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第十四話 撫で斬りとは



 アンパイアは光秀が守り通した。

 この世界に存在しないはずの、光の盾のような呪文でガードしたのだが――守られたアンパイアは一切動じずに選手の交代を促していく。


「ストライクッ! ――戦闘不能! 異種族連合、選手の交代をお願いします!」


 しかし連合軍のベンチは大慌てだ。

 混乱の坩堝(るつぼ)と化し、騒然としていた。


「おい! オーガのがやられたぞ!」

「魔球使いが、まだいたなんて!」

「と、取り敢えず俺が行く! ファールで粘るから、分析してくれ!」


 その発言を耳聡く拾っていた信長は、おっかなびっくり代打に出てきた控えの虎獣人に向けて、絶望のお知らせをすることにした。


「色々と特殊能力を積み過ぎてな。闇の波動や雷は、自動で付いてくるオマケのようなものだ」

「そ、それで?」

「先ほどのは魔球ではない。ただのスローボールだ」

「……え?」


 本気のストレートや、特殊能力全開の魔球を放り投げれば配下が死んでしまう。

 部下たちが無事で済んで、かつ、敵をノックアウトできる球威となれば。それは自ずとスローボールが選ばれた。


「二人目」


 ごう。と音を立てて、漆黒の光が虎獣人を呑み込む。

 先ほどのオーガと同じく代打の彼も、天空に打ち上げられたあとはズタボロの状態となり。


 着弾の衝撃で生じた煙が晴れた時には、大の字でぶっ倒れたのだが――しかし。



「ボォール!」

「「「!?」」」



 無情にも、ボールカウントが灯った。


 金属バットを粉微塵にできるのだから、打てる打者などいない。

 ストライクゾーンに投げれば確実に討ち取っていけるのに、ボール球を投げてきたのだ。


 ただの失投か、それとも制球に難があるのか。

 粘れば四球で出られるのか?

 意外と投手経験は浅いのか?


 一瞬だけ振って湧いた甘い期待は、その後すぐに打ち砕かれた。


「おっ、ぐあぁぁあああ!?」

「ストライーク!」


「ぬおぉああああ!!」

「ボォォール!!」


「ぐぼはぁあああッ!」

「ボォォォォール!!」


 ボールとストライクを繰り返し、最終的にはフルカウントから三振。

 それが、もう一度繰り返された。


「え、おい、まさか……」

「これって」


 フルカウントからの三振で、1アウトにつき六人が倒れることになる。

 ベンチ入りメンバーは二十六人までで、現時点で倒れたのが十二人。

 この時点で、彼らは色々と察した。


「猫又! お前の身長なら屈んで避けられるな!?」

「い、いやにゃ! 絶対に代打になんて立ちたくないのにゃ!」


 途中で打ち崩されたオーガとエルフのピッチャーは交代済みで打席に立てないので、生き残りの十二人から更に六人を選んで、代打(いけにえ)に送らなければいけないのだ。


「こ、ここは公平にくじで決めよう!」

「貴様は幸運の加護持ちだろうが! そんなくじなど信用できるか!!」 


 アンパイアは交代を促すが、連合軍のベンチはもう戦々恐々としている。

 既に試合は敗北が確定したようなものだし、打席に立てば間違い無くボロ雑巾にされるだろう。


 ここまで来て、誰がそんな貧乏くじを引きたいと言うのか。


「十八人目」

「ひ、ひぃ、嫌だ! いや、いやぁぁあああ!?」


 泥沼の言い争いに発展しかけて。

 結果として弱小部族から順に送り込まれることになった――が、それでも地獄は終わらない。


「ボォォォォール! フォアボール!!」

『ええええぇぇええ!?』


 ここに来て信長は、まさかの四球を出した。

 地獄は延長されたのである。


「フン。死球を出せば文字通りに死人が出る。この程度で済んだことに感謝するのだな」


 つまらなさそうにそう宣言してから数秒後。

 信長は口の端を歪めて、一転。心底楽しそうに嗤いながら一塁を指した。



「さて。四球を出してしまったが、打者はそこで寝ているな? 席が一つだけ(・・・・)空いたようだ」



 その一言で、生き残っている連合軍の選手は全員が身を乗り出した。


 戦える選手がいなくなれば、その時点で試合は終了だ。

 代走に出た選手はもう打席に入ることがないので、今すぐ一塁に行けば無事に帰ることができるだろう。


 つまり、一人だけなら生き残れる。


 地獄に齎された最後の救い。

 それを掴み取るべく、ベンチ内ではすぐに熾烈な争いが繰り広げられた。


「わ、私が代走に出よう! 足の速さになら自信がある!」

「猫又が最速に決まっているのにゃ、ちょ、どくのにゃ!!」

「アンドロイドの最高速度は猫又の三倍速――私が出るのが最適解デス」


 その席を巡って、当然意見は割れる。

 仲間内で揉めに揉め、胸倉を掴み合っての怒鳴り合いだ。


 そして監督はエルフだったので、最終的には身内びいきでエルフの控え選手を代走に送った。


 当然選手たちは狂乱状態でブーイングを飛ばしたし、この惨状を見ていた連合軍を応援している観客も、自国の選手が生贄にされたとあっては大ブーイングだ。


「ああまで揉めれば、もう二度と連合など組めまい」

「作戦通りとはいえ、えげつないですなぁ……」


 今までの試合。

 この世界に来てから行われた試合の全てが茶番だ。


 たとえ何十点差がつこうと意味は無い。

 八回裏の時点で負けていれば、敵軍選手を全員抹殺して終了だったのである。


 ではどうして力を隠して、ここまで真面目に野球をやってきたのかと言えば――家臣団をレベルアップさせるためだ。


「まあ、野球の経験でレベルアップする機会などそうそうないからな。全員、成長はできたであろう?」

「身体能力が微上昇といったところでしょうか」


 こうして見れば実入りは少なかったように思える。

 しかし多少なり、経験値を稼いで次の世界へ行くことはできる。


 何百回と召喚されてきて、この世界で終了などということもないだろう。()は確実にある。

 だから信長一行は、召喚された場合は可能な限り経験を積むことを是としていた。


「命の危険が無く、安全にレベルアップできる環境だったのだから……たまにはスポーツもいいものだ」


 そんなことを呟きながら、信長は再び投球モーションに入り。

 無慈悲なスローボールの嵐が連合軍を呑み込んでいく。



 信長はそのまま次々と敵を薙ぎ倒していき、最後の打者である竜人族の長が、神に祈りながらバッターボックスに入った段階で――ふと、代走に出たエルフの選手に話しかけた。


「そもそも貴様らは、なでぎり(・・・・)という言葉の意味を知っているのか?」

「な、なでぎりって……そう言えば、なんだ?」


 戦争がない世界ならば、そんな物騒な単語は存在しないだろう。

 そんなことだろうと推測していた彼は、にっこりと笑いながら言う。


「撫で斬りとは、片っ端から斬り捨てるということ。つまりは皆殺し(・・・)という意味だ」

「……えっ――ぶへぇあああああ!?」


 ラストバッターを討ち取る直前。

 誰も守備についていない一塁へ牽制球(・・・)を投げて、エルフの代走選手まで薙ぎ倒し。


 返す刀で最期の打者も、謎の波動と漆黒の雷でこんがりと焼き上げた。



「ストライクッッ! バッターアウッ! ゲェェェムセット!!」



 とことん非情の魔王様は最後の打者を打ち取ると、爽やかな笑顔で勝鬨を上げる。


 最早この世界で、彼らの進撃を阻むものは誰もいない。

 後に待ち受けているお楽しみを前に、信長は胸を躍らせていた。




 言わずと知れた第六天魔王。

 これは寺に対して攻撃した人に、「仏教徒の敵」として付けられるあだ名の一つです。


 では、どうして信長にこのあだ名がついたのか。


 まず、かの有名な比叡山の近くに、坂本というお坊さんの街がありました。

 そこには仏教で禁止されている酒屋()風俗()の店が立ち並び、酒池肉林の有様。


 彼らは寄付金を使った高利貸しもやっていたので、キャバクラで豪遊する成金のようなお坊さんがたくさんいたわけですが。


「こいつら堕落し切ってるから、街ごと全部、寺を焼き払おうぜ」


 と、信長は宣言。

 退去命令を出してから攻撃をしたものの、この時に、出家していた天皇の弟も戦火に巻き込まれます。


 落ち延びた天皇の弟さんを保護した武田信玄は、「織田は仏敵になりたいのか?」という手紙を送り付け、信長は「俺は第六天魔王(仏教徒の敵)だから」と返した。


 仏教関係者から呼ばれるまでもなく、自ら魔王を名乗ったから定着した。

 という説が有名ですね。(かなり端折っている上に、諸説あり)



 元々、信長も寺社勢力には「政治に口出ししないなら好きにやれ。あと、軍資金寄付して」くらいの距離感で、敵対しないなら寛大なところもありました。

 というか織田家は元々神職の家です。


 じゃあ何で仏敵扱いされて、全国的な悪評を立ててまで寺を焼いたのか。

 それはまあ色々な理由があると思いますが、決定打となったものは森可成(よしなり)が戦死した経緯にありそうです。


 焼き討ちの前段階として、浅井、朝倉が手を組んで織田家と戦争を始めました。


 大軍が攻めてきたものの、対する守備隊、森軍は千人足らず。

 可成が鬼神の如く奮戦して、何とか防衛拠点を守っていた状態です。


 ここで浅井・朝倉側に付いた延暦寺の僧兵が後方から襲い掛かって来て、退路を遮断。

 結果として撤退が叶わず援軍も間に合わず、可成は討ち死にすることになりました。


 表面上は中立だった寺社勢力が奇襲を仕掛けてきた挙句、信頼している部下まで殺害されたのだから、それは信長も激怒するでしょう。

 一旦和睦はしましたが、翌年には比叡山焼き討ちです。


 明智光秀に延暦寺周辺を焼き払うように命じて、歴史ある寺だろうが由緒正しい塔だろうが構わず燃やしたというのに。

 可成を供養した寺だけは攻撃するなと厳命していた辺りに、信長の気持ちが見える気がします。


 ともあれ、攻めの三左こと森可成。

 彼は本作にも出てくる森長可と森蘭丸の父です。


 戦場に立てば猛将、寺や堺とも手紙で交渉ができるなど、政治能力もそこそこ。

 信長が家督争いをしていた頃から付き従う、信長の右腕として仕えた名将。


 ……から、どうして長可のような息子が育ったのかは謎ですが。


 とにかく敵が多く、柴田勝家なんかも最初は弟について信長に戦を仕掛けていたくらいです。

 信頼できる人は中々見つからない信長にとって、古参の可成は大事な部下でした。


 手放しで信じられる貴重な部下を、闇討ちで寺社勢力に殺されたわけですから。

 坊主憎けりゃ袈裟()まで憎いを、日本で一番体現した人物。それが信長。


 ということで、次回最終回!


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