新たな始まり
いざ書いてみると中々進みませんね。難しいものです。
その日はすぐに眠った。幸福感に満たされて眠りに落ちたのは何時ぶりだろう。新しい生活への希望が僕を今までとは変えてくれる。そんな予感がした。
朝が来た。小鳥の美しい囀りを聞き目を覚ます。窓から外を見るとそこには広大な自然、そして巨大な都市が山から微かに見えた。僕は高揚感を抱きながら寝ぐせを直しドアを開けた。
ドアを開けるとほのかに甘い香りがした。どうも下で料理をしているようだ。少し急いで会談を降りると、少女が髪を纏めてたくし上げ、料理していた。後ろから見える項が艶めかしい。
「おはよう」
「おはよう」
他愛もなく挨拶を交わす。少女との距離感はまだ遠い。どことなく態度がそっけない。取りあえず質問をしてみる。
「何作ってるの?」
「フレンチトーストよ」
フレンチトースト。あっちの世界では最後まで食べる事のなかった物だ。どんなものかと想像するだけで心が躍る。
「もう少しで出来るからそこの椅子で座って待ってて」
指示された通りの椅子に座る。少し座り心地が悪い。お尻にゴツゴツとした木の感触が伝わる。
「お、早いのぅ少年」
老人も降りてきた。眠そうな目をこすり、相変わらず髭をいじっている。
「今日はフレンチトーストか。嬉しいのぅ」
「一応祝いってことでさ」
祝い。まさか自分が祝われる日が来るとは思っていなかった。少し感激した。
「はい、完成。砂糖は付けても付けなくてもいいよ」
人生初のフレンチトーストを食べる。美味い。甘さと香ばしさが口の中で広がる。こんなに美味しい物は食べたことがないかもしれない。
「美味しい?」
少女が心配そうに聞く。
「今まで食べたものの中で一番美味いかもしれない」
正直な感想を言う。少女はホッと安心したように胸をなでおろした。喜んでもらえて何よりだ。
「フレンチトーストはリリィの得意料理だからの。そりゃ美味いじゃろうて」
成程。確かに大層な腕前だ。
先に食べ終えて、出されたコーヒーを飲みながらふと気づく。
「そういえば、自己紹介してませんよね?」
少女と老人が顔を見合わせる。3秒程度の沈黙の後、二人は笑い出した。
「そういえばそうだったね。私の名前はリリィ・サファイア。リリィでいいわ」
リリィ・サファイア・・・名前の通りサファイアの様な美しい瞳を持っている。なるほど確かに納得だ。名前負けしていない名前は日本では珍しかった。
「ワシはエドワード・サファイア。エドワードじゃ」
エドワードも続けて自己紹介する。そして顎をしゃくり自己紹介を要求してくる。
「僕は流離キョウジ。キョウジです」
僕はキョウジだ。母さんに昔名前の由来を聞いた時に雰囲気で付けたと言われた名前だ。しかし誇りは持っている。
「キョウジか。この辺りではあんまりない名前ね」
「そうじゃのう」
二人に怪訝な顔をされた。偽名を使おうかと考えたが、僕には格好のいい名前を付けるセンスがないので、やめた。
「まぁいいわ。キョウジ、よろしくね」
リリィがそう言って微笑む。僕にはまるで太陽の様に笑顔が輝いて感じられた。
「キョウジ、これからよろしくの」
エドワードが立ち上がりながら言う。二人も食べ終わったようだ。リリィもすぐ後に続く。
「名前も分かったし、早速だが、魔法の訓練をしないかね?ここにいても暇じゃろう?」
魔法!ファンタジーな響きだ。子供の頃に夢を魔法使いと言っていたのを思い出す。僕はすぐに了承の返事を出した。エドワードは魔法帽をかぶりたてかけてあった杖を持つ。120センチはあろうかという大きな樫の杖だ。先端には赤い宝石が埋め込んであり、神秘的に輝いている。
そう決まれば早速制服を脱いでもう置いてあった服に着替える。もうこの制服を着ることがないと気が楽になる。
「じゃあ行きましょう。お爺ちゃんの練習はハードだけど頑張ってね」
リリィが髪をほどきながら言う。結構だ、やってやる。そう心で誓い、ドアを開ける。いよいよ新しい生活の一日目が始まろうとしている。




