第十三話 第六天魔王降臨
「ぐぬぬぬ、点差が詰まらないまま最終回か」
「2点ビハインド……これくらいなら、まだ勝ち目はある」
泣いても笑ってもこれで最後の9回裏。
尾張軍にリードを許している連合軍のベンチには、それほど悲痛な表情は見られない。
「分析、完了。読心魔法と、同期――完了デス」
「ふふ、意外な弱点よな」
何故なら八回の途中で、彼らは既に滝川|一益の弱点に気づいていた。三段撃ちはどのコースに投げるかを厳密に計算しなければいけないという点だ。
振り逃げをされる可能性があるので、到着する順番を操作する必要はあるし。何より一つ一つは普通の球なので、全てストライクゾーンへ放らなくては話にならない。
一度で三振が取れる。
そのプレッシャーで、初手から追い詰められることが最大の脅威なのだ。
集中して一つの球に絞れば、各国のエースたちに打てないことはない。
「目に物見せてくれるわ、猿どもめが!!」
先頭打者となった四番、オーガの首長はストレート一本に狙いを絞って打ち崩す気でいた。
どのコースに何を投げるのかは竜人の長が読み取るし、それを女性型アンドロイドがリアルタイムで分析して、予想される軌道を完璧に計算してから送る算段だ。
「三段撃ち、破れたりにゃ」
「さあ、終わらせましょう」
余裕の表情で始まった最終回だが――そう、すんなりといくわけがない。
彼らは最後の最後で、又しても、全く予想していなかった展開に襲われた。
「レフト、森蘭丸に代わり、佐々成正。ピッチャー、滝川一益に代わり、織田信長」
そのアナウンスが流れて、連合軍の面々は思考に一瞬の空白を迎えた。
蒲生氏郷、池田恒興、滝川一益。
対外試合で見たことがない選手が怒涛のように出てきたかと思えば、極め付きがこれだ。
「鏖殺だ。――撫で斬りにしてくれよう」
紫と黒のオーラがどす黒く渦巻き、信長がマウンドに向けて歩みを進めるだけで、辺りの空気が重くなっていく。
今ここに、第六天魔王と呼ばれる男が降臨したのだ。
気温がいくらか下がったような錯覚に襲われて、オーガの首長は冷や汗を流したのだが。
更に予想外の展開は続く。
どうしたことか守備に入った尾張軍野手は誰も定位置へ向かわず、オーガの首長がいるバッターボックスの方へ向けて歩いてくるのだ。
「な、なんだ!? 貴様ら、何をしている!」
「守備位置の変更です。いやはや、慌ただしくて申し訳ない」
ピッチャー織田信長の相方を務めるのは、一番手キャッチャーの丹羽長秀ではなく二番手キャッチャーの佐々成正でもない。
温和な表情を浮かべた、大柄な男。
古くから信長に付き従い、彼の右腕でもある猛将の森可成だ。
例えば池田恒興や丹羽長秀、滝川一益のように。信長が信頼を寄せた将は何人かいるが、その中でも可成が女房役に選ばれた。
これは耐久力の問題でもあるが。信長が最も信頼する家臣を選べば、自然と彼に白羽の矢が立つ。
「さあ、者ども。しっかり支えてくれよ」
「おう!」
「ええ、お任せを」
「やるしかないですよね……」
で、残りの尾張軍が何をしているのかと言えば。
まず可成の真後ろに、ピッチャーからライトに移動したはずの慶次が陣取り、蘭丸と交代した成正と、恒興がその両脇を支えていた。
「では、練習通りに」
「うっひゃあ、とうとう来たかぁ」
「ここでいいのかな?」
長秀が成政の背中に手を置きながら、同じく恒興の背中を支える秀吉と肩を組み。
その間に入るようにして、氏郷が中央に厚みを持たせた。
ピッチャーが一人にキャッチャーが八人。
一塁手が捕手の位置へ。二塁手も捕手の位置へ。
三塁手も遊撃手も外野も、誰も彼も全員が可成の真後ろに着くという、あり得ないシフトだ。
「皆さん。配置はよろしいですね?」
『応!!』
最後尾の光秀が確認をすれば、方々から元気な声が返って来た。
ラグビーで言うところのスクラムに近い形で配置された尾張軍は、これから始まる投球に対して万全の態勢を整えたのである。
このふざけたシフトを前に、オーガの首長はとにかく混乱していた。が、すぐにこれが何を意味しているのかに気づき、元から赤い顔を更に紅潮させた。
「絶対に打たれない自信があると言うのか」
「貴様ら如きに打たれるものか。当たったところで、一ミリも前には飛ばぬ」
この布陣は、打たれた時のことなど一切考慮していない。
言い換えれば「絶対に打たれることはない」という意図が透けているのである。
「ふ、ふざけるなよ、この猿どもが!! 増長するのも大概にしろ!!」
「増長、な?」
増長。その言葉は自惚れという言葉に変換できる。
つまりは調子に乗って、自分の実力以上に付け上がっているという意味だ。
「それが正しいか間違っているか。まあ、見てから判断するといい。見えるなら、な」
信長の投球モーションも、これまた何の変哲もないオーバースローだ。
ゆっくりとした動作で構えて、何でもないように球を放り――
――その瞬間、世界から光が失われた。
暗黒と漆黒を凝縮したかのような混沌。
球の軌跡というよりは、極太の真っ黒なレーザー光線が走るような痕跡を残して進撃する。
遅れてきた紫電が雷雨のように降り注いで、マウンドからバックネット近くまでの地面を一瞬で焦土に変えていった。
「ぐあぁぁあああああぁぁ!?」
そんなものに巻き込まれたオーガの首長は、その身を焦がしながら、天高くまで放り出される。
錐もみ回転をしながら、ドームの天井付近にまで打ち上げられて――漆黒の竜巻の中に飲まれた彼は、姿が見えなくなった。
「オォォォォオオオオッッ!!」
「ぐあっ!?」
「き、きっついぜオイ!」
周囲の彩光から光と希望を根こそぎ奪い取りながら放られた球は、待ち構えていた尾張軍の八人全員にまで大ダメージを与えている。
しかし、可成は吠えながらもしっかりと球を受け止めたし、彼にはまだまだ余裕が見えた。
「ふ、ふふ。相も変わらず、強烈ですなぁ」
「しっかりと獲れよ。権六も利家もいないのだから、代わりはおらんぞ」
「いやはや、これは手厳しい」
歴戦の勇者である森可成の頑丈な身体。
そして後ろの全員が彼を支えて、吹き飛ばないように耐えつつ、それぞれが何らかのバフをかけている。
各自が異世界召喚される度に積み上げてきた経験があるとは言え、信長と比べれば全員が低レベルだ。
配下たちのレベルをそれぞれ数万としたとき、信長のレベルは十億ほどだろうか。
各国のエース級は誰も数千レベル程度だ。
この世界にそんな制度はないが、レベル制の世界で例えればそれほどの差がある。
「ぐ、お、う」
野球の腕は比べるべくもないが、身体能力は間違い無くケタが違う。
魔球での攻撃合戦に持ち込まれれば、この世界の住人が一撃でノックアウトされるに決まっていた。
ようやく地面に戻って来たオーガの身体中からぶすぶすと黒い煙が立ち上り、白目を剥いて舌を出し、大の字になって気絶をしていたし。
彼専用の鬼の金棒を模した金属バットは既に粉々である。
この世界でも屈指の強打者。最強レベルのフィジカルを持つ男が一撃で戦闘不能になったことで、連合軍には動揺が見られたのだが。
連合軍の選手たちが現状を正しく理解して、これが地獄の始まりに過ぎなかったと悟るのは――これからすぐのことだった。
王貞〇選手が打球をよく飛ばす方向に人を集中させた、王シフトという守備陣形がありますが。
尾張軍のシフトは打者を無視して、「信長が投げる球を捕球するため」のシフトになります。
信長の球を獲れる人間が誰もいないところを見て。選手会長の権六は「全員で獲ればいいだろ」という力技を提案。
キャッチャー八人体勢のシフトが生まれました。
次がクライマックスです。
次回、「撫で斬り」お楽しみに。