三次会「告解」
登場人物
・リーダー 男
・先生 男
・黒猫 女
・タツコさん 女
前回までのあらすじ
N(先生役が担当)モンスター討伐ギルドに所属しているリーダー達四人は、グリフィン討伐成功を祝して、今度はバーで、良いお酒に舌鼓み。さばけた射手の黒猫さんの、意外な過去、更に意外な宝探しに、みなさん大盛り上がり。
そして、宿泊先を決めていない一行は、先生の勧めで、修道院に泊まることと相成りました。柔らかいベッドと、柔らかく泡立つエールビールがお出迎え。
さてさて、神様も聞き耳を立てそうな場所で、彼らはどんなおしゃべりをするのでしょうか。
乞うご期待。
R3 修道院の礼拝者用の宿場
BGM(穏やかな音楽。とくだん、宗教的なオルガンやシンセサイザーを使ったような楽曲でなくてもOKです)
リーダー「修道院の宿場っていっても、丁寧に手入れされてるな。
結構な手間だろ」
黒猫 「修道士さん達には感謝しないとね。
あ~、眠くなってきた。
でも、修道院のビールも気になるしなあ」
リーダー「無理に起きて呑まなくても良いって。
休みなよ。身の上話して、疲れたろ」
タツコ 「先生がビールをお持ちになってきたら、起こしましょうか?」
黒猫 「うん、ほんのちょっとだけ、目閉じてる……」
タツコ 「はい、お休みなさい」
リーダー「黒猫、もう寝ちゃった」
タツコ 「彼女が探していたお宝が金目のものじゃなくって、本当はショックで消耗しちゃったんでしょうね」
リーダー「いやいやそれ、タツコさんのことでしょ?
ところで、おたくはまだ大丈夫?
相当飲んでたけど、悪酔いしてないか?」
タツコ 「ええ。まだ、唇と濡らしたぐらいですよ」
リーダー「(苦笑しながら)
ほんと、うわばみだな」
SE(ドアを開ける音)
先生 「お待たせしました。おや、黒猫さんは休んでしまいましたか。ビールをお持ちしましたが」
リーダー「黒猫~。先生がビール持ってきてくれたぞ~。……起きそうにないな」
先生 「このまま寝かせておきましょう。彼女もお疲れでしょうし」
タツコ 「そうですね。彼女の分のビールは、私が頂いてもよろしいですか?」
リーダー「いいよいいよ」
先生 「ええ、私もこの一杯で充分になりそうですし」
リーダー「(ビールを飲む音)
お、修道院のビールって、飲み水代わりの淡いヤツなのかな、って思ってたけど、これは香気が良いな。
ほのかに柑橘の香りがする」
タツコ 「ええ。ほんのり甘くて、これは飲みやすいですね。おいしいです」
先生 「ここの修道院オリジナルの味付けが成されているのですよ」
リーダー「修道院も隅におけないな。
地方や酒場によってビールの味って千差万別だから、おもしろいよな」
タツコ 「世界中のビールを飲み比べる旅なぞに、いつか出てみたいですね」
リーダー「良いなそれ! 金が貯まったらさ、らみんなで行こう!」
黒猫 「(気だるく眠たそうに)う~ん……」
リーダー「あ、起きた」
SE(ノロノロとした足音と、ドアを開け、閉める音)
リーダー「なんだなんだ? どこ行ったんだアイツ? 悪酔いしてたようには見えなかったけど」
タツコ 「私、ちょっと付き添ってきます。多分、大丈夫でしょうけど」
先生 「ドアを出て、左をまっすぐ行ったところにありますから」
タツコ 「先生、お気遣い、ありがとうございます」
SE(ドアが閉まる音)
リーダー「いやいやいやいや、何が起こってんの?」
先生 「きっと、お花を摘みに行ったのでしょう」
リーダー「え? たかが便所行くのに、あそこまで謹むようなことなの?」
先生 「ええ。察してあげた方が、リーダーも殿方としての格が上がるかと」
リーダー「へえへ。この度はデリカシーが足りなくてすみませんね。
ところで先生はさ、いつ頃からモンクになったんだい?」
先生 「実は、モンク――修道士の道を志したのは、つい数年前のことなのです」
リーダー「あ、そうなんだ。意外だな。すごいしっかりしてるから、その道は長いもんだと思ってたよ」
先生 「ええ、モンクになる前は――
(意を決するように一息おいてから)
お二人が打ち明けてくださったのですから、私も語らぬ訳にもいかないでしょう。
私は、錬金術師でした」
リーダー「錬金術師? 今の道とは真逆だったんだな。
錬金術ってことは、人が創造主になろうってシャカリキに研究してたんだろ?
やれ賢者の石だとか、ホムンクルスだとか」
先生 「ええ。仰る通り、錬金術は神の領域への挑戦でした。
本来不安定な魔術と、法則性のある科学技術を掛け合わせることで、新たな領域へ踏みこむ、一見すると荒唐無稽な研究に、それでも当時の私は息巻いておりました」
リーダー「でも錬金術は、膨大な理論と実験を積み重ねたけど、イマイチ実績は出せなかったって聞く」
先生 「ええ、大抵の研究は、失敗に終わったものが多かった。
術師にも、異次元にいる神と接触し、発狂してしまった者もおりました。
そういった研究が恒常化してしまうと、倫理道徳の規準も非常に曖昧に希薄化してしまう。
その中で私は――
(言うべきか言わざるべきか悩み、沈黙してから)
拙僧は、ある研究をしておりました」
リーダー「あのさ先生、無理して話す必要は無いんだぜ?
貴方、酒場で言ってたよな「業が深いから坊主になった」って。
それだけ分かれば、充分だよ。
先生が何しでかしてようが、俺は貴方を嫌いにはならないよ。俺だって脛に傷ある人間だ。
でも俺は、無理し過ぎる奴は好きじゃない。そういうヤツは大概早死にする」
(しばし無言)
先生 「……いえ、話させてください。拙僧は臆病な人間です。
打ち明けようと思えたのは、今ここにいるのが貴方だけだからです。
黒猫さん、タツコさんも居る中で、この事を話す勇気が拙僧にはありませんでした」
リーダー「……分かった。でもこれじゃ、俺の方が神父みたいだ」
先生 「(苦笑する)
確かにそうですね。
……拙僧は、人に竜の力を封じ込める研究をしておりました」
リーダー「竜の力を封じ込める、だって?」
先生 「竜は、ある程度成長期間を経れば、外傷がない限りは不老不死の肉体を持っています。
拙僧は、その生命力に着目しておりました。
拙僧には娘がおりました。自分で言うのもなんですが、私の妻に似て美しく、そして病弱でしてね。
妻に先立たれた後、心労のせいか娘も病にかかり、床に臥せってしまいました。
医者や魔術師も匙を投げる、むつかしい体質だったのです」
リーダー「初心は娘を救う為に、錬金術を志したってワケか。竜に詳しかった訳だ」
先生 「左様です。当然研究は難航しました。
まず、検体としての竜が必要になるが、竜の体そのものが貴重です」
リーダー「皮剥ぎは嫌われる職業だけど、竜専門の解体屋は例外だものな。
竜の体は、鱗一枚でも良い金になる」
先生 「なんとか腐りかけの竜の遺体を手にすることができました。
次は人間の被験者が集めなければなりません。
娘の延命と、他者を天秤にかけるような惑いもありませんでした。
衰弱した浮浪者や貧しい重病人を治療と偽って、人体実験を繰り返しました。
しかし、今度は金の問題です。研究を始めてわずか半年で、資金は底を突いてしまいました。
あらゆる点で、無謀な研究であったことに気付いたのは、その時です」
リーダー「それから、罪滅ぼしにモンクに鞍替えしたってワケかい?」
先生 「いえ、それは運が味方したのか、それとも悪魔が味方したのかは分かりませんが、どこから私のことを聞きつけたのか、パトロンが現れたのです。
そのパトロンは、先の大戦で滅んだ、帝国でした」
リーダー「なるほどね。先生は娘を元気な姿にしたい。
そして帝国側は竜の力を持った兵士か兵器が欲しい。
それに、貴族や銀行屋だって、あわよくば強靭な体を手に入れることができる。
先生に投資をする価値があったってワケか」
先生 「その通りです。もう、私の業は十二分に重ねてきました。
後戻りどころか、やり直すこともできません。
私は帝国お抱えの錬金術研究者として、寝食を忘れて研究を続けました。
そして、とうとう竜の生命力と能力を備えた、竜人とでも言いましょうか、その竜人を作り出すことに成功しました」
リーダー「ってことは、娘さんも助かったんだな?」
先生 「施術はしました。
しかし、彼女には耐えられるほどの体力は残されておりませんでした……。
最後にあの子は、拙僧の手を握りしめてきました。麻酔が効いていたハズなのに。優しく、そして確かに。今でのあの感触は、忘れることは……
(しゃくりあげ、鼻をすする)」
リーダー「それは残念だったな……」
先生 「心を形作っていたものたちが、どれか一つでも欠けた時、がらんどうになってしまうのです」
リーダー「俺に娘はいないけど、身内が死んだときの辛さは俺も分かるよ」
先生 「ありがとう。
私に残されたのは、錬金術を用いた竜人化計画の、記録と方法論のみでした。
そして帝国は、資金提供のツケとして拙僧からその技術を手にし、戦争の為に本格的な竜人の生産に着手しました」
リーダー「ちょっと待ってくれ。
俺は大戦中、帝国ともやりあったことがあったけど、そんなべらぼうに強そうな部隊、見たことも聞いたこともない」
先生 「恐らくですが、生産が間に合わなかったのでしょう。人間を竜人にするには、竜の体が必要になります。いくら帝国の財力を用いても、容易ではなかったでしょう。
恐らく、プロトタイプが数体ほど造られた程度なのだと思います」
リーダー「その辺の事情をよく知らないってことは、先生は帝国から抜けたのか?」
先生 「結果的にはそうなります。
帝国の近くにモロー大河が流れていることはリーダーもご存じでしょう。
ある夜、私はその河に身を投げたのです。
あまりにも業は深く、そして報われもしませんでしたから、今生から逃れようとしたのです。
いえ、そもそも道理に則らない形で、自身の願いを叶えようとすること自体、浅ましいことこの上無かった。
しかし、それでも私は海まで流され、渚で目を覚ましたのです。
丁度、水平線から朝日が昇ってきました。
私は死を許されなかったのだと、確信しました。
その意図が何者であるかも分かりませんでしたが。
そして私は出家し、モンクとして修行を重ね、少しでも人々の健康と安全を守ろうと思い至り、モンスター討伐ギルドにも参加するように、相成ったワケなのです」
リーダー「そうだったのか……。なんというか、キツいな」
先生 「今宵は、拙僧の話に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
リーダー「いいさ。今後とも、パーティー組んでいくなら、遅かれ早かれ身の上話はすることになるだろうし。
ところで、その竜人は今はどうなってしまったんだろうな」
先生 「今も生きていますよ」
リーダー「どうしてそう言い切れるんだい?」
先生 「タツコさんが、その竜人の生き残りだからです」
了
今回のタイトルは新人声優達によるラジオドラマ用の脚本として書かれたものだが、急きょキャストで女性声優一人が不参加となってしまい、二役を一人で担当するという、相当負担がかかる役割構成となってしまったため、この話では男性キャラ二人がメインとなった脚本となった。