Episode 7‐3
御剣聳孤は剣を天へ向けた。
矛先は氷龍を従えながら宙に浮く青髪の少女、レヴィア。
彼の背には魔法陣が浮かび上がり、幾つもの氷の刃が周囲に形成される。そして彼が剣を振るうのを合図に、氷刃は一斉に彼女へ襲い掛かった。
だが、彼女を取り巻く氷龍が、飛んできた氷刃をすべて飲み込んだ。彼女は何事もなかったように傘状のスカルを差しながら顔を澄ましている。
「あの巨大な龍が邪魔だな……」
御剣は攻めあぐねていた。圧倒的なまでの力の差を感じていたのだ。彼は考える。
(彼女の魔法も俺と同様に氷を操るもののようだ。真似をすれば対抗できるかもしれない。だがしかし、あんな大質量の水分を空気中から捻り出すのは此処では不可能だ。彼女はおそらくあの龍の生成に、川や湖のような元から大量の水がある場所から持ってきていると考えられる。)
「近くに大量の水があれば……」
そして彼はこの近くに湖があったことを思い出す。だが彼女の相手をしながら、この場から離れて湖まで行く余裕なんてない。
「自分の無力さを悟ったようですね」
レヴィアが御剣を見下ろしながら口を開いた。
「大人しく降参していただければ、手荒な真似はしません」
「その言葉は嬉しいけど、こっちだって引き下がるわけにはいかない」
御剣の脳裏には、先日自分の目の前で命を落とした青年隊員の姿がよぎっていた。彼の命を奪ったのは今まさに後方で暴れているブロンドの堕天使だ。テロリストに与するこの少女たちを見過ごすわけにはいかない。
「なら……残念だけど力で判らせるしかないですね。舞え、氷華偃月!!」
レヴィアの言葉を合図に、氷龍は御剣目がけてその巨体ごと突っ込んできた。
「くっ……!!」
成す術もなく氷龍の口に咬み咥えられ、彼の腕は拘束された。
氷龍はそのまま天へと高く舞い上がる。御剣の視界には小さくなった街が見えていた。
氷龍は向きを地上へくるっと回転すると、勢いを加速させながら落下し始めた。この高さから落ちたらひとたまりもない。何か手はないのか。
(……そうだ!彼女と同じ氷使いの俺なら、この龍のコントロールを奪えるかもしれない!)
成功する保証はなかったが絶体絶命の状況である。一か八か試みるしかなかった。御剣の背面に魔法陣が浮かぶ。その時だった。御剣の脳内へあるビジョンが流れ込んできた。
――見覚えのある建物の中だ。
そう、ここは明翅野学園のとある教室。
中等部の制服を着た緑髪の少女に、高等部の制服を着た亜麻色の長い髪の女、桃髪の少女と、金髪ミディアムヘアでメイド服姿の少女の姿がそこにはあった。桃髪の少女の顔には見覚えがあった。今まさに紅と戦っている最中のマモンとかいうテロリストの少女である。テロリストである少女が何故自分の学園の制服を着ている?
亜麻色の髪の女は言う。
「ここにいると危ないの」
女の表情は真剣そうに見えた。
「それよりアスモ、あんたの身に何があったのかをまず話しなさいよ」
マモンは珍しいものでも見るかのような顔で、アスモと呼ばれる亜麻色の長い髪の女を見つめながら言った。
「これは……今は気にしないで頂戴。話せばちょっと長くなる」
マモンが何を気にしているのか、なんとなくだが御剣にはわかったような気がしていた。
このアスモという女、顔をよく見るとどうも成人女性に見える。だが、着ているのは高等部の制服だ。少々コスプレ感が否めない。本来は教師なのだろうか。だが見覚えがない。そしてそれはアスモだけに言えることではなかった。ここにいるマモン以外の者全員の顔に見覚えがなかった。自分と同じ学園の制服を着ているのに、だ。
――1年、アスモ・デウス・ルークスリアさん、神崎先生がお呼びです。至急職員室まで来てください。繰り返します――
校内放送が鳴り響いていた。
「時間がない……」
アスモは焦った様子で続けた。
「お願い、私を信じて。みんなでここから逃げないといけないの!」
少女たちはお互いの顔を見合わせながら、困った様子を見せていた。そして、真剣な表情でアスモを見つめていたマモンが口を開いた。
「レヴィア、アレ出せる?」
唐突に振られ、焦った様子でレヴィアの声が応えた。
「えっと……プールとかから水を拝借しないと……」
「急いで」
「わ、わかった」
彼女の声がマモンに応えると、景色は教室から走って出て行くように移り変わっていく。
そこで御剣は気づいた。これはレヴィアの記憶なのだと。おそらく氷龍のコントロールを奪う過程で自分とレヴィアの魔法が繋がり、彼女の記憶がこうして流れ込んできていると思われる。
景色はやがてプールまで辿り着き、レヴィアは氷龍を生成してその頭に乗る。
(レヴィアさん!急いでくださいです!!様子のおかしい生徒たちが……)
その声は脳内に直接響くように聞こえた。先程いたメイド服姿の少女の声だった。おそらくテレパシーだろう。
龍は校外へ出ると、先程の教室の場所へ高速で向かった。窓から見える景色に御剣は驚愕した。
教室には天王寺や他の生徒が入り、アスモや少女たちを追い詰めるかの如くじりじりと押し寄せていたのだ。
「乗って!!」
レヴィアの声がそう言うと、マモンが教室の窓枠を歪ませて破壊し、先程の面々を急いで乗せる。全員を乗せたところで氷龍は天高く飛び上がり、学園の敷地から離れていった。彼の脳内に流れ込んできたビジョンはそこで途切れた――
御剣は砕け散った氷塊に囲まれ倒れていた。結局のところ氷龍のコントロールは奪えず、そのまま龍に咥えられた状態で落下し、衝撃で気を失ってしまったのだった。ぽつりとレヴィアが呟いた。
「あの子は……また人の命を奪ったのね……」
レヴィアもまた、同じように御剣の記憶を垣間見ていたのだ。おそらくそれは、一週間前に出会ったギター好きの青年隊員が、シファに殺害される一部始終であったのだろう。
御剣とレヴィアの戦いは、こうしてあえなく幕を閉じた。




