Episode 2‐3
どうやら忍ちゃんに話したことは結構大事だったらしい。学園の敷地内に侵入者が今も潜んでいる可能性があるとのことで、午後の授業は潰れて生徒は全員寮へ帰らされた。
ここでいくつか不自然なことがあった。
まず青コートの男を見たのは俺だけ。あの時一緒にいた麟ですらも見ていないという。これはつまり、クロのように姿を消す魔法を使っている可能性が高いということだった。だが、それなら何故俺には普通に見えたのだろうか。クロの姿も俺にだけは常に見えている。隠すのが面倒になったのでもう基本肩に乗せて過ごしている。
もう一つは――
「しかし変な話だよなあ。急遽休みになるくらいの非常事態らしいのに、明日はいつも通り大聖堂で昼寝するんだろ?」
「まあ、決まりだからね」
そう、明翅野学園の敷地内には大聖堂と呼ばれる施設があり、毎週土曜日は生徒全員で赴き、プラネタリウムを鑑賞しながら昼寝をするという決まりがある。
昼寝というのは冗談でもなく、本当に寝ていいそうなのだ。なんでも心を清く保つための習慣らしいのだが、正直休みなのにわざわざ通わなくちゃいけないのが面倒すぎる。
今日は金曜日なので、大聖堂に行くのは明日だった。まあ、翌日昼寝をするのが決まっているので、生徒たちの間では金曜は夜更かしをするというのが定番になっていた。
そして来たる土曜日。ぞろぞろと大聖堂へ向かう生徒たちの中に俺と麟もいた。その道中だった。
奴がいた。青コートの男。
白昼堂々と道のど真ん中で、まるで誰かを待っているかのように立っていた。初めてこいつを見たとき同様に指をパチンパチンと鳴らしながら。それなのにも関わらず道を行く生徒たちは彼に気づく素振りはない。やはり俺にしか見えていないようだった。こいつは一応要注意人物ということになっている。
「麟、俺はちょっと用事を思い出した。後から行くから、先に行っててくれ」
俺はそう言って麟を先に行かせた。なんとなく、こいつが待っているのは俺のような気がしたのだ。もし危険な事態になるのだとしたらまわりには誰もいないほうがいい。誰かを巻き込みたくはなかった。
やがて、生徒たちは俺以外全員大聖堂へ入ったようで、ここには俺と青コートの男の二人だけになった。男は指を鳴らすのを止め、俺に向かって口を開いてきた。
「心遣い感謝するよ。お前は案外察しがいいようだ」
口ぶりから、コートの男はやはり俺に用があったようだった。
「お前が用があるのは俺なのか?」
「ああ、お前だ。アイギスの少年」
「アイギス?何のことだ」
「我々が勝手にそう呼んでいるだけだ。お前はわからなくてもいい」
「気に入らねえな。で、何の用なんだよ」
「明日は何曜日だ?」
「は?」
意外な質問に俺は拍子抜けした。今日は土曜日、だから明日は『月曜日』だ。そんなの常識だ。
「月曜だろ」
そう答えると、コートの男は静かに、薄気味悪く笑った。
「ククク……お前たちの箱庭には太陽はないのか。ある意味お前たちにお似合いだな」
「どういう意味だ。話が見えてこないんだが」
「あの施設へは行くな。気づくのはお前だけでいい」
『施設』というのは大聖堂のことを言ってるのだろうか。
「だから、話が見えてこないんだっつの。そもそもお前は何者だ。なんで俺にだけ姿が見える?」
「それは俺にもわからない。俺はあくまで妹の予言に従って動いているだけだからな」
『妹』というワードにあの時のビジョンが甦る。
「『妹』って……金髪の女の子か」
「金髪だと?違うな。だが、あの施設に通っているはずのお前が何故そのことを――」
その時だった。突然数発の銃声が鳴り響き、コートの男がそれを華麗に避けた。俺の下に駆け寄ってきた警備隊の人たちが「ターゲットを補足した!!」などと声を荒げている。コートの男が指をパチンと鳴らすと、警備隊の人たちは数秒沈黙し、やがて俺に問いかけてきた。
「ここで何をしていた?」
「何をって、ちょっと話していただけですけど」
「誰もいないが……」
俺はこの時理解した。原理はわからないが、どうやらコートの男が指を鳴らすと俺以外の人には男の姿が見えなくなるらしい。
コートの男はすれ違いざまに俺に最後に言葉を残して去っていった。
「少女の行方が知りたいなら、外に出ろ」
「外って、ここは外だろ」
「『此処』の外だ」
俺は一人寮へ帰り、コートの男が言ったことを考えていた。
『明日は何曜日だ?』
『あの施設へは行くな。気づくのはお前だけでいい』
『少女の行方が知りたいなら、外に出ろ』
何か俺が知らないことを知っているようだった。一人で考えていても埒が明かない。ひとまず麟の帰りを待とう。そしてさっきあったことを話してみよう。三時間もすれば帰ってくるはずだ。俺はそう思っていた。だが……麟が寮に戻ってきたのは、次の日の午後になってからだった。
「ほたるん、いないと思ったらもう帰ってたんだ」
「麟……お前まさか、今の今まで寝ていたのか?」
麟は首をかしげた様子で答えた。
「なんか大げさだね、ほんの数時間なのに」
俺は異変に気がついた。
「麟、今日は何曜日だ?」
「どうしたのほたるん……なんかヘンだよ」
「いいから答えてくれ」
ヘンなのはお前……いや、俺たちかもしれないんだ。
「土曜日でしょ。さっき大聖堂に行ってきたんだから」
『明日は何曜日だ?』
奴の問いがフラッシュバックする。
今日は月曜日だ。いや、だが大聖堂で『数時間しか寝ていないと思い込んでる生徒たち』にとっては今日はまだ土曜日で、明日が月曜日ということになる。じゃあ……今日は何曜日だ?
一週間の中に……空白の一日がある……。
そしてそのことに気づけたのは、おそらく大聖堂へ行ってない俺だけだ。
いや、大聖堂へ行ってない者は他にもいる。大人たちだ。むしろ毎週土曜日の昼に大聖堂でプラネタリウムを鑑賞するよう言いつけてきた張本人が大人たちなのである。
奴らは俺たちを騙している。だが、何のためだ?
そもそも生徒たちは何故大聖堂へ行かなければならないのだ。あそこは何をしている所なんだ。
記憶を辿っても、ただプラネタリウムを鑑賞し、気がついたら寝ていて、起きて、寮へ帰る。普段の土曜日はそれくらい特に変哲のない過ごし方だった。考えてもわからない。ただ一つ、これだけは言える。
大人たちは信用できない。




