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乾き

作者: 来垣 遊歩

かんかんと照らされた空の下、蹴飛ばした猫が車に轢かれ死んだ。それを見た向こう沿いの親子が悲鳴を上げたものだから、率直にうるさいなとだけ思って、彼女らを背に再び帰路に就く。正午からの日差しはうんざりするほど真夏を極め、それに呼応してアスファルトまで煌々と輝く始末だ。家まであと少しのところまで来てはいるが、私の足取りは次第に静まっていく。

ふと、こちらに向かう駆け足を聞き取る。こんな暑中にどこのどいつだと思って顧みると、なんと先の子連れの母親、私に飛びかかってきているではないか。それから出会い頭、もとい向かい合い頭に私の頬めがけて厳しい平手を放ってきた。瞬時、火花が散る。足が勝手に二、三歩後退して、体幹を取り戻してくれなければ、やがて尻餅であった。理解不能、事の展開があまりに急でたじろぐ他はない。ははあこの親きっと、手練れであるな。日頃からこうして子にも虐待を与えているのであろう。左顔の鋭利な痛みが、先ほどまで私を覆っていた倦怠感を払拭した。

「どういうつもりですか。」

私は懇切丁寧落ち着き払って、彼女に弁明の機会を与えた。

「何ですって!ま、まさかでしょう!あなた、そ、それはこっちの台詞よ。分かっているの、あなた、猫! 猫を!」

母親は憤慨の体を決め込んでいる。どうやら何としても、私の方に非があることとしたいようだ。ずいぶんな剣幕であるが、声は酷くかすれていて、か細いから聞き取りづらいのなんのって、もう滑稽である。猫、と言ったら、私が蹴り殺したーー轢き殺した?どちらでもいい、大方その猫のことだ。なるほど彼女には彼女で、動物愛護の正義がある訳か。それならと、今にも二発目が飛んできそうな間合いから少し距離を置き、私の方からこう弁明をしてやった。

「猫を、とは、あの黒い野良のことでしたら、すぐそばにごみの置場があったでしょう。私はあの猫がそれを荒らすところを見たのです。」

結果、小一時間は経つことになった。そこからの母親は、道徳、生命の大切さ、善悪の教師である。そこで私も変に興が乗ってしまっていけなかった。平常なら弁解など考えない私が、今日に限って。

今にも剥げ落ちそうになった群青に、もううっすらと月が浮かんでいる。されどもなおその存在を訴え続ける太陽は、見苦しいことこの上ない。ふと意識を横に逃すと、先の息子が映った。その顔はひたすらに不機嫌を呈し、目の前の死骸に一瞥すら投げない。大方空腹にいじけているのだろう。このあたりで私は、熱くなっては馬鹿を見るだろうと悟り、不意を打って家路を小走ることになるのであった。その日の牛鍋は一段と美味かった気がする。

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