エルザは必殺技を放った。だが、ダメージは0だった。
(い、いやぁぁぁぁーー!!)
トドメをさされたエルザは断末魔の叫び声を上げた。もちろん心の中でだが。平民だと思っていたら実は高貴なお貴族様でした、そんな展開は断固拒否したい。乙女ゲームでヒロインより目立つモブがいてたまるか。このままでは保護という名のお貴族様の仲間入りを果たしてしまう。
なんとか平民を死守したいエルザは十八番である必殺技を放つことに決めた。顔を引き締め、握られていた両手を引っ込めて床に当てる。そして、勢いよく頭を下げた。
(くらえ!必殺、土、下、座!)
エルザの前世で使われている謝るとき、許しを得るときに有効な技だ。エルザの奇妙な行動に目を見開いたハイルド公爵はひとまず地に頭をつけるエルザを抱き起こそうとするが、エルザはそんなことにも動じずに言葉を発した。
「私は今まで平民として生きてきました。貴族としての作法なんて知りません。そんな平民が公爵家に行くなど、」
「その事については心配はいらない。公爵家でゆっくり学べばいい。」
「エルザ嬢を公爵家に迎えることは神託だからね。それに、君が王族である事実も消えないよ」
「そうそう、王族の血を引いている者を野放しにできるわけないじゃないか」
「え、」
(論破された、だと!?)
エルザの言葉にハイルド公爵はにっこり微笑んで、自信たっぷりに言葉を返した。ハイルド公爵に続き王子であるアジェット、護衛騎士ダルテまでもが会話に入ってくる始末だ。皆、いい笑顔をしている。
エルザは必殺技、土下座を放った。だが、ダメージは0で反撃を食らった。王子様と騎士様が仲間に加わったせいで一対三、勝負としては不公平ではないだろうか。神託、なんて忌々しい言葉だ。
土下座が通じないことがわかったエルザは頭を上げて、澄みわたる青空を睨んだ。睨み付けたい相手はただ一人、神様である。
「エルぅー!私たち、離ればなれになっちゃうの?!」
「ミー、」
一通り話をしたらしいミーネスがエルザに飛び付いてきた。よくよく考えて見ると二人がそれぞれ公爵家、伯爵家に行くと離ればなれになってしまう。その事を理解して思わずエルザは涙ぐんだ。ミーネスはドジっ子でお馬鹿さんだけど、幼い頃から共にいた家族同然のかけがえのない親友だ。ミーネスも同じように涙を目に溜めていた。
涙ぐみ会う二人にアジェットが不思議そうに首を傾げて問題発言をにこやかに口にした。
「永遠の別れじゃないと思うけど。これから二人は同じ学園に通うから会えるよ?」
「が、学園?」
「やったあ!なら大丈夫だね、エル!」
喜ぶミーネスとは違い、エルザは固まった。この王国には貴族が通う学園は一つしかない。それは、乙女ゲームの舞台になっているリリィデェア学園を示していた。リリィデェア学園には王国の貴族令嬢子息、他国の王族の留学生が在学している。
そのなかにはもちろん、乙女ゲームの六人の美形な攻略者や麗しの悪役令嬢、その取り巻きのいじめっ子が含まれる。
つまり、貴族令嬢としてアハハ、ウフフと大和撫子のように学園で振る舞い、貴族のうわべッ面を拝まないといけないのか。神様にエルザが願ったことからかけ離れて、絶賛願ってもない奇跡が炸裂している模様だ。
(しかも、お兄さんになる人が攻略者とか詰んだ。腹がきりきりしてきたわ)
乙女ゲームを見ていて知っていることは、平民上がりの貴族は馬鹿にされる。まるで四面楚歌ように、助けはなく周りは敵ばかりの学園生活なんて
誰がしたいと思うのか。
ヒロインであるミーネスはともかく
モブはいらないだろう。
「私も、ですか?」
「何を言っている。君こそ行かなければいけないだろう?」
「・・・・」
一筋の希望をかけてエルザは言ったがまったくもって通じなかった。その上、アジェットの言葉に一斉に周りの人々が頷いている。ミーネスに限ってはエルザと「一緒ならいいよ」とにこにこと上機嫌のようだ。ヒロインらしいお気楽主義である。エルザも見習いたいぐらいだ。
そんな中、一人の騎士が声をあげた。
「お話中、失礼します!人が集まってきてます」
「本当だな」
「皆一度、王城に戻ろう。エルザ嬢はハイルド公爵家の馬車に、ミーネス嬢はアートリィ伯爵家の馬車に乗せてくれ」
「はい!」
明らかに貴族とわかる馬車が三台も下町に止まっていたら注目を浴びるのは当たり前だ。人だかりができている
ことに気づいた騎士の言葉にダルテが
頷いた。王族であるアジェットの撤退命令で、それぞれが動きだす中エルザは最後の足掻きを見せた。
「え、え、いや待って」
「貴族だとバレているから、ひとさらいに会うかもよ?怖い目に合いたいの?」
「はい、・・・・いきます」
逃げるのは許さないと暗に語る腹黒な王子になすすべもなく、エルザは降参した。がっくりと肩を落としたエルザの手を引いた王子は何故か楽しそうだった。