ドラリア17~アメイジングな幕開け~
~二週間後~
球技大会当日である。
「さあて、皆さん準備はいいかな?今日の為に我々は想定を絶する練習を積んで来たわけだ。ではメンバーを発表する!」
本当に想定以上だった。火が点いた山下先輩に引火するように佐伯先輩が燃え上がった。その風景はさながら高校球児であった。もちろん都合良く頑張っている人にピントを合わせたらの話だが。
「後、分かってると思うけど俺は今回腕やっちゃったから監督ということで!」
そう、この男は山下先輩との対戦の週明けに左手にギプスを付けて来やがったのだ。下敷きになった時に捻ったはしい。よって逃げ場のないスパルタ練習の間こいつはのうのうとコーヒー飲んでたわけだ。
にしても、野球とは...。
打順を次々と発表していく。糸田に一抹の不安を感じる。
ただの偶然だといいが。
浪川は輪を作らせ部員に語りかけていた。
「俺は今日の試合に全てを懸ける。だから先輩方含めて全員に死力を尽くして貰いたい」
「....」
特に返事は起きない。やる気も見受けられない。
やむ無しか....。
「今日の試合で勝ったら俺はもうとやかく言いません。皆さんベストを尽くして頑張って下さい」
皆の目線が上がり少し顔を見合わせる。
やる気になったか。まあ、とにかくスポーツは本気でやらなきゃ良さなんてわからない。本気でやって楽しくないならそれはもうそれまでだろう。
「先攻して、プレッシャーをかけましょう」
相変わらず返事は内が手応えは感じていた。正直野球部の今年度に入っての練習量より相手の二週間の練習量の方が上回っているだろう。しかし所詮は寄せ集め。まあ、余裕で....五分五分の泥試合になるんだろうなぁ。
一回表テニス部の攻撃。ハンデとして浪川はピッチャーをせず、野球部は盗塁、バント禁止。こちらのキャッチャーはネットでホームインする前にボールがネットに刺さればアウト。正直この程度のハンデでどうにかなるのかとは思うが負けてもテニス部が崩壊するだけで僕には関係無い。ただ、糸田以外の先輩方に気遣ってわざと下手な手は打たないようにすることにした。
トップバッターは永山先輩である。
「いったれー!永山ぁ!」
佐伯はいかにも体育会系の声援を掛けながら永山の肩をぼんぼん叩く。
「ったく、いてぇよあほ」
「絶対打てよ」
こんな時に重圧のかかるセリフを言われると僕なら睨む。しかし佐伯は睨みはしたものの
「当たり前だろ」と言ってみせた。
「永山、相手は多分序盤はボール多いから見逃した方が」
「打つって言ってんだろ。お前は黙って見てろ。お前は今もこらからも座ってりゃいんだよ。座ってりゃな」
糸田の姑息な案を遮り永山はバッターボックスに立った。それを見て糸田は満足そうだ。
「「この性悪が」」
四十谷と塩山は最近発言が被り易い。因みに塩山は何だかんだで野球をすることになった。深く詮索するのはさすがに恐いので放っておくことにする。
「君ら仲良いねぇ」
「「は?」」
「「チッ」」
「打ち合わせでもしてんの?」
全てをわかっていて嘲笑う糸田に一つ文句を言いたいが塩山と被るのが嫌で喋りたくない。酷いジレンマだ。
1球目を見送った永山は深く息を吸い鋭い目つきに変わる。山下先輩、佐伯先輩に次いで真剣に練習していた永山先輩だ。バッティングセンスも1,2を争う。つまり永山先輩が打てないならこの試合は難しいと言うことだ。
2球目外角の鋭い球を上手く合わせてヒットにした。相手のピッチャーはコースの振り分けは上手いが球威は無いようだ。これならチャンスはあるだろう。
これでノーアウト一塁。次は石川先輩だ。この二週間石川先輩は野球をしていた...訳ではなくお手製のバット作りにハマっていた。今も誰が見てもオーダーメイドにしか見えない味のある木製バットを肩の裏に回してストレッチしている。果たしてバットに見合うプレイが出きるのだろうか。
「いやあ、参ったなあ。ワンアウトランナー無しならノンプレッシャーだったのにどうしたものか」そうぶつぶつ言いながらバントの構えをする。
バントとはいかにも器用な石川先輩らしい。こういうのはそつなくこなしそうだ。
相手は目一杯のストレートで応戦する。バントに対しては常套手段だ。しかし、それを見透かしたように石川はスッとバットを引きフルスイングした。力のある人ではないが前進守備に加え綺麗にミートした事もあり打球はライトの頭上を超えた。少し早めにスタートを切った永山は2塁を蹴る。が、戻った。鋭い球が3塁目掛けて飛んできたからだ。こんなのを投げるのはセンターの浪川しかいない。恐らくそれをわかっていて石川はライトに打ったはずだ。球速も脚力もずば抜けている。
「おいおい、勘弁してくれよ。こんなのバントと変わんねぇじゃん」
セーフティバント前提で考えている石川もさすがではあるがそれ以上に浪川の守備範囲が広い。
「まずいなぁ」
糸田はため息を着いた石川のこの奇襲は二度目は通用しない。恐らく得点を取る時に使う手だったのだろう。
「大丈夫だ!何たって三番は俺だからな!」
そう、立ち上がったのは佐伯だ。
こういう時に一番打てそうにない奴である。
「おい、佐伯ー。4番は山下先輩だから楽ーに思いっきり振ってけ」
つまり空振れ。ということである。 確かにダブルプレーにさえならなければ大本命、山下先輩で得点は堅いだろう。
「おう」
そうとも知らず佐伯先輩はノリ気である。
「よっしゃこぃー!」
気合いを入れて佐伯先輩はバッターボックスに向かっていくのだった。
-15分後-
「お願いします。俺にピッチャーをやらせて下さい」
浪川先輩と野球部一同は綺麗な土下座を披露している。その後ろ姿は失礼なのかもしれないが甲子園の砂を泣く泣く集める高校球児の様である(恐らくもっと屈辱的な気分ではあろうが)。
悲劇は佐伯先輩の大振りの場外ホームランから始まった。試合慣れしてないであろう投手はこの一発で完全に心が折れた様で暴投を繰り返しランナーを量産された。また守備も浪川先輩以外はザルでどうしようもない。事実、ラストバッターの自分が一回表で一塁に立っていて更にドジっ子荒木が堅実に3塁まで進んでいるのはその事が顕著に表れている。
糸田はどっかりとベンチに座り指に何かの鍵を引っ掛けくるくる回している。
しばらくして、糸田は鍵を回していた手とは逆の手で大きく回れのサインを出した。
とりあえず四十谷はしばらく静止を続けていたが前が動き出したので詰める様にしてホームを踏んだ。
どうやらルール変更の条件としてランナーの一掃を突き出したらしい。満塁だったのでプラス3点で7:0となった。これでツーアウトランナー無し。打順はトップバッターに戻った。
「あんな、条件飲んじゃって良かったの?糸田君」
清水...ではなく久山が涼しげな顔で笑う。
「まあ、良いだろ。正直このままだと楽しくないしな」
「監督はチームの勝利の為に行動したらどうですか」
「三点獲得させた監督に何か不満があるのかい?」
「このままだったら余裕で...」
「ストライクスリーアウトバッターチェンジー」
審判こ文節を区切らない気だるげな声が聞こえる。審判は生徒会で行われている。もちろんチームメイトである久山先輩が審判をしているわけではない。生徒会役員からすると自由参加の球技大会の審判に駆り出されてるのだから気の毒としか言いようがない。おそらく、仕事だからと歯を食いしばっているのだろう。
まあ、そんな事より、
「凄いあっさりうちの上位打線打ち取られてるんですけど大丈夫なんですかね?」
「うーーん」と、まあ糸田は考え込んでいるふりをしている。
「7:0から逆転なんて見てみたいちゃー見てみたいよな」
おい、監督。




