最終会「夜霧よ今夜もありがとう」
登場人物
・リーダー 男
・先生 男
・黒猫 女
・タツコさん 女
前回までのあらすじ
N(先生役が担当)
モンスター討伐ギルドに所属しているリーダー達四人は、グリフィン討伐成功を祝して、酒場で、バーで、そして修道院ではビールとハシゴに注ぐハシゴ。そろそろ極楽の光が見えてきた、かと思いきや、先生の、錬金術師であった時代の、罪深くも悲しげな過去をリーダーは知る事となりました。
そして、先生が錬金術による人体実験で開発した、竜の力と生命力を持った人間、竜人ですが、その生き残りが、あろうことかタツコさんであることが先生の口から語られたのです。はてさて、タツコさんから、何が語られるのでしょうか。
最終会、斯うご期待。
しかし、酔いとていつかはさめるものであります。
R4 修道院の礼拝者用の宿場
BGM(緊迫感があり、スリリングなものを流す)
リーダー「タツコさんが、竜人だって?」
先生 「左様です。グリフィン討伐の際、彼女の火炎魔法をご覧になられた通りです。
頗る凄まじいものでしたが、きっとあれでも出力を加減していたでしょう」
リーダー「先生、ちょいと性急じゃないか?
確かにあの子の魔法は大したもんだ。
だけど、決して珍しいワケでもないだろ。
腕の立つ魔法使いはギルドにだっている」
先生 「しかし、彼女の額――丁度脳における松果体が位置するところに、模様が掘り込まれてでしょう。
あのシンボルこそ、竜人の証なのです」
SE(ドアが開く音)
タツコ 「ええ、先生のおっしゃる通りですわ。
私は戦中末期に、帝国の錬金術師団によって、竜人にさせられました。
竜の子を意味する、このタツコという名前も本名ではありません」
リーダー「なんか長いと思ったら……もしかして聞き耳立ててたのか?
うかつだった」
黒猫 「……ゴメン。でも、キチンと聞かなきゃならないって思ったから。
先生の為にも、タツコちゃんの為にも」
リーダー「ということだ、先生。
女の子に隠し事したって、この通りすぐ感づかれる。
タツコさんと、話をするべきだ思う」
タツコ 「私としても、是非そうしたいですね」
先生 「拙僧に拒否権など、ありますまい」
タツコ 「黒猫さん、皆さんにお水を持ってきていただけますか?」
黒猫 「うん……分かった」
SE(ドアが閉まる音)
タツコ 「縁とは、奇なるものですね、先生。
先ほどまでは、相性ぴったりの即席パーティーの楽しい酒席でしたのに」
先生 「そうですね。されど、必然足り得ぬ偶然というものもないのでしょう」
リーダー「そうみたいだな……」
先生 「先ずは、拙僧の方から、貴方に謝らなければなりません。
自身の娘を救う為とはいえ、貴方がたのような人達に悲劇を招いてしまったこと。
そして、貴女が竜人でありながら、臆病な拙僧はそのことに気付かないフリをしていたことを。
本当に、申し訳ありません」
タツコ 「謝罪と後悔というものは、いつも事が手遅れになってからやってくるものなのですね」
SE(ドアが閉まる音と共に、コップが机に置かれる音)
リーダー「ありがとう、黒猫」
黒猫 「ううん、いいの」
タツコ 「本当のことを言うと、私は、竜人になる前の記憶が、曖昧な状態なのです。
私と同じような記憶の障碍を持った竜人も、二人ほどおりました。
間接的に、先生が私の記憶を粉々に砕いた、ともいえますね」
先生 「はい、そうなります」
タツコ 「竜人になる前の記憶として、確かに覚えているのは猛烈な痛みと不快感でした。
錬金術による施術は、確実に私達の体と心を蝕みました。
いえ、変えられた、と言った方が良いのでしょうか。
竜人となった直後、激しい戦意と宝石への執着。
なにより、曖昧な記憶になりながらも、溢れては湧き出す憎しみに心が燃え盛っておりました」
リーダー「その戦意と憎しみは、今でも?」
タツコ 「それを解消するのにうってつけだったのが、竜人を造りだした帝国でした。
私達竜人は、反乱を企てました。
竜の力をもっているといえども、人は人。
鞭をふるえば従う。そんな慢心が、帝国軍人にはあったのでしょうね。
忘れもしない冬の新月の夜。私達は反乱を開始しました。
びっくりするほどすんなりと成功し、むしろ不安にすらなったのを覚えています。
丁度晴れていて空っ風も吹き、空気もカラカラに乾いていましたから、帝国の錬金術研究所も、私達を兵士として調教していた曹長達も合切まとめて焼き払うには、それはそれは絶好の夜でした。
真っ暗な夜を、火炎魔法と煙が覆い尽くし、火だるまになった人間達が建物から、それこそ火の子のように飛び出してくるサマは、胸がすく思いでした。
私達は当面の資金として彼らが持っている金目のものを奪い、そして帝国から逃げおおせたのです」
先生 「そう、だったのですね……」
黒猫 「あの、タツコちゃん。ねえ、先生とは……」
先生 「黒猫さん、良いのです。
思えば拙僧は、全てに怯えて、逃げるように生きてきたように思います。
彼女の清算に、私も勘定に入れられているのならば、今度こそ、堂々と受け入れなければならないのですから。
その時は、是非とも他言無用にお願いします。
これは拙僧と、彼女の問題です」
黒猫 「リーダー、ねえ……」
リーダー「先生の言う通りだよ。男がスジを通そうって言っているんだ。
黒猫、そういうことなんだよ。
俺達がとやかく言う筋合いはない。
タツコさん、何があっても、少なくとも俺はあんたの邪魔はしない」
タツコ 「わかりました。リーダー。
先生、私はこんな理不尽を与えた相手を、許しはしないだろうと思っておりました。
事実、貴方が竜人を発明しなければ、あるいはそもそも貴方がいなければ、私は自らをタツコと名乗ることはなかったでしょう」
黒猫 「タツコちゃん……」
タツコ 「しかし、この力があったからこそ、帝国という場所から離れることができ、自身の道を自分で決められるようになったのも、また事実です。
噂で聞きましたが、帝国は臣民に対しても、抑圧と強制的な徴用をしていたと聞きます。
結局、私は竜人の素材として消費されずとも、違う形で利用されていたということでしょう。
運命か皮肉か、あのただっ広い檻を出られたのは、竜人の力があったこそです」
BGM(一転して、穏やかな音楽を流す)
リーダー「力があったからこそ、か……」
タツコ 「今宵、皆さんの身の上話を聞かせて頂きましたが、永遠に留まれるひとところというものは、きっと無いのでしょうね。
万華鏡のように常に移り変わり、終わりすら新たな萌芽となっていく」
先生 「タツコさんにとって、私も始まりの為の終わりとなるのでしょうか?」
タツコ 「まだ、それは私にも分かりません。
少なくとも、帝国を脱出した時から不思議と私の心は穏やかなままなのです。
ですが先生が、私にではなく、リーダーにだけこっそりと過去を明かしたことについては、私は貴方をとても臆病な人間だと思いましたし、卑怯であるとも感じました。
もし、貴方に与える断罪があるとすれば、今はこの言葉だけです」
先生 「返す言葉もありません。現に私は、恐れていました」
タツコ 「でも、告白せずにはいられなかった。だからリーダーに話したのですよね?」
先生 「胸に秘めておこうとしたものが、どんどん膨れ上がっていくような思いでした。
話せばならぬと、今夜は不思議そういう気持ちにさせられたのです」
黒猫 「不思議だよね、私ら。たった一晩宴会しただけなのに、自分のこと曝けちゃって――まあ、こんなことにもなっちゃったけど」
先生 「リーダーの人柄のお陰かもしれませんね。彼が先だって自ら自身のことを話してくれました」
リーダー「よしてくれよ先生。
で、タツコさん、先生のことは良いんだな?
つまり、このまま上手くやろうってことでさ」
タツコ 「はい。見定めるとしても、これからでも遅くありませんから」
先生 「(安堵の溜め息をついて)
ありがとうございます。タツコさん。ありがとう……」
黒猫 「そうだよ! 大事なのはいつだって、これからどうするか、なんだし。
過去は変えられないけど、これから良い過去は積み上げられる」
先生 「黒猫さんも、ありがとう」
タツコ 「皆さん――特に先生、過去がうやむやになった私の為に、楽しい思い出を作らせてください」
リーダー「へへ、竜人様をまた荒ぶらせちゃ大変だからな。
じゃあ、気分を盛り上げ直す為に、飲み直すか?」
黒猫 「え~、安心したら眠くなってきた」
先生 「拙僧も、どっと疲れが……」
タツコ 「リーダーがご馳走してくれるなら、喜んで」
リーダー「反応悪ッ!」
黒猫 「別にあわてなくても良いじゃない
(あくび)」
先生 「また明日から頑張っていきましょう」
タツコ 「リーダー、身入りの良いクエストを探しておいてくださいね」
リーダー「タツコさん、カミングアウトしてから凄いズケズケしてないスか?」
タツコ 「今や、このパーティの切り札ですから」
先生 「ははは……末恐ろしいですな」
黒猫 「で、リーダー、アンタが栄えある管理職ね」
リーダー「そうだよ! クソ!
おまえら、おねんねの時間だ!
明日から滅茶苦茶忙しくしてやるからな! 覚悟しとけよ!」
黒猫 「(寝息)」
リーダー「って、黒猫もう寝てる!」
先生 「流石、猫の名前をいただいているだけありますな……」
タツコ 「あ、黒猫さんといえば、彼女の分のビールを頂くの忘れてました」
リーダー「先生、ものは相談なんすけど、リーダー役変わってくれません?」
先生 「ふふ、それではリーダー、おやすみなさい」
リーダー「あ、はい、おやすみ。
(溜め息)
俺もねよ……」
BGM(煉獄庭園様のoutskirtsを一分ほど流し、その後五秒ほどかけてフェードアウト。この楽曲は煉獄庭園様のサイトでダウンロード可能。無料ですが、規約に基づきツイキャスのあるいはコメント欄等で、以下のクレジットを絶対に表記してください。)
使用楽曲
Outskirts(煉獄庭園様より)
作曲 煉獄小僧 編曲 煉獄小僧
了
この脚本を制作するにあたって、グレゴリウス山田氏著「十三世紀のハローワーク」は大変、大っ変重宝した。というかこの資料がなかったら真面目にこの脚本は書けなかった。本当にありがとう、グレゴリウス山田さま!
今回、ラジオドラマドラマ放送までの締切が近いことと、一身上の都合もあり、また、参加声優が一人欠席する事態にもなり、想定してたシナリオを多少変更し、声優側も段取りに余裕を持ちたいだろうから、指定された期限よりちょい早めに仕上げた。(まあたった二日だけど)
反省点があるとすれば、日常系コメディでダラダラとユーモアを交えた内容に終始するつもりが、起承転結の承辺りからシリアスで内省的な内容に偏向してしまったことだ。しかもいちいち説教くさい。
ちょっと無理やりに『先生』と『タツコ』の相関係もいじってしまった為、最終話もちょっと無理がある部分も出てしまった。
脚本ははじめて書いたので戸惑う部分もあったが、個人的に書くのに最も時間がかかる心理描写や戦闘描写は、ドラマラジオという媒体上、いっそオミットするか、声優さんにその表現力と演技力に委託せざるを得ない以上、仕上がり自体は早かった。糧にはなったと思う。