第七話 エセ忍者と反織田連合
「皆様、よくぞお集りいただきました」
議長を務めるのは、神聖エルブ帝国の代表――エルフの国の長老だ。
数千年の時を生きているというのに、老婆という雰囲気は欠片もなく。絶世の美女という容姿を持つ女である。
「フン、あの猿どもには思うところがあるからな」
「左様。そろそろ灸を据えてやらねば」
鬼の国からは巨体のオーガが出席していた。何の強化もなく球速500オーバーの球を投げるような種族だが、彼らもまた、なで斬り尾張軍に敗北していた。
竜人の国ドラゴニューラからも主将が出席しているものの、彼らはなで斬り尾張軍との試合をしたことはない。
ただ、信長一行の悪評――主に森長可の蛮行――が各国に広まった結果。球技を神聖なものと捉えている国々は、義憤に駆られたのだ。
「――データは、既二、集まっていマス」
「私たちも対策済みだ。もう負けはしないさ」
「ああ、次は食い散らかしてやる」
最新型女性アンドロイド。
有翼人の首長。
獣人族の長。
織田家重臣、滝川一益など。
種族の垣根を越えた錚々たるメンバーが集まっており、勝算は十分と判断された。
「戦力比から。勝率は、20%」
「なんじゃあ機械の。弱気じゃないか」
「あくまで個人戦力比。連携、組み合わせが噛み合えば――勝率85%デス」
各国最強の選手なら、織田家に一矢報いることはできていた。
それに、蘭丸は非力で外野は前進守備でいいだとか、勝家は変化球に弱いだとか。
そんなデータも集まってきた頃だ。
「……そうだな。バラバラに戦っては勝てん」
「連携の確認は必要ですね」
各自の織田家対策を持ちより、魔法系選手のバフを有力種族に載せて、各種族の特性を活かした連携をすれば勝てる。
女性型アンドロイドは、冷静にそう語る。
「ならば、合同練習あるのみでござる」
「おうよ。一番行き来がしやすいのは……エルフの国だな。場所は盟主に確保してもらおうか」
「はい、喜んで」
織田家に奪われたものを全て取り返す。
その思いだけで、いがみ合っていた各国は手を取り合った。
領土、民、財産。何より、種族としての矜持がかかっている。
非常に高い士気が維持されたまま、彼らは解散した――のだが。
一人。招待されてもいなければ、味方でもない謎の忍者が紛れ込んでいたことは、誰も気づかなかった。
人と近い見た目の種族などいくらでもあるし、堂々としていれば意外とバレないのである。
◇
「では、一益殿が収集した情報を元に、対策を立てていきましょう」
間諜の忍者が取得した情報は、現地で商人に扮装した配下の手に渡り。すぐさま織田家に届けられた。
各種族の特性をどう組み合わせて、何の作戦を打ってくるか。
代表選手団に紛れて共に練習をしている滝川一益からは、詳細な情報が届けられていた。
「投手は速球派の鬼と変化球派のエルフが中心となるようです。速球については対策もいらないと思いますが、変化球には備えが必要ですね」
「うむ。練習相手はロイヤルナイツから貸してもらおう」
家臣団の中で変化球に弱いのは、前田利家、柴田勝家、佐々成正、森可成あたりだ。
俊足が売りの利家もそうだが、言ってしまえばパワータイプが多い。
大柄な体格から内角の球を苦手にしている者も多く、内角、変化球に絞った特訓が命じられた。
「さて、既に変化球を打てる面々は、今さら身体を鍛えても意味がありません。異能を磨きましょう」
「身体強化とかでいいか? まあ、覚えたものをローカライズするだけだから簡単だ」
「魔法を使うのは久しぶりですね」
異世界転生の度に新たな能力を獲得して、それを次の世界に持ち込んできた織田家の面々ではあるが。それをこの世界でもそっくりそのまま使えるわけでもない。
この世界は純粋な剣と魔法の――もとい、球技と魔法のファンタジーの世界なので、RPGの世界で獲得したスキルシステムなどは使えないようだった。
「広域殲滅魔法を載せたファールを、相手のベンチに放り込めば勝ちってことだな!」
「ダメに決まっているだろうに……」
今日も絶好調の長可を窘めつつ、丹羽長秀は慶次と共にピッチングの練習に入る。
織田家の一番手は、エースピッチャーの前田慶次。
二番手が羽柴秀吉、三番手は敗戦処理専門の佐久間信盛で、抑えのリリーフが滝川一益となる。
「思ったよりも本気で対策されているようだが、ポジションを弄るか?」
「いえ。今の布陣が最適です。動かすとすれば成正殿か蘭丸殿ですが……」
信盛は地味に制球練習をしており、受けるキャッチャーは蘭丸だ。
蘭丸と成正はどこのポジションでもこなせる万能型な代わりに、器用貧乏という面がある。
この二人は試合への出場数が少ないので、隠し玉となり得る。
が、蘭丸たちの戦闘力は然程高くない。
「そうだな、このままいくか。最終兵器にツネと鬼武蔵もいることだし」
「……長可殿は、本当に最後の手段にしましょう」
下手に弄らずとも、織田家には色々な奥の手がある。
そう思い直した信長は、オーダーの訂正を止めた。
例えば池田恒興も歴戦の将。
一軍メンバーと比べれば一枚落ちるものの、蘭丸や信盛と比べれば身体能力は高い方だ。
また、能力を見れば森長可が二番手のピッチャーになるのだが、彼は禁断の最終兵器ということで封印されている。
野手ならゲーム崩壊させることもなく敵をボコボコにしようとするので、先日の対ゴーレムズ戦のように外野で出場することもあったはあったとしても。
少し目を離した隙にバットを放り投げてピッチャーを襲撃しようとしたりするため、何をやらかすか分からない爆弾は一旦控えに送られた。
「さて、総資産は4000億を少し超えたところだが」
「連合側は資産を出し合い、その比率で勝ち分を分配する算段のようですね」
「まるで株式会社だな」
織田家の外交は恒興を通して、最終的には光秀の元に話が届いている。
今回の連合を調べれば、被害は少なかったものの矜持を傷つけられたということでエルフの国が盟主になっている。
エルフたちは一番国力に余裕があるので、出資金も多い。
勝利した場合は資産の半分近くをエルフの国が手にすることになるだろう。
「それにしても古くからの名門が、天下の帝国を目指して――か。まるで今川だな」
「どちらかと言えば京都の公家に通じるものを感じますね、彼らには」
「間を取って三好でよかろう。……さて、一応これが、天下分け目になるか」
巨大な力を持つ名門が中心となった反織田連合なので、強大な力を持った足利将軍家が相手と言えるかもしれない。
何にせよ勝てば近隣の国家をまとめて傘下に置けそうなのだが、盟主に与える損害が2000億では、大国であるエルフの国の屋台骨を揺るがすまでにはならない。
「で、光秀。儂とハゲネズミでこんな案を考えたのだが」
かなりの大打撃ではあるが、もう一押しが必要だ。
そう感じた信長は策を記した紙を懐から取り出し、それを見た光秀もすぐに頷く。
「よいお考えかと。早速、恒興殿から交渉をお願いしましょう」
「……止めないのか?」
「どうせ勝ちます。勝てば問題ありません。負けて死ぬとして――それは人間五十年ですよ」
そう言って光秀は、信長の書状を懐にしまう。
「言うようになったな。……そうだ。何度も小競り合いをするなど、時間の無駄だ」
「ええ、これで終わらせましょう」
信長と秀吉が考えた提案書の内容とは、賭けの金額を一兆円規模にすることだ。
織田家は財産の全てに加え――負けたら全員が奴隷になると約束するものだった。
織田家十五人の身柄に6000億の値札を付けたことになる。
これを高いと見るか安いとみるかだが。エルフの国からすれば安いと見た。
球技の結果で外交を押し通すことができるので、織田家を手下にするのは核ミサイルを所持するのと変わらない意義がある。
世界制覇を狙う魔王を支配下に置けるという名誉の問題もあれば――彼らは屈辱を忘れてはいなかった。
人間の国を舐めていて、三軍を送り込んだという経緯はあっても遺恨はある。
全ての種族の頂点に立つ、霊長たるエルフが――劣った猿に負けた事実は許しがたい。
それを払拭するためには、完膚なきまでの勝利を得る必要があるのだ。
そんな考えでエルフたちは賭け金を積み上げ、数日後には試合の日程が決まった。
「ふははは! 古き者は滅びる。それはどこの世界でも変わらんということを、思い知らせてやろう!」
文字通り、織田家の全てを賭けた提案は承諾され――決戦の幕が上がる。
滝川一益は忍者で有名な甲賀の出身です。
調略が上手かったり、交渉が上手かったりと手札の多い武将で、その辺りが要因となって忍者扱いされることが多いようです。
が、忍者という資料は見つかっていません。後世のキャラ付け被害者と言えます。
鉄砲の名人として結構早くから信長に仕えて、信長と仲のいい奴らを集めた仮装パーティーに出席したりしています。
かなり信頼されていたようで、攻めでも守りでも責任者を任されることが多く。信長死亡の直前は関東~東北方面の責任者だったりします。
「一益! 秀吉と一緒に長秀の補佐しろ。安土にでっけぇ城作るぞ!」
「一益! 関東から東北は任せるから、北条、佐竹、芦名、伊達辺りを何とかしとけ!」
と色々丸投げされた辺り、苦労が偲ばれます。
一益については調べるとすぐに、聖人エピソードが見つかりますが。
それとセットで森長可の鬼畜エピソードがついてくる辺りで、織田家の数少ない良識派武将ということが分かると思います(白目)