第五話 鬼と魔王
「ぬぉおおおおお!!」
エルフのピッチャーがマウンド上で四股を踏んだ後のような体勢になり。
次の瞬間、爆発的なオーラが膨れ上がった。
「む!? こ、これは――ッ!?」
「受けてみよ! 《剛力波動球》!」
腕が肥大化し、細身の腕が一瞬で。オーガと見紛うばかりに筋肉質となった。
剛腕から放たれた球は衝撃波を撒き散らしながら直進して、勝家が振りぬいたバットと正面衝突する。
「ぬ、ぬおッ! ぐぅぁああああッーー!?」
「ご、権六ぅぅぅうううう!!」
数秒の鍔迫り合いが起きたのだが。木製のバットが粉々に粉砕され、柴田勝家の巨体が宙を舞う。
魔球の衝撃波が勝家を打ち破り、無情にもストライクカウントに火が灯った。
「アレは勝家選手、戦闘不能でしょうね……」
「ああ、恐ろしい威力だった」
観客が動じていないところを見ると、アレはアリなのだろう。
確かに予想外の攻撃ではあったが、なで斬り尾張軍のベンチは冷静だった。
「衝撃波が出るということは、音速は超えているようですね」
「勝家殿を吹き飛ばすくらいだから、音速の数倍はある、か? そんな速さには見えなかったが……球自体も何らかの力で強化されたと見るべきか」
冷静に分析する半兵衛と光秀だが。
勝家だけではなく、そんな衝撃波に巻き込まれた敵軍のキャッチャーも大ダメージを受けたようだ。
「なで斬り尾張軍。選手の交代はありますか?」
アンパイアは何でもないようにそう聞いてきたが。
――その背後では、鬼がゆらりと立ち上がっていた。
「待てい。儂はこの通り、ピンピンしておるぞ」
「「「なっ!?」」」
予備のバットに持ち替えて、勝家は再び打席に立つ。
ピッチャー、キャッチャー、アンパイア。三人が驚いたが、勝家自身は確かに戦闘可能な状態にあるようだ。
「くっ……ならば、もう一度食らわせるまでよ! 《剛力波動球》!」
「甘いわぁああああ!!」
又してもバットは砕け散るが、勝家は立ち上がる。
三球目も。
四球目も。
五球目も。
その全てが観客席に叩き込まれ、ピッチャーは絶望の表情を浮かべた。
バットが折れた場合は、キャッチャーが捕球すればアウトにできる。
しかしきっちり打ち抜いているため、軌道がズレた球はバックネット裏まで飛んでいった。
勝家はストレートにめっぽう強く、変化球に弱い。
そんなことが知られていればまた展開も変わったのだろうが。今や勝家の体力が尽きるか、ピッチャーの腕が壊れるかの持久戦になっていた。
「ば、バカな! こんなことが――あって、たまるかぁぁあああ!!」
一試合に数回しか使えない決め球で、仕留められないはずがない。
そう焦るエルフのピッチャーはコントロールをしくじり、球は勝家の顔面へ飛ぶ。
が、しかし。
「これで満塁、だな」
バットを放り投げた勝家は、自らに迫る剛速球を片手で捕球していた。
「ば、かな……」
崩れ落ちたピッチャーだが、そもそも勝家など前座でしかない。
次の相手は、六百を超える異世界転移、転生を繰り返し。
行く先々の世界を征服してきた男だ。
「四番、セカンド、織田信長」
ウグイスがその名を告げると、客席からは大歓声が響き渡る。
四番。織田信長。
打率、十割。
この世界に来て、数百の打席に立ち。
未だ敗北を知らない男。
「どうした、疾くせよ」
その背後には、先ほどの鬼すら生ぬるいほどの威圧感が見える。
「あ、あれは勇者なんかじゃない! あれは、あれは――っ!!」
――魔王だ。
そう直感したピッチャーの頭上を、打ち返された打球が飛んでいく。
それは速度を落とさずに、ぐんぐん高度を上げていき。最後はバックスクリーンへ直撃した。
「つまらぬ。やはりザコであったか」
もう決め球は使えない。
しかも、渾身の一撃ですら軽々とスタンドに運ばれたのだ。
ピッチャーは崩れ落ち、エルフ軍の士気は崩壊した。
「……ふむ。まあ勝ち戦で勢いをつけるのも大事だ」
ダイヤモンドを廻り切った信長は、迎えに出てきた家臣団に言い放つ。
「追い討ちをかけろ。徹底的に、な」
◇
その後。命令通りに、織田家の家臣団は徹底的に打ち込んだ。
もはや半兵衛も、まともなサインは送らない。全打者に対してバッティングを指示。
とにかく滅多打ちにしろ――その命令を、家臣たちは忠実に遂行する。
打って打って打って打ちまくり。
永遠に終わらない一回表を前にして。
「こ、降伏……する」
なで斬り尾張軍は一度も攻撃を受けることなく、試合が終わった。
「勝鬨を上げよ!!」
勝者と敗者。その姿は、はっきりと観衆の目に焼き付いた。人類軍が野球で他種族に勝利するのは何年振りか。
異世界から現れた勇者たちの活躍。それは大陸に存在する多くの国に衝撃を与えた。
なで斬り尾張軍VSエルフ軍。
28-0(一回表、ギブアップ)
この世界の野球は特殊で、ギブアップ制度があります。主にメンバーが全滅した時に使われます。
ちなみに「なで斬り尾張軍」のイントネーションは「読〇巨〇軍」と大体同じです。