第六話 煽りカスと傾奇者
「打ったぁぁあああ!! なで斬り尾張軍、快進撃が止まりません!」
球団発足から三ヵ月。
信長率いる「なで斬り尾張軍」は怒涛の快進撃を続けていた。
喧嘩、もとい。試合を吹っ掛けては領土を切り取り。
別な領土を挟んだ飛び地ができれば、間にある領地を持っている国に試合を仕掛け。
人類の領地は、織田家が召喚される前の十倍に膨れ上がっていた。
「おっと、ここでジャイアント・ゴーレムズに動きが。ギブアップのようです」
「無限の体力を持つゴーレムズからギブアップとは……珍しいですね」
今日もゴーレムというか、アンドロイドやサイボーグの選手たちが活躍する機械国家から領土を奪い取ったところだ。
「よ、よかった、勝てた……」
「だから、大丈夫だと言っておろうに」
王国から派遣された織田家担当官の青年は、試合が始まる度に緊張で吐きそうな顔をしていた。
それもそのはず、織田家は手に入れた領土、権利、財宝などを、次の試合に全賭けする方針なのだ。
土地や財産の価値を円換算すると、球団発足時の資本が1000万円ほどあり。
その後エルフの国から奪い取った財宝を王国と折半して、約6000万円の儲けになった。
立ち上げの資金を王国に返して完全に独立勢力となり。この時織田家に残った資産は5000万円ほどだ。
それを次の試合に全賭けして1億円相当のお宝を巻き上げ、次は2億。その次は4億と順調に増やしていった。
「ま、負けたら終わりなのに、どうして、そんな軽々と……」
「負けなければいいだろうが。勝てばいい。それが全てだ」
財産を全部載せしているので、一度でも負ければそこで終了だ。
毎回が最終決戦のような緊張感に付き合わされて、担当官はもう胃薬が手放せなくなっている。
数億数兆の金を普通に動かしてきた信長の金銭感覚はぶっ壊れているし、家臣たちも似たようなものだったらしい。
信長も、球団社長の池田恒興も、平然とした顔で勝ち分を数えている。
「今回の勝ち分はいくらになる」
「経費を差し引くと、240億円くらいかと」
「上出来だな」
今日のスコアは25-2なのだが。最後に森長可が片手で満塁ホームランを打ち、ファッ×ユーのジェスチャーを決めた時に心が折れたらしい。
とはいえ、アンドロイドには折れる心もなさそうなので、勝率0%の計算を導き出して合理的に降伏したのかもしれないが。
「しかし、勝負を受けてくれる国も減ってきましたね」
「つまらん決まり事よな」
半兵衛がそう呟けば、信長もつまらなさそうに言う。
再戦を申し込んだ時。前の敗北から一年以内の申し出であれば、試合を延期できるというルールがあったのだ。
これがあるから人類の生存が間に合ったのだが、今にしてみればただ邪魔なだけである。
「そろそろ弱小国家では、賭け金を出せなくなる頃です。吹っ掛ける相手を探す方が難しくなりますね」
「なんぞ、ええ案はないものかの」
半兵衛に続き佐久間信盛もそう呟いたのだが。
織田家が行き詰ってきた時は、知恵袋ではなくアイデアマンの方に尋ねるのが一番だ。
「ハゲネズミ。何かいい案はないか」
「そうですなぁ。あと二、三勝。それから、十分な嫌悪感を撒くことができれば」
「嫌悪感?」
ハゲネズミ。話を振られた羽柴秀吉がそう答えれば、周囲の人間はきょとんとした顔をしたのだが。
光秀と半兵衛は即座に意図を見抜き、信長も何となく察した。
「なるほどな。要するに、ヘイトを集めればいいわけだ」
「左様で」
「よし。鬼武蔵、慶次、出番だ!」
ここで信長は、問題児組を招集することにした。
理由は言わずもがな、ヘイトを売るためである。
「鬼武蔵は敵をいいだけ煽れ。二度と会いたくないと思わせるくらいに」
「えー? 煽る価値もないザコなんだけどなぁ。どうすっかなぁ」
鬼武蔵こと森長可の声が大きすぎて、その発言がもう敵軍から憎悪の対象になっているのだが。
何はともあれ得意分野だ。
希代の煽りカスは嬉々として、敗北した敵の心に塩を塗りたくりに行った。
微に入り細を穿つほど丁寧な罵詈雑言を浴びて、アンドロイドたちにも怒りの感情が芽生えそうになっていた。
それはさておき、信長は慶次にも命令を出す。
「この場でド派手な酒宴を始めろ。金は出すから」
「お、いいですなぁ。予算はいかほどで?」
「1億あればいいか?」
慶次も悪知恵が働くもので、長可を嗾けた辺りで何か感じるものはあったようだ。
「その倍、2億ほどいただきましょうか」
「ふっ、よかろう。ツネに手配させる」
「よしよし。それじゃあここは一つ盛大に参りますか」
予算を確保するや慶次は、王国の御用商人や球団関係者を集めて、ありったけの酒と食料を確保するように命じた。
彼らが準備に向かう傍らで、自らは球場のマイクを使い、派手に煽る。
「本日は我らが主、信長様のご厚意で! これより飲み食い無料の大宴会を行う! さあ皆で楽しもう!」
そう言い切った直後。
「この宴の予算を確保した前田慶次。前田慶次をよろしく!」
などと、派手にアピールすることも忘れずにいた辺りはちゃっかりしているが。
何はともあれ客席は大盛り上がりを見せた。
「うむ。慶次は分かっているな。では鬼武蔵。ここでお前の出番だ」
「やーいやーい……って、なんですかい? 今いいところなんすけど」
さて。ここで信長は、散々敵軍を小馬鹿にしていた長可を呼び戻して。
少し不満そうな顔をした彼にマイクを握らせる。
「いやいや、もっと楽しい趣向がある。いいか――に、――と」
「ふむ。なるほど? オーケー、任してくださいよ」
信長に耳打ちされた長可は笑顔になり。
主君から言えと命じられた内容を、己の言葉にアレンジして――大声で叫んだ。
「ただし、試合に負けたポンコツロボットども! てめぇらはダメだ!」
ヒャッハー! ザコに食わせる飯はねぇ! 石でも齧ってろスクラップどもが!
と、スポーツマンにあるまじき暴言を繰り返して、盛り上がった観客は引いた。
ともあれ観衆は現金なものだ。
しばらくして豪華な食事と高い酒が運び込まれてくれば、一転してご機嫌になる。
「こら、長可! 言い過ぎだ!」
「兄上! 下品ですよ!」
「やべぇ、オヤジとお蘭が怒った」
命じられた以上の戦果を挙げた長可は、父親と弟から捕まる前に、さっさとベンチの裏へ撤退していき。
横でやり取りを見ていた秀吉は、困ったような顔をしていた。
「……いや、あの。確かにこの方向で合っていますが、やり過ぎでは?」
「構わん。どうせなら一度に釣る方がいい」
「それは確かに。あと三……いえ、四連勝すれば、一気に削れそうですな」
「そういうものですか」
信長の後ろに控えていた佐々成正と前田利家は、何が起きているのかよく分かっていなかった。
しかしまあ、織田家のブレーンが導き出した策なら間違いはないだろうと、傍観を決め込んでいる。
「忙しくなりそうでござるなぁ」
「……ですな」
この世界でも間諜――スパイをさせられている滝川一益は、仕事が増えることを想像してげんなりとしていたし。
彼のサポートをすることが多い丹羽長秀も暗い顔をしていたのだが。
何はともあれ、その一ヵ月後。
なで斬り尾張軍は各国球団関係者のヘイトを集め切り、狙い通りの展開が起きた。
「一益殿より情報が入りました。……敵方に動きあり、策は成ったようです」
「来たかッ! 待ちわびたぞ!」
一益が送ってきた情報とは。なで斬り尾張軍に対抗するため、各国がエース級の人材を集めた連合軍。
――すなわち、反織田連合の結成を報せるものだった。
前田慶次は滝川一益の一族から、前田利久(利家の兄)の養子に出されました。
養子の慶次ではなく当主の弟、利家が前田家を継ぐことになったため、慶次は養父と共に前田の本家から離れます。
が、利家から所領を貰っており、時折行動も共にしていたため。それほど不仲ではなかったようです。
いたずら好きの暴れん坊。傾奇者。利家の天敵というイメージがついたのは、某、前田慶次が主人公の少年漫画の影響が大きいと思います 笑
京都で連歌会を開くなど文化人として知られる一方で、戦場での功績もそこそこ残っているそうですが。
彼の資料はどれもこれも信憑性が薄く。実在したことは確かでも、どこからどこまでが本当の話かまるで分からないという不思議な将です。
ちなみに本作では前田慶次として扱いますが、本名は前田慶次郎利益などです。
彼は資料によって名前がバラバラで、呼ばれ方が多すぎたりします。
利貞、利卓、利太、利大、利興。慶次郎、慶二郎、啓次郎、慶次。
これら全部、前田慶次の愛称や名前です。
まだいくつかありますが、中には創作のものも混じっているかもしれません。
彼については歴史的な資料が少なかった分、色々と創作しやすかったのでしょう。多分。