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Libra Glass  作者: 辻くろひ
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Episode 3

――大蛇瓦(オロチガワラ)中学校――


 

「はあ……消えてなくなりたい……」


 屋上で一人、そう呟いたこの少年の名は渋川誠(シブカワ マコト)。ここ、大蛇河原中学の二年生だ。

 彼の目線の先には、校庭で部活動に励む陸上部のとある女子生徒の姿があった。彼が密かに思いを寄せている涼原藍(スズハラ アイ)だ。まわりの生徒からも一目を置かれる存在で、彼にとっては所謂高嶺の花というやつである。


(涼原さんが彼女になってくれたら、毎日がどれだけ幸せなものになるだろう……)

 彼はいつもそんなことばかりを考えていた。だが、女子生徒どころか他人とまともに話すことすらままならない彼にとっては、夢のまた夢であった。

(鈴原さんの姿をしっかり目に焼き付けたことだし、今日もおとなしく家に帰ろう……)

 そう思い、一人下校するのだった。



 帰り道、レンガ通りと呼ばれる見慣れた商店街の通りを抜けるその途中で、彼は奇妙な出店を出している女を見つけた。紫のローブを身に纏い、深く被ったフードで顔がよく見えないその女から、彼は視線を感じていた。


「片思いは辛いね」


 女が喋った。まさに通りかかるその時の出来事だった。思わず立ち止まり、辺りを軽く見回してみるが、やはりどうやら女は自分に向かって話しかけたらしいと悟った。

「えっと……僕……ですか……?」

「そうよ、ちょっと君が気になってしまってね……今回は特別に無料でいいから、どう?占ってみないかしら?」

「占い師……の方……ですか……」


 他人から興味を持たれた経験が乏しかった彼は、例え商売目的であったとしても声をかけられたことは素直に嬉しいと感じた。ましてや「特別に無料でいい」と言うのだ。もしかしたらこの占い師との出逢いが自分の人生の何かを変えてくれる、そんな淡い期待までも抱いてしまっていた。


「じゃあその……よろしく……お願いします……」

 おそるおそる彼はそう言うと、女が座る机の前の椅子に腰かけた。


 占い師の女は恐ろしいことに、彼の生年月日や家庭環境、学校生活での様子までも言い当てていた。この占い師は本物だ、そう思い、彼はすっかり女に引き込まれていた。


「それで問題の彼女との巡り合わせだけれど」

「は……はい……」

「君の行動一つでがらっと運命が変わるよ。今、分岐点の前に立っているの」

「そ、それは……良い方へ……ですか……?」

「それは勿論君次第よ。でもね、上手くいけば必ず、君の願いは叶うと出ている」

(涼原さんと恋人に……?)

「ぼっ僕はっ……ど、どうすれば……」

 女は静かに答えた。

「明日、彼女は学校で暴漢に襲われる」

「え……?」

 一瞬何を言われたのか、彼には判断がつかない様子だった。

「ラッキーカラーは赤、ラッキーアイテムは護身用ナイフ」

(涼原さんが明日、襲われる……?)

「君が彼女を守ってあげなさい。そうすればきっと振り向いてくれるわ」

 女の占いはそこで終わった。彼は戸惑いながらもその場を後にし一人帰宅した。



 家に帰るとテーブルの上に千円札と書置きが一枚置いてあった。


『これで今日の晩ご飯を済ませてください。いつもごめんね。母より』

 

 書置きをゴミ箱に入れ、誠はキッチンへ向かい引き出しを開けた。手ごろな刀身のナイフがそこにはあった。手に取り自室へ向かう。


(涼原さんを守らなきゃ涼原さんを守らなきゃ涼原さんを守らなきゃ涼原さんを守らなきゃ)


 ぐるぐると考えながら彼は占い師に言われた通りに赤いものを探す。押入れを開け玩具箱を手当たり次第にあさっていると、赤い般若の面を見つけた。


 誠の家庭は昔とても厳しかった。言ってわからぬならぶってわからせる。それが父の教育方針だった。

 物心ついたときにはもう、誠は他人とのコミュニケーションが上手く交わせない子供に育ってしまっていた。やがて父と母は離婚し、誠は母に付いていくことになり今へ至るのだった。

 般若の面は父の私物から勝手に持ち出してきたものだった。今にして思うと何故こんなものを盗んでしまったのかわからないが、当時の彼にとって「赤いお面」は正義の味方が付けているものだった。父から玩具をろくに買ってもらえなかった誠は、その般若の面を玩具代わりにしようと思っていたのだ。


「ラッキーカラーは……赤……」

 誠はナイフと面をカバンに入れた。



 翌日、誠はいつ涼原藍に危険が迫るか気が気でなく、常に彼女のまわりに細心の注意を払っていた。だが結局のところ、占い師の言う暴漢は現れることなく放課後近くまで時は過ぎていた。

 

 帰りのホームルームが始まる前だった。涼原藍の下に一人の男子生徒が訪れこう言った。

「大切な話があるから、放課後屋上で待っていてほしい」

 誠はその言葉を聞き逃さなかった。


(涼原さんがとられてしまう!?こいつが暴漢か!?こいつに涼原さんは渡さない……!!)


 放課後になり、誠は屋上へと向かう彼女の後を静かに付けた。彼女が屋上に入る。まだ彼女以外に誰も来ていないようだった。出入り口の前で誠は悩んだ。

(涼原さんは学校で暴漢に襲われる……今日のところは早く帰ってもらわないと危ない……でもそれをどうやって伝える……?占い師の予言だと言ったところで信じるとは思えない。そもそも僕なんかの言葉に耳を貸してくれるだろうか。ただのクラスメイトという今の関係性でそれはきっと有り得ない。こう悩んでるうちにもさっきの男が来てしまう)


 ――君の行動一つでがらっと運命が変わるよ――


 占い師の言葉が脳裏に甦る。彼は一つの決心をして彼女が待つ屋上へとその扉を開け入った。


 

 涼原藍は困惑していた。屋上に来るように言われたはいいが、やってきたのはその本人ではなく同じクラスの渋川誠だったからだ。

「渋川くん……?ちょっと私これから此処で用事があるから、居られると困るんだけど」

 彼女は十中八九先程の男子生徒から告白を受けるものだとばかり思っていた。だから外野である渋川誠は正直なところ今この時においては邪魔な存在であった。


「あ……あの…………僕…………」

 誠がもごもごしながら言いかける。

「え、何?」

「………………です」

「聞こえないんだけど」

「す……好き…………です」

 涼原藍は彼とは対照的にはっきりと聞き取りやすく言い放った。


「キモい」


 彼は顔中から冷や汗を垂れ流しながら黙って立っていた。

 後ろの方から笑いをこらえる声と共に足音が聞こえてきていた。先程彼女に話しかけていた男子生徒がこちらに歩いてきていた。


「ごめーんさっきから黙って見てたんだけど、マジ爆笑もんだわ。横取りしようとして返り討ちにあってやんのな」


 男子生徒は彼女の隣に来ると続けて言った。

「さっさと消えろや、ゴミ虫」

 誠は耐えられなくなりその場から走り去り、屋上の出入り口から出て行った。

「なんだったのさっきの奴?」

「知らないわよ……」


 バタン!!と再び屋上の出入り口が開くと、入ってきたのは赤い般若の面をし、手にはナイフを持った少年だった。ナイフを見た涼原と男子生徒は驚きの声を上げ後ずさった。


「おまえ、おまえええええぇぇぇぇ!!!!」


 般若の面をした少年が叫びながら走り寄り、男子生徒の腹部にブスリとそれを刺し、一瞬で引き抜く。

 傷口から鮮血がぼたぼたと垂れ流れる。男子生徒は苦しみながらその場に倒れこんだ。

 甲高い声で悲鳴をあげながら涼原は逃げだした。

 その後を般若の面の少年がすぐさま追いかける。

 

 学校中の生徒がパニックに陥る中で涼原は駆け抜け、校庭に上履きのまま躍り出てつまづき転んでしまった。息切れが激しい。走ってなのか突然の惨状に動揺してなのかわからない。般若の面をした少年はすぐそこまで来ていた。

 

「涼原さん涼原さん涼原さん涼原さん涼原さん涼原さん涼原さん涼原さん……」


「イヤァ……来ないで、来ないでええぇぇぇぇ!!」

 般若の面をした少年がナイフを振り上げた、その時だった。

 

 少年の目の前に、一筋の稲妻が落ちた。轟音が辺りに鳴り響く。

 雷が落ちた先には少女が立っていた。歳はおおよそ自分たちと同じくらいか。

 まばゆい光を放ちながら、まわりにビリビリと紫電を纏っている。ブロンドのぼさぼさにとても伸びた髪が特徴的だった。前髪も長すぎて素顔がよくわからない。


「な、なんだ、おまえ……」 

 少年が問いかける。少女は答えた。

 

「貴様か、シファを舐めているのは」

「……は?」

「シファの目の前で無様な傲慢を垂れ流しているのは貴様か」

「ご、傲慢?何のことだ……」

「思い上がるなよ。シファはシファ以外の傲慢な存在を許さない。何故なら……」


 少女は少年の首を片手で掴みひょいと持ち上げると続けて言った。

「あたしはLu() Cifer(シファ) Ziz(ジズ) Sperbia(スペルビア)(誇り高き黎明の使徒)だからな!!」

 

 その瞬間少女の背中に光の翼が生える。校庭の外灯や学校の窓ガラス、教室の蛍光灯の類までもが一斉にパリンパリンと割れる。


「Know thyself(身の程を知れ)」


 再び一筋の稲妻が落ちる。少年は雷光の中消え去っていった。

 身体中の細胞や血の一滴までもが蒸発していくかのように。

 消えゆく中で赤い般若の面だけが外れ地面に転がった。

 

 少女は面を拾い上げるとニヤリと口元を歪ませながらそれを自分の顔に被せた。涼原はその光景を腰を抜かしながら見ていることしか出来なかった。


 次の瞬間再び空からあるものが降ってきた。

 あるものとは二人の少女。氷の龍の上に立つ青髪の少女と、その龍の上に置かれた鋼鉄の玉座に座る桃色の髪の少女である。青髪の少女が金髪の少女を拾い上げると、すぐさま龍は再び空へと飛び上がり去っていった。


 遠くからその様子を観察する二人組がいた。青いコートに身を包んだ男と、紫色のローブを纏った女だ。

「ほら、『願い』が叶ったでしょう?」

目標(ターゲット)を見失ってしまったが、これで良かったのか?」

「ええ、全ては計画通りよ。あのブロンドの堕天使をこの近辺に引きずり落とすきっかけさえ作れれば、何でも良かったの」 

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