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ドラリア6 ~リアルな集い~

(一年生版)p.2

四十谷文理

首席で入学

元から頭が良かったとは考えにくい。冷静を装っている印象を受ける

意外と沸点が低い

朝部は拒否したが恐らく朝型←何か有る?


糸田は部室に残り、ノートをまとめていた。しかし部室に残っている理由は他にある。

本来こういう事をするのは清水のストーカー...ではなくファンなのだろうが今回は違うのかもしれない。少し揺さぶってみるか。さっきの出来事を知っていて、俺の予想通りならかかるはずだ。

「シジュウタニは勉強も出来てカッコいいし、弱点がないんだよなー。本当羨ましいなー。何で彼女いないんだろうなー。俺に相談してくれたら絶対上手くいくのになー」

プライドの関係でかなり棒読みになってしまったが問題ないだろう。糸田は立ち上がり部室のドアを開ける。誰もいない。糸田は構わず駐輪場に針路をとり歩き始める。

「あ、あのすみません」

後ろから女の子に声を掛けられる。糸田は歩みを止めて振り向かずに返事をする。

「えっとー。何かな」

我ながらわざとらしい演技に笑いそうになる。

「えっと、その。やっぱり何でもありません」

彼女はそう言い反対側に走り出した。

「ちょっ、待って」

慌てて追いかける。意外と足が速い。残念ながら運動不足の糸田が追い付くのは無理そうだ。やむを得ない。

「シジュウタニ君のことじゃないかな?」

柄にもなく大きな声を出す。周りに人がいないのは幸運だったすると彼女が足を止めた。糸田はこの機会を逃さない。

「俺に考えがあるけど聞くかな?」

返事は聞かなくてもわかっていた。






昨日は災難だった。道を踏み外したとも言えるかもしれない。色々あったがあんな啖呵を切った矢先に部室に来ないのは格好がつかない。まぁ誰に格好つけてるのかは全くわからないのだが。そんなわけで四十谷は今テニス部の部室の前にいる。気が進まないのでしばらく教室で課題をしてから来たのだが部室でやることを失ったことに気付いたのだ。僕としたことが迂闊だった。

いや、待てよ何だかんだで部室に行かなければあいつの予想を裏切ることになるのではないか?よし、そうと決まれば帰ろう。文理は回れ右をして帰ろうとする。しかし、目の前に糸田が。

「何してんの?早く入ろうよ」

こいつは毎回ニヤニヤしやがって。

「随分遅かったんですね?また悪巧みか何かですか?」

糸田はその質問には答えず、

「敬語に戻ったんだねー。残念だよ」

とだけ言った。


部室に入る昨日部室にいたメンバーの他におそらく昨日清水が言っていた部長と永山の二人がいた。これで部紹介をしていたメンバーと清水、文理の知る限りテニス部が全員揃ったことになる。

「折角だから自己紹介しようか。じゃあ部長から」

するとドアの手前に座っている男が立ち上がる。背が高くガッチリとした体型でいかにも体育会系と言った顔だ。

「部長の佐伯純だ。好きな食べ物は和菓子。趣味はテニス。苦手なことは流行を取り入れることだ」

と言って座ろうとするが何か思い出したようでまた立ち上がる。

「おい、糸田!お前昨日の部紹介は何がしたかったんだ?おかげで先生の目線が気になって挨拶運動したり部員は集まらないしで大変だったんだぞ」

「お前は目が悪いのか?俺の隣に新入部員がいるじゃないか」

「じゃあ聞くがそこの新入部員はテニスが出来るのか」

糸田は文理の肩を叩く。

「おい、お前自己紹介してやれ」

すみません佐伯先輩。そしてこの最低野郎が。

「初めまして四十谷文理と申します。好きなことは読書。苦手なことは人付き合いです。テニスは未経験でやる気もありません。よろしくお願いします」

なるほど。自分も充分最低野郎かもしれない。すると糸田は佐伯を見てまたニヤニヤ。

「へぇー。四十谷君は初心者なんだー。やる気もないんだー」

どうやらこの男ほど自分はひどくないらしい。

「結局テニスやる人増えないじゃん」

「まあいいじゃん」

適当にあしらわれる佐伯先輩がいたたまれない。少し間が空き、これ以上佐伯が喋らないことを確認して隣に座っているおとなしそうな男が立ち上がる。

「この流れだと俺になるか。俺は永山。好きなものも嫌いなものも得意なことも苦手なことも趣味も特にない。また基本は君達の邪魔をする気もないが」

そこで切って糸田を睨む。

「あまり馬鹿をいじめるなよ?一応部長だぞ」

部屋に冷たい空気が流れる。どうやら怒らせたら駄目な人のようで糸田も珍しく動揺している。

「ああ、まあ、気を付ける」

「それじゃあよろしく」

永山先輩。文理の良き理解者になるかもしれない。ただ...今は完全にこっちも睨んでるわけだが。

「さあて俺も自己紹介しようかなー。俺の名前は糸田瞳也。十二月四日生まれだ。因みに好きなマフラーの柄はチェックだ。よろしく!」

何だそのプレゼントよろしくみたいな自己紹介は。

「次は僕かな。清水光史です。好きな事は挑戦すること。苦手なことは喧嘩かなー。後、女の子も無理です。知り合うにおいて一つお願いがあります。女の子に僕のこと聞かれても何も答えないで下さい。えっとー、あっそうだ。誕生日は七月十五日で好きなアイスはミントかな。よろしくお願いします」

何というかこの人も色々大変そうだな。ストーカーに遭ったり変なノリにのらされたり...。

「石川匠。最近欲しい物はリューター。よろしく」

リューターか。日本精密機械工作株式会社が製造している電動切削工具のブランド名だ。電動切削工具でもグラインダーよりは細かい作業を得意とする物だ。身近な所で言うと歯医者にある歯を削っている機械はリューターである。蛇足だがこの会社の創始者の名前である龍太郎からもじってリューターと名付けられている。いや、全部余談か。というかこの人は名前以外自分を紹介していないし...。まあこの人が相当な職人ということは理解できる。石川は既に座り直してシャー消しを生産している。そう言えば売り物と言っていたがどこで売っているのだろうか。

糸田はそれを確認して立ち上がる。

「さて、自己紹介も終わったしこれから新入生の疑問を解消しよう。何か質問はあるかな?全て俺が答えてやる」

これはチャンスだ。何としても揚げ足をとってやる。

「では、昨日聞いた清水先輩は正式な部員ではない、の意味を教えて下さい。」

「そのまんまだ。入部届けを出していない。」

「なぜ?」

「清水が部員だという事実があるとマネージャーが激増する。マネージャーが激増すると部員が激増するからだ。」

「待て、それは望ましいことだろ。何が駄目なんだ。」

佐伯が口を挟む。

「馬鹿は黙ってろ!」

永山が一呼吸置いて怒鳴る。確かに佐伯先輩は馬鹿だ。しかし永山先輩は佐伯先輩のことを擁護していたのではなかったのか?よくわからない。因みに四十谷は糸田の考えは読めていた。おそらく自分達が部室に入り浸りたいが為にテニスをする部員の増加を防ぎ自分達の存外価値をあげるためにこちら側に僕を引き込んだ。四十谷はやはり佐伯先輩を憐れむがテニスは全くやる気にはなれなかった。

「納得しました。」

四十谷がそう言うと。

「納得されても困るんだけどね。」

と清水が本当に困った顔でそう返した。

「他に質問は?」

糸田が話を戻す。

「あなたは何が目的でテニス部のスペースを奪いどんな活動をしているのですか?」

「四十谷君。それは違う。糸田は俺の為にここに籍を置いていてくれてるんだ」

佐伯がまた口を挟む。

「そんなわけないだろがっ!馬鹿は黙れと言っただろ」

やっぱり永山先輩は佐伯先輩が嫌いなのだろうか。すっかりしょげてしまった佐伯には見向きもしないで糸田が話を始める。

「俺の目的は様々だがその根幹にあるのは観察だ。この学校にいる人が何かに悩み、何かに感情的になり、何かに突き動かされる。それをただ眺めていたいのさ」

「それは一人でも可能です。何人かで集まっている理由を説明出来ていません」

そう返すと糸田は人差し指をこめかみに当てて回しながら考える。

「ええっとだなー。それは見てるだけじゃつまらないからだ」

苦し紛れに出した一言からの矛盾を四十谷は見逃さない。

「先輩はさっき眺めていたいだけと言ってましたよね?根幹がぐらぐらですよ。」

しかし、糸田は慌てることなく言い返す。

「お前は小学生の時にアサガオの観察日記を書かなかったのか?その時水をやらなかったか?肥料は?場合によっては添え木なんかもいるだろうな。俺はな日常に飽き飽きしてたり、全く成長がないような枯れている人を眺めていたいんじゃない。そこでこの学校の生徒が面白くなる為のサポートをする為に俺達が集まっているわけだ」

糸田の考えは意味不明だが指摘出来る点はない。どうやら話術では糸田より劣っていることを文理は認めざるを得なかった。だが話術で勝てないなら知識で勝つまでのことだ。

「少しわかりにくいですね。例えば規模を世界にするとしてどのような国家、もしくは組織なのでしょうか?」

その言葉に糸田は苦笑いする。

「明らかに複雑にしようとしてるだろ?」

流石に察しがいい。だが答えないのは逃げであり負けである。そんな事を糸田はしないだろう。

「答えられないんですか?」

「そうだなあ。例えるならスイスと言ったところだな」

思ったよりそれっぽい発言をする。やはりこの学校に入学してる時点で頭が悪いということはないのかもしれない。

「どういった意味でしょうか?」

四十谷は糸田の意図を大体は理解しているが、敢えて聞く。これが会話を弾ませるコツで普段使えればいいものも文理は相手にボロが出るのを待っているだけだった。

「スイスは永年中立国。基本どんな組織にも属さず中立を保つ。ここは俺も特に気を使っている点だ」

「...と言うと? 」

「俺は学校の生徒でこの部室にいるメンバー以外と知人を超える関係にほとんどの場合達していない。変に関わりを持つと客観的な位置で判断出来なくなるからな。ただ客観的に見てどちらかに肩入れするのはスイスとは違うかもな」

「ただ十年程前にスイスは国際連合に加盟してますけどね」

これは良い指摘だ。文理は自分を褒めたくなる。これで中立しているとは言いきれない。さあ、どう来る。

「そうだなー。スイスが俺達だとすると、人類はこの学校の生徒って感じで日々学校に通っている生徒を国際連合の加盟国。そうではない生徒を非加盟国としよう。となると学校に来てないと目的を果たせない。仕方のない加盟というわけだ」

勝機を見出だした文理が大きくなりそうな声を抑えて反論する。

「それはまるで学校に来ていない不真面目な生徒が国際連合に加盟してない国という偏見を持っているような気がするのですが?」

しかし、その反論も糸田の想定内だったのかもしれない。

「偏見を持っているのはお前の方だ。なぜ学校に来てない生徒を不真面目だと思う?案外俺達より賢明で学校に来るより大切なことに気付いたのかもしれない。俺は学校に来ないのも選択肢の一つだと思う」

人は勝てる望みを見つけた時に隙ができる。それが相手に仕掛けられた餌なら尚更だ 。まんまと糸田の術中にはまった四十谷は何か言おうと必死で考えるが口が開かずにいた。

「何で部室に政治家がいるんだろうねー」

清水がそう呟くが熱論中の二人には聞こえない。

「四十谷君は突っ込みポジションだからもう僕はしなくていいって瞳也に聞いてたのになぁー」

ニコニコしながら足をバタバタさせる清水を石川が横目で一瞥して言う。

「...さっきのは突っ込みではない」

むしろ結果的に俺に突っ込ませたことによりボケに繋がった一言になった気がする。それにしてもと石川はシャー消しの角を削りながら思う。糸田に口で勝てる奴がこの高校にいるのだろうか。


絶対に勝つ。四十谷は諦めてはいなかった。まだ勝てる。考えろ。考えろ。考えろ。

「...先輩は?」

四十谷が小声で呟く。

「え?なんて?」

もうギブアップしたとばかり思っていた糸田は聞き逃してしまう。四十谷は部活に行こうとドアに手を掛けた佐伯を指さす。

「だーかーらーあなた達がスイスなら佐伯先輩は何者なんですか?」

「なるほど。いい質問だ。ただそれは俺よりご本人の方がよく理解しているはずだ。なあ佐伯お前はスイスの何なんだ?」

文理の放った悪あがきを糸田は咄嗟に佐伯に打ち込む。

「え?」

難しい話になったので外に出ようとドアノブに手を掛けていた佐伯は唐突に向けられた矛先に困惑する。

「だーかーらー佐伯先輩は俺達の...いや、スイスの何なんですか?」

糸田は先程の文理のトーンで佐伯に問う。こういった所からも糸田のたちの悪さが伺える。

「えーっとー、あれだ国王みたいな?」

佐伯は必死に答えを見繕う。

「スイスは民衆が立ち上げた国です。よって国王はいません。」

佐伯先輩には申し訳ないがここで退く訳にはいかない。やっと見つけた攻め口なのだ。

「はは、間違えた。うん。あれだ。大統領だ。」

佐伯は本来答える義理の無い質問に懸命に答える。佐伯の辞書には理不尽という言葉はないのかもしれない。だから糸田につけこまれるのだろう。四十谷は今理不尽な目に遭わせているのは自分にも関わらずそんな事を思う。


「大統領はいますがスイスは輪番制を執っています。連邦大臣が七人で一年交代で大統領をやるというものです。そろそろ一年が経つのではないでしょうか?」

四十谷は知識をフル活用して佐伯を追い込む。この質問に都合よく答えたのは糸田だった。

「そうだったなー。いやーすっかり忘れてたな。いやーもうそんな時期かー。よし拠点を変えるぞ。野球部に行くか?部費の内訳でテニス部と揉めてるからな。俺達が野球部に入ればテニス部は廃部するしきっと歓迎してくれるはずだ」

糸田の呼び掛けに清水と石川は素直に立ち上がる。

「俺は場所を選ばない。選ぶのは道具と材料だけ」

「佐伯君。ごめんねー」

三人は部室を出ようとドアを開ける。

「ちょ、ちょっと待った」

佐伯は慌てて呼び止める。

「何だ?大統領は交代の時期なんだよ」

「ええっと、待て大統領じゃない。えっとー、えっとー」

佐伯は目線を左上にして考える。四十谷はそれを見てふと母の棚にあった心理学の本の内容を思い出した。確か目線を右上にして考えるのは理論家で左上に考える人は...

「俺はスイスの海だーーー!」

芸術家だ。四十谷の中で本の信憑性が少し上がる。だいたい大きな声を急に出した後は静まり返ると相場が決まっている。それは小学校の給食時間を見ればすぐわかるだろう。今回も例に漏れず場は膠着することとなった。糸田達三人は敢えて何も言わないようだ。少しして四十谷もその理由を把握する。するとボールを右のカゴから左のカゴに移していた永山が立ち上がる。どうやらかなり前からイライラしていたようで、かなり震えている。

「おぃ、馬鹿」

「ん?なんだよ?」

おそらく永山は怒鳴っても意味がないとわかっている。だが怒鳴らずにはいられないのだろう。

「スイスは内陸国だ。領海があるわけないだろがっ!自滅も大概にしろよっ!だから馬鹿は喋るなといったんだ!」

その言葉は思いっきり佐伯に突き刺さる。佐伯は永山から一番遠い部室の隅でうずくまってしまった。永山は深呼吸する。

「少し言い過ぎたかな?」

この人は深呼吸で人格が変わるのだろうか?まぁそんなこと現実ではほとんどないだろう。ほとんどないことはまずない。世の中そんなものだ。

「あいつには言い足りなくても過ぎることはねぇよ。じゃあ俺ら行くから」

「まぁ待てって」

今度は永山が糸田を引き留める。佐伯と違って冷静に取り乱さない。

「ボールが六球足りない。どーせお前の悪巧みだろ?そしてここにいないと続行不能。違うか?」

糸田はドアを半分まで開いたところで手を止める。

「まぁ座れって」

「はいはい。参りました」

糸田はドアを閉めた。

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