第二話 球団社長 オキツネ
「球技の結果で物事を決める世界のようですね。戦は本当に最後の手段。迂闊に戦争を仕掛ければ、比叡山焼き討ち十連発くらいの悪印象を抱かれるとお思いください」
「日本から寺を消すレベルのヘイトか」
平和と言えば平和なのだが、球技の結果で国土が切り取られたり、民を奪い取られたりもする世界だった。
彼らを召喚したのは人間の王国であり。魔法や異能なんでもありの他種族を相手に押され気味で、このままでは遠からず滅亡してしまう国らしい。
「けったいな世界じゃのう」
「左様で」
「興行が国の収益、その生命線にもなるとか。……敗北続きで赤字が続いているようですね、この国は」
平たく言えば。弱小チームだから人気が無く、国庫が寂しいことになっている。
だからこの家臣団で、プロ野球チームの経営をしながら戦ってほしい。
しかもそんな状況なので、約束できる報酬はない。
要約するとそういう話のようだ。
「ふむ。……ま、やるしかない。采配は誰に任せるか」
「幸いにして皆、全盛期の身体です。順当に行けば、事務方の誰かですな」
「半兵衛殿とか?」
光秀が口を開く毎に士気が下がっていったのだが、何はともあれやるしかない。
幸いにして戦力が十分なことを確認してから、まずは事務方のトップを決めようという話になった。
話を振られた天才軍師――竹中半兵衛は首を横に振りながら、彼の横に座る池田恒興の方へ顔を向ける。
「私は現地の指揮官でよろしいかと。……球団全体の采配をお任せするのなら、恒興殿でよいのでは?」
「そうだな。ツネ、やれ!」
身体能力がそれほどでなく、立案能力が最も高い半兵衛は監督なりコーチなりが適任だろう。
であれば他の人間から選ぶ必要がある。
そこそこ頭が回り。
そこそこ調整能力があり。
そこそこ実務能力もある男。
池田恒興に総指揮――球団社長――を任せようかという、一番無難な選択が取られた。
「構いませんが、いきなり経営と言われても……何をすればいいので?」
「ふむ。今の我々に必要なものは知名度ですね。当面は話題になることを目指せばよいかと」
「……話題」
恒興はイマイチ目立たず、地味なサポートで力を発揮するタイプだ。
自分の性格とはあまり合っていない役目だったので、彼は更に話をパスしようとした。
「なら、慶次殿でよいではありませんか」
「え、俺?」
話を振られた男、前田慶次は傾奇者だ。
つまり常識に囚われない行動、言動、ファッションを貫く男であり、目立つことにかけては天下一品である。
ふざけ倒しても大抵の場面で何故か許されており、人の懐に入るのが上手い男でもあるのだが。
「俺がやるなら球団のマスコットを純金のシャチホコにして、ユニフォームはギンギラギンに光らせていきたいねぇ」
「ええ……?」
慶次にはとにかく目立つことしか考えない悪癖がある。
これは「事務なんて面倒なことは引き受けたくない」という遠回しな拒否でもあるが――もしも社長になったら、この男は本当にこれを実行するだろう。
「分かりました、やります」
敢えて引き受けたいという人間もいないので、恒興は諦めて球団経営を任された。
「方針としては、やはり天下統一でしょうか?」
「無論だ。この世界も征服してくれるわ。ゆくゆくはこの城を解体して……この地にも、ネオ・アヅチ城を打ち立てていくぞ」
この言葉を聞いた丹羽長秀は困ったように眉を曲げた。
それもそのはず、アヅチという名前がついた地域や建造物は、何故か、最後には必ず爆裂四散か大炎上してしまうのだ。
例えば前回の宇宙戦争でも、国庫の九割を空にしてまで建造した、無敵の大陸級不沈要塞ネオ・アヅチ城がそうだ。
敵の本拠地に向けたコロニー落としに使われて、木っ端微塵に爆散していた。
「あの。信長様、安土城はもうそろそろお諦めになった方が……」
「うるさい! 今度こそ成し遂げるぞ!」
過去にも六十回ほど。試みる度に全焼しているので、もう安土という名前を見たくもない長秀なのだが――信長はもう意地になっていた。
何としてもネオ・アルカディアよろしく、世界の中心ネオ・アヅチを作り上げる気でいる。
世界観など、もう彼は気にしてもいない。
「……さて、話を戻します。球団発足の会見から始めてほしいとのことですが」
「中世ヨーロッパ風の割りに、そこだけ現代的だな」
「まさに。それで、球団社長と選手会長からの抱負を述べて貰いたいそうです」
光秀の一言で選手会長選びが始まった。
しかし球団社長と違い、選手会長についてはすぐに決まる。
選手の先頭に立つ男。
織田家で一番先陣が似合う男と言えば、間違い無く柴田勝家、通称権六だ。
「選手会長は権六でいいだろ」
「ですな」
「異議なし」
と、あっさり決まる。
勝家本人にも異論は無いので、まずは選手会長の権六が爆誕した。
しかし、ここで困ったのが恒興だ。
「挨拶と言っても、表舞台に出たことなんてあまりないし……」
「ツネはいつも裏方ばかりだ。目立つ機会もそうそう無いのだから、積極的にいけ」
「うーん。どうしたものかな」
そして困った恒興に救いの手を差し出したのは、彼の正面に座る傾奇者だ。
「あ、じゃあ俺がプロデュースしようか」
「え」
――それは果たして救いだったのか。
滝川一益と丹羽長秀のコンビは、ここで断れない恒興を哀れみの目で見ている。
その横に座る慶次の叔父――前田利家としても。慶次のイタズラ相手に選ばれたらロクでもないことになるのは分かっていた。
が、飛び火が怖いので止めない。
「……うむ。すまん、恒興殿」
彼が受けた被害として有名なのは、真冬に「お風呂沸かしたよー」と言われて、湯気の立ち込める湯船に飛び込んでみれば氷水だった事件だろうか。
あのイタズラは洒落にならない。
心臓が止まるかと思ったと、利家は後に語った。
三人が重苦しい顔で目を背けた中、戦国一のぐう畜男、森長可だけは派手に笑い転げているが。
結局。流されて流されて、恒興は慶次のおもちゃになり。
後日、とことんまで尖った記者会見が行われ。
球団社長のオキツネは、結構有名になる。
その日発表された彼らの球団名は――なで斬り尾張軍。
どこかで聞いたことのある愛称? 気のせいですよ。球団社長ですし(白目)
ちなみに作者はセだと進撃の新聞屋さんが。パだとお肉屋さんが好きです。