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ドラリア19~予想外の想定内~

「いやあ、野球って長いんだなあ。テレビでしか見たこと無かったから体感と全然違うなぁ。いやあ、俺ちょっと飽きたというかイテッ」

ここで永山先輩の一喝が入る。

「まだ、一点差だろ。士気を下げるなアホっ」

「えぇーでも9回じゃん?それにこっちは初回しか点取れてないし。ピッチャー球速ヤバイし」

「次は俺からだ。是が非でも外野の頭上を超えて見せる」

そう言い立ち上がったのは四番山下先輩だ。正直ヒットを期待出きる数少ないバッターであろう。問題は山下先輩が例えホームランを打てたとしても同点にしかならない。そして後続にはほぼ期待出来ない。更に僕も無失点に抑えるのは不可能だろう。

決まりかな。まあ、足は引っ張ってないしいいか。


山下先輩の事は知っていた。中学生の時に彼のプレーを見たこともあるし同じ練習試合だってした。ついこの間だって勧誘したばかりだ。しかし野球はもうやらないとキッパリ断れた。にも関わらず今堂々と俺の前に立ちはだかっているのだ。そして四十谷。俺が動かせなかった面々を引っさげてこの場にやってくるとは。

恐るべし糸田。そして感謝を禁じえない。

「フーーッ」

浪川は息を一つ吐いてミットの一点のみを見つめた。



浪川は一球目キャッチャーの指示に首を振りストレートを投げた。そして、二球目も首を振ったので慌ててキャッチャーがタイムを取った。おそらくもう一度ストレートを投げたがったのであろう。 浪川は本来ストレートで押してくるタイプではない。多彩な変化級からテンポ良く2ストライクまで追い込みそこから駆け引きをしていくタイプだ。その浪川が勝ちを焦っている。それに対し比較的自分は落ち着いている。こういう時は皮肉にも執着の無い者が勝つことが多い。そんな中、山下はふと中学時代を思い出す。


野球に全てを捧げてきたと言っていい。馬鹿が幸いしたのか素振り筋トレ等の基礎練習を苦と思わず中学から始めた割にはかなり上達した。そして二年生にして念願のレギュラー獲得。投手陣の不足によりこの頃からピッチャーの練習も取り入れ三年生にして背番号1を背負うようになった。チームもまとまり地区大会へのモチベーションも最高潮。そんな中、事は起きた。

最終調整の為に近隣の学校と練習試合をした時だった。


「山下一旦落ち着こうぜ。ここは一球外すべきだ」

「いや、無闇にボールのカウントを与えては相手に余裕を持たせ持たせるだけだ。ここで決めて試合を終わらせる」

9回のツーアウトツーストライクランナー無し。ここで逃げるなど考えられない。

「でも...」

「なあ、頼むから引き下がってくれないか?俺はこんな時にお前と揉めたくない。それにもしここで打たれるようなら全国なんて狙えん」

「...わかった。今言った事は忘れてくれ」

「ああ」

しかし、このストレートを読まれピッチャー返しを顔面に喰らった俺は視力が急激に落ち選手生命を断たれた。

その後の大会でチームは一年ルーキーを引っ提げ全国大会に出場したという話は耳が痛くて詳しい事はしらない。ただ自分だったらとそこで勝てたのではと辿り着いてもいない所を始点にして勝手に思いを巡らせていた。

視力の低下は数年懸けて回復して今は前とほとんど変わらない。高校は野球部員の熱烈な歓迎を断り柔道部に入った。別に柔道がしたい訳ではなかったが何かしてないと野球を思い出すからだ。そして野球を思い出すいうのは過去の失態を同時に思い出すことになる。俺は気が済むまで相手を投げ飛ばした。畳に相手を打ち付けた時の音は少し気を紛らわせれた。

なのに結局戻って来てしまうとは....。


キャッチャーが所定の位置につきミットを構えた。山下は勝手だとは思いながらも今の浪川の状況をかつての自分に照らし合わせていた。

もしここでストレートが来るなら打ってやる。チームの為、相手のキャッチャーの為、浪川の為、そして自分の為に。


浪川が少し表情を力ませた。この瞬間に山下はストレート以外の選択肢を捨てた。同時に自身の記憶の針が進み先週の糸田との勝負に対しての選択を思い出した。

山下は今の構えより少しバットを引いた。

浪川の指先からボールが離れた。

やはりストレートだ。しかし内角の厳しい所に差し込まれた。何とか弾き返すが、ボールの行方を目で追う余裕すらない。ただベースに向けて走る。

あの時、踏ん張ればきっと転けずに済んだ。放っておけば勝ちということにも出来た。しかし、それをしなかった。それすなわち、

山下はベースに飛び込んだ。何かを掴むために。

「俺は野球が好きなんだぁっ」

人に聞こえる声で言った訳では無かったがその叫びは確かに山下の胸に響いた。

「セーフ」

間を置いた後、不慣れであろう生徒会役員が判定を下した。その声を聞きその場でうずくまって山下は安堵して立ち上がった。ふと、ベンチを見ると糸田が立ち上がり拍手を送ってくれていた。凄い悪意を含んでいそうな笑顔で。

おそらく、無意識なのだろう。ただふと、思うのだ。この男は俺と会う前からこの光景が見えていたのではなかろうか。

山下は糸田に安心感と底知れない不気味さとを感じていた。


「あれ?山下先輩のホームランで同点のはずだったのになぁ」

一方の糸田は内心焦っていた。しかし、手はある。俺は昔からことごとく予想を外してきた。ならば全てを想定内に留めておけばいい。

「おい、石川。そろそろやらなきゃなんねぇかも」

「あー....了解」


「では行ってきます」

次の打者である久山が屈伸を終え立ち上がった。

「あのー、今日はわざわざありがとな」

一応礼は言っておくべきだろう。そして言うとなれば今のうちだ。

久山は満面の笑みを見せた。

「いやいや、僕らの仲ではないか。僕も君に仕事を手伝ってもらったことがあるしね」

「あんな昔の事覚えてんだね」

糸田は少し恐縮して見せた。

「昔だからこそ風化しきる前に恩を返さないと。それに今回は個人的に興味があってね」

「え?興味って」

「おっともう行かなきゃ、きっと次に繋いでみせるよ」

回答から逃げるように去った久山に糸田は一抹の不安を感じるのだった。

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