5 味わう耳。見る匂い。触れられる旨味。
こんばんは、矢暮です。多分これは夜中にアップしていますので、やっぱりどうしてこんばんはです。
前回、カズオ・イシグロ氏と村上春樹氏の比較というものを自分なりに感じていた視点から説明してみました。
その中でまとめた内容はと言いますと、
【見る角度。考え方の起点が違う】
ということが主だったものでした。
そういう意味から考えますと、
『キングオブコント』
で一躍有名になった【にゃんこスター】を取り上げずにはおれません。
実はこのネタ、その番組を観たすぐに書きたかったのですが、今一つ僕自身の気分が乗らなかったというくだらない理由から先延ばしにしていました。
だからここで書いておきますね。
☆☆☆
実は僕自身、にゃんこスターのネタで大笑いしておりました。こういうの好きなんです。
ですが、やっぱりどうしてこういうネタは好みが分かれるんですね。
こういうスラップスティックなリズムネタは、古典的な喜劇の基本形で、チャップリン映画やバスターキートン映画が好きな人から見たら好意的に受け取られるんじゃないかと思ったのが一つ目。
二つ目に、宴会や夜遊びの経験で楽しんでいた人ならば、こういうノリって体が無意識に疼いてしまうんではないかということ。
そして三つ目の、オチの意外性。
この三つに共感を抱いた人が、なんとなく興味を持ってしまうのかな、という、いかにも僕なりの見方なんですね。
☆☆☆
一つ目の理由の、
【古典喜劇映画の好きな人】
から考察すると。
チャップリン映画をご覧になった方ならお分かりになると思うんですけど。
先ず、【現実離れした強烈なキャラクター】が一人いるということ。
音楽のテンポが良く、それに合わせてダンスや仕草をする役が本当に上手いこと。もしくはその道のプロであること。
そこを起点として、展開の意外性。
こういう要素が当てはまっているのではないかというのが、僕なりの感想です。
実は僕自身、笑いであるとかそういうの一切学んだことがないので、これが一般的に言われているものかどうかも分かりません。
ですが、そう思えるのだからそういうことだと自身が認識しているわけなのです。
で。
チャップリンと言えば、自分自身が出演、演出、監督、脚本、音楽までこなしてしまう永遠の天才喜劇役者なわけですが、古典的とは言えどどれも本物。
本物であるからこそ、その【ズレ】が生じたときに笑えるんですよね。
逆に、にゃんこスターの女性のアンゴラ村長の縄跳びがあんまり上手くなかったら、このズレというのは弱くなってしまいます。
☆☆☆
その昔、あの【おそ松くん】……今では【おそ松さん】の方が有名かな、の中で一番有名だったキャラクターと言えば、あの【イヤミ】ですよね。
その【イヤミ】の元ネタになった人物がいるのをご存知でしょうか?
そうです。戦後の喜劇界で一世を風靡した【トニー谷】さんですね。(←知ってる?)
まあ、今ならネットですぐに検索できるので若い方も知っているかもしれませんが。
あの方も上記の要素、【現実にいそうでいなさそうな強烈なキャラクター】を装い、【そろばんといういかにも現実的な道具を使って、意外にも小気味よいリズムで笑いを誘う】。
いわゆる、観客を楽しませるために自らの持ちネタを披露するという、古典的な【ヴォ―ドビリアン】というやつですね。
☆☆☆
僕らが子供の頃から親しんでいた【ドリフターズ】も、その一世代前に一世風靡した【クレージーキャッツ】も、どちらも音楽が本物という前提があってのコメディだから、その合間にある【ズレ】が生じたときが面白い。
例えば、
「ちょとだけよ~ん、アンタもすきねぇ~ん」
でお馴染みだった、加藤茶さんのストリップ芸。
これもリズムネタの一種で、本物のバンドの素晴らしいリズムがあっての、あの不思議な感覚が生まれるわけなんです。
去年の暮れに流行った【ピコ太郎】だって多分それ。
☆☆☆
という意味では、【にゃんこスター】も旧世紀以来続くヴォ―ドヴィルの発展形(?)なわけで、新風というよりも基本を重んじた芸風だと僕はその時感じていたんです。
最近の言葉で言うところの、
【一周回って○○】
ってやつだと思うんです。
☆☆☆