異次元との邂逅
「-い・・・おーい」
耳元で何やら声がする。目を開けるとそこには顔を覗き込む少女と立派な髭を触る老人が立っていた。美しい白髪に透き通るような青い瞳。この世のものとは思えない、彫刻のような美しさだ。茶色の地味な服が一層華やかさを際立たせている。老人は白い魔法帽をかぶり白に黄色のラインが入ったローブを付けている。
「・・・ここがあの世?」
身体を起こし、周囲を見る。木で作られた小さな小屋で、作業台の上には草とすり鉢が置いてある。壁にはランプが置かれていて、緑色の炎が中で燃えている。
「あの世?そんな訳ないでしょ、ここはユストワールだよ」
「え?僕はあの時確かに死んだ筈・・・」
「君は家の前で倒れてたんだよ。ボロボロの状態でね。それをおじいちゃんが見つけて治療してくれたってわけ。感謝しなさい」
何を言っているのか分からない。僕は確かにあの時死んだ筈・・・視線を下すと右腕の肘の少し下が真っ黒になっていた。
「な、なんだこれ・・・」
愕然とする。脇腹も太ももの一部も真っ黒になっている。これはどういうことなのか?
「それは治療の跡じゃ。欠損していた部位は魔力を作り補完する。この世界では普通の事じゃ」
「この世界って・・・じゃあ本当にあの世じゃないのか」
「だからそうだって言ってるでしょ。飲み込み悪いわね」
その時僕は安心した。まだ生きているという事実を知り安心した。しかし安心すると次には不安がやってくる。
「じゃあ・・・ここは何処なんですか」
「だからユストワールだって言ってるでしょ。」
そのユストワールが分からない。
「だからそれは何処なんだよ」
「ユストワールはそなたの認識で言えば異世界。別の世界じゃよ。」
異世界。この言葉を聞いた時の衝撃を生涯超える事は起きないだろう。トラックに轢かれたよりも重い衝撃が僕の頭を打ち、思考を停滞させた。
「じゃ、じゃあ・・・ここは異世界・・・」
「異世界?あなたどこから来たのよ。下の街じゃないの?」
「街からこんな辺鄙な所にくるもの好きはそうそうおらんわい」
「下の街は軍備で大変なんでしょ?来る人もいないか」
下の街?軍備?日本ではなじみのない言葉だ。脳がパンクしそうだ。
「あ、あの・・・とりあえず、ユストワールの何処ですか」
ユストワールに納得した事にしてここの場所を聞く。自分の居場所がわからないことの不安は言うまでもない。
「フロールから少し離れた竜頭山の途中にある山小屋よ」
もっとわからない。頭が痛くなってきた・・・老人はこっちを見てニヤニヤしている。目で助け舟を呼
ぶ。老人は哀れに思ったのか
「ふーむ。まぁそなたの都から少し離れた辺鄙な所と覚えておくがよい」
群馬みたいな物か。
「な、成程・・・大体わかった」
これ以上聞いても今は混乱するだけなのでやめた。落ち着いたらまた聞こう。
「それにしても異世界・・・異世界!?すごいじゃない!」
少女が驚く。気づくのが遅くないか。そして猛烈な質問攻めにあう。何処にいた、何をしていた、どんな世界だった、何を食べていた・・・全て答えたが少女は分かったということにして首を縦に振った。
「そう・・・すごいわね。流石異世界」
「どれ、少し落ち着いたかね」
「はい、落ち着きました。」
何となく、状況が飲み込めてきた。とにかく、俺は死にきれず、何かの間違いでこの世界に来てしまった様だ。理由は気になるが、直にわかるだろう。
「君は自分の世界に帰りたいと思うかね?」
老人が問いかける。反射的に帰りたい、そう言いかけた瞬間、ふと気づく。現実に帰ったとしてもまた辛い思いをするだけだ。ならば、この世界で住んだ方がいいのでは?・・・もう答えは出た。
「いえ、この世界にいたいです。」
はっきりと声に出す。老人はにやりと笑い、腕をこちらに向けた。
「では、ここに住んでみるのはいかがかね?寝床もあるし、君もここに住んだ方がこの世界に早く馴染めるだろう」
断る理由などなかった。僕は老人の手を取り、握手を交わした。こうして、僕の新しい「新生活」が幕を開けることになった。




