06 彼女との初めと終わり ②
よろしくお願いします。
同僚との初めての打ち上げは終わり、まだ騒がしい街の中で一人になった。
実は初めての夜の新宿だったので、ちょっとばかり足を延ばしてみた。
高層ビルの間を歩きながらさっきの話を思い出し自分なりに考える。
見えない部分は仕方ないにしても、接してみて分かる部分だけでも理想的な相手がどれだけ居るのか?
下手すれば理想を上げ過ぎて現れない事も有りえる。
じゃあ今はどうなのか?
「今?」
理想をクリアした女性は既に居た。
この春からは短大生になった元同級生の夏川由貴だ。
高校時代の選択科目の授業ではペアを組んで居た事も有り、かなり親密度は上がっていると自分では思っていた。
所謂、真面目グループに属していた彼女は普段、男子と会話する事は少なく、女子だけの世界を作っていた。
しかし選択科目では俺とのペアで屈託のない笑顔を見せつけて来た。
その授業の前の休憩時間には、打ち合わせと称し俺の席まで女子特有のチョコチョコとした走り方でやってきて、その日の課題の説明を簡単にして、再びチョコチョコと去って行った。
この行動はその授業がある日には当たり前の光景だった。
そんな事を思い出しながら歩いて居ると既にビル群の端まで来ていて、隣は都庁だ。
この時、自分の中の衝動が既に抑えられない所まで来ているのに気付く。
(あの子の声が聴きたい)
時刻は既に21時をまわった。
所謂、花金(死語)
金曜日の夜だけに学生でも自宅には居ない可能性もある。
なぜそんな事を思うのかと言うと携帯の番号は知らないのだ。
しかし自宅の電話番号は知っていた、これは学生時代に連絡を取る必要が有った時に覚えたものだ。
自宅ならば当然家族の誰かが出るだろう。
ただ、もうそんな事はどうでもいい。
居ても居なくても電話しなければ収まらない。
そしてここで一つの問題発生。
実は未だにスマホを持っていなかったのだ。
貧乏故に高校生になっても持たせては貰えず、恐らく初任給の使い道はスマホになるだろうと思っていた。
となると公衆電話を探すしかない。
昔なら駅の前辺りにはズラーと電話ボックスが並んでいたらしいが今や探すのは困難だ。
周りを見渡しても有りそうも無いが目の前に新宿中央公園が有る。
ココになら有るんじゃないか?と歩道橋を渡り電話を探す。
するといきなり発見。
しかし電話ボックスでは無く電話に雨除けのカバーが有る程度の公衆電話だ。
外で電話する事が当たり前と思える人は良いのだろうが、慣れて無い俺は他人に話を聞かれそうで躊躇した。
夜とはいえ、結構人通りが有るのだ。
そして言い訳を探す様な思考に気づき一呼吸する。
「よし!」
今や持ってる人も少ないシステム手帳のアドレスのページを開き、10ケタの番号をゆっくりと一つづつ押していく。
呼び出し音が鳴り、それに合わせて心音も周りに聞こえそうな位に激しくなる。
「はい、夏川です」
聞きなれた声で応答する声が聞こえた。
彼女だ。
「あの、俺、高校の同級生の山城だけど、分かるかな?」
「えー?分かる分かる、どうしたの?」
本人が出て一安心する。
「今、仕事帰りで新宿に居るんだけどさ」
「へぇ新宿かぁ、仕事そっちの方なんだぁ」
違和感はないな、よし。
「そうそう、それで急なんだけど明日の土曜日に会えないかな?」
「え~と、う~ん、何処で何時?」
「あんまり人ごみの中もアレなんで、じゃあ駅からちょっと歩くけど球場が有るでしょ」
「うん」
「そのスタンドに12時でどうかな?」
場所まで考えて無かったので咄嗟に球場が出たが、まぁ大丈夫だろう。
「う~ん、じゃ~、行けたら行く」
「あ、ダメなら無理しなくても良いからね」
「うん、わかった」
「じゃあ、明日、来るまで待ってるから」
「え~、時間に行かなかったら普通に帰ってよ~」
「ハハハ、じゃ、また」
「うん、バイバイ」
(・・・ヨッシャー!)
嬉しさで軽く涙が出てくる。
高々1分程度で完全な約束では無かったが声が聴きたいという目的は果たせたし、その後の事は正直考えていなかった。
なんか自分のした事ではあるが、まるで嵐の如く激しい展開に驚いている。
そう言えば今は金曜の夜か。
と、金曜日がタイトルに入るお気に入りのバラードを口ずさみながら、とりあえず気分上々で再びビル街を抜けていく。
不定期投稿で基本的に1週間に1話以上を考えてます。