04 満員電車
よろしくお願いします。
それは仕事を終え、会社の最寄り駅から数えて十駅ほど先の駅から急行に乗り込んだ時の事だった。
夕方のラッシュでその当時、首都圏では最悪と言われる位の地獄の満員列車に乗り込んだ俺は、後ろから押されるがままに反対側の窓の方へと押しやられる。
しかしそこにもサラリーマンの分厚い壁が有り、窓には到達出来ず流れに身を任せていた。
いくら揺れても手放した鞄さえ落ちないほどに込み合う中で自分の視界に既視感を覚えた。
それは目の前に居た髪を軽く束ねている女性の首筋だった。
この瞬間に既に自分の中では理解していた、この女性は元カノだと。
彼女は後ろ向きで首筋は明らかに彼女なのだが、それでも顔を確認しなければ断定は出来ない。
しかしここは満員電車の通路の真ん中辺りで今の所身動き出来ない状態だった。
これ程の接近遭遇するとは思っても居なかったので突然の事に心臓がバクバクしてきた。
しかもこの体勢はヤバい!
自分の前に後ろ向きで完全に密着していたのだ。
その昔、それなりに密着する事も有ったわけなのでその時の感触が思い出されると、血流がヤバい事になってきた。
仮に今、声を掛けたらどうなるのだろう?
下手すれば腰を押し当てられて痴漢行為をされたと言われても言い逃れできない状況なのだ。
よく聞く痴漢冤罪の話では、嫌がらせで痴漢をでっち上げられる事も有るらしいと、本か何かで聞いていた事が有る。
もし彼女が俺に対して良くない感情を持っていた場合そうなる事も有りえる、これは早く離れないとマズイと思い次の急行の停車駅で人が降車したタイミングで少しばかり窓際へ退避した。
(これで冤罪の線は無くなったかな)
そう思いながら彼女の方を向くと若干横顔が見えた。
そして窓を見ると夜の闇で鏡状になった窓には彼女がほぼ正面に映っていた。
(もう間違いない)
ただ、こんなに接近したのにも関わらず声を掛ける事が出来なかった俺は、車内が空いたのを見計らい空席に座った。
この時彼女はドアの前に立ち、俺はその反対側のドア横の座席だった。
これではドアの窓に丸映りだ。
出来るだけ気配を消し、若干寝たふりなどして直接目が合うのを避けようとした。
しばらくそのまま走り続けた電車の車内も十分に座席の余裕が出来ていたが、彼女は一向に座る気配が無い。
それが不自然だった。
流石に空席が有るのに30分も立っている人は多くない。
それでもまだ座席に目を向ける事さえない。
何故か?
それはもう既にこちらに気づいて居るからに違いない。
もしそうならば気にせず席に座って欲しかった。
知らないふりで構わないから我慢しないで欲しかった。
でもそれが言えないまま、お互いに気まずい思いをしながら時間が経つのをただ待っていた。
そして乗り換えの駅に到着した時、こちらが先に動く事にした。
そうしないと彼女は降りられなくなるだろうから…
そう思って電車を降りた。
そしてホーム中央の乗り換え用の階段へ向かうと、俺の横を彼女が小走りで走り抜ける。
そしてUターンする形で階段を駆け下りて行くその瞬間に、ほんの僅かだけこちらに目線を送り、すぐさま階段下へ向かって消えて行った。
(今のは何だ?)
乗り換えの時間が迫っていたのだろうか?
ただ、その時の俺には彼女が最後に自分の存在をアピールした様にも思えた。
過去の遭遇を思い出しているうちに、タラればの妄想が止まらなくなった。
もし、そうだとしたら俺はどうするべきだったのだろう…
そして2回目の同窓会に彼女が来ないと決まった訳では無い。
もし来たのなら、こっそりその時の話でも聞きたい衝動が頭の中をかけめぐる。
声を掛けたらどんな反応をしたのだろうか?それも聞きたい。
つまりは俺自身を今はどう思っているのか?
なんならヨリを戻せるのか?と淡い期待ばかりの妄想が続く。
先日の遭遇までは忘れかけていたが、この間の彼女の顔はまだ鮮明に覚えている。
恐らく死ぬまでは忘れはしないだろう。
そんな事を思いながらタオルケットに包まっていると、そろそろ空が白み始めていた。
こんな悶々とした夜は実に久しぶりだった。
死ぬ前にもう一度会いたい… 話したい… 笑い合いたい…
出来ればその日まで寄り添って欲しいと…。
そして俺は最後になる同窓会の返信ハガキの参加に丸を書いた。
不定期投稿で基本的に1週間に1話以上を考えてます。