21 マスター
よろしくお願いします。
翌朝、と言っても土曜日なので遅めに起き、そこで唖然とする。
髪の毛が結構な束で落ちていたのだ。
「とうとう来たか」と呟く。
分かっていた事なのである程度は落ち着いているが、内心はやはり驚きを隠せず、心拍数が上がるのが分かる。
抜けた髪の毛を無造作に掴み上げ、ゴミ箱へを投げ入れる、ちょっと悔しいだけだ。
買い置きのカップラーメンにお湯を注ぎ朝と昼の一つになった食事をとる。
(そろそろ帽子買わないとな)
ふと思い、ついでに髪の毛も短くする事にする。
行きつけの美容院を予約も無く訪れドアを開ける。
「カット出来ますか?」と一言。
「出来ますよ~、でもちょっと待ってて」
マスターのハッキリした口調が返ってくる。
ここは中学校時代からの馴染みの店で、中学生の時はカットを1000円でやってもらっていた。
ただ、親からは散髪代として1500円貰っていたのは秘密だ。
カットの準備が出来て洗髪してもらい鏡の前の席に移る。
「いつもの感じにしちゃっていいの?」
いつもなら前髪がどこどこで耳はどうのこうので…と短くなり過ぎない感じに注文するのだが。
「今日は短くしちゃって下さい」
「2~3cmくらいで良い?」
ここで躊躇した。
「あ~え~、4~5cmでお願いします」
ちょっと日和ったなと思いながら目をつむり全てをマスターに任せる。
と、ココでマスターが聞いてくる。
「トップも短くしちゃっていいの?」
「え?」
「いや、ちょっと薄くなりかけてる所あるから長くして隠す?」
恐らく今朝抜けた場所だろう。
「いえ、もう全体に合わせて切っちゃって大丈夫です」
「そう?何か悩み事でもあるの?」
自分の身の回りでは結構長い付き合いだと思うので話す事にした。
「実は抗がん剤の影響が出てきたんです」
「え?癌なの?治るの?」
「う~ん、それが、無理っぽくて、へへへ…」
「そっかぁ、まだ若いのに辛いだろうねぇ」
「一応、全て受け入れてるんで精神的には大丈夫です」
「そっかぁ、じゃあこれからは余生を楽しまなきゃな」
「残りの貯金使い切ってどこか行こうかと考えたりしてますね」
「おぉ、もしバイク乗りたくなったら貸してやるから何時でも言いな!」
若い頃バイクに乗って居たのを知ってるので、勧めてくれているようだ。
「ハイ、もし乗りたくなったら借りますね」
話しながらもカットは進み15分程度で終了。
お会計をすると「今日の代金は無しだ」
「え?」
男性のカットは3500円なのだが…
「あと何度来るか分からないけど、今後も無料でやってやるから」
「そんなわけには…」
「良いって」
「じゃあこうしましょう、今回は有難く無料にしてもらいます、そしてもしバイクを借りる事になった時はレンタル料として受け取って下さいね?」
「よし、そうしよう、レンタル料3500円ね」
「じゃあその時はお願いします」
「OK、ちゃんとメンテしておくからな」
「そんなお金かけなくて良いですから」
「何言ってんだ、俺のバイクに俺が金掛けるんだから何の問題も無いだろ?ガハハ」
「それもそうか、ははは」
そしてスッキリした頭を撫でながら帰宅する途中に思いつく。
「そうだ帽子買わなきゃ」
ちょっと電車で隣の駅まで行けばファッションセンター「しまうま」が有るから行ってみよう。
男物のコーナーを探して結構グルグル回ったが辿り着くと野球帽がメインで陳列されていた。
まぁ自分の好みでは野球帽が良いのだが、よく見るがん患者が被る帽子と言えばニット帽だったので、そっちも見てみる。
9月にニット帽はやっぱり早いよなぁ。
そこで黒い野球帽と白黒のニット帽を1つずつ買う事にした。
デザインはごくごくシンプルな物だった。
帰宅し、買ってきた野球帽を被り鏡を見る。
う~ん、花が無いな、どちらかと言うと怪しさの方が増す感じだ。
もしこれ被って元カノに遭遇したら絶対ストーカー認定されるだろうな。
続いて白黒ニット帽を被ると、こちらは怪しさは無く意外と自分に有っていると感じた。
やっぱ、真っ黒はダメなんだな。
帽子に合わせるシャツやジーパンを出してきて、1人ファッションショーをしていると既に日が傾いて来ていた。
そうだ、そろそろ夜食を買いに行く時間だ。
そしてこの後、19時の半額戦争に黒い野球帽で突入する事にする。
不定期投稿ですが基本的に土曜日の20時を定期更新として1週間に1話以上を考えてます。




