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Libra Glass  作者: 辻くろひ
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Episode 6

 自衛隊の基地から脱走してきてもう三日になる。この三日間、何も口にしていなかった。

 学園から支給されていたクレジットカードは外では何の役にも立たなかったし、変なチップでも埋め込まれていて追跡とかされようものなら困るので、捨ててしまっていた。

 空腹感よりも喉の渇きをなんとかしたい。だがそれよりも麟に会いたい。

 収穫ははっきり言ってゼロだった。警察にも訊いたが麟のことよりも俺の身寄りの方を詮索され、面倒だから逃げてきてしまった。また自衛隊に連れ戻されても脱走してきた意味がないからな。

 とりあえず話を聞いてくれそうな同年代の人間には麟の写真を見せ片っ端から聞いたが、見つからない。体力的にも正直、歩きたくなくなっていた。

 そんな中、突然雨が降ってきた。言うまでもなく身を置ける場所などなく、路地裏の目立たないところで俺は倒れこんだ。意識が遠くなっていく――



 目を覚ますと、俺は知らない部屋の中で布団を被り横になっていた。暖かい。

 身体を起こすと見知らぬ女性がキッチンに立っていた。


「おはよう」


 目を覚ました俺に気がついたのか、キッチンのほうから声が聞こえてきた。

「あんた……誰だ?」

「私はアビー ホームズ。アビーでいいよ、少年。ここは私の家。昨夜仕事帰りに路地裏で倒れてる君を見つけてね、放っておけなくてウチまで運んできたってワケ」

「それはどうも……」

「お腹空いてるだろう?お粥できてるから食べるといい」

「はあ……」

 

 布団から身体を起こすと、自分のものではない服を着ていることに気づいた。着替えさせられてる……。どうやらアビーには色々と迷惑をかけてしまっているようだった。

 お粥を口に運ぶと身体が芯から温まっていくのがわかった。

 部屋を見回すと六畳のワンルームマンションのようだ。アビーは一人暮らしなのだろうか。

 お互いに無言。部屋の中に沈黙が漂う。特に気まずいわけではないが、ふと思ったことを俺は口走っていた。


「何も聞かないのか?」


 自分で言い出しといて、これはないなと内心思った。あちらは名乗った。俺が置かれてる状況も説明してくれた。ならば次は俺の方から自分のことを話し出す番なのだろう。せめて名前だけでも。


「お姉さんは何を聞いても驚かない。だから、少年が話したくなったら話せばいい」


 予想の斜め上をいく反応だった。というか、なんか上から目線すぎやしないか?明らかに向こうが歳上だから別に問題はないのだが……。


「『少年』じゃない。月浦星渡だ。満月の月に浦島太郎の浦、星を渡ると書いてホタルだ」

「ホタルか。いい名前じゃないの」

 名前は名乗ったが、自衛隊から脱走してきたことや諸々を話す気にはなれなかった。

 だが一応、麟のことだけは訊いておくか。俺は写真をアビーに見せた。


「こいつに見覚えないか?」

「ないねぇ」

 即答だった。やっぱり地道に探すしかないのか……。


「ごちそうさま」

 俺はお粥を食べ終えた。さて、これからどうしたものか。

「とりあえず、お風呂に入ってきなさい。アンタちょっと臭うわよ」

 三日間風呂にも入れなかったから当然か……俺はアビーに言われるがまま風呂へ入ることにした。何から何まで助けられてばかりだ。

 身体を洗ってる途中でアビーが扉越しに声をかけてくる。

「ホタルの服はこれから洗濯する。すぐには乾かないから、今日はウチでゆっくりしてなさい」

「……助かる」



 それから、アビーと俺との奇妙だけど素朴な共同生活が始まった。倒れていたことから俺が話すまでもなく、行くところがないことはアビーにはお見通しのようだった。

 

 アビー曰く、「一人暮らしに飽き飽きしていたところだったので彼氏でもできない限りはあんたのことを家に置いてやる」とのことだった。合鍵も貰った。

 正直、麟探しをする間、身を置ける場所が欲しいと思っていた俺にとって願ったり叶ったりだったので、暫く彼女の言葉に甘えることにしようと思った。

 

 アビーは派遣社員として働いているらしく、日中は家に居ないことの方が多かった。帰りは大体夕方にかけてだが、遅くなることもあった。

 俺はというと、麟との写真一枚を頼りにひたすら聞き込みでアイツを探す毎日だった。

 次の日は隣町、その次の日は更にその隣町という感じで捜索範囲を拡大していったが、虚しくも収穫はゼロだった。


 アビーと暮らしていく日々の中で、俺は自分のことを少し話すようになっていた。

 テレビドラマやアニメで聞くような『親』という存在がいないこと。

 訳あって学園から離れ、行く宛てがないということ。

 大切な友達とはぐれ、そいつを毎日探していること。

 

 アビーは俺の話を黙って聞いてくれた。この人に拾われていなかったら今頃どうなっていたかわからない。今までいつだって一緒にいた麟が俺の傍から消えて、孤独感に苛まれることも少なくなかったが、アビーの存在が今は俺の心の支えとなりつつあった。

 


 そんなある日のこと、アビーに拾われてからちょうど一週間が経った今日も、麟に関する手掛かりは得られず、俺は家に帰ってきた。アビーはまだ家には居なかったが、そろそろ帰ってくる頃だと思ったのでお風呂を沸かしておく。暫くすると、家の固定電話が鳴り響いた。


「今日の夕飯、ハンバーグとギョウザのどっちがいい?」

 声の主はアビーだった。

「じゃあ、ギョウザかな」

 そう答えた途端、家の扉に鍵が差さる音がし、開いて入ってきたのは携帯を肩と耳に挟みながら買い物袋を両手に持ったアビーだった。

「おかえり?」

「知ってた」

「は?」

「ギョウザって答えること」

 アビーはそう言うと部屋着に着替え、スーパーで買ってきたであろう値引きシールの張られたギョウザを皿に分け、夕飯支度に取りかかった。

「じゃあなんでわざわざ訊いたんだよ」

「私が二択を迫ったからアンタはギョウザの気分になったのよ。世の中にはねぇ、面倒に思えてもこうやって遠回りしなきゃいけないこともあるのよ」

 

 ちょっと言ってる意味がわからなかったが、この時はあまり俺は気にしなかった。

 食事と風呂を済ませ、俺とアビーはテレビを観ていた。恋愛ドラマが終わり、番組はボクシングの大会に移った。俺が画面に釘付けになっているとアビーが問いかけてきた。

「面白い?」

「うん」

「ふーん、アメリカの選手があっさりKO勝ちするのに?」

「は?これ再放送か何かなのか?」

 俺がそう訊いた時には歓声とゴングの鐘が画面から鳴り響いていた。試合終了を告げる審判。

 新聞もテレビ誌もないから断定はできないが、番組の雰囲気からして過去の大会のリプレイを放送してるというわけではないようだった。テキトーな予想を言って偶々まぐれ当たりしたのだろうか。なんだか俺はさっきまで夢中になっていた分、どこか冷め切ったような彼女の態度に苛立ち、声を荒げてしまっていた。


「何でも自分の思い通りになると思うなよ」


 時間も遅かったし、俺は彼女に背を向ける姿勢で一人先に布団の中へ転がり込んだ。

 アビーは何も言わず、テレビと部屋の電気を消し床に就いた。

 俺はさっき言ったことに対して少し、反省していた。何故あんな小さなことで冷静さを欠いたのだろうと。自分の心を分析してみた結果、きっと麟が見つからないまま思い通りにならない自分の現実と、彼女の達観したような人間性との狭間で、劣等感が芽生えているからだと思った。

 よく考えてみるとギョウザの件といい、まさかとは思うがアビーは予知能力者なのではないかという疑念が浮かんだ。

「お前……まさか未来が視えたりするのか……?」

 思い切って尋ねてみたが彼女の返答はなかった。機嫌を壊したか、既に寝てしまったかのどちらかだろう。

 未来視の魔法というのは聞いたことがない。だがもしその可能性があるなら、俺の未来に再び麟と巡り会う時が訪れるのかどうか訊いてみたいと思った。明日にでも訊いてみよう。



 そして翌日、俺が起きた時には彼女の姿はなかった。

 世間は日曜日のようだが、彼女にとってはあまり関係ないということらしい。

 

 ふとテーブルの上を見ると一万円札が置いてあった。書き置きとかは特になし。意味が分からなかったがとりあえず放置。


 今日はなんだかやる気が起きず、気がつけばあっという間に時刻は正午をまわっていた。今日も例に漏れず人捜しするかと思い立ち、買い置きの食パンを頬張っているその時だった。

 電話が鳴っている。それに出ると、すっかり聞き慣れた彼女の声が耳に入った。


「探し人に会いたくば、金翅(コンジ)湖畔教会まで来たれ。」

「は?こんじ……なんだって?」

 聞き取れてはいたが、妙な話し方をするから思わず聞き返した。だが電話はブツンと切れてしまった。

 探し人に会いたくばって……まさか麟のことか!?もしかして見つけたのだろうか。

 だが今にして思えばテーブルの上の一万円を見るに、いかにもこれを使ってタクシーに乗って来いと言わんばかりである。

 実は最初から麟のことを知っていたということなのだろうか?ならば何故今まで黙っていたのか。考えるほどにわからない。

 一度彼女の携帯にかけ直してみたが出ない。

 こうなればもう行って確かめてやるしかない。俺は一万円札を手にタクシー会社へ電話をかけ、彼女の言う上金翅湖畔教会という場所へ向かった。



 タクシーに乗り揺られること数十分で件の教会へ到着した。湖畔教会と言うだけあって金翅湖(コンジコ)と呼ばれる大きな湖のそばに建てられた教会のようだ。個人的にはそんなことよりも、隣接した自衛隊基地のような敷地が気になっていた。そこの門には「福音省」と書かれていた。

 

 タクシーから降り、俺はこの先に何が待っているかわからない不安と共に、恐る恐る教会へと足を運んだ。

 そこには人影は一人しか見当たらなかった。黒いゴシックドレスに身を包み、腰まで伸びたブロンドヘアー。

 カツ、カツ、とヒールを鳴らしながら振り返ったそいつは、赤い般若の面で顔を隠したあの少女だった。


「お前は……!?」

「クロ……クロぉ……!」

 突如として少女の背に、七色の光を放つ翼が生えてワサァっと拡がる。


「今度こそシファが、壊してあげるからああぁぁぁぁ!!!」

 翼を羽ばたかせ、辺り一面の壁が灼け崩れてゆく。

 俺はUターンし、急いで外へ逃げ出した。教会はガラガラと崩壊していった。間もなく少女が瓦礫を吹っ飛ばして姿を現して言った。

「逃げないでよ……」

 何故だかは知らないが、奴の狙いはクロだ。今は相棒を守らなくては。

 俺は黒剣のスカルを取り出し構えた。

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