ドラリア 7 ~敏感な主人公~
再び全員が席に戻った。佐伯が機嫌を直すのには骨が折れたわけが...。さて、先程の疑問の答えが早々に出たかもしれない。糸田に口で勝てる奴がいるのか?答えは永山なら勝てるかもしれないと言った感じだ。ただ引き留められるのも計算の内なら話は変わるが。まあそれはこれから聞くことになるであろう糸田の話でわかる。もっとも俺には関係ない。俺は作業が出来ればそれでいい。
「では、計画を発表しよう。拍手っ!」
その声に反応してささやかな拍手をしたのは清水だけだった。さて、先程の論争はただの佐伯いじめになってしまっただけで綺麗に話を逸らされてしまったわけだが、ここで話を戻す程四十谷は場違いではない。
少し黙っておくか。
そう思い腕を組み瞼を閉じて静止する。が。
「その前に四十谷。新入生アンケートに記入してくれ」
糸田は本当に四十谷のリズムを崩すのが上手い。
「はい」
大人しくアンケートに答えるとしよう。
文理は糸田からアンケートを受け取る。
「よし、では話すぞ。今回のストラテジーは...」
ストラテジーは戦術という意味だ。作戦の意味を持つオペレーションと言えばいい気もするが糸田のやっていることは戦術と言った方が合うのかもしれない。
四十谷はペンを止める。しかし注目を集める為に間を空けてそれにまんまとかかったことに気付きすぐペンを動かす。
「ボールフィッシング!」
ストラテジーと格好付けた割にはネーミングセンスが致命的だ。僕は呆れて笑う。
「で?内容は?」
永山はおそらく正直もう聞きたくないと思っているが尋ねる。ここで無視すると糸田らが野球部に流れかねないからだ。
「昨日俺はシャトルを一年生の教室の計六クラスに一球ずつ配置した」
狙いが読めない。こんな男の狙いなど読めるようには、なりたくないが。
「さて問題です。どこに置いてきたでしょうか?では佐伯君お答え下さい!」
どうやら正解を言われたくないらしい。まぁ佐伯に振る=間違えると繋げるのはもう仕方のないことだろう。
「え?あー、ううんと」
糸田は答えが出るのを待たない。
「正解はロッカーの上の隅にある花瓶の裏側だ」
「で、何を釣ろうとしたんだい?」
清水が珍しくに話に入る。少し不安そうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「釣りだなんて失礼な言い方するなよ」
「はは、それは悪かったね」
清水の発言に石川がため息をつく。
「いや、フィッシングて言ったの糸田だ。清水お前はもう少し文句を言え」
そんな石川の言葉を糸田が遮る。
「釣るのはマネージャーだ!さて再び佐伯君に問題です。理想のマネージャーとはどういったものでしょう?」
「優しくて真面目でかわいい子に決まっている」
今度は間髪空けずに言い切る。その迷いの無さに周囲は引き気味だ。
「そうだとも佐伯君。全くもってその通りだ。そこで今回も試験を実施している!」
試験...。昨日不本意にも僕が合格したあれである。ここで糸田の魂胆が見えてきた。
「今回見ている点は三つ。一つ目は優しさ。ボールを見つけるには花瓶を動かさなくてはならない。花瓶を動かす。それはすなわに花瓶の水を入れ替えるということだ。その行為に優しさが含まれていないわけはないっ!」
まぁ言いたいことはわかる。ここで四十谷はアンケートを半分くらい書き込んで手を止める。
何だ?この質問は?
「二つ目は気遣い。普通ならこの段階で職員室やら先生やらに届ける。実際俺は二つのボールを保科先生から受け取っている。因みに教室に残っていたボールも二つ回収済みだ。そして三つ目は」
なるほど、糸田が来るのが遅かったのは教室でボールを回収していたからか。そして三つ目はおそらく。
「試験を受けた自覚が無い」
「ほう、分かってるじゃないか文理君。」
糸田は作ったような、感心した表情をこちらに向ける。
「下の名前で呼ばないで下さい。気持ち悪い。それより......」
四十谷はアンケートの下側を指す。
「この好きな人は?という質問の意味を教えてくれませんかね?」
「あれだよ。何も好きな人を書かなくてもいいんだ。タイプでも、隣にいて欲しい人でもいい。」
糸田はなんだかんだで質問に答えない。
「隣にいて欲しい人ですか? わかりました。」
糸田を負かす為には細かく口を出しては駄目だ。勝てる材料が揃うまで甘んじて、辛抱強く、めげずに待つとしよう。
「さて、可能性は一組と五組の二つのボールに託された。気長に待つとするか」
「ねぇ?瞳也君。今の話だと女の子が、部室に来るようになるということかな?」
清水が得意なはずの笑顔をひきつらせて尋ねる。
「まぁ......そうだな」
「はははは。それはいいね。女の子は華があっていい。それに裏があって、粘着性が凄くて、豪快で、おぞましいくて、醜くて。はははははははは」
なるほど。清水が抱えてきたトラウマは相当なものなのだろう。全身が震えて普段の様子が思い出せないレベルで動揺している。
「落ち着け清水。その為の試験だ。きっと恐ろしい女子達はふるいにかけられているに違いない」
しかしそんな糸田の声は届かない。というかこの人の女子への偏見は、ひどいな。まあ、僕も人のことを言えた口ではないのだが。
「あのおー。すみませーん。教室にあったボールがを届けに来ましたー」
このタイミングでドアの向こうから声が聞こえる。
「え?これほんとなの?え?瞳也のドッキリじゃなくて?えぇ?」
清水は声を震わせる。完全に貧血の時の顔をしている。
「あーっ。どうぞお入り下さい」
糸田は容赦なく入室を許可する。
「し、失礼しますっ」
ドアが思い切りよく開く。本当に失礼な入り方かもしれない。そしてこの女。どこかで見た気がする。
「こんにちは。まあ汚い部屋だけど座って下さい」
そう言ったのはまさかの清水である。足の震えも収まり完璧な笑顔のいつもの清水だ。少女は慌てて否定する。
「いえ。そんな、とても綺麗な部屋です。それに......」
と言い文理を見る。思い出した。この女は。よく学力の高いやつは勉強のこと意外は覚えられないというテンプレートがあるが、難しい公式が、覚えられる人が顔面の一つを覚えられないわけがない。しかも僕は元々頭が良いわけでもない。そしてついでに糸田の本当の狙いもわかった。
「あなたは確か昨日の......」
「荒木結愛と言います。昨日は本当にありがとうございました。そ、その...」
「あ、いいです。それ以上言わなくても。だいたいわかったんで」
荒木は何か言おうとしたがそれを右手で静止させる。そして糸田を力の無い目で見る。かまをかけてみるか。糸田はかからないだろうが。
「仕組んだんでしょ?先輩」
糸田は一切動揺を見せない。一対一なら誤魔化し切られたかもしれない。
しかし、その直後の荒木の動揺の仕方からして間違いない。それに気付いて糸田はため息をつき答える。
「いやー、どうだろ?」
糸田の心中を察するにもう隠せないといった所だろうか。この状況を楽しむ側に回ったように見える。本当に性が悪い。これ以上の面倒は、ごめんだ。特にこういう女子と関わるとろくなことがない。そして四十谷はこういう関わりの絶ち方を熟知している。
「えっとー、荒木さんだっけ?」
「は、はい。」
おそらく彼女は初対面とのギャップに困惑している。予想通りだ。
「あの、違ったら悪いんだけど何か僕にあるの?」
言ってて恥ずかしいし周りの目が痛いがやむを得ない。この一時の苦しみが将来の安寧を約束してくれるのだ。それにきっとこれは彼女の為でもあるはずだ。
「そ、それは、この前のマフラーをお返ししようと思って」
一瞬、本当にそれが目的だったのかと思い、自分の発言を悔いたが、この表情を見るに僕の見立ては合っているはずだ。
「ああ、捨てといていいよ。それとも俺がピンクのマフラー使うように見える?」
「で、でもこれは死んだお母さんの形見なんじゃ?」
ああ、そんな事も言ったか。
「形見のようなと言ったはずだ? それと俺の母さんは死んでない。形見の定義はしばらく会ってない人という意味を含まれているのを知らないのか?」
「いや、でも、そのあの」
荒木は言葉を探すが出てこない。さすがに心が痛むが、もう一押し。ため息を着き、出来るだけ冷淡に良い放った。
「落ち着きがない人だな」
「し、失礼しました」
荒木はドアを入る時より豪快に開き全速力で消えていった。皆が唖然とする。
「おぃ、お前ふざけんなよ」
ここで意外にも怒鳴ったのは糸田である。
「あいつ、案外足速いんだぞ。追い付けなかったらどーする?」
だだ理由は糸田らしい。
「いや、そーじゃねーだろ。」
石川が作業を中止することなくぼそっと呟く。
「というか、足速いんだぞってやっぱり仕組んでたんですね?」
文理は抑揚を付けずに問う。
「お前なあいつは自分の友達がお前のこと好きだからってわざわざ俺に頼んで来たんだぞ。この自意識過剰がっ!」
「いやいや、あなたの言い分を信じる方がおかしいでしょ?」
「もういいや。俺、あの子探してくるから。皆で仲良くやってて」
わかってはいたがこの人は周りにマイペースを押しつける人らしい。
「あ、これどうぞ」
文理は糸田にアンケート用紙を差し出す。
「お前は本当タイミング悪いな。この敏感系主人公がっ!」
そう吐き捨て、糸田は雑にアンケート用紙を受け取りカバンを担ぎ部室を後にしたのだった。




