
そうして今日、二人をベッド脇に呼んだ。
そう、ちゃんと自分の手で渡せる内に自分の声で有難うと言う為に、今日、二人に渡すと決めたのだ。
二人をベッド脇に座らせ、俺はゆっくりと金庫の前まで移動し暗証番号を入力する。
カチッと音がしてから扉を開け、先日買っておいたリボンや包装などの無い2つのリングケースを取り出した。
二人に向き合う様にベッドに腰かけ何かを察した二人の顔を一瞥し、一つのリングケースを両手で美成に向けて差し出した。
「美成、これまで色々ありがとう、これは何と言おうか、そのぉ、事実婚の嫁としての贈り物、だな」
はっきり結婚指輪と言いきれないが仕方ないのだ。
続けて由貴にも両手でリングケースを差し出す。
「こっちは由貴へ、これはそのぉ、ある意味謝罪なのかも知れないけど感謝の気持ちで贈らせてくれ」
付き合って居る当時、周りから言われた苦言が恐らくかなりのプレッシャーになっていたと思うと申し訳なくて仕方ない。
そんな中でも俺に付き合ってくれたのだから感謝しかない。
そして二人は小さな箱を開けた。
「わぁ、綺麗」「ほ~、凄いねぇ」
由貴と美成はそれぞれ声を上げた。
「受け取ってくれるか?2人共」
「ありがたく受け取るわ」「勿論よ、ありがとう」
由貴と美成は指輪を指先で摘まんで宙にかざし、色んな角度で眺めそして二人で見せ合いキャッキャしている。
先に指にはめたのは美成だった、流石事実婚嫁。
それを見て由貴もはめてみた。
俺は二人の指に無理なく嵌るのを見て安堵した、サイズ知らなくても何とかなったな。
指輪で一頻り盛り上がった所で、由貴が美成にお願いが有ると言い出した。
「この指輪、わたし一生大事にするから、だからわたしの一生が潰えた後、この指輪、美成が受け継いで、お願い」
自分の最後も割と近いと感じているのだろう、美成はその願いを受け入れた。
「うん、わたしも一生大事にするから安心して任せて!」
そう言って胸を張った。
俺も今の段階で渡したのが正解だったと安堵した、恐らく死ぬ間際に渡していたら二人の笑顔は無かっただろうから…
指輪を渡した翌日。
この日は朝から眠りっぱなしだった。
既に体の自由が効かず、痛みの頻度もどんどん増して今では2時間に一回程度は激しい痛みが襲う。
この日の面会終了時刻前に恒例のトイレへ行き、病室へ戻りベッドへ潜り込むと美成が鞄をゴソゴソしだした。
そして紙とペンが出て来て美成が言った。
「最後のお願いが有るの、籍を入れて欲しいの」
これは美成の母親から籍だけは入れるなと忠告されているので流石に無理だ。
「ごめん、それは出来ない」
「あなたの言いたい事は分かる、だけどあたしはあなたの生きた証が欲しい、これが最後のお願いなの、そしてこれだけは絶対に聞いてもらうんだから」
結構強気な事も言うんだなと感心している場合では無いが、しかし、どうしたもんか俺って結構押しに弱いのが今更分かってしまった。
美成の母親からも反対と言われた事を出してもそんなの知った事かと、かれこれ30分くらいの押し問答が有り、俺は根負けした。
「わかったわかった、俺の負けだ書くよ、どれどれ」
「もう、ホント疲れたわぁ、あなたの名前と住所だけ書いてくれれば良いからね」
そう言って美成が出して来たのは婚姻届けだった、そりゃそうか。
金曜日の夜、既に役所は業務が終わった時間だが、俺は見本を参考に自分で書く部分を埋めて美成に渡した。
「証人にマスターの名前が有ったけどいつの間に?」
「この間お見舞いに来てくれた時にお願いしてOK貰えたから後で書いてもらったのよ」
因みにもう一人の証人は由貴だった。
夜間受付と言うのが有る事は何かで聞いて知っていたので美成に聞くと今から提出してくると言うので、気の済む様にしてくれと言わんばかりの目で合図し手ではシッシッと追い払う様なジェスチャーをした。
すると美成が窓の脇に置いていたスマホを取りニヤリと悪い顔をして「証拠映像」と言って映像を見せてから部屋を出て行った。
本気なんだな美成は、だけどゴメンな…。
書いては消して、書いては消しての繰り返しで、もしかしたら辻褄の合わない所が有るかも知れません。
大丈夫かな…




