ドラリア3 ~ロマンチックな出会い??~
荒木結愛は、今日から高校生としての第一歩を踏み出すはずだった。だがしかし、結愛は家どころか未だに布団から出れずにいた。何とか枕元に置いてあった制服に布団の中で着替えることには成功したのだが、どうしても布団から出れない。時刻は七時半。電車の時間を考えるとそろそろ出ないと本気でやばい。
そんな事を考えるのは、これで何度目だろうか。車で送ってもらえば後30分は寝れるがあいにく両親は、共働きでもう家には誰もいなかった。結愛は覚悟を決めて一旦布団に潜り込みもう何度もスヌーズにして遂には、鳴らないようにした目覚まし時計を見詰める。
「次の秒針が十二になったら私はここから飛び出す。出なきゃ死ぬ。でなきゃ死ぬ。出来なきゃ死ぬ。」
少しずつ、確実に、間違いなく時計の秒針は12に近付く。そして......
「うぎゃぁぁぁ」
結愛は勢い良く飛び出す。自己暗示が効いたのかはわからないが何となく寒さも和らいでいるような気がする。
そのまま玄関に一直線で向かい昨日のうちに用意していた鞄を担ぎ今度は家から飛び出し、今年度初となる猛ダッシュを見せる。しかし鍵を掛けるのを忘れてすぐにUターンする。そして鍵を掛け事の次第を誰かに見られていないか辺りを見回す。誰もいない事に安堵した後に結愛は再び走り出したのだった。
電車に乗ってから5分。幸いにも席が空いていたため座ることはできた。しかし電車内は冷えきっている。最近はエコに気を使って弱暖房車が多いらしいがそもそも暖房を付けてないのでは?と最初は思っていたのだがそうでもないらしい。周囲の人は自分より厚着と言うわけでもないが寒そうな素振りは見せない。
ー つまり私だけが寒いってことかな?
結愛は別段寒がりでも暑がりでもない。つまり風邪気味ってことになる。それなら今日、いつも以上に走った後に息が上がっのにも布団が名残惜しかったことにも、ついでにドジを踏んでしまったことにも説明がつく。それに先週遊んだ友達も風邪を引いたと、さっきSNSのやり取りで判明した。
ー これがホントの友倒れってやつかもしれませんね?...
そんなことを考えていると一気に瞼が重くなった。 そして結愛は深い眠りに付いてしまったのだった。
ー さて、どうしたものか?
文理は高校生活最初の危機を迎えていた。しかもまだ校門すらくぐっていないのに...だ。
あれは電車に揺られて32分が経過した時のことだ。女子校生が電車に駆け込んできた。挙動不審な彼女はあちこちを見回した後、文理の隣に座った。見ると同じ制服を着ている。文理は恐れおののき嘆いた。仮にこんな女子ばかりの高校なら寒総第一高校でやっていける自信がない。席を立とうとしたのだが、急に立ち上げるのは相手に失礼な気がする。まぁ、こんなダイナミックな彼女がそんな事に気付くかどうかは知らないが。奥側に座っていたのでそれは断念した。しかし、更に20分後に事件は起きた。
「スー..スー..スー」
そう彼女は寝入ってしまったのだ。さて、後10分程度で電車は寒川北駅に到着する。同じ高校なので到着駅も同じに決まっている。寝ている人は大抵到着駅で起きるというあるあるが存在するわけだが文理はこの彼女は起きれないと確信していた。
まず、なぜ起きる人は起きれるのか?ということだがいつもの感覚で起きている部分があるのだと思う。日本の電車はそこそこ優秀でだいたい同じ時刻に到着する。毎日同じ電車に乗っている人が同じ周期で睡眠をとるから慣れで到着駅で起きれる。
そして彼女はどうかと言うと、通い慣れているどころか電車にすら慣れていないようだ。
さっきは傑作だった。スイッチ一つ押せば開くドアの目の前でこの世の終わりの様な顔をしていたのは本当に忘れられない。
とにかく彼女は起きないだろう。しかしここで放っておくのはさすがに罪悪感があるわけだ。よって僕は最低限の努力をして自分を許すことにした。
「間もなくー寒川駅に到着します。お出口は右側です。」
「...ゴホッゴホッ」
「...スー..スー..スー」
ー よし、ベストは尽くした。恨むなら寝過ごした自分自身を恨んでくれ。
そんな事を思いながら文理は彼女を一瞥だけした。つもりだったが二度見してしまった。仕方なく周囲を気にした後、彼女の額に手を当ててみる。
ー 38度といった所か。医者の子として見過ごす訳にはいかない...か。いかないんだろうなぁー。
などとテキトーな理由を作っている辺りどこか他人を捨てきれてない自分を感じてしまう。
「ん、う~~ん」
結愛は肩を強めに叩かれた。
何となく寝ている中でうっすらとした意識の中では何度か揺さぶられた様な気がしたので恐らくは自分が全然起きなかったせいだろう。
「起きましたか?とりあえず電車を出ましょう」
同じ高校の制服を着たその青年の口調は穏やかだが周囲を気にして若干焦っているように見える。
「え?もしかしてもう着いてるんですか?」
結愛は慌ててカバンを担ぎ立ち上がるが意識が遠のいてふらつく。彼はそれを見て一瞬は手を前に出したが掴むことなく、引っ込める。
「あ、いたた」
「大丈夫ですか?」
「は、はい大丈夫です」
結愛は必死になって落ち着こうとする。必死になっている時点で落ち着けないことにも気付かない所が何ともアホらしいわけなのだが。
彼は無言で結愛のカバンを持ち電車を出た。結愛は意識が朦朧としながらもそれに続いた。
駅を出て混雑から抜け出すと彼は立ち止まった。結愛はここぞとばかりに彼とコンタクトを取ろうと試みる。
「あのっ、すみません」
「とりあえずそこに座って下さい」
「あっ、はいっ!」
速攻で言葉を遮られ結愛はサーっと言われた通りに駅前のベンチに腰かける。ほぼ同じタイミングで彼が正面に屈んでくる。
「ええっ?」
結愛は驚きと照れで頬を染める。焦る結愛に全く気にせず彼は胸ポケットからメモ帳を取り出す。
「昨日は何時に寝ましたか?」
「えっと、11時くらいです」
「朝食は取りましたか?」
「い、いえ」
等々いくつかのお医者さんとしそうな会話をした。そして、何の前触れもなく事は起きた。
彼は指を結愛の両頬に食い込ませて口を開かせる。
「ふぇ?ちょっと?いたいたいたい。」
「なるほど、少し扁桃腺が腫れていますね」
「ふぇんとうへん?」
「少し待って下さいね」
すると彼はカバンの中を漁り始めた。
「あるといいんだけどなー。あっ、ありましたよ。」
そういって彼は一粒の錠剤を取り出した。
「えっとー」
結愛は顔を歪ませ、不安そうな表情を見せる。
「あっ、いや、別に怪しい物ではありませんよ。市販のそれに副作用も特にないただの解熱剤です。ほら、よくCMでやってる。開封も今したばかりですし。」
彼は箱を見せながら弁解する。そして少し笑みを浮かべて一言。
「今日入学式ですもんね?」
あぁ、この人、私が入学式だから無理して学校来ているって気付いてるんだ。心は暖かくなっていく。
「あ、ありがとうございます」
「いや、たいしたことはしてません。ではお大事に」
そう言うと彼は悠々と去って行く。と見せかけてすぐに戻ってくる。なぜかその顔は少し不機嫌そうだ。
ハッ、まさか診察料を請求しようということでしょうか?確かにそのくらいのことはしないといけないのかもしれない。荒木は慌てて財布を取り出す。
「あの、す、すみません300円しかないんですけど大丈夫でしょうか?」
しばらく彼はポカンとしてそしてハッして言いました。
「いやいや、お金何て頂けるようなことはしてませんよ。これ、寒そうだったんでよければ使って下さい」
そう言いながら彼は結愛にピンクのマフラーを手渡す。
「ど、どうしてこんなものを?い、いえこんなものとか言ってすみません。でも...」
すると彼は少し困った顔をして
「いや、まぁこれは何だろ?母の形見みたいなものですかねぇ」
「え?いや、そんなもの頂けません」
「いいんです。きっと母もこんなことになるとわかっててこれを僕に託したんです。人との関わりを避けようとして友達を作ろうとしないようにする僕の為にこんなかわいい子と巡り会わせてくれる為にこのマフラーをくれたんです」
その顔はひきつっているように見えたが、荒木は熱で赤くなっていた顔がもっと赤くなってしまいそんなことは全然考えられない。
「では、僕はこの辺で失礼します」
「あ、あのお名前は?」
彼は振り向かずに「先程服用した薬は即効性です。体調が少し良くなったのではないですか?」とだけ言って今度こそ去って行った。
ーもしかしたら...この人なら
結愛は、青年の後ろ姿をぼんやり眺めていた。




