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Libra Glass  作者: 辻くろひ
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Episode 4‐1

『少女の行方が知りたいなら、外に出ろ』

 

 俺は青コートの男が言った言葉を思い返していた。

 学園の外というものを今まで意識したことがなかったのだ。俺は物心ついたときにはこの学園に通っていた。それより幼少の頃の記憶などない。

 幼少といえば、あのビジョンのすぐ後に見た夢の内容が幼少の頃の自分の記憶だったのかもしれない。

 忍ちゃんが言うにはMPDとかいう他人の記憶が移った可能性もあるそうだが、正直なところその忍ちゃんの言葉すらそのまま信じていいのか今の俺にはわからなかった。それに、青コートの男の口ぶりからすると、俺と金髪の女の子には何らかの関係があると見た方がいいように思えた。

 

「外に出るか……」

「ほえ?ここ外みたいなものじゃない?」

 麟があの時の俺と同じような反応を見せた。俺たちはまた学園の屋上で授業を絶賛サボり中だった。

「学園の敷地の『外』って意味だよ」


 明翅野は全寮制の学園。そしてまず生徒たちは学園の外に出ることはない。用事なんかは敷地内の店や食堂で済んでしまうし、そもそも敷地外に出る許可が降りた試しは特になかったはずだ。そのことに対して特に気にしたこともなかった。あの青コートの男に出逢うまでは。


「なんとかして敷地外に出られないかなぁ」

「ほたるん知ってる?学園の敷地外に出るのって確か禁止だよ」

「なんでだろうな?」

「うーん……考えたこともなかったけど……危ないから……とか?」

「忍ちゃんが言ってたけど、大人になると魔法って使えなくなるんだろ?どっちかってと、危ないのは俺たちのほうじゃないのか?」

 

 冗談交じりでなんとなく言ったつもりだった。だが言った後で思ったのだ。外が危ないんじゃなくて、俺たちが危ないから外に出せないのではないか……ということ。禁止されてるとは言え、敷地内を警備してるのは大人たちだ。

 例えば委員長レベルの生徒ならば警備隊の銃弾を防ぎきることも可能だろう。それなりの実力者が複数人集まって無理矢理出ようとすれば、向こうは手が付けられないはずだ。

 だが仮にもし、向こうにも俺たちへの有効な対抗手段があるとするなら危ない賭けである。

 簡単に言ってしまうと生徒たち対大人たちの小さな戦争みたいなものにまで発展しかねない。別に誰かを巻き込んでまで外に用事があるわけでもないのだ。

 だが俺は何故かどうしても、青コートの男と夢で見た金髪の女の子のことが気になって仕方がなかった。出るなら一人で行くしかない。俺は決めた。今日の放課後に決行しよう。



 昼休み。俺と麟はいつものように購買でパンを買って屋上へ食べに行こうとしていた。ちなみに俺はその日の気分で食べるパンを変えているが、麟が買って食べるのは決まってメロンパンだった。

(敷地外にもし出られたら、麟とも暫く会えなくなるんだよなぁ……)

 そう思うと俺はなんだか感慨深くなり、今日は麟と一緒でメロンパンを買うことにした。

(放課後から色々と行動を起こすにあたって、食べ物も結構買っておいたほうがいいか……)

「おばちゃん、残ってるメロンパン全部ちょうだい」

 俺は購買のメロンパンを買い占めた。麟が不思議そうな顔をしていた。



 屋上にて、俺はクロにメロンパンの欠片を分け与えながら、麟と一緒にメロンパンを食べていた。二人と一匹である意味メロンパンパーティーだった。ちなみにいつもはクロにエサを分け与えているのは麟だった。というのも、クロはパンの中ではメロンパンが好みのようだからだ。そういう意味でもメロンパンの買い溜めはしておいて正解である。


「ほたるんがメロンパン食べてるの珍しいね」

「まあ、気分だ」


 ふと、グラウンドのほうが何やら騒がしいことに気がついた。パンを咥えながら見てみると、どうやら生徒同士の決闘が行われるような雰囲気みたいだ。

「元気だねー、あいつら」

「ちょ、ちょっとほたるん、呑気なこと言ってる場合じゃないよぅ。授業外での魔法を使った決闘行為は禁止されてるんだよ!止めなくちゃ!!」


 既にグラウンドの生徒二人は魔法陣を展開し、決闘を開始してしまっていた。

「勝手にやらせときゃいーじゃん」

「ぼ、ボク止めに行ってくるっ!!」

「え、あ、おい」

 ……行ってしまった。止めるってことは介入するってことだよな?俺には麟の戦闘能力でアレを止められるようには思えなかった。

「ったく、しゃーねぇーなあー」

 俺も麟を追ってグラウンドへ向かうことにした。



 行くとそこはすっかり人だかりができていて、決闘の様子はどうやら激戦の模様だ。

 戦ってるのは二年で俺たちとは違うクラスの紅炎駒(クレナイ エンク)と三年の御剣聳孤(ミツルギ ショウコ)という二人の男子生徒だ。

 

 紅が拳にガントレット状のスカルを身に着け、そこに炎を纏わせ殴りかかる。

 御剣先輩は氷で形成された刀身の刀状のスカルでそれに応戦しているようだ。

 見た感じ意外にも三年の御剣先輩のほうが押されているように見えたが、おそらくまだ本領を発揮していない。俺がそう思ったその時だった。バックステップで距離をとった御剣先輩が刀を振るい、その刀身から地面に沿わせて氷の矢を走らせた。矢は紅の足場に当たり、雪の結晶のような模様の氷が形成され、紅の足をガチガチに地面に氷漬けにしてしまった。身動きがとれなくなった紅に御剣先輩が再び氷の矢を放とうとしている。


「危ない!!」

 麟が間に入ろうと走り出しかねなかったので、俺は麟の肩をぽんと叩き、素早く前に出た。俺は麟の代わりに二人の間に入り、スカルを一瞬で取り出し御剣先輩の放った氷の矢を防いだ。

「ふむ……誰かな君は。」

「お前は、月浦!?」

 俺は紅のほうを振り返り言った。

「……俺のことちゃんと名前で呼ぶ奴もいるんだな」

「あ、『翔べなかったホタル』のほうが良かったか?」

「お前、俺が割って入ってやんなきゃ今頃カチコチになってただろーが。なんだその言い方は、あぁ?」

「ウルセーな!!俺は火炎使い(パイロキネシスト)だからあんな攻撃屁でもねぇーんだよ!!」

 確かに俺が勝手に決闘に水を差したような状況にしてしまったが、こうでもしなきゃ麟のやつがカチコチになってただろうからな……しょうがない。

「君も、カレーパンを買えなかったことで腹を立てているのかい?月浦くんとやら」

「は??」

 今なんかこのピリピリした状況の中じゃ聞かないような単語が耳に入ってきた気がするのだが、気のせいだろうか。

「そういやお前ら、なんでまた決闘なんかしてんだよ。禁止行為らしいぞ」

 俺はガラにもなく真面目ぶって二人に問いただしてみた。


 二人の話を整理するとこうである。

 いつも購買でメロンパンを買って食べていた御剣先輩は今日はメロンパンが売り切れだったのでなんとなく代わりにカレーパンを購入したのだとか。

 するとなんとそのカレーパンが今日の最後の一個だったらしく、好物でいつもカレーパンを食べていた紅はあと一歩のところで買えず、目に見えて落ち込んだような様子を見せていたのだとか。

 紅は御剣先輩のすぐ後ろに並んでいたため、紅の事情を察した御剣先輩はカレーパンを譲ろうとしたそうだ。

 その時背中をたまたま他の生徒に押された御剣先輩はカレーパンを紅の目の前で落とし、あろうことかバランスを崩し自分の足で踏んでしまったらしい。どうやら紅にはそれが自分に対する煽り、挑発に見えてしまったようで、二人の喧嘩が始まったのだという。


(つまり、俺がメロンパンを買い占めた結果、こいつら子供みたいな理由で喧嘩してたのか……)

「一瞬でも止めようと思った俺が馬鹿だった。勝手にやってろ」

 俺は馬鹿らしくなり再び場外に戻った。

「そ、そんな……ほたるん、止めなくていいの?」

 麟があわあわした様子で俺に言ってきた。

「好きにやらせときゃいいんだよ。そのうちあいつらも冷静になって手を止めるだろ」

 そのうち、と言ったが意外にも両者はその後すぐに決闘行為を中止した。

「なーんか興が醒めちまったぜ」

「俺は元々、戦う意思はなかったのでな……」

 御剣先輩の言葉に俺はずっこけ、思わずツッコミを入れた。

「じゃあなんで先輩は応戦してたんすか……」

「俺が勝ったら、俺がカレーパンを純粋に譲ろうとした誠意が伝わるかと思ったのだが……」

「いらねーよそんな潰れちまったパン!!」

 紅からもツッコミが飛んできた。なんとなくだが、御剣先輩は少々天然が入ってそうだなと思った。



 決闘行為を行った二人に関してはその後お咎めやらがあったのかは知らない。

 放課後になり、俺は麟に先に帰っておくように言うと、ゲートから離れたところを彷徨い敷地から脱出できそうな手ごろな場所を探していた。ゲートというのは敷地内の売店や食堂に荷物を届けるトラックが出入りするときに使われている門のことだ。流石にそこから警備員の目を盗んで出ていく自信はなかったので、こうして脱出できそうなポイントを探しているのだが……。

 敷地の端は当たり前だが高い塀になっており、その高さはとてもじゃないが普通のジャンプで飛び越えられるようなものじゃなかった。だが、俺なら飛び越えられる。

 

 俺は辺りを見回し、周りに人がいないことを確認すると、黒剣のスカルを取り出した。これに付随してくる首元の黒いスカーフのおかげで多分、俺は身体能力以上の移動能力を手に入れることができる。

 塀の上側には有刺鉄線が敷かれているが、俺はそれごと飛び越えようと助走をつけて高く跳躍した。

 いける。そう思った。実際ジャンプの高さは十分だった。

 なんだ、意外と簡単に敷地外に出られるもんなんだな。

 そう思ったのは束の間、有刺鉄線の上を身体が乗り越える寸前で何かに弾かれるように進行を妨げられ、黒剣のスカルは強制消滅させられ、身体は落下し始めた。この高さから落ちたら洒落にならない。そう思い地面に落ちる瞬間膝を上手いこと曲げ、受け身を取りながら転がり衝撃を地面に逃がした。

 危なかった。もし失敗していたら脚の骨を折っていたかもしれなかった。

 ふと肩の上に目をやると、さっきまでピンピンしていたクロが目を回したのかへたり込んでいた。俺は飛び越える瞬間自分に何が起こったのか理解できずにいた。試しにその辺に落ちていた石を拾い上げ、塀の向こう目掛けて投げてみる。石は何にもぶつかることなく敷地の外へと飛んでいった。考えられるのは、この塀には魔法の発動を強制キャンセルさせる特殊な素材が使われているか、そのような加工が施されているということ。

 ならばこの塀ごと壊して突破するしかない、そう思った俺は再びスカルを取り出そうとした。出てこない。いくら出そうとしても足元に魔法陣が浮かび上がるだけで、俺のスカルである黒剣とスカーフが出せない。『翔べないホタル』の頃に戻ってしまったかのような感覚だった。その時だった。


「おい君、そこで何をしている?」

 巡回していた警備員に見つかってしまった。

「いえ、何も」

「こんな人気のないところで何故壁に向かって能力(チカラ)を使おうとしている?」

 警備員が銃を構えながらこちらにゆっくり向かってくる。

「脱走は厳罰に処される行為だぞ!!」

 警備員が怒鳴ったその時だった。


「ほたるん、逃げて!!」

 

 光の矢が飛んできて警備員の持っていた銃を破壊した。麟が放ったのだ。しかも麟だけじゃない。紅と御剣先輩、天王寺まで麟と一緒にこちらへ向かってきていた。

「お、お前ら何しに来たんだよ」

「キミこそこんなところで何をやっているんだい、月浦くん?」

 天王寺が俺を問い詰めるかのような口ぶりで言った。警備員を前にして「脱走しようとしていた」などとは言えない。

「おい月浦、アホ毛女から聞いたぞ、お前外に出ようとしてるんだってな!」

「あの、ボク男なんだけど……アホ毛女って……」

 紅に言われてしまった。こいつは空気が読めないおこちゃまだったか……


「外……か……」

 御剣先輩はスカルを取り出し、警備員の足元目がけ氷の矢を放った。カチコチに凍り警備員の男は身動きがとれずにいる。

「いやいや先輩、何やっちゃってんの!?麟もだけどよ!」

 これではまるで俺が懸念していた生徒たち対大人の抗争になりかねない。

「俺も学園の外には興味があった……加勢しよう」

 やっぱりこの人天然だ。

「し、至急応援を要請する!!」

 警備員が慌てた様子で無線に叫んでいる。まずい。

「お、おいどうするんだよこの状況!」

 元はと言えば俺が脱走しようとしていたのが事の始まりではあるが。しかしまさか麟たちが駆けつけて来るなどとは思いもしなかった。しかもこんなに戦力となる生徒まで引き連れて……。

「あの壁を壊せばいいのだろう」

 御剣先輩はそう言うとスカルの刃先を塀に向け、巨大な氷の結晶のような矢を形成し、放った。だが矢は塀にぶつかる瞬間消滅し、一切のダメージも与えることができなかった。直後、案の定先輩のスカルが強制消滅する。

「なん……だと……」

「へへっ使えないセンパイだなー。こんくらいの壁俺がいっちょぶち壊して―」

「あっおい待て紅!」

 俺が制止するも無視し、紅は拳にガントレットと炎を纏わせながら壁にパンチを食らわせた。壁に触れた瞬間ガントレットと炎は消え、紅の身体は弾き返されるように俺たちのところへ吹き飛んできた。

「いってええぇぇ……おいこれ、どうなってんだよ。聞いてねえぞ!!」

 皆の様子を天王寺はただ黙って見ていた。そうこうしているうちに応援の警備員が駆け付け、俺たちはあっという間に囲まれてしまった。

「抵抗するな!!大人しくしろ!!」

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