王様はイケオジ様で、王子様は怖い人だった!
ラスボスへの道をアジェットの後ろにエルザとハイルド公爵家、ミーネスと父であるアートリィ伯爵が順番に並んで歩いていた。だが、やっかいなことにエルザとミーネスが神託で授かった光の使い手と次元の守り人だと普通にバレていた。個人情報が駄々漏れな状態で道行く人の視線を二人は一心に受ける羽目になっている。
何故見られているかと言うと二人があまりにも美しいせいである。自分達のせいとはまったく気付かないある意味鈍感な二人はただ身震いしていた。エルザに至っては生まれたての小鹿のように足をプルプルさせながら歩みを進めている。
「怖い、なんか見られてるよエルゥ~!」
「そうだね、アハハ・・・」
今にも泣き出しそうなミーネスが控えめにエルザの腕を掴んだ。ミーネスに腕を捕まれたエルザは現在、遠い目をして現実逃避を図っていた。
(これは夢だ、これは夢だ、これは夢だぁぁ~!!)
平民モブだった筈のエルザがラスボス的存在の国王に会うなんて馬鹿げてる。しかも、国王は話通りで行くとエルザの母方の叔父にあたり、エルザに会えることを待ち望んでいるらしい。
そんなおまけはいらない。欲しいのはただひとつ平凡だ。
ガタガタ震えて歩くこともままならないエルザは一瞬、気を失いそうになり足元がふらついた。倒れると確信したエルザは目を瞑ってその衝撃に耐えようとしたがその時は一向に訪れない。むしろ倒れるどころか体が宙に浮いた気がする。
不思議に思い恐る恐る目を開けたエルザの目に飛び込んできた秀麗な顔だった。
「ヒィッ」
「大丈夫?無理をさせたかな?」
「だ、だ、大丈夫です!降ろして下さい!」
「父上のところまでこのままで行くよ、いいよね?」
「えっ、」
倒れそうになったエルザを救ったのはアジェットだった。今世初体験なお姫様抱っこを本物の王子様にされたエルザは悲鳴を上げる。恐ろしすぎて降ろして欲しいと言うエルザを無視したアジェットはご満喫のようだ。
その様子にミーネスと父になるレイズ以外は微笑ましそうに眺めていた。
その行為によりエルザのお腹は限界を訴えていたが、それには誰も気づかなかった。
そのあと、二人の姿を見た王城の者達は口々にこう語る。
迷える白金に輝く女神を王子が守るように抱き抱えるその姿は物語の王子とお姫様だったと。
後にそれを耳にしたエルザは悶絶し、公爵家の領内を全力で走り回ったという。もちろん、「私は女神じゃなぁぁぁい!」と叫びながら。
アジェットにお姫様抱っこされた状態で国王の謁見の間に到着する頃にはエルザは生きた屍と化していた。目が死んだ魚の目をしている。
「着いたよ」
「・・・」
「大丈夫か?」
( 貴方のせいで大丈夫じゃない、主にお腹が )
返事がない。エルザは、ただの屍のようだ。動かない様子のエルザにミーネスが慌てて駆け寄り、ぐったりしたエルザを前後左右に揺さぶった。エルザはダメージ100を受けた、残りのHPは10である。
「ミー、待ってそれは、死ぬ、」
「エル、生きてた!良かったぁ!」
「勝手に殺すなよ!」
ミーネスの愛の揺さぶりによりエルザは復活した。死にそうなエルザとは違い、ラスボスの国王にこれから会うと言うのにドジっ子ヒロインは危機感0で笑っている。さすがヒロイン、大したものだ。
エルザをアジェットは抱き抱えられた状態で国王の謁見の間に足を踏み入れた。考えることを放棄しエルザはこれから会う国王との謁見に気を向けることにした。光沢があるレッドカーペットの上を進んでいくと、金の装飾が施された玉座に座る男の姿が見えた。
近づくにつれて明らかになっていく男の姿はエルザに衝撃を与えた。鈍く輝く金の髪、切れ長な緑の双眸に堂々とした圧倒的風格。国王は今年で四十
になるが生来の美貌は衰えていない。
アジェットらの帰還に国王は腰を上げ声をかけた。
「ただいま戻りました、父上。」
「よく戻った、我が愛しの姪エルザよ」
「・・・イ、イケオジ」
ハスキーにかすれた声、色気のある大人の魅力、陰りのある眼差し。それを目にしたエルザは思わずにやけそうになる口元を手で隠した。初めて会った国王の姿は、エルザの好みのどストライクだった。今までの恐怖がぶっ飛び、よだれが出そうになるのを必死でエルザは抑える。
(たまらん!あの色気!)
説明しよう!
エルザの前世である女は三十を越えた色気ある男、イケてるオジさま通称イケオジが大好物だった。プレイしていた乙女ゲームでも押しだったのは
青二才の若造な攻略者ではなく、脇役である大人の色気に道溢れるイケオジな学園の先生だった。乙女ゲームをプレイしていた最大の理由はイケオジを見るためである。
だが、押しのイケオジな先生が攻略者になった続編のゲームの発売日に前世のエルザは事故で帰らぬ人になってしまった。あの時の悔しさは、一生忘れない。
ちなみに前世のエルザはイケオジ同士がラブラブする、簡単に言えばビーのエルの大ファンである。それこそ、よだれをこぼすくらいに。
イケオジをこよなく愛するエルザがその代表のような色男を前にうっとりしない訳がない。感嘆のため息を吐いたエルザの心のなかはお祭り状態になっていた。
そんな心ここに在らずのエルザを正気に戻したのは、アジェットが発するブリザードのような冷たい視線だった。目があったアジェットはエルザに
にこりと笑いかけた。
「父上が、どうかした?」
「な、なんでもないデス」
「そう、ならいいけど」
( 怖いぃぃ!悪魔が、悪魔が降臨した!)
口が笑っているのに目が笑っていない。凍てつくような視線にエルザは恐怖した。よだれをこぼすところだったエルザが気持ち悪かったのか、それとも国王をうっとり見てたのが気に食わなかったのか。それを知るのは本人しかいない。
エルザの中でアジェットは怖い人認定された。