第十二話 帰ってきたスパイと伝説の三段撃ち
「いやあ、年甲斐もなく荒ぶってしまいましたよ」
「は、はは……お帰りなさい」
にこやかな笑みを浮かべる恒興へ、ぎこちない笑顔で蘭丸がドリンクを手渡していれば。
続く打者の信長は、失投でストライクゾーンへ飛んできた球を当然の如くスタンドに入れた。
敵軍のピッチャーが別なエルフに交代して、後が続かずに後続の打者が倒れたものの、これでスコアは12-10だ。
ここでまたしても、織田家は選手を入れ替えていく。
「秀吉様はスタミナに難があります。ここでリリーフを投入しましょう」
「ふむ、出番か?」
「いえ、八回まではこのままでよろしいかと存じます」
「で、あるか」
半兵衛がそう言えば信長も思案顔になった。
織田家の投手陣は、一番手が前田慶次、二番手が羽柴秀吉。
三番手は佐久間信盛なのだが、ノブモリは森長可が大暴れした時専用の、敗戦処理ピッチャーだ。
通常のリリーフということであれば、出る人間は既に決まっている。
苦い顔をしながらグラブをはめたのは、エセ忍者こと滝川一益だった。
「よし、出番だぞエセ忍者」
「……殿までニンジャと言わないでほしいでござる」
スタミナお化けの慶次は二試合連続でも十五回まで全力で投げる体力がある上に、防御率も1.25と優秀だ。
秀吉の登板ですら、実はかなり珍しい事態である。
氏郷、恒興もそうだが、一益も対外試合でリリーフに出るのは初めてだった。
「外で組むのは初ですな」
「まあ、散々練習はしてきたでござるからね。問題はないでござろ?」
「ええ。お披露目といきましょうか」
相方である丹羽長秀は両手にキャッチャーミットをはめて、二人は出陣した。
史実からして黄金コンビの二人が準備を終わらせれば、折よく選手交代のアナウンスが響く。
「ピッチャー、羽柴秀吉に代わり、滝川一益」
秀吉がベンチに戻り。一塁は恒興、センターに氏郷という布陣だ。
そしてアナウンスが流れた時。
観客は聞いたことの無い名前にざわめくだけだったが、連合軍の選手たちは驚愕に目を見開くことになった。
「なっ、カズマス殿! 何故貴殿が尾張軍に!?」
一益がマウンドに向かったことで、対戦打者である竜人族の長は特に驚いた顔をしている。
彼は目をまん丸に見開いて、口をあんぐりと開けていた。
「はは……実は拙者、織田家の家臣なのでござるよ」
「ば、バカな! 貴殿ほどの男が、あの悪辣な一味の一員だと言うのか!」
ここ数か月、連合軍の一員として合同練習に参加していた一益は、周囲とほどほどに付き合い知己を得ている。
小部族のエースという触れ込みで紛れ込み、共に数か月を過ごし。彼らは同じ釜の飯を食った仲間となっていたのだ。
「……我らが語りおうたことも、偽りか」
「ああ、会話は全て本音でござるよ。関係作りの基本でござるゆえ」
魔法による読心ができる竜人族の長だからこそ、発言と内心に裏表の無い一益とは篤い友誼を結んでいたわけだが。
実は一益は、「自分は連合軍の一員で、皆とは熱い絆で結ばれた仲間だ」と、完璧に己を洗脳してから任務に向かっていた。
心を読まれても間者とバレない一益は、やはり一流のスパイだった。
そして――完全に騙されていた分、竜人の長は余計にショックを受けている。
「…………そう、か」
「これも乱世の習い。こうして見えたからには戦うのみでござる」
そう言われた竜人は再び一益の心を読んでみたが、内心では「後で菓子折りでも持って謝りに行こうか」などと考えていた。
このタイミングで考えることではないだろうが、だからこそ毒気を抜かれる。
「うむ、そうだな。貴殿の人柄に偽りなし。ならば全ては、この腕で語ることだ」
あっさりと流せたのは彼が大人なのか、それとも一益の人徳か。
自分たちは寄ってたかって最弱種であるはずの人類を叩き潰そうとしているのだ。
そんな後ろめたさもあって、悲しみこそすれ怒りはしなかった。
「此度の戦いで我らが勝てば、貴殿の身柄は竜人族が貰い受ける。他の種族にも文句は言わせぬぞ」
「光栄でござるね。……まぁ、こちらが勝っても、無下には扱わないと約するでござるよ。拙者が責任を持って面倒を見るでござる」
これで一益は結構な人気者だ。
魔族という種族に成りすましていたため、戦後はトレードか助っ人外国人枠で欲しいと考える族長が多かったくらいには、長たちから気に入られていた。
欲しがらなかったのはエルフの国くらいで、何も無ければ勧誘合戦だっただろう。
彼は汚れ仕事を担当している割りに真心があり、紳士で真摯な忍者だったのだ。
「……もう、良いでござるかな?」
「ああ。気遣いに感謝する」
では。と言って一益が投球モーションに入り。
読心魔法が使える竜人は、心が読める故に。
それが現実に起きる数秒前に仰天することになった。
「なっ、なんだと!?」
「行くでござるよ、魔球――三段撃ち!」
投げ方はオーバースローで、何の変哲もない普通のフォームだ。
オーガの如き球威があるわけでもなく、エルフの如く球を曲げるわけでもない。
しかしその魔球は異質だった。
一益の手から離れた瞬間――球が三つに分裂して、それぞれが別な軌道で飛んでいく。
シュート、カーブ、スライダー。
三種類の球が同時に、あらぬ方向へ曲がる。
突然のことに動揺する竜人はどれにも手が出せないまま全球を見送った。
長秀は最初の一球を腹で受け止めると、残る二球を左右の手で捕球したのだが――ここでアンパイアは、三連続で声を張り上げた。
「ストライッ、トライッ、ァーイッ!! バッターアウッ!!」
「一度で三振!? ゆ、許されることなのか、これは!」
「あー……、そういう魔球でござるので」
この世界の野球はルールが大らかだ。
例えばエルフが使う渦巻き状の魔球は、地面と触れてもボークにはならない。
戦闘不能になった場合も普通に想定されているし、本来の野球とはどこか違う。
異なる種族が異なる技を使う関係で、どのような技でも基本的に認められるのだ。
特定の種族だけが不利になるようなルールを作らないように、わざと基準を緩くしているところもある。
一益の魔球が、二つの幻影を生み出すものなら話は変わったかもしれないが。現実に三球が長秀の手元にあるのだ。
「一度に三球を放ってはいけないと、ルールブックには書いていません。確認済みですよ?」
「うぬぬ……まあ、確かに、そうか」
涼しい顔をして一益に球を投げ返した長秀だが、実はこの魔球にも穴があった。
まず、数が増えるのは脅威だとしても、球自体は普通の球威しかない。
相手も主力級だけを集めたチームなので、狙いを絞ればどれか一球は打たれる可能性が高いのだ。
そして長秀が両手にミットをはめたところで、取れるのは二球までだ。
「一番最初に着いた球が一投目で、二投目も三投目も捕球した」と強弁すればそれで終わりだが、それでも着弾の順番でゴネられたら揉めるだろうし、最初に来た球の捕球に失敗しているのは事実。
着弾順でゴネられて、振り逃げをされるかもしれないという懸念もある。
「で、どうされますか? 塁審を呼んで審議させても構いませんが」
「うーむ……」
そもそもの話、「一度に投げていいのは一球まで」というのが常識だと、言い返される可能性が高かったのだ。
王国お抱えの野球軍に確認をして、問題無さそうだという結論にはなったものの。これが通るか否かは相手次第なところでもあった。
「……これが人類の、いや、尾張軍の魔球だと言うならば、それは尊重しよう」
しかし連合軍は間の悪いことに、一番球技を神聖視している竜人が最初の打者だ。
オーガ辺りであれば派手に揉めただろうが、彼があっさりと引き下がったことで既成事実ができてしまった。
この魔球は、一度で三振を取れる球だと。
「あー……非常に。ひじょーーに申し訳ないでござるが。まあ、これが乱世でござる」
誰に言うわけでもなく、わけの分からない言い訳を口にした一益は。その後も混乱した連合軍の打者を、一振で討ち取り七回が終わった。
滝川一益は人柄が良いという話ですが、彼の子孫まで含めて善人が多い気がします。
一族の中で羽目を外している記録が残っているのは、前田慶次くらいだと思いますが……前田家へ養子に出されているので、彼はノーカウントでよいでしょう 笑
さて、長篠の戦いで有名な、織田信長の火縄銃三段撃ち。
実際にこの戦法が本当に採られていたかは、かなり怪しいそうです。
武田軍としても鉄砲を全く持っていないわけではなかったので、鉄砲を軽視した戦国最強の騎馬隊(笑)が真正面から突っ込み、無謀にも全滅していった。
というのは創作の色が強いようですね。
まあ、歴史の教科書に載っている戦いであり、インパクトが強い戦いでもあったので。ダシにされた武田勝頼が割りを食った形になるでしょうか。
作者的に一番納得いく長篠の戦いは信長のシェ〇で描かれたものだったりします。
高低差の酷い土地に柵を並べて、野戦と見せかけて攻城戦のような形に持ち込み。武田の得意な野戦を封じてから鉄砲で迎え撃つ、という形ですね。
さりとて、三段撃ちは織田家の看板。
仮に創作だったとして、これ以上に有名な戦法も無いと思います。
織田家と言えば鉄砲、火縄銃の三段撃ちですし。
一益も鉄砲隊を運用していますし、彼自身が鉄砲の名手ですし。
なんにせよ創作で忍者属性を付けられた一益とは、相性が良い魔球です(白目)