平民モブは闘うことに決めた!
★シリアス回、ちょっと長め。エルザの母の話が出てきます。
怖い人認定されたアジェットの氷結ブリザードを受け固まっているエルザに国王が笑って言った。
「なんだ。二人はもう仲良しになったんだな」
「そのようですね、陛下」
納得したと頷く国王の隣に座っている王妃は嬉しそうに笑っている。どこをどう見たら、そう見えるのか。逆に殺されそうになっているのに。
ひとまずお姫様抱っこ地獄から抜け出すのが先だ。
「降ろして下さい!」
「しょうがないな」
「(しょうがないだと、この野郎)」
まったくと言うように首をすくめてエルザを降ろしたアジェットに一瞬、殺意が沸いた。降ろさせたエルザはさりげなくアジェットから離れて、この間にミーネスを配置する。エルザとアジェットの間に立つミーネスは普段のうるささが全くなく、無言でアジェットを睨んでいた。アジェットもそれを挑戦的に受け止めている。
火花を飛ばしあう二人はどうやら犬猿の仲のようだ。
睨み合う二人を放っておき、エルザは国王に向き直った。顔を見比べてみると国王とエルザはよく似ていた。まだ信じたわけではないが母がナディア王女だと言うことは国王はその兄にあたり、エルザのもう一人の叔父となる。
好みどストライクの叔父ができるなんて人生捨てたもんじゃないかもしれない。その息子はどうかとして。あれは絶対、腹黒なドSだ。
国王に近付いたエルザは最敬礼を取り恭しく頭を下げた。例え叔父であってとしても相手は国王だ。先程、レイズ達がやっていたことを見よう見まねでやってみている。
「我が敬愛なる国王に忠誠を、」
「そんな堅苦しいのはいらんぞ、モルメン叔父さんでいい」
「ですが、」
「よく顔を見せてごらん。・・・あぁナディアによく似たんだな」
お決まり文句を言おうとしたエルザを国王が遮った。玉座から離れエルザに近寄った国王モルメンは懐かしそうに目を細めエルザの頭を撫でた。我が子にするような優しい表情でモルメンはエルザを見ている。突然のことにエルザは硬直し狼狽えた。
「エルザ、寂しい思いをさせてすまなかった」
「いえ、そんなことは」
「お前の母であるナディアは私の最愛の妹で誇りだった。二十年前、この国と隣国アーデルゼンで戦争が起きたことを知ってるかい?」
「はい」
この国では二十年前に大きな戦争があった。隣国アーデルゼンは好戦的な王族が多く先代のアーデルゼン王は狂乱王と言われていた。気に食わないもの、刃向かってきたもの達を惨たらしく殺し悪逆非道を尽くした。
その狂乱王はそれだけでは飽きたらず、次に手を出したのはバーディラ王家の至宝と詠われていた王女、ナディアへの求婚だった。妃を何十人も抱え、気に食わないものは殺す王に嫁がせるわけがない。先代のバーディラ国王は即座に申し出を切り捨てた。
だが、愚かにも武力で勝てるわけのない大国バーディラに宣戦布告をし
その翌日国境を越えて攻め込んできた。突如攻め込んできた敵兵になすすべもなく弱き民から次々殺されていった。元々、平民の魔力量は少なく簡易な魔法を扱うことすら難しい。穏やかだった国境付近の町は阿鼻叫喚に包まれた。
すぐに駆けつけた魔法師団と魔法騎士団によって最悪の事態は免れたが
失ったものは大きかった。隣国アーデルゼン王はその息子に命を断たれ、アーデルゼンは狂乱王の支配から逃れていたが、バーディラの受けた損害は大きく失われたものは戻ってこない。
戦争が終わった直後、あちこちで反乱が起きるようになった。失われたものを思う嘆きが怒りに、憎しみに変わりその矛先が貴族に向いたのだ。隣国が引き起こした戦争でバーディラ王国は危機に瀕した。
もうだめかと思われたとき、一人の少女が奇跡を起こした。
その少女こそ、バーディラの至宝とうたわれた美しい王女ナディアだった。齢十五の少女は稀に見ぬ美貌と天才的な魔法の才に恵まれ、その中でも異質だったのは時空魔法を扱えることだった。彼女は誰にも読み解くことができなかった禁忌の書を完全に読み取り、時空と時空を行き来することができたのだ。
彼女は王国のために禁忌を犯した。過去へと渡り、未来を書き換え死んだ者達を生き返らせたのだ。例え未来が変わったとしても一度死んだ記憶は消えない、彼女は次元を渡る際に“神”とそう交わしたという。普通なら信じることができないことだが、その記憶は本当に消えることはなかった。恐怖や悲しみは消えたわけではなかったが、
確かに王国は救われた。
偉業を成し遂げたナディアを誰かが畏怖を込めて次元の守り人と言った。戦争を本当の意味で終結させた王女は後に国民から英雄とうたわれることになる。
今思えば次元の守り人とは母であるナディアを示しその子供であるエルザがそれを受け継いだということだったのだ。道理で次元の守り人は何なのか見当がつかなかったわけである。
「何もできずにいた私とは違い、ナディアはできた妹だった。だがっ、国を救った筈のナディアは逆恨みで殺されその子供であったお前も見失った」
「逆恨み、」
「そうだ。すべての人にあの時の記憶が残っている。それはアーデルゼンも同じだ。狂乱王の残党は事の発端だったナディアを狙い、命を奪った」
「・・・・」
平民だなんだと言っていた自分をエルザは恥ずかしく思った。もしその話が本当ならば、何故母は助からずエルザだけ生き残ったのだろう。時空を行き来していたという母はもしかしたら死ぬ間際、エルザを助けるために川へ飛ばしたかもしれない。密閉された馬車から咄嗟に出ることなんて幼い子供にはできないのだから。
嘘をいっていると思えない真剣な目をしたモルメンにエルザは自分の面影を見つけ、他人ごとにはできなくなってしまった。
「またエルザに会えることが出来て私は救われたよ。なにもかも失くしたと思っていたが、そうではなかったらしい」
「お、叔父様」
今にも泣きそうなモルメンにエルザは胸を痛めた。エルザが一番会いたくなかった人は逆にエルザに会いたがっていた。真剣な目をしたモルメンはエルザの手を握り、「頼みがある」と言った。その迫力に、ごくりと唾をのみ込んだエルザはその言葉を待った。
「お父さんと呼んでくれ」
「へ?」
「ちょっと待てぇぇ!!モルメン、それはないだろう!」
「なんだ。嫉妬か?」
モルメンのお父さん発言にエルザは思わず、ずっこけた。シリアスな展開だったのにモルメンの一言で綺麗に崩れた。今まで黙って話を聞いていた筈のレイズはモルメンのお父さん発言に食って掛かった。般若のような顔をしたレイズとモルメンは言い争いを始める。それを見たエルザは思った。
(・・・・シリアス、どこ行った!?)
「お前ぇ、それは俺に譲れよ」
「レイズより私の方がいいだろ、なぁエルザ?」
「・・・え、(私を巻き込まないでくれぇぇ!)」
「エルザァァァ!!お父さんを見捨てないでくれ!!」
「叔父さんで十分だろ。レイズは」
「なんだと!」
「またか、君たちは」
言い争うモルメンとレイズにエルザとアートリィ伯爵アーサーは同時にため息を吐いた。
国王モルメンとハイルド公爵レイズ、アートリィ伯爵アーサーは学園時代を共に過ごした学友で、三人はなんでも言い合える友人同士なのだ。
ケンカをよくしていたモルメンとレイズを止める苦労人はアーサーである。
ケンカするほど仲がいいエルザの叔父たちだった。
「なにか会ったらいつでも来なさい」
「はい」
「二度と連れてこない」
「レイズには言ってないぞ」
(・・・大人げないよ、叔父さんたち)
睨み合うエルザの叔父二人は大人げない。エルザはそれを見て思わず笑ってしまった。
平民モブとして生きてきたエルザはまだまだわからないことだらけだが、話で聞いた母を何故か信じてみたくなった。育ててくれた人を忘れたわけではない。二人に胸を張って生きてみたくなったからだ。
ここまで来てしまったエルザは後戻りができない。くよくよ考えてなにもしないより、やれるところまで頑張ってやる。それこそ、平民ど根性の見せ所だ。
最終目的は平民モブ奪還。どうせなら、知識だけでも吸収して持って帰ってやるんだ。神様を後悔させてやる。
ミーネスに一時的な別れを告げ、エルザは公爵家に行くことを決めた。
危なっかしいドジっ子ミーネスをこんなところに置いていったらどうなるか、たまったもんじゃない。
王城を出ていく間際、アジェットに「また、会おう」と言われたエルザは全力で馬車に逃げた。あんな怖い人に二度と会いたくない。
まだ、平民モブを諦めた訳ではない。この現実と正々堂々闘うことにしたのだ。エルザの人生は今、新たな幕を開けた。
(ちきしょう!絶対に平民モブ奪還してやるんだからぁぁ~!)
だが、現実はそううまくはいかなかった。いつだって神様は可愛い子には旅をさせたいものなのだ。