Episode 2‐1
「麟!!おい麟、ヤバいことが起こった!!」
俺は先程の不可解な出来事を麟に伝えるべく、急いで寮へ帰宅した。麟とは相部屋の仲でもある。
「マジカルシューティングスター☆アローぅ!!」
……麟は謎の恥ずかしい呪文を口に、魔法少女のコスプレ衣装を纏いながらくるくると踊ってるところだった。
「……何をやってるんだ、お前は」
「のわぁ!?ほたるん……か、帰ってたの……おかえり」
麟は顔を赤らめながら我に返り、俺に向き直った。
状況を簡単に説明した俺は、カバンに突っ込んでいた本と黒毛のリスを麟の目の前に見せつけた。
「この子がその……図書室で拾ったリスさん?」
「拾ったというより、マジでその本から湧いて出てきたんだよ。使い魔とかそういうのなのか?」
「使い魔なんて実際は聞いたことないけど……アニメとかでしか見たことないよ……」
「じゃあ、その本になんか手掛かりは書いてないのか?中身全部英語で全然意味がわからないんだが……」
「ごめんほたるん、ボクも英語はそんなにできるほうじゃなくて……」
そう言いながらも麟は興味深そうに本のページをパラパラと捲っていた。
「お前以外に頼れるような奴いないんだが……」
「ほたるん……」
麟が何故かまた頬を桃色に染めてもじもじとしている。天然思考のこいつはたまにこういう変なスイッチが入るからわからん。
結局、俺たちはそのリスや本をどうしていいかわからないまま次の日の朝を迎えた。
学園にまたこいつを持っていくのはどうかとも思ったのだが、エサをあげずに放置するのが心配で、カバンに忍ばせて連れてくることにした。とりあえず授業はオールサボりのつもりで屋上で再び作戦会議を……と思ったのだが。面倒な奴が屋上に来てしまった。角端エル、委員長だ。
「げ……お前、なんでこんなところに……お前もサボりか?」
「そんなわけないでしょう。私をあんたたち負け組と一緒にしないでくれる」
「あぁ?誰が負け組だって?」
「ふ、二人ともぉ!今はそんなこと言い合ってる場合じゃ……あれ?」
リスを後ろに隠していたはずの麟が気まずそうな顔をしている。瞬間、俺は状況を理解した。頭上にもふもふとした感触。麟が後ろ手に持って隠していたはずのリスが、いつのまにか俺の頭に乗っていたのだ……。
委員長に見られた……と俺も気まずい表情を浮かべたが、目の前にいる本人は何食わぬ顔でこちらを見ている。
「あんたたち……どうかした?さっきから妙にあわあわして」
「どうかって……お前、こいつを見てなんとも思わないのか?使い魔とか珍しいんじゃないのか?」
「使い魔?あんた何言ってるの。そんなフィクションでしか登場しない空想物の存在を信じてるの?ましてや学園一魔法から縁の遠いあんたがそんなこと言い出すなんて、滑稽極まりないわね」
……どうやら委員長にはリスの姿が見えていないということらしい。
「ほえ?ほたるんはリスさん何処に行っちゃったか見えてるの?」
……何かがおかしい。この様子だと見えていないのは委員長だけではなく麟も同様のようだ。
「え、いや、ここにいるだろ……?」
そう言ってリスを頭の上から降ろし俺は手の甲の上に乗せて二人の前に突き出した。だが、それでも二人の表情が冴えない。
「おいお前、状況が説明しづらいから姿現していいぞ」
俺がそう言うと、リスは「きゅっ」と一鳴きし、宙返りをしてみせた。途端二人が驚きの表情を浮かべる。
「やっぱりな。今のでわかったが、無理に隠そうとしなくてもこいつ、俺以外の人間からは自由に見えなくなれるみたいだな」
「何よこのネズミ、かわいい~~!!」
「い、委員長……この子は尻尾の大きさや立ち姿からして、ネズミじゃなくてリスですよ」
「俺の話をスルーするな」
「ところであんた、私に堂々とこの子を見せてよかったの?」
「あ……」と麟が再び気まずそうな顔でこちらの表情を窺っている。
「こいつは隠れようと思えばまた隠れられる。仮にお前や別の奴がこいつを没収しようとかしても無駄だ。だから問題ない」
「ふーん。まあ、こんな可愛い小動物の存在を言いふらしたりなんかしないわよ。そしたら私が独り占めする時間が減っちゃうじゃない?」
委員長はそう言いながらリスを優しく撫でまわしていた。意外とこいつにバレたのは大した問題にはならなさそうで、俺と麟は一安心した。
「ところで、この子名前はなんていうのよ?」
「名前……そういや決めてなかったな」
「『〇ッキー』でいいんじゃない?」
委員長の絶望的なセンスにびっくりだ。却下。
「『きゅ』って鳴くから……『キュゥ〇え』!!」
色んな意味で不味いから麟の案も却下だ。
「うーん」
唸りながら俺はリスと見つめあった。
「見たまんまで……毛が真っ黒だから『クロ』でいいんじゃないか?」
「普通すぎるわね」
「普通だね」
「普通が一番だろ」
ということでこいつの名前は『クロ』に決定した。クロの存在は一応この三人の中だけの秘密ということでまとまった。
そういえば委員長は結構勉強ができるほうなはず。何かわかるだろうかと思い、俺はあの本を取り出し委員長に見せた。
「クロはこの本から湧いて出てきたんだが、なんて書いてあるかお前読めるか?」
「ふむ……人星論……?」
パラパラとページを捲り委員長が口を開いた。
「あーこれはあれね。魔法の基礎理論がなんだか詩的な表現でずらずらと書かれているわね」
「例えば?」
「そもそも私たちの魔法がどんな仕組みかから説明することになるわね。代表的なのが『マクスウェルタイプ』っていうのなんだけど、これは上位の次元から分子の運動を観測して、その観測行為の影響をもって分子を好き放題に動かすっていうもの。この本に書かれている内容を一部抜粋すると『朝の世界を象創るのには朝日の光が必要不可欠。観測行為を行う私たちを宇宙規模で例えるなら恒星そのものである』みたいな感じね」
「……なるほどさっぱりわからん」
「でしょうね。ちゃんと授業受けに来なさいよ。あっ」
はっとしたような表情で委員長が口を開いた。
「一時限目を私まで仲良くサボっちゃったわけなんだけど、責任とってくれるわよね?」
「知るか」
「あんたたちの説得を一時間もして授業に引っ張り戻せなかったなんて言い訳、苦しすぎるでしょ」
「お前が勝手にだらだら居座ってたんだろうが……」
「あんたのサボり場が屋上だってことバラすわよ」
やはりこいつは面倒くさい女だった。
「ほたるん……バラされちゃったらボクまで今後付き添えなくなりそうなんだけど……」
麟が困った様子で俺にダメ押しをした。
「ったくしゃーねえなぁー。んで、次の授業ってなんだよ」
「魔法の実技ね」
心底面倒くさかった。そういうわけで俺は何日かぶりに魔法の授業へ出向くことになってしまった。
魔法の実技は体育のようなものだが、いちいち体操着に着替えるものではない。明翅野学園の制服は動きやすいように設計されているし、授業の内容も魔法が主体であるので、そこまで汗をかくようなものではないのだ。……ある一人の生徒を除いてな。
俺はブレザーを脱ぎYシャツ姿でクラスの奴らと共にグラウンドへ向かった。まわりの奴らはコソコソと俺を見て何かを話していた。慣れてはいるが、魔法を使えない生徒が魔法の実技授業に混ざるんだから、当然こうなる。ようは見世物にされているようなものなのだ。俺が決まってこの授業をサボりたがる理由の一つがこれだった。
俺の一試合目の相手は名前も知らないクラスメイトの男子だった。そう、俺は同じクラスの連中に対してもあまり興味がなかった。よくつるんでる麟に、たまにうざったく絡んでくる委員長、クラスで一番気に食わない天王寺と担任の神崎、このくらいしか名前は知らない。
神崎の「はじめ」という合図の下、俺とモブ生徒の試合が始まった。
外野は相手側を応援していてやかましい。時折「翔べないホタルくーんがんばれー」といった皮肉たっぷりな野次も聞こえてくる。負けじと麟も「ほたるーんがんばれぇー」とチアガールのコスプレを着こなし、ポンポンを手に俺に声援を送ってきていた。チア部というわけでもないのに何故そんな衣装を学園に持ってきているのやら……。
相手はモブ生徒といえど俺とは違ってれっきとした魔法の使い手。足元に魔法陣を出現させると槍をそこから取り出し構えた。
このように魔法によって自身固有のイメージから具象化させた武器のことをSkullpture、略してスカルと呼ばれる。授業で教わった魔法の基礎中の基礎だ。まずこれを取り出し、自分のイメージの増幅器のように扱うことで更に上級の魔法を使用するらしい。普通の武器としても使える。だが残念なことに俺はこのスカルの具象化さえ出来ない。つまり素手でこの試合形式をやり過ごさなければならないのだ。それはもう……大変だ。
相手が槍を手に魔法も使わず突っ込んできた。どうやら相当舐められているようだ。魔法も使えず丸腰の俺を見て余裕をこいてるのだろう。馬鹿め。
俺は相手の突きをあっさりと交わし、すれ違った背中に後ろ蹴りを食らわせた。勢いよく吹っ飛ぶ相手。顔面から地面にスライドし、あっさり戦意を喪失したようだ。
神崎の「そこまで」の合図の下、試合が終わった。そう、大変なのだ。何が大変かって、あくまで魔法の実戦訓練であるというのに、魔法の使えない俺にまず体力やスピードで勝負できるクラスメイトが殆どいないのだった。俺にとっては二重の意味で授業にならないのだ。これが俺が授業をサボりたがる理由の二つ目だった。
別にクラスの奴らが総じて貧弱というわけではないようだが……精々俺に付いてこれる奴と言ったら天王寺くらいのものだろう。だが、あいつは出来れば相手にしたくない。昨日のように容赦なく真空波を飛ばしてきて近づく隙がないからそれはそれで試合にならないのだ。俺のほうが避けるので精一杯だ。
試合もいくつか終わり、次は麟と委員長の対戦だった。普通は男子と女子が試合を交えたりはしないのだが……麟はまあ女の子みたいな奴だから、たまにこうしてしれっと混ざっているところを見る。
試合が始まった。麟は「笑顔キラキラ勇気りんりん!マジカルシューティングスター☆アローぅ!!」と恥ずかしい台詞を吐いたかと思うと弓の形状のスカルを魔法陣から取り出し、委員長目がけて光の矢を連射する。
昨日の謎の台詞はこれだったのか……。
砂煙が上がり、着弾の瞬間がよく見えない。まさか……麟の速攻勝ちか?
なんてことはなかった。委員長は光のバリアのようなものをスカルなしで張り、麟の放った複数の矢を全て防ぎきっていた。やはりかなりの手練れなようで一筋縄ではいかないようだ。
「じゃあ、今度はこっちからいくわよ」
そう言うと背中側に巨大な魔法陣が展開され、複数のレールガンやらガトリングガンを出現させ、宙に浮かせた状態で構えてきた。
「ほえ……う、ウソだよね?」
「Fire(撃て)」
砲門一斉砲火、と思いきや射出されたのは実弾でもビームでもなく大量の水だった。全身びしょ濡れになった麟は泡を吹いて倒れてしまった。
「Fireと言いつつもその実は水鉄砲という、活きなジョークでしょ?」
「おい、ちょっとやりすぎなんじゃないのか」
俺は頭に血が上っていた。
「あら、なら今度はあんたも同じ目に遭わせてあげましょうか」
「上等だ」
「待て、お前たち、勝手に決めるな。試合の組手は私が決める」
神崎が俺と委員長の間に割って入った。
「魔力の消耗もあるから、連戦は許可しない。それに月浦、お前の戦法を見る限りでは女子との試合は認められない」
それもそうだ……俺は肉弾戦主体だからな。
「誰か角端の代わりに月浦と手合わせをしてくれる奴はいないか?」
神崎の問いかけにクラス連中はしんと静まり返る。と、その時だった。
「自分でよければ、相手しますよ」
答えたのは天王寺だった。
「では、月浦星渡 対 天王寺索冥」
「おい、何勝手に決めてやがる」
「なんだ、怖気づいたのか月浦?」
挑発するように神崎にけしかけられた。天王寺も黙ってこちらを見ている。
「ああもう、わーったよ、相手してやるよ」
こうして俺と天王寺の対戦が決まってしまった。




