ドラリア 8~悲惨な過去~
作戦失敗かな。まさか四十谷に一瞬で見破られるとは。一応押しつけがましい主張はしておいたが信じてはいないだろう。 とにかく今は荒木を見つけないとな。
と思ったのだがその必要もなく部室棟の奥の壁から顔を半分覗かせ涙目でこちらを見つめる荒木がいた。距離は二十メートル程度。
「あいつ、四十谷が出て来たらどうしたんだ?」
と独り言を言ってみる。
まあそんな事は万に一つもないだろうが。
荒木はすっかり弱ってしまっていて、壁に顔面から寄りかかっている。実に近づき難い。教室で出来るだけ人に寄られないように注意している糸田は参考にしたいと思ったが、目立ち過ぎるのは嫌なのでやめることにした。
「まぁ元気出せよ」
無理な話だろうが、他に言葉の掛けようがなかった。
こんにちはとかよりは増しだろう。しかし荒木に返事がない。仕方がない。少し元気付けるか。
「まあまあ、確かに衝撃的だったが下には下がいるもんだ。これは確か俺の隣のクラスの奴の話なんだが」
そう言いながらカバンの中からノートを出そうとする。しかし荒木は糸田の手を掴み止める。
「私は人の不幸な話で癒される程堕ちてはいません」
意外と芯はしっかりしているようだ。
「それは見上げた精神だな」
これは本音だ。人の中には人を見下す事以外では自分を肯定出来ない人だっている。
糸田はノートをカバンに戻し肩に掛け少し深めの呼吸をする。
「それなら俺の昔話をしてやろう」
-部室-
メンバー 四十谷 石川 清水
「僕の中学の話をしてもいいですか?」
最初に沈黙を破ったのは佐伯だった。糸田が出ていった五分後に永山を連れてテニスをしに行った。まぁテニス部なので当然と言えば当然だが。で、四十谷、清水、俺の三人で沈黙を続けていたわけだ。そもそも俺と清水でさえ二人になったらあまり話さない。と言うかほとんど糸田が一人で話しているようなものだった。そこに昨日知った新入生がいるのだ。しかも少し前にあのやりとりを目撃した後にだ。少なくとも俺は何も言い出さないと決めていた。すると絶えられなくなったのかそれとも話す決心をしたのか四十谷は自分の中学時代の話を始めた。
「僕は中学入学当初あまり学力はよくなかったんです。」
確かに無理して頭の良いような口ぶりをしているとは思ったが本当に頭が良かったので気にはしていなかったのだが。なるほどそうだったのか。
「どちらかというと体育会系でした。で、まぁ日々を過ごしている内に自分のことが好きなのかな?と思わせる行動をするクラスメイトが現れたんです。最初はなんとなくでしたが途中からあからさまになってきて、」
「うんうん、いるよねそういう子。」
清水が相づちを打つ。
「いや、いねぇよ。」
どうやらこいつらとは住んでいる世界が違うらしい。
「まぁ別に僕は好きでも何でもなかったんですけど告白されてもないのに振るのもおかしな話じゃないですか?」
まあ確かにさっきのはおかしかったな。
「だから見て見ぬふりをしてたんですよ。そしたらですよ。体育祭で優勝したタイミングを計って公衆の面前で告白されてしまいまして」
「うんうん。そういうの多くて困るよね」
もしかしたらこいつらの中学校は男女比が一対九だったのかもしれない。自分の心を守る為にそうしておこう。
「しかも頑張っている姿が格好良くて好きになっちゃいました。とか、調子の良いこと言われて、つい了承しちゃったんですよ。まぁでも特に好きな訳でもなかったんですぐに冷めてしまって別れようと思ったんです。でも別れ話しようとするとすぐ濁されてしまって」
「ふーん。なるほどね」
そこに共感しない辺りどうやら清水は今まで名だたる女子の全てを振って来たようだ。
「でその後、数々の学校行事で別れたくないと涙ながらに訴えてきて、周りを味方に付けられその度に恥をかいてしかも最低とか人間のクズだとかレッテルを貼られて散々な目に遭いました」
「それでさっき、荒木さんにあんな言い方したんだね?」
清水はいつにも増して優しく問う。
「はい。...でも、言い過ぎました。彼女はあの人に若干顔が似ていて、結構性格が似ていて声がそっくりなだけなのに。」
いや、結構あるな。まぁそれだけ似てればむきになるのも仕方ないのかもしれない。
「まぁどうせ瞳也が連れ戻してくるけど、その時は謝らなくてもいい。ただ少しだけ優しくしてあげてね」
なるほど。確かにここできっちり謝るとさっきの行為の効果が薄れる。清水は両方の立場を考慮してそれなりの距離を保てる方法を考えたのだろう。
「そうですね」
四十谷も少し顔が明るくなった。ふと石川は自分の手が止まっていたことに気づく。まぁあんな衝撃的な話を聞かされると仕方ないか。そう思い作業を再開させる。
「ところでその元カノとはどうやって別れたんだい。というか別れれたの?」
「彼女は学力が高い方ではなかったんです。彼女は行ける所ならどこでも付いて来ると踏んでいたので僕は二年生からこっそり家で猛勉強したんです。そして皆勤賞をもらうはずだった卒業式の日に別れようとメールを送り欠席しました。メールを送った直後にスマホのデータは全て初期化しました。家を教えていなかったのが功を奏しましたね。」
石川の手元が狂いシャー消しが折れる。そしてため息を漏らすように呟いたのだった
「いやー、世界って広いわ。」
「以上。これが俺の昔話だ。元気でたか?」
「いや、何だか申し訳ないです」
荒木が下を向いて答える。
「いや、申し訳ないと思うなら元気出せよ。」
「そう..ですね。わかりました」
そう言い彼女はほんのちょっぴり笑顔を見せる。すると日陰だった部室棟の壁際に光が差し込む。
「今日は春なのに暑いな。部室に戻ろうか?と言いたい所なんだが...。とりあえず喉も乾いたし自販機にでも行くかー」
自販機は校舎の裏側。つまりかなり遠い所にある。実を言うともっと近い場所にもあるのだがどうしてもカフェインを摂取したかったのだ。それに人が多い所で出来る話でもないだろう。自販機で糸田はジュースを二本買い一本は荒木に差し出す。自分の作戦が失敗した罪滅ぼしといったところか。ジュースの種類を聞かなかったのは荒木が遠慮すると知っていたからだ。
「ありがとうございます」
さすがに買ってしまうと遠慮のしようがないだろう。荒木は礼を言って受け取った。
「さて、どうするかな?」
糸田は荒木に尋ねる。ここからでもまだ手はある。糸田は荒木に全面協力するつもりだった。
「もういいんです」
まぁそうかもしれない。あんなに派手に振られたのだ。そう思うのが普通かもしれない。
「ほんとに?」
「はい、協力して下さりありがとうございました」
「そっかー。ならこれをあげよう」
糸田はカバンの中から今度は入部届けを出した。
「気持ちは嬉しいですがさすがにあんな事があった後だと私の居場所は...」
「ところで荒木さん。君に友達はいるかい?」
突然の質問に疑問を浮かべるが回答に迷いはなかった。
「いますけど?いない人なんているんですか?」
果たして日本人の何割がこう答えるのだろう。糸田は荒木の回答が少数派であることを心の中で祈った。
「そうか、なら簡単だ。実はお前は糸田が好きな訳ではなく、お前の友達が糸田のことが好きでお前はその友達の手助けをしに来たことになっている」
荒木は首をかしげる。まだわかってないようだ。
「要するにだな。糸田が好きだという友達の代理を立てればいいんだ。もちろん条件はある。糸田を好きにならなさそうな子がいい。その子には何も言わなくていい。一緒にテニス部のマネージャーをしようと持ち掛ければいい」
「ばれませんかね?しかもその友達にも悪い気がします。」
「こればっかりは両方問題ない。さっき失敗したから信じれないかもしれないが間違いない」
荒木は少し悩んだが最後は笑顔で言った。
「そこまで言うなら信じます。それに是非あの部室に放り込みたい友達がいるんです」
糸田は若干放り込みたいという荒木の言い回しに恐怖を覚えたがこれで事が上手く運びそうなので何も言わないことにした。
「その放り込みたいっていう友達は今日はもう帰ったか?」
「いえ、多分図書室にいると思います」
時間というのは時に問題を解決するがその逆に解決しにくくなる事もある。
「今から会いに行こうか?」
だがそれは荒木が止めた。
「あの子、人見知りなんです。私が連れてきます」
そう言い荒木は小走りで図書室に向かった。
「人見知り...か」
荒木が遠くに行ってから呟く。
また嫌われそうなのは気のせいだろうか。しばらく時間もあるだろう。
糸田は近くのベンチに腰を掛けた。最初はノートの続きを製作しようと思ったのだが胸ポケットに四十谷のアンケートの回答があることを思い出す。この結果を見てノートに付け加えるか。結局ノートをとることに変わりはないが。
アンケートの欄には生年月日や住所、電話番号、家族構成まで作っていたがどれもきっちり書いてあった。ここまで素直だと逆に信じられない。仕方がないので昨日書かせた入部届けと照らし合わせてみる。すると内容が一致していたのでとりあえずは信じることにした。それにしてもこんなに簡単に個人情報をさらしてもいいのか?俺だから良かったものを。そう考えながら糸田は好きな女子のタイプの欄に目を移す。これは荒木をサポートする為に作った項目だ。この項目をすんなり書かせる為に他の欄を作ったと言っても過言では...ないことはないか。さて、どこまで荒木と一致するだろうか。




