introduction
オリジナル小説初投稿です。
――それが最後の銃声だった――
暗い。こもる熱気。窮屈で息苦しい。だが女は息を殺し、静かにその時を待っていた。
やがて、離れたところでブザー音が鳴り始める。下を見ると、そのブザー音に合わせて赤い灯りが点滅していた。
5分と経たないうちにそれはおさまった。女が下に向かって蹴りを入れると、通気ダクトの蓋は勢いよく落下し、ガシャンと音を立てた。続いて女も下に降りる。
そこは研究室だった。硝煙と血の匂いが混じり合い立ち込めている。
そこは女以外、誰もいなかった。おそらくさっきまでは生きていた数人の研究員たちの死体が転がってはいるが。女は死体に見向きもせず歩き出した。先程の銃声で、惨状が待っているのは覚悟していた。それでもこみ上げてくる吐き気に、思わず口元を押さえながら。
女が向かった先は研究室の奥。壁際の中央に鎮座する、巨大な装置の前で足を止めた。
装置は既に起動していた。幾つものランプが点滅している。装置の上側には、巨大な水槽。照明が放つ、ぼうっと怪しい光によって、中に固定されている物体が何なのかがわかる。
――逆さ吊りにされた一人の子供――
年齢はおそらく十代半ばといったところ。黒髪が長く伸びており、顔がやや隠れてしまっているので、少年なのか少女なのか判別がつかない。くわえて身体は痩せ細り、この装置の一部にされてから年月が経っていることが窺えた。ただ、死んではいないようだ。モニターに心拍計が表示されている。とはいえ、逆Yの字に四肢を拘束され、頭に被せられたヘルメットから無数に伸びたケーブルによって装置と接続されたこの姿を、「生きている」とも形容し難い。この子供は眠っているのだろうか。まるで動く気配が感じられない。女はそんな子供を、憐れむような表情で見上げていた。
何かの決心がついたように女は動き始めた。
まず、あらかじめ持ってきていた端末を取り出し、電源を入れた。そして巨大装置と端末をケーブルで接続。女は端末を操作して、外の人間に合図を送った。
まもなくして、端末を通じて巨大装置へのハッキングが始まった。
万全のセキュリティというのは、ネットワークから隔絶された管理体系をとることで図られる。そこにアクセスするためには、こうしてネットワークと接続されたデバイスと対象を直接繋げてしまえばいいだけだ。もっとも、そのためには対象の目の前まで出向く必要がある。虎穴に入らずんば虎子を得ず、である。
やがて、巨大装置のモニター画面が切り替わった。作業進行度を示すゲージが映し出され、バーがみるみる色付いていく。同時に研究室内に、再びあの警告音が鳴りだす。赤い照明が明滅を始める。通気ダクト内に身を潜めていた時と同じだが、近くで聞くと思っていたよりもブザー音はやかましい。
水槽内に変化が見られた。
子供を取り巻いて紫電が発生している。水流が生じているのか、子供の髪が激しく揺らめいている。その度にちらりちらりと、幼くも整った顔立ち、閉じられた瞳が見え隠れする。
女は端末を操作し、ハッカーにメッセージを送った。
ARIGATOU
ゲージは99%を示していた。
女は水槽の子供に向き直り、口を開いた。
その声は警告音にかき消され、誰の耳にも届かない。そもそも室内には、他に誰もいないのだから当然だ。
だが、子供は反応した。
その眼を開いた。
水槽の中から、女を見ていた。
作業進行度100%
子供の眼に、女の姿は映っていなかった。




