第八話 アウェイの洗礼と異形の敵
「うっひゃぁー」
「完全に敵地ですな、これは」
秀吉が感嘆の声を上げ、森可成が困ったように笑う。
スタジアムは超満員だが王国民の姿はまばらで、異種族たちが総出で応援に来ていたのだ。
「是非もなし。奴らの顔色を絶望に染めろ」
「いいねぇいいねぇ。負け犬どものー、ちょっとほえ面見てみたいっと」
信長が威圧感全開で言えば、森長可はいつも通りに煽りのコールを入れる。今日の彼は控えなので、ベンチからヤジを飛ばすのが仕事なのだ。
軍馬で煽り運転をするような畜生は置いておき、雰囲気は完全にアウェイだった。
「ふん。声援を集めたくらいで怯む臆病者など、織田家におらぬわ」
「まったくですな」
勝家が不満そうに言えば、佐々成正も眉間に皺を寄せて同意する。反織田連合などもう何十回見たか分からないし、大抵は数を頼みに押してくるだけだ。
そんな烏合の衆など恐れるに足らずと息巻く猛将の横では、佐久間盛信と森蘭丸がグラブの手入れをしながら呆れていた。
「ははは、完全に悪役ですなぁ」
「……大体うちの兄のせいですよね、本当にすいません」
「これも作戦。儂らは従うだけよ」
そう、賽は投げられた。
試合開始時刻になり――決戦の火蓋が切られた。
「一回表、なで斬り尾張軍の攻撃です」
オーダーは最初に組んだものでほぼ固定されており、この日も前田利家が先陣を切ることになった。
「しゃあ! やったるぞコラ!」
この世界に来た当初は爺臭い面があったが。肉体に引っ張られたのか、もうただの荒武者という風情で打席に立つ。
対する投手はオーガの首長だ。
エルフの魔法とセイレーンの歌声で強化された上に、機械の国謹製のドーピング薬まで投与された怪物投手である。
「フン、猿めが……死ねい!!」
「うおっ!?」
第一球は、頭部への危険球だ。
球速はマッハ1ほどだが、何らかの強化が為されているようで。衝撃波を撒き散らす強烈なストレートが見舞われる。
しかし利家も、黙ってやられるわけがない。
「てめぇが死ねやコラ!」
「むっ!」
剣道で言う、面。
その動きで利家はバットを振り、ピッチャー返しをお見舞いした。
しかしオーガは悠々と捕球し、あえなくアウトカウントが刻まれる。
「ふははは! この程度か」
「くそが……あんな球を放る奴が、長可以外にいたのかよ……」
外道には外道をということで、今日は敵軍もラフプレーを織り交ぜてくるようだ。
それならばと、二番の丹羽長秀は冷静にバットを構える。
「球速重視でコントロールは甘く……四球を狙いやすい、か」
選球眼に優れた彼はボール球に手を出さず。
飛んできた危険球も避けて、あっさりと一塁に出た。
「勝負をせんか、この卑怯者がぁ!」
「勝負ができるような球を放ってほしいものですな」
問題児だらけの織田家で重役をしていたのは伊達ではなく、長秀はごく自然に煽り返していく。
彼は目には目を、というだけで。別に自分から煽りにいっているわけではない。
そう、大人な彼は、ベンチの誰かさんとは違う。
「三番、ファースト、柴田勝家」
そして1アウト一塁の場面で、勝家に回った。
ここ最近ではミート技術も向上し、押しも押されもしない不動のクリーンナップだ。
そんな強打者が出てきたというのに、投手のオーガは不敵な笑みを浮かべる。
「来たか、紛い物の鬼が」
「儂を鬼柴田と知っての物言いか」
「貴様如きが鬼? 片腹痛い。身の程を教えてやろう」
オーガの腕が肥大化し、エルフ軍の三軍ピッチャーなど比べ物にならないほどの圧力を生んだ。
「去ねい! 真・剛力波動球――無双!」
「こ、これは――!?」
以前に見たエルフの魔球など、児戯に感じるほどの力。圧倒的なパワー。
衝撃波が竜巻を生み出しながら――勝家の身体を宙に打ち上げた。
「ぬ、おお! ぬぁああああああ!?」
「ご、権六ぅぅうううううう!!」
凄まじい力に襲われた勝家の身体がぶっ飛ばされ、バッターボックス後方の壁に叩きつけられる。
彼の身体はなで斬り尾張軍のいる三塁側ベンチ横の壁にめり込んでおり、壁と激突した背中からはぶすぶすと黒い煙が上がっていた。
「くくく、これでも立てるかな? 脆弱な猿めが」
「ふん、これくらい、屁でもないわ」
勝家は首をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がったが――少なからずダメージは受けている。
そもそもバットとボールが衝突した時点で足が地面から浮いてしまうので、鍔迫り合いにすら持ち込めていない。
「根性は認めてやらんでもないが――まあ、小鬼程度だな」
「ぐぅぅおおおおおああああ!?」
勝家は三度吹き飛ばされ、三振扱いとなって倒れた。
で。続く打者の信長は、竜巻などなんのその。
当然のようにホームランを打ち、打順は五番に回る。
「さあさあさあ! この前田慶次郎利益様が相手になるぞ、鬼っころ!」
「犬っころのように言うな、この、痴れ者がァッ!!」
信長にあっさり打たれたことが頭に来たのか凄い怒気だが、慶次に魔球は使われなかった。
慶次は剛速球を初球打ちして、球は悠々とバックスクリーンに向けて飛んでいく。
「はっはぁ! これが天下御免の傾奇者、前田慶次様のぉ――って、あれ?」
「ふふ、ここは通しませんよ」
連合軍のセンターは有翼人種の長だ。
空を飛べる彼はバックスクリーン前で球をキャッチして、3アウトになった。
「いいっ!? そんなのアリかよ!」
「種族特性だ。アリに決まっているだろうが」
「むむむ……いや、しかしいいなぁ、あの羽。凄く目立ちそうだ」
ホームランが不発に終わり、敵にオイシイところを取られた慶次ではあるが。彼は目立つ方法を考えるのに余念がない。
鳥人間の姿で野球をすればそれなりに目立つのでは?
という考えを浮かべながらベンチに戻ると、半兵衛が難しい顔をしていた。
「いけませんね」
「何が?」
「セイレーンの力を分析しましたが、声援を力に変換するようです」
つまりは、スタジアムに詰めかけた敵の観客、その全員からパワーを分けてもらうような力を発動しているらしい。
大観衆から集まった力は、選手の力を通常の三倍ほどに引き上げているとか。
「そうは言っても、数が違い過ぎるな」
「……そうですね。こちらの応援はかき消されていますし、信長様のように打って敵を黙らせるしかないところではあります」
そう言いながらも、半兵衛は光秀と共に敵の戦法を分析していた。
滝川一益の情報は確かに有益だが、彼にできるのは情報収集だけであり。どんな魔法がどんな効果を及ぼすのかは、現地で分析しながらの戦いだ。
「しかし慶次殿。有翼人の捕球された時は驚いていましたが――資料はよく読んだのですよね?」
「え? あ、ああ。もちろんだ……けど。実際に見るとどうにもね! あっはっは!」
これは絶対見ていないなと思いつつも、半兵衛と光秀は何も言わない。
軍師組は大人だからだ。
さて、ともあれ信長の弾丸ホームランで2点を先制した。
少し士気の上がった織田軍は各自守備についていくのだが。
「何まどろっこしいことしてんだか。つまりは敵を黙らせればいいんだろ?」
と。織田家一番の問題児が球場を抜け出してこっそり城に帰ったことは、誰にも気づかれなかったらしい。
よくドラマとかで「信長様!」と呼ばれていますし、本作でもそう書いていますが。
ファーストネームは諱なので、本来だと名前で呼ぶのは好ましくありません。
役職がある場合、羽柴・筑前守・秀吉なら、「筑前守様」とか。
役職が無い場合、丹羽・五郎左・長秀なら、「五郎左様」と呼ぶ時代です。
苗字と名前の間に挟まるミドルネームで呼ぶか。
任官されている場合は役職名で呼ぶのがマナーらしいですね。
諱をガンガン使うとにわか扱いされそうですが。いいじゃない。分かりやすいんだから!