第十話 エルフの魔球と織田家の貴公子
六回裏。秀吉は三者三振に打ち取って、ひどく上機嫌な顔をしていた。
色々あって七回表に移り、次はなで斬り尾張軍の攻撃だ。
現在スコアは8-10の乱打戦になっている。
「うぬぬぬ、ぬがぁ! この小賢しい猿めがぁ!!」
「へっへっへ。相手が脳みそまで筋肉でできていると楽ですなぁ」
大量失点の理由はピッチャーの前田慶次とキャッチャーの丹羽長秀に読心魔法が使用され、敵に配球を読まれていたせいなのだが。
途中でそれに気づいた慶次は、何も考えずにぶん投げるという戦法を採ったことで持ち直した。
そして五回で登場した中継ぎの秀吉がマウンドに上がると、まあ器用なもので。
考えていることと実際の行動がまるで違い、むしろ敵が混乱し始める。
内角にスローボールを、と考えながら外角にストレートを叩き込んでみたり。
長秀のリードに従うフリをしながら指示に背いたり。
そうかと思えばリードに従ってみたり、頭で考えている通りに投げたり、何も考えず放ったり。
化かし合いでは秀吉に軍配が上がった。
「で、何とか失点は減ったものの、点が取れなきゃ意味が無いっと」
「信長様が敬遠されるようになりましたからね」
「フン、つまらん」
しかし投げる方はいいのだが、打つ方は順調とは言い難い。
決め球を使うと消耗が激しいようで、オーガが魔球を抑えてきた後は打ち込めていたのだが。
ライトにいるアンドロイド選手が、利家のホームランボールをロケットパンチで叩き落としたり。
敵軍遊撃手の猫又に化かされて、出塁した長秀が隠し玉を食らったり。中々上手くはいっていなかった。
特に信長は三回表からずっと敬遠されており、ストレスを溜めていた。
それでも打てていたから士気は保てていたのに、敵軍も五回からエルフの一軍ピッチャーに交代すると、また打てなくなってきていた。
「オーガを打ち崩したまでは良し、ですがエルフはやはり脅威ですね」
「権六なんか扇風機になっているからな」
変化球に弱い勝家、利家、可成あたりはもうバットにかすりもせず三振している。まともに打てるのは光秀と秀吉くらいの有様だった。
信長は無条件で塁に出られるが、後が中々続かないのだ。
「そろそろツネを投入するとして、お蘭ではパワーが足りん」
「敵軍の遊撃手が俊敏性に優れる猫又では、内野安打も厳しいですからね……」
テコ入れはしたいところだが、織田家は全体的に変化球に弱い。
さりとて蘭丸では純粋に力負けする。さあどうしたものかと、信長、光秀、半兵衛の三人は難しい顔をしていた。
悩む織田軍がうんうん唸っていると――ベンチの奥から、颯爽と現れる男が一人。
「話は聞かせていただきました。お困りのようですね」
召喚されていないはずの男が登場して、堂々と歩みを進めてきた。
信盛などは幽霊でも見たかのように腰を抜かしているのだが、信長は驚きつつも大層な笑顔になる。
「う、氏郷! どうしてお前が!」
「長可殿に呼ばれて来ました。ここは私にお任せを」
そう、長可は言った。追加で呼ぶ人員のほとんどは、英雄でも何でもないと。
しかし彼はちゃっかりと、援軍になれる戦力も呼んであった。
現れたのは蒲生氏郷だ。
後世に伝わるイメージは、貴公子、イケメン、有能、名家のお坊ちゃま。まあ色々とある。
何をやらせてもソツなつこなす、秀才肌の人物とでも言えばいいか。
最初は織田家に送られてきた、ただの人質だったものを。
あれよあれよと出世して、最終的には92万石の大大名になった男でもある。
蘭丸と並んで信長に可愛がられた人という話は世に多くあるが、彼は蘭丸と違い信長とベッドインまではしていないらしい。
という逸話はどうでもよく。
彼は長可が客席で暴れている隙に、なで斬り尾張軍のユニフォームに着替えていた。
いつでも打席に立てる状態だ。
「しかし、氏郷殿は練習もしていないのに……打てますか? 一応、登録してはありますが」
一方で。半兵衛の方で機転を利かせて、呼ばれる可能性がある者は片っ端から控えに登録していた。
王国から追加の召喚は難しいと言われていたが、何かのためにと枠は全部埋めてあるのだ。
名前だけで良ければ、林や平手、松永や九鬼など、織田家に仕えてきた人間を勢揃いさせている。
中には氏郷の名前もあるので、試合に出られることは間違い無いのだが。
しかし一度も練習せずに打てるものか。
半兵衛がそう悩んでいるのを見た氏郷は、光輝かんばかりの笑顔で答えた。
「問題ありません。やって見せましょう」
「あー、そうだな。では利家に代わり、代打で出そう」
変化球にまるで歯が立たない利家はしょんぼりと引っ込み。
打順は一番、氏郷から始まることになった。
「ふっ。見た目だけは……猿にしてはまあまあと言ったところか」
「恐縮だね。でも、ここは腕で語る場面じゃないかな」
「そうだな、愚問だった。――行くぞ!」
エルフと氏郷。顔面偏差値は同じくらいだろうか。
ブサイクを相手にしているという精神的な優位にヒビが入ったのか、エルフの投手は気合を入れてワインドアップに入る。
「秘球、螺旋飛翔球!」
イケメンエルフが魔球を繰り出せば、渦巻き回転のような軌道で球が走った。
球は上から下へ行ったり来たり、左右へ行ったり来たりを高速で繰り返しながら進み、キャッチャーミットに収まる。
「ットラーイク!」
「へぇ、こんな球もあるのか」
球をガードするように風と水が渦巻いており、視界が塞がれるために狙いも付けづらいという魔球だ。
地面をガリガリと削るほどの威力を持ったシールド付きの球など、普通はあり得ないのだが。初打席な氏郷は、これが普通の野球なのだと理解した。
その上で思う。
どんな軌跡を描こうと、結局はキャッチャーが取れる球を投げるしかない。
それに、ストライクゾーンは通過せざるを得ないのだ。
「それなら、やりようはあるね」
投げた瞬間にキャッチャーの元へ瞬間移動でもされたらお手上げだが、そんなことをしてくる雰囲気もない。
少しばかりよく曲がるだけで、球威はそれほどでもなさそうだ。
だったら飛んできたものを打ち返すだけでいいだろう。
そんな、シンプルな気持ちでバットを構えて。
続く二投目。
「よっ、と」
「なっ!?」
氏郷はスタンダードな構えの真っ直ぐなスイングで、下から浮かび上がってくる球を真芯で捉えた。
然程力を感じさせないフォームで振りぬいて、レフト線ギリギリを掠めるような軌道の、流し打ちが飛んでいく。
レフトは強肩で知られる龍人族の長だが、彼は身体能力こそ高いものの飛行能力はない。
だから、スタンドに吸い込まれていく球をそのまま見送るしかなかった。
「これではただの曲芸だ。機能美がないよ」
「私の球が、醜い……だと」
呆然とするエルフの投手に、「貴方の技は派手なだけ」と自然に煽りを入れつつ、彼はダイヤモンドを一周した。
七回表、先頭打者ホームラン。
これによりなで斬り尾張軍は、点差をあと一点にまで縮めた。
蒲生氏郷はイケメン。その風潮はどこから来たのか。
これは大体、信長絡みだと思います。
六角家が織田家に降伏した後、六角から人質として送られてきた氏郷。
彼に会った信長が、「目つきからして常人じゃない。オーラが違うわ。なあ、俺の娘を嫁にどうだ?」と、話を持ちかけた。
そんなエピソードから、信長を一目惚れさせるレベルのルックスで、顔面偏差値が半端ないという話ができたのかなと。
後に信長の次女とされる冬姫を妻にして、織田家の一門衆になっています。
まあ実際には小姓として信長の話相手になり。
信長に対して茶々を入れたり、冗談を言っても許されるほどのコミュ力があったことから、「コイツ面白いな」と可愛がられたという説もあります。
さて、彼は後に軍を率いる大将となったのですが、最前線で突撃したがる癖がありました。
彼は新しい家臣ができる度に「うちの軍では鯰尾の兜を被った奴が最前線で活躍してるから、そいつに負けるな」と発破をかけたらしいのですが。
ええ、鯰兜の男はもちろん氏郷です。
戦場でドッキリを仕掛けられた部下の気持ちはどんなでしょうね。
また、氏郷は風流人で、千利休の七人弟子の一人に数えられています。七哲だったかな?
和歌を愛して茶会を開き、当時の文明人でもあったようです。
高山右近に誘われてキリシタンになり、イタリア人の部下がいたとかいなかったとか。
そして彼の凄いところは「失敗していない」ところです。
特に大きな負け戦も無く。最前線で戦っているのに、大きな負傷をしたこともなく。
本能寺の変までは柴田勝家の与力になっていたはずが、信長の後継者を決める清州会議では秀吉サイドをプッシュして勝家と戦い、順当に勝利を収めてと。
戦況判断はおろか、政治的判断ですら間違いません。
最終的には色々な功績で、会津に92万石という領地を獲得します。
元々は他の家から送られてきた、ただの人質ですよこの人。
ちなみに彼が整備した鶴ヶ城ですが、現在では城にプロジェクションマッピングしたド派手なイベントを開催していたりします。
作者も一度見に行きましたが、結構いいものでした。今は中止しているかもしれませんが、一見の価値ありです。