Episode 8‐3
アスモは長い話の続きをする気満々のようだったが、ベルという子がまだ起きてこないらしく先送りになった。
俺はその前に確かめたいことがあると言い残し、かすみ荘を後にした。そう、アビーのことだ。結果的に俺はあの時の電話の通り、探し人である麟には再会できた。だが、今まで俺を騙して生活していたのかとか、なんでテロリストなんてやってるんだとか、とにかく言いたいことで頭がいっぱいである。
俺はアビーの住んでるマンションに着き、合鍵を差して部屋に入った。
部屋の中はもぬけの殻になっていた。なんとなく予想はしていたけど、どうやら俺が気を失っている間にこちらでは綺麗さっぱり片づけて撤収していたということだろう。
今にして思えば、そこまで生活感に溢れた部屋というわけでもなかった。所詮彼女にとっては仮の住まいだったのだ。
アビーは何故一週間にわたって俺なんかの世話をやいてくれたのだろう。シファと会わせたかったようにも思えるが、おそらくシファは違う場所で匿われてるのだろうから、俺と会わせること自体は簡単だったはずだ。だが彼女はそうしなかった。考えても彼女が何を考えて行動しているのかはさっぱりわからない。
俺は再びあの面々と対面するべく、かすみ荘へ戻ってきた。今は麟がここにいる以上、とりあえず俺の帰る場所はここなのだろう。
玄関の扉を開けると、突然もふもふした物体が顔に張り付いてきて俺は「うおっ」と驚きの声を上げた。
顔から剥がすとそれはクロとちょうど同じくらいの大きさの真っ白いリスだった。クロと一緒になって俺の首回りをちょこちょこと歩き回っている。
「レムー?どこに行ったのー?」
二階へ繋がる階段を下りながら一人の小柄な少女が廊下に現れた。俺の姿を見るなり食堂の方へと逃げて、入口から恐る恐るといった感じで少し顔を出しこちらを覗き込んでいる。
「お兄ちゃ……月浦先輩?」
察するに、この子が午前中は起きていなかったベルという子だろうか。
俺の名前を知っていることからマモン達同様に元明翅野の生徒のようだ。
一瞬「お兄ちゃん」と呼ばれかけたように聞こえたが気のせいか。
パーカーのフードを深く被って縮こまっている様子から内気な性格が滲み出ている。フードからはみ出て垂れている緑色の髪も印象的だ。
「さっき呼んでたのはこいつのことか?」
俺は肩の上で立ち止まった白い方のリスを指さす。
「あっレム……」
どうやら当たりらしい。しかしクロといいレムという白リスといい、昨今のリスはペットとして流行っているのだろうか?とりあえず俺はレムを少女の頭の上に乗せ食堂に入った。
「揃ったわね」
ようやくアスモが三年前に起こった出来事とやらについて説明を始めるらしい。食堂に集められたメンバーはアスモ、マモン、レヴィア、バアル、ベルのいわゆる明翅野脱走組と、麟と俺を合わせた7名だ。ここの寮母をしている霞沢桜子さんという方には席を外してもらっているらしい。
「それじゃあ話を始めましょうか」
――その昔、ゴーストパールという非常に希少な素材をナノマシンに加工して脳内の海馬に埋め込み、TE細胞と呼ばれる新たな脳細胞に変質化させる技術を開発した科学者がいた。
彼の名は月浦真司。
そして被験体として選ばれたのはGOSPELという国連の組織によって保護された貧国の孤児たち。
そうして誕生したのが『ピアセド』
脳内に真珠のピアスを施されたという意味から名付けられた。
ピアセドは物質界とは異なる次元とマイクロワームホールで接続されており、常軌を逸した能力が授けられる。科学者はそれを『魔法』と呼んだ。
ピアセドとなった孤児たちはGOSPELの日本支部である福音省という機関に引き取られ育てられることになった。中でも科学者たちの目を引いたのが――
ル シファ ジズ スペルビアという名の少女。
シファはピアセドのある意味完成形と呼ばれており、応用すれば現代におけるエネルギー問題を一気に解決できるとまで言われていた。
通称『原子ボタル計画』
ピアセド達はある施設に閉じ込められ、数年にわたり研究されてきた。ピアセドは皆何かしらの超能力に目覚めたが、唯一何の魔法も使えない子供が一人いた。
彼の名はクロノス。
どうしたら彼の魔法を引き出せるのか科学者たちは頭を悩ませた挙句、様々な軍事訓練に課すことになった。クロノスはまだ子供ながらめきめきと軍用技術を会得していったが、一向に魔法に目覚めることはなかった。シファはクロノスのことが不憫になったのか、二人で一緒に福音省から逃げ出そうと考えたらしい。そしてある日二人は忽然と姿を消した。まるで神隠しに遭ったかのように。
「これが私が15歳の時に起きた神隠しの真相」
アスモが言い終えると今度はバアルが静かに口を開いた。
「私たちの時間軸だと、ちょっとだけ違うのです。概ね起きたことは似ているのですが……」
自分達は明翅野学園というところで生活を送っていた。
それまで特に大きな問題もなく学園生活を送っていた生徒たちだったが、先生と呼ばれる大人たちは生徒の魔法を戦闘方面へ伸ばすことを重点に考えているようだった。そんな中、先生たちを悩ませていた生徒が、何の魔法も使えないクロノスという少年。そしてもう一人――
「おい、知ってるか?『眠り姫』の噂」
「聞いたことある~。学園のどこかに閉じ込められていて、ずっと研究対象にされている女の子のことだよね?」
「そうそう、アンフェタミンを投与されてもぴくりとも目覚めないらしい――」
在籍している生徒数がそこまで多くない小さなこの学園では、噂話などあっという間に広まる。それは勿論、バアルの耳にも入っていた。
『ずっと研究対象にされている』
それを聞いて、バアルの脳裏にはクロノスがよぎっていた。彼もある意味、『眠り姫』と似たような存在ではないかと。事実、「どんな魔法に目覚めるのか」という先生たちの興味の的として、スパルタ的な軍事訓練の被害者にされてしまっている。明翅野が戦闘能力を重要視した学園である以上、仕方のないことなのかもしれないが。
クロノスはシファという少女ととても仲が良かった。
シファはいつもそんなクロノスのことを気にかけていた。
「クロ、本当にしんどいと思ったらシファに言うんだよ?シファの手にかかれば先生たちなんて一発で黙らせられるんだから」
「余裕だ、これくらい」
一体、何度見た彼らのやり取りだろう。
強がりなクロノスのことだから、多分ちょっとやそっとのことじゃ弱音は吐かないだろう。だから彼を助けるタイミングはまわりが判断してやらねばならないのだろうが、彼はどんな訓練もこなしてみせた。ある意味魔法を扱うよりもすごいことだと思えるほどに。
その日は昼過ぎからシファの姿が見えなかった。聞けば早退したとのことだった。いつもクロノスにべったりの彼女にしては珍しいこともあるものだとバアルは思った。
だが、それが悲劇の始まりだった。
午後の授業はとある生徒同士の対戦訓練だと知らされた。それ以外の生徒は屋内での見学だった。対戦が外で行われるのに対し、それ以外の生徒が屋内ということはそれだけ大規模な戦闘が想定されるということだ。嫌な予感がしていた。
そして対戦する生徒が発表された。
クロノス 対 角端エル その他
生徒たちがざわついた。
それまで対戦訓練は一対一で行われていたのに、その日に限ってはクロノスの相手側は多人数の生徒。しかもその中心人物はシファに次ぐ学園の戦闘力ナンバー2とまで謳われるほどの角端エルだった。先生によると、エルと他生徒との連携訓練も兼ねているということだった。
だが、そうは言っても、単刀直入に言って、「むごい」と誰もが思った。
バアルが「あんまりです」と抗議したが、先生は聞く耳持たずだった。おそらくシファが早退していなかったら真っ先に先生を止めていただろう。だが彼女は今はいない。いつもは頼れるマモンやアスモ達も別のクラス所属なので、起きているこの状況は知らない。
そして対戦が始まった。
素早い動きで翻弄するクロノスだったが、大火力を誇るエルと取り巻きの攻撃に防戦一方にならざるを得なかった。はっきり言って「いじめ」以外の何物でもないと思った。
見かねたバアルが自身が得意とする魔法、テレパシーを使ってシファにこの状況を知らせるべく連絡をするが、彼女から反応は返ってこなかった。
考えられる可能性としては、テレパシーの届かないくらいの距離にいるか、彼女が眠っているかのどちらかである。だが、学園の敷地内においてバアルのテレパシーが届かなかったことはなかったので、答えは一つだ。バアルはマモンとレヴィアにもテレパシーを送った。
(大変なのです!!クロさんがエルさんやその他の生徒たちから、授業の名を借りたリンチ状態に遭っているのです!!)
マモンとレヴィアはそれを聞いてすぐに駆けつけてくれた。
「やめなさい!!こんなの、ただのいじめでしかないじゃない!!」
マモンは叫んだがエルにその声は届かなかった。特別仲が悪いわけではない間柄であるはずだったが、戦闘に集中しているのかエルは聞く耳すら持たない様子だった。
直接介入しようとするが、なんと取り巻きの生徒たちが彼女らを取り押さえた。
明らかに様子がおかしい。
先生がそれを見て言った。
「バアルか。彼女たちを呼んだのは。駄目じゃないか、他クラスの生徒を」
「だって!!こんなのどう考えたってやりすぎです!!」
「もうね、これくらいやらないと駄目なんだよ、彼の能力を引き出すにはね。ああ、ちなみにシファに呼びかけても無駄だからな。邪魔をしてこないように、今は薬で眠らせているからな」
やはりシファは眠らされていた。
話にならない、とバアルは思った。
エルの魔法はSATAN‐SYSTEMと呼ばれ、様々な銃火器を自分の手足のように自在に操るものだ。本気の彼女は止めなければ最悪彼が死んでしまいかねない。
この状況を止められるのはもう、シファくらいしかいないだろう。
テレパシーが届かないのなら、自力で探し出して彼の危険を伝えるしかない。シファの居場所は先生に訊いたところで答えてくれないだろう。
バアルは走った。
「私に力があれば……どうして私にはこんなことしか出来ないのです……」
保健室のベッドを見たが彼女の姿はない。
学生寮に戻りシファの部屋の扉を叩いたが、反応がない。
「そんな!一体どこだっていうんです……」
バアルの使える魔法、テレパスでは相手の居場所までは感知することが出来ない。
自分にできることは何もないのだろうか。
いや、考えろ。シファにどうにかしてメッセージを伝える方法を。
「アンフェタミン……」
バアルは生徒たちの間で囁かれていた噂を思い出した。
『眠り姫』に投与するというくらいだから、覚醒を促す薬品に違いない。
それがあるとしたら――
バアルは敷地内に建てられている病院へ向かって走った。
明翅野の敷地内には食堂や売店に限らず、病院施設も備わっていた。
「アンフェタミンを出してくださいです……今すぐに!!」
バアルは受付嬢の首元に長鎌状のスカルの刃先を向けて言った。
看護師が恐る恐るといった様子で注射器に入った薬品を彼女に差し出した。
彼女は躊躇することなくそれを自分の首元に打った。
「ぐっ……うぅ…………」
目の前が真っ白になる。どうやら薬品は本物らしい。
(シファさん!!起きてくださいです!!クロさんが大変なのです……!!シファさん!!)
薬によって分泌された覚醒効果とメッセージを、精一杯シファへ向けて発信する。
――どこかで建物の屋根が壊れる音がした。
以降はバアルの記憶ではなく、マモンから聞いた話になる。
現場に駆けつけたシファはクロノスを庇うように現れ、光の翼を広げるとこう言ったという。
「大丈夫だよクロ、シファが壊してあげるからね。一緒に行こう」
するとシファは次元の裂け目のようなものを開いて、彼の手を握りその中へ消えていった。
――驚くべきはその瞬間に起きたことである。
シファは確かに彼と手を繋ぎ、彼と共に消え去っていったのだが、まるで彼から分裂するかのようにクロノスの姿をした人間がもう一人現れ、こちら側の世界に残ったのだ。
その少年には『クロノス』ではなく、新たな名前が先生によって付けられた。
それが 月浦星渡 である。
星渡はクロノスの姿そのままだったが、自分がクロノスとしての記憶が抜け落ちていた。
新たな名前を付けられた理由は、そういったことから『要観察対象』としてだと噂された。
「これが、こちらの時間軸で3年前に起きた神隠し事件の概要なのです」
バアルは話し終えると一杯の水に口を付けた。
「つまり俺は、クロノスだけどクロノスじゃないってことか……?」
「まあ、そんなところだろうね」
アスモが答える。
これで一応の合点がいった。
何故シファが自分に向かって「クロ」と呼ぶのか。
てっきりリスのことだと思っていたが、リスに「クロ」と偶々名付けたことから起こった誤解だったのだ。
そして彼女が「殺す」ではなく、敢えて「壊す」と自分に向けて連呼していたのも、自分に殺意があって襲ってきたわけではないということに納得がいった。その真意は不明なままだが。
「そして中等部3年になって、ボクはほたるんと同じクラスに編入してきた」
それまで静かに話を聞いていた麟が口を開いた。
「私は病院施設の職員を脅したことで、退学処分を受けてしまいましたけどね」
バアルは微笑みながら言った。
「それで今度はメイドをやることになったと?」
「はいっ。ベルちゃんのお世話係をさせてもらっていますです~」
半分冗談で訊いたつもりだったのだが、なんと事実だったらしい。
「もう一つ重大な問題があるのよね……」
アスモが俺と麟を眺めながら言う。俺たちに関してか?
「私たちが明翅野を脱走した件はもう話したわね」
「ああ」
「何故、貴方たちがそれを覚えていないのかってことよ。明翅野から逃げ出すって、ちょっとした事件だったはずでしょ。知らなかったはずがない」
「あー確かに」
「広まると学園側にとって困る噂だったから、記憶操作でもして揉み消したとしか思えない」
記憶操作……果たしてそんなことが可能なのだろうか?脱走事件を知らなかったのは、おそらく俺と麟の二人だけに限った話ではないだろう。前例を聞いた覚えはなかった。
「じゃあ仮に、生徒全員がその記憶操作を受けていたとして、一体どうやってそんなことやるんだ?」
「生徒全員を一カ所に集めてちょっとでも拘束する時間を利用して……とか。それこそ全校集会とか……」
生徒全員を一カ所に集めて拘束……それを聞いて俺はハッと息を飲んだ。
「大聖堂だ……」
「大聖堂?って確かプラネタリウム観賞用施設の?」
マモンが聞き返してきた。
「そうだ。なんか変だと思わなかったか?毎週土曜の昼に全生徒をそこに集めてプラネタリウム観賞なんて……毎週だぞ?みんな飽きてて眠る奴らが大半だったろうしな」
「ちょっと、ちょっと待ちなさい。アタシ達そんな習慣知らないわよ。ねえ、レヴィア?」
「う、うん……初耳……」
ベルもコクコクと首を縦に振っている。バアルも知らないようだ。
「なに……?」
「ビンゴね」
アスモが予想通り、といった感じで口を開く。
「私たちの脱走後から、おそらく明翅野の生徒たちはその大聖堂とやらで職員にとって都合の悪い記憶を選別、消去されているようね」
「だから一日中かかってたのか……」
「は!?一日中拘束してるの!?」
一同が俺の言葉に驚愕する。無理もないだろう……
「俺も気付いたのは最近になってからだ。大聖堂に行くのをサボるまでは、自分が眠ってるのは数時間程度でいるつもりだった。けど本当は丸一日潰れていた。そして生徒がそれに気付かないように、学園のカレンダーは一週間が一日少ない専用のものに差し替えられていたんだ。ずっと……」
「まるでメンテナンスね……」
アスモが呟いた。場に神妙な空気が流れていた。
能力を戦闘方面に伸ばすことに重点を置かれ、まるで反乱を恐れてか徹底された情報管理。
学園は俺たちを生きた兵器として見ているのだろうか。
第三次世界大戦が起きるという話も、悲しいことに、信憑性を増したように思える。




