Episode 5‐1
所謂「停学旅行」出発当日、学園の生徒たちが登校し終えた頃合いで一台のバスに面々は乗り込んだ。
月浦星渡、結城麟、天王寺索冥、紅炎駒、御剣聳孤、監督責任者の神崎と数名の大人を乗せ、バスは出発した。今まで一度もくぐった経験のないゲートが開いていき、紅ははしゃいだ様子を見せていた。他の生徒たちは意外と大人しくしている。まあこれでも一応「停学中」の身であるわけだから当然なのだが。
窓から見える景色は非常に新鮮に感じられた。ゲートを抜けたバスは一本の長い橋を渡っている。橋を渡り終えると道路は何台もの車が行き交い、やがていくつもの建物や人に溢れた街並みが俺たちを待っていた。テレビ画面のようなものが埋め込まれたビルもあり、ニュースというものを報道しているようだった。
――今ネットを騒がせている「ブロンドの堕天使」についてですが、目撃証言によると――
「ブロンドの堕天使……?」
気になり目をやるとビルに埋め込まれた画面には、金髪で赤いお面に顔を隠した子供の写真や手撮りのムービーが映し出されていた。なんかの映画かなんかだろうか……深くは気にしなかったが、子供の髪の色が妙に見覚えのある色合いで引っかかった。
「そういえばこのバスって、どこに向かっているんだろうね?」
隣に座っている麟が俺に話しかけてきた。
「さあな……旅行だって言うくらいなんだから、どっかその辺観光させてくれるんじゃないか?」
やがてバスが走ること小一時間、向かった先は俺たちが元いた場所と何やら似た雰囲気の場所だった。
上側に有刺鉄線が巻かれた金網の柵に囲まれ、ゲートは厳重な警備のようだ。
ゲート前には「防衛省自衛隊大蛇瓦地区隊本部」と書かれていた。
ゲートを抜けるとまるで軍人のような恰好をした大人たちが敷地内を歩いているのが窓から見えた。というか軍人のようなっていうか、ここってまんま軍の基地か何かじゃないのか……?
何故俺たちがそのような所へ連れてこられたのだろうと思っていると、ある施設の前でバスは停車し、俺たちは降ろされた。
バスから降りると神崎は開口一番に言った。
「お前たちには今日から停学中の間、ここで生活してもらう」
「いや、つーかここって何の場所だよ」
紅がさらっとツッコミを入れた。
「自衛隊の基地内だ」
「じえいたい……?」
「この国を守っている組織のことだ。まあまずは中に入れ」
神崎がそう言うと俺たちは施設内へ案内された。中にはやはり、軍人の恰好をした大人たちが大勢いるようだ。俺たちはある一室へ入らされ、説明を受けることになった。
・自衛隊がどういう組織であるか
・自分たちは原則として魔法は使用厳禁であること
・魔法のことも此処の人間には口外してはならないこと
・ここでの生活の仕方等
何故魔法の話題までも出してはいけなかったのかはよくわからないところである。例のテロリストについては追ってまた説明があるとのことだった。
「なんかさ……思っていたのと違うよな」
「だな……」
「うん……」
紅の漏らした言葉に俺と麟は頷いた。
「外」というからにはバスの中で来る途中に見た景色の中で観光を楽しめるものばかりと思っていた。だがこれでは学園から学園よりもっと息苦しい空気の場所に連れてこられただけだった。まあ、停学中の身なわけだから仕方ないのかもしれないが……それに俺たちの本来の目的はエトランゼとかいうテログループの撲滅である。もしやその協力のためにこの自衛隊という組織に連れてこられたのだろうか。そう考えるとしっくりくるような気もする。
昼食を済ませた後、夕食時まで各自敷地内の見学等を行う自由時間とされた。
俺が真っ先に気になっていたのはカレンダーだった。学園の生徒たちにとっては存在する空白の曜日が外の世界ではどうなっているのか、知りたかったのだ。
カレンダーは大して探さなくても見つかった。やはりおかしい。一週間は俺たちの認識だと六日間なのに対し、ここでのカレンダーでは七日間とされている。どうやら土曜日の後は日曜日という日が来るようだ。月の日数も今月は27日までのはずなのに、ここのカレンダーによると31日まで存在する。
「麟、これ、どう思う……?」
振り返ると麟がいなかった。どこかではぐれてしまったようだ。他の三人も見当たらないし、俺も好き勝手見学させてもらうことにしよう。
どこでも見学させてもらえるわけではないようで、割と立ち入り禁止とされている場所は多かった。なんとなくだが、学園敷地内を警備していた大人たちと此処の大人たちは雰囲気が似ている気がした。
その後麟とは程なくして合流できた。やがて夕方になり俺たちは食堂で夕食をとっていた。俺たちが同じテーブルで食事をとっていると「隣、いいかな?」とおじさんの隊員が俺の隣に座ってきた。
「君たちが件の訓練生かい?」
「く、訓練生?」
おじさんは声を小さくし、俺に耳打ちしてきた。
「ほら、超能力を扱う特殊部隊ってやつの」
「超能力……?ああ、魔法のことですか?」
言った瞬間麟が「ほたるん、それ言っちゃだめなやつ!」と小さい声で俺に注意してくる。あ、完全に忘れていたわ。
「魔法?ははは、そんなものあるわけないじゃないか。ああもしかして、超能力の暗喩だったりするのかな?まるでおとぎ話の世界だな」
おじさんはそう言って会話は終わった。俺の耳におじさんの言葉は暫く残り、頭の中をぐるぐると巡っていた。『魔法?そんなものあるわけないじゃないか』いや、魔法は確かに存在する。だが此処の人たちは魔法を「超能力」と呼んでいるそうだ。あながち間違ってはいないが、なんだか引っかかる。
夕食を終えた俺たちが宿舎へ戻ると、ロビーでギターを弾いている青年の隊員と出くわした。御剣先輩が何やらとても気になっている様子でその人のギターを聴き入っていた。
「君も弾いてみるかい?」
その人が言うとギターを御剣先輩に手渡した。
「先輩、楽器なんて弾いたことあるんですか~?」
「いや、ない。だが……」
先輩はギターを弾き始めた。指の動きは多少ぎこちないながらも、心地よい旋律を奏でていた。聴いたことのない曲だった。俺たちはその場で暫く、静かに先輩のギターを聴いていた。
先輩が曲を弾き終わると、ギターの持ち主は感嘆の声をあげた。
「いや~素晴らしい!弾いたことないなんて嘘でしょ!?」
「いえ、本当に楽器はこれっぽちも……だけど何故か、頭がさっきの曲を覚えているみたいで……指が勝手に動きました」
「へぇ~あ、もしかしてそれって、MPDってやつかもね」
そうか、さっきの曲の記憶は本来先輩のものではなく、全くの別人から移ったものである可能性があるということだ。こうして間近でMPDというものを目にしてみると、なんだか不思議な気分になる。
「今度、さっきの曲教えてよ」
その時だった。
いきなり窓の外が光り、轟音が響き渡った。俺たちが急いで外に出てみると、ブロンドの長い髪で、赤い般若の面に顔を隠し、背中に眩く光る翼を生やした子供が立っていた。その光景を目の当たりにし、青年隊員がぽつりと呟いた。
「ブロンドの……堕天使……!?」
子供がこちらを振り返る。
「クロ……?」
喋った。声から察するに少女のようだ。
「ねぇ……なんでクロがここにいるの……?」
こいつ、俺の肩の上に乗ってるリスに向かって話しかけてきているのか……?
「ねぇってば!!!」
少女は手を振りかざすと、掌に稲妻を集めた光球を形成し、俺目がけて投げてきた。
「なっ……!?」
「危ない!!」
青年隊員が俺の前に飛び出してきて、盾になった。少女の放ったプラズマ光球が身体を抉る。腹部から血が噴き出し、彼は苦しみながら倒れた。
「Not you(お前じゃない)」
「貴様ッ!!」
御剣先輩が氷の刀状のスカルを取り出し、少女に向かって切り込みに行った。
「Not you either(お前でもない)」
少女は一瞬姿を消したかと思うと、次の瞬間には御剣先輩の背後に立っていた。
先輩のスカルはいつのまにか蒸発していて、後ろからトンと押し出された先輩はバランスを崩し地面に転がった。
「It`s you, Kuro(あなたよ、クロ)」
少女がクロ目がけて忍び寄る。俺は黒剣のスカルを急いで取り出し少女の攻撃を防いだ。少女の高速移動の衝撃がそのまま伝わり俺は後ろに建つ宿舎まで吹き飛ばされた。
「いってて……」
――緊急警報発令、各員は直ちに戦闘配置に付け。これは訓練ではない。繰り返す――
警報とアナウンスが響き渡る。
「なんで」
「あ?」
「なんでクロがここにいるの!?」
少女がさっきと同じ言葉を叫んだ。
ていうか、なんでこいつ、俺の連れ歩いているリスの名前を知っているんだ……?
こいつの名前を知っているのは確か、俺と麟と委員長の三人だけのはずだ。
「クロはあたしが壊したのに!!」
少女は尚も意味不明の言葉を叫んでいる。
「あたしが!壊したのにいいいぃぃぃぃ!!!」
少女の追撃が来る。掌にプラズマ光球。あれを食らうとマズイ。
「アァァーハハハハハハァァァァーーー!!!!」
なんとか黒剣で防いだものの、俺は再び遥か後ろへ吹っ飛ばされた。
「そっかぁ……そっかぁ、なら……」
まずい、また攻撃が来る……。
「あたしがまた壊してあげるねぇ!!!!」
「ほたるん!!」
薄れゆく意識の中で見えていたのは、俺を庇って盾になった麟が眩い光の中へ消えていく光景。
俺が目を覚ました時には、辺りは火の海になっていて、沢山の人が倒れていて、麟の姿がそこには見当たらなかった。




